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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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茉奈は、月も昇ってから控えの間へと帰ってきた。

母と兄は、客間の居間で、何やら話しながらすわっていた。

「長く掛かったようね、茉奈。良い練習相手を見つけたのですか。」と、茉希は言ってから、娘の思い詰めたような顔に驚いた顔をした。「茉奈?何かあったの?」

駿が、眉を寄せて言った。

「疲れたのではないのか。前日に慌てて練習しても急に良くなることはないぞ。むしろ疲れは実力が発揮できない原因にもなる。早く休むが良い。」

茉奈は、そんな駿にお構い無しに母を見ると、言った。

「母上、お話があります。寝室へ参りませぬか。」

茉希は何事かと立ち上がった。

「どうしたの?それから母のことはお母様と呼ぶように申しておるでしょう。あなたは皇女なのですよ。まさかお兄様にも兄上と申しておるのではないでしょうね。」

駿は、告げ口する性質ではないので黙っている。茉奈は頷いた。

「呼び方など。兄上は兄上です。お母様、お話があるのです。どうか、お聞きくださいませ。」

茉希は、ためらうような顔をした。

「良いけれど…駿にも言えぬことですか。何事も家族で隠し事はせぬと決めておるのに。女同士でなければならないのなら、仕方がないけれど…。」

女同士、と聞いて、茉奈の顔色は変わった。そして、駿を見た。

「兄上、ならば反対はせぬと約してくださいますか。」

駿は、さすがに驚いて困惑した顔をして、茉希を見てから、また茉奈を見た。

「…何の話ぞ。妹のことであるし、我も出来るだけ力になるが、内容によるぞ。」

茉奈は、口を閉じて微かに唇を震わせていたが、思いきったように、言った。

「明日の立ち合い、女ばかりであるなら、我は参加しとうごさいませぬ。」

茉希が、驚いて口を押さえた。

「え…あれほど楽しみにしておったのでは?龍王妃様もそれは楽しみにしていらして…そのような勝手な。」

駿が、落ち着いた様子で、じっと茉奈を見つめて言った。

「…理由があるのだな。」

茉奈は、思いもよらず落ち着いている駿に、頷いた。

「はい。我は、女であってはならぬのです。兄上、ずっと思うておりました。我は父上と兄上と共に、軍で宮を守る任に就きたい。皇女ではなく皇子として生きたいのです。気は遠く及びませぬが、その分努めて技術を磨きまするから。こんな様では嫁がせられぬと父上も申されているし、我もどこかへ嫁ぐなど考えられませぬ。奥で全てを王に任せて安穏としておるのは、性に合いませぬ。我には無理です。女として奇異な目で見られるのは、もう嫌でございます。」

駿は、黙ってそれを聞いていた。茉希は、慌てたように言った。

「あなたのお考えは崇高でありますが、女は力のない分、王をお慰めすることで力になるのですよ。我とて宮があのようでなければ刀を握ることもなかったやもしれませぬ。現に今は、奥で王をお待ちすることで己の役割を果たしておりまする。あなたはそれが、間違っておると申すのですか。」

茉奈は、首を振った。

「そうではありませぬ。我には無理だと申しておるのです。母上がおっしゃったことが、神世の多くの神の意見だとは承知しておりまする。それでも我には無理なのです。我の考えが変わらぬ以上、どこに嫁いでも疎まれる事は分かっている。我の一生は、そんな風に疎まれて奥に籠められて生きることなのでしょうか。我は皇子として、男として生きたいのです。」

茉希が返す言葉もなく絶句していると、駿が静かに言った。

「…急にそんなことを言い出すからには、何かあったのだな。何があったのだ。」

茉奈は、下を向いた。言うべきだろうか。

しかし、思いもよらず駿は落ち着いて聞いている。

茉奈は、駿を見て答えた。

「…はい。我を、男だと思うて対等に指南してくれたかたがおりました。あのかたは、男の我でも慕わしい性質だと言ってくださった。むしろ、男だからこそなのかも知れませぬが…。」

茉希は、言葉を荒げた。

「そのような!ただの両刀使いの男なのではないのですか!あなたは皇女なのですよ!世を知らぬなら、騙されておるのですわ!」

駿は、そんな茉希を、まるで観のように手を上げて黙らせると、落ち着いて言った。

「主もそれが慕わしいか。」

茉奈は、下を向いたまま答えた。

「…分かりませぬ。ただ、いろいろと話しておる中で、考え方が同じなのだと気付きました。我を理解してくれるかたなのだと思いました。穏やかで、我の事はただ、想う事を許して欲しいと。そのような仲には無理強いせぬと。」

茉希は、険しい顔で黙っている。駿は言った。

「いずれはバレようぞ。どうあっても思い合えば最後には行き着く場所は同じ。名も男でも字が違えば居る名であるし、主は父上に似ておって声も低めで顔立ちも男でも通用する。性質も、そこらの男よりよほど気概があるしな。だが、体は女。その時、相手が主をどう想うのか考えた事はあるのか。謀ることになるのだぞ?良い思いはしまい。」

茉奈は、がっくりと肩を落とした。駿が言うように、ずっと隠してはおけない。そしてその期間が長ければ長いほど、知った時相手のショックは大きく、不信感が募り、関係は壊れてしまうだろう。

茉奈の様子を見て、茉希がホッとしたように言った。

「…そうよ。無理があるのだから、あなたはあなたの無理を通そうとせず、お父様の申される通り、時が参ったら皇女として他の宮の王にお仕えするのです。世はそんなもの。大変な手練れだと聞いた龍王妃様とて、あのようにしとやかに貴婦人として奥へ入っておられる。回りに従うのが、結局は幸福なのですよ。」

しかし、駿は茉希をチラと見ると、言った。

「我はそうは思いませぬ。」茉希が驚いた顔をしたが、駿は真面目な顔を崩さずに言った。「どんな命でも、生まれたからには己の良いように生きる権利があると思うておりまする。父上も、だからこそはぐれの神を受け入れ、それが偽りであるやもしれぬのに、宮で仕えることを許される。もちろん、それが己の分を弁えずに迷惑を掛けた時は容赦なく罰せられますが、機を与えておるのです。ならば我が血族の茉奈にも、機を与えて良いと思うております。男女の違いなど、その神の努力次第で乗り越えられるものだと我は思う。ゆえ、茉奈が良いようにしたいと考えております。」

茉希は、呆気にとられた顔をした。しかし、息子とはいえ駿の地位は茉希よりも高い。駿が決めたことを、茉希が覆すことは出来ない。それでも茉希は言った。

「茉奈の勝手を、王にもご相談せずに許すと申すのですか。皇女であるのに、そんなことは許されるはずは…、」

駿は、パンッ!と椅子のひじ掛けを打った。茉希は、ビクッと身を縮めて黙る。駿は、静かに言い渡した。

「此度、茉奈は立ち合いには出さぬ。」茉奈が顔を上げるのに、駿はにこりともせずに続けた。「別にこんな遊びの試合など我にも判断が出来る範囲であるのでそう決めただけぞ。しかし、今母上が申された通り、主が正式に軍に入るとなれば別ぞ。父上の軍隊であるし、父上がお決めになること。我が軍は血筋正しい者たちばかりではないからの。反対なさるやもしれぬ。それに、女である事実は消せぬ。主がその、誰だか知らぬが指南してくれた相手とか申す者に、ずっと黙っては居られぬぞ。そこは、主が判断するが良い。我は主の生き方を否定はせぬ。だが、主自身が後悔せぬようにな。」

茉奈は、兄を誤解していた。駿は、思っていた以上に理解のある神だった。刀を握ることを教えてくれたのは母だったので、母が一番の理解者だと思って来たが、しかし実際は、ずっと幼い頃から共に育った兄の方が、茉奈をよく知っていて、考えも近かったのだ。

茉奈は、涙を浮かべて頭を下げた。

「はい。感謝し申す、兄上。」

茉希は、むっつりと黙り込んでいる。

このままでは、恐らくは寝室は同じなので、寝る間も無いほど小言を言われて続けると思った茉奈は、駿に頼み込んで、兄の寝室でその夜は休むことになったのだった。

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