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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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茉奈

それから、時が過ぎるのも忘れて立ち合っていた二人だったが、さすがに辺りが暗くなって来て、月明かりが差し込むようになると、定佳は言った。

「…手元が暗くなって参ったの。名残惜しいが、そろそろ終いにするか。」

茉奈は、それを聞いて残念そうな顔をしたが、もう結構な時間立ち合っている。茉奈自身も、疲れているようだった。

「定佳殿、感謝しまする。兄でも面倒がって相手をしてくれぬのに、このように長い間…何やら、つかめたような気がします。」

定佳は、刀を鞘へと戻して微笑んだ。

「主は筋が良い。耐久力もあるしな。兄が言うことは気にするでない。あれは出来すぎぞ。ゆっくり追いついて参れば良いと思うぞ。どこの宮でも、兄を追って参るものなのだ。主は男にしては華奢であるし、力の強さを技術でカバーせねばならぬから最初からハンデもあるのだ。」

それを聞いた茉奈は、少し驚いたような顔をしたが、少し考えてから、フッと笑って頷いた。

「体型のハンデは我も分かっておりまする。兄上には、いつか絶対に技術で一泡吹かせてやりたいといつも思うておりますから。」

何やら、嬉しそうだ。

定佳は、いったい何が嬉しいのか分からなかったが、茉奈を促した。

「では、参ろうか。茶でも飲むなら、中庭が臨める場所に椅子があったゆえ、そこで飲んでも良いがな。」

茉奈は、定佳に並ぶと頷いた。

「参りましょう。お話を聞かせて頂きたい。立ち合っておって、話も出来ておらぬし。我は西の島のことは何も知らずで。兄上だって、いつも父上の代わりに宮を任されておるので外へ出たことがなく、今回初めて出ていらしたのに、我らは同等でありまする。」

定佳は、苦笑した。弟が兄をライバルとして張り合うのは、よくあることだ。しかし、そのうちに自分の立場を弁え始めて、忠実な臣下になって行く。そんなものなのだ。

定佳は、まだ幼いところもある茉奈を、心底愛らしいと思っていた。こんな相手は、今まで出会ったことがなかった。茉奈は、こちらに媚びることもなく、ただ軍神として必死に精進して、真正直な神だった。太刀を交わしていたら分かるのだが、真っ直ぐで潔い性質のようだった。

曲がったことが嫌いなようで、それが実戦向きではない立ち合いになってしまい、相手に利を与えて型が崩れて一本取られてしまう。

そんなところも、定佳に慕わしいと思わせた。茉奈は、そんな定佳の気持ちには全く気付いていないようだったが、中庭が臨めるホールへと到着し、二人で椅子へ座ってからも、嬉しそうに龍の宮の侍女が持って来た茶を飲みながら、言った。

「定佳殿の指南は、大変に分かりやすくて我は少し、うまくなったように思えました。兄はただ闇雲に押して来るだけなので、何が悪いのか、分かった時にはもう終わっている感じで。それが、定佳殿は太刀で促してくれる。あのように立ち合えれば、もっと腕を上げられるのにと思い申しました。」

男にしたら高めだが心地よい声に癒されながら、定佳は微笑んで頷いた。

「それはよう言われるのだ。翠明の皇子達を指南した時も、同じように言われたものよ。いろいろな性質の者が居るからの…我らは、そう強いわけでもない王であるからな。主の兄や父のような大きな気を持つ王達は、己もそうやって教えられておるからそうやって教える。だが、我らはそうではないから。王とはいえ、そこまで大きな気は持っておらぬのだ。」と、ふと気になった。そういえば、茉奈の気は観や駿に比べたら極端に小さい気がする。「…そういえば、主はまだ成人しておらぬか?気がまだ満ちておらぬような。」

それを聞いて茉奈を見て、定佳は途端に後悔した。茉奈は、悲し気な顔をして、うつむいていたのだ。

もしかして、生まれながらに気が小さい神か…?

定佳は、そう思った。たまに、気が大きな親からそれを継がずに生まれる神が居ると聞いている。獅子の王の観の気の大きさは、いつも目の当たりにしていたし、皇子の駿もそれを継いでいてそれは大きな気を持っていた。だが、同じ観の皇子である茉奈は、それほどの気を持っていない。

顔はそっくりで気の色も似ているので、間違いなく観の子であるのは分かるのだが、気の大きさが格段に違った。

そうだとしたら、気にしているだろうことを言ってしまった、と定佳が困っていると、茉奈はそれを感じたのか、顔を上げて、定佳に無理に笑って見せた。

「良いのです、定佳殿。我は生まれながらこうであるので。確かにまだ成人まで少しありますが、ここまで育ってこの大きさなのですから、恐らくはここまででしょう。ですが、母が己の身ぐらいは己で守れるようになるのだと、共に刀を握って訓練場へと立ってくださった。元々、母は父と共に戦う軍神であったので…此度も、その事で我らこちらへ参りました。」

定佳は、けなげに笑う茉奈にも心が掴まれたが、茉奈の母が立ち合うと聞いて驚いた。女の軍神…本当にいたのだ。

「…それは、主の母は頼もしいの。神世ではとかく、女はしおらしくという風潮があるが、我は王を助けて戦う主の母は素晴らしい女だと思うぞ。そのような妃を持つ観殿の、目の正しさもの。」

茉奈は、それを聞いて驚いたような顔をしたが、今度は作り笑いではなく、本当に嬉しそうに笑った。

「誠に?定佳殿は、そのような女でも偏見を持たれておりませぬか。」

定佳は、頷いた。

「我はの、ただ守られて王の苦労など知らずに笑って茶を飲んでおるだけの女など好かぬでな。それでというのでもないが、慕わしいと思う女にも出会っておらぬ。ゆえ、妃も一人も持っておらぬのだ。」

茉奈は、驚いた顔をした。

「え、一人も?」

定佳は、さも嫌そうに頷いた。

「臣下がうるさいし、炎嘉殿から言われて一度妃を娶ったが、気持ちが無いゆえ放って置いたら事件を起こしおって、大変な騒動になった。もう、女は懲り懲りよ。」

茉奈は、深刻な顔をした。

「それは…確かに。」と、ふと定佳を見た。「本日会ったばかりで申し訳ありませぬが、無礼であったらお許しいただきたい。もしかして、定佳殿は両刀であられるか?」

定佳は、話の流れからそうなるかもしれないと思っていたので、それに、茉奈には自分のことを知って欲しかったのもあり、答えた。

「良い、我からあのようなことを言うたのだし。我は、両刀では無いのよ…主にしては珍しく思うやもしれぬが、今言うたような理由で、女には全く興味がわかぬで。男にしか、興味が持てぬのだ。」

茉奈は、小さく息を飲んだ。定佳は、これで茉奈が距離を置くなら仕方がないと思った。神世では、そういう神も珍しくないので、表立ってそれを批判することはないが、それでも自分がそうではない場合、その対象にならないために、距離を置くものだ。茉奈が自分に距離を置くなら、それは仕方がない。その昔、翠明を想って断られた時から、定佳は相手に無理強いするような気持ちにはなれなかった。ただ、待つような恋愛しかして来なかったのだ。

そして、そのほとんどが破れて来た。

茉奈は、そのまましばらく絶句していたが、しばらくして、言った。

「…ならば、いろいろとお苦しいこともありましたでしょう。」茉奈は、そう言って定佳をその、美しい緑の瞳で見つめた。「我とて女には興味はありませぬ。誰かを想うということが、これまで無いので分かりませぬが、しかし己の興味の無い性の者を勧められるほど、面倒なことはありますまいな。」

茉奈からは、定佳に対して距離を置くような様子は見られない。

定佳は、驚いた。こうして二人っきりで話しているのに、普通なら自分が対象になるのではと、早く席を立ちたがるものなのだ。少なくても、これまではそうだった。

だが、茉奈は自分に寄りそうようなことを言った。あまつさえ、女に興味が無いとまで…。

「…主は、我が自分を対象にするのではないかと居心地悪く感じぬのか。」

茉奈は、それを聞いて柔らかく微笑むと、首を振った。

「そのような。定佳殿は、こんな我のために時を割いて相手をしてくれる、大変に気持ちの大きな神であられる。我は、その性よりも相手の性質を見ますゆえ。これからも、友人として同席させて頂きたいと思うておりまする。」

茉奈のその微笑みは、定佳の心の最後の堰を破った。茉奈は、間違いなく自分の理想の神だ。姿だけではなくその真っ直ぐな性質も、話す声も、そして考えの柔軟さも、何もかもが、定佳の心を捉えて離さなかった。

思わず茉奈の手を握った定佳は、驚いて頬を赤くする茉奈に向かって、言った。

「我は、主を想うても良いか。無理強いはせぬ。ただ、我は最初に一目見た時から、主に惹かれてならなかった。立ち合っておって主の気質は分かるし、話しておって更に我の心の琴線に触れる。ただ、主を想いたいのだ。」

茉奈の手は、刀を握っているので形がついていて、いくらか硬い場所があったが、しかし細くて美しい手だった。茉奈は、しばらくじっと考えていたが、真剣な顔で、言った。

「…定佳殿。」茉奈は、定佳の目をそれはじっと見上げて、言った。「我を想うてくださるとおっしゃる。だが、それは我の性が男だからですか?それとも、我自身が好ましいと思うてくださるのか?」

定佳は、それを聞いてハッとした。男だからか?もし、茉奈が女であったら…。

「…主が女であろうが男であろうが、我は主が慕わしい。」定佳は、必死に言った。「ただ主が、主という命が慕わしいのだと思う。このように短時間で、こんなことを言い出してすまないと思う。だが、我は本当に、今までこれほど必死に想うことなどなかったのだ。想われても想うことは出来ぬし。ただ、娶るだのそのようなことは超越して、ただ主を想いたいと、今は思うておる。」

茉奈は、真剣な目でじっと定佳を見つめていたが、頷いた。

「定佳殿がおっしゃることを、信じましょうぞ。ならば我を想うてくださって良い。我も、定佳殿がどのようなかたなのか、これから知って行きたいと思うておりまする。ただ、表立っては…兄も父も、そのようなことには寛容ではないであろうし。こちらから、時がある時にご連絡を致します。その折に、語り合って知り合って参りましょう。そうしておれば、定佳殿も我が思うようでないと思うこともあるかもしれぬし、性急に事を進めてはお互いに後悔しましょうほどに。」

定佳は、その言葉に茉奈の思慮深さを感じて、頷いた。確かに、これでは性急過ぎた。だが、自分は本当に慕わしいと心から思える存在を見つけたのだと思った。直感のような啓示のような、何かが知らせるような感覚がして、 う茉奈から目が離せなくなっていたのだ。

「このように性急に、すまぬ。だが、我は主と話して分かり合えるかと思うと、誠に嬉しく思う。」

茉奈は、それを聞いて定佳に握られている手に力を入れて、握り返した。

「我こそ。不思議な心地でありまする。まだよう分からぬが…もしかしたら、我は定佳殿を慕わしく思い始めて居るのやも知れぬと、思うたゆえのことでありする。」

定佳は、それを聞いて心底嬉しくて、本当は抱き寄せたかったが、我慢して握る手に力をこめた。

「主とこれからも語り合えると思うと、心が躍る。主に出逢えて、誠に良かった。」

何やら覚悟を感じる表情の茉奈だったが、頷いただけで、それ以上は話さなかった。

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