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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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夜の庭

時は戻って夜、維心が部屋へと帰った時間に、白蘭はどうしても寝付けなくて、仕方なく庭へと出た。

本当は、夜も更けてから外へ出るなど、しかもたった一人で出るなど絶対にダメなのだとは知っていた。だが、義心に会えるかもと思って会えなかった白蘭にとって、それはとても辛くて、我慢の出来ないことだったのだ。

どうせ、義心も居らずで誰に見とがめられることもないのだ。

そう思って、白蘭はそっと、寝室の窓から外へと歩み出た。


翠明という王が司る、この西の島南西の宮というものは、大変に大きなものだった。もしかしたら、最上位だと聞いている、父の白虎の宮と同じぐらいの規模はあるのではないだろうか。

白蘭は、どうせ誰も居ない庭の中、池のほとりまで来ると、そこで両足を投げ出して座り込んだ。

思えば、宮へ来てからついぞこんなことはしたことが無かったが、それでも幼い頃から母の里ではよくこうやって過ごしていたものだった。

…また、あの村へ帰りたいなあ…。

白蘭は、そう思った。自分のことを、周りは大切にしてくれた。大きくなれば稼ぐだろうと、親戚は思っていたようだったが、兄の志夕がそれを阻んで、疎ましく思われ、宮へ連絡すると、志夕ばかりか白蘭も一緒に迎え取られてしまい、親戚はその後、生活に困っているのだとは兄にも聞いていた。

親戚が自分を大切にしていたのは、母亡き後の食い扶持として、白蘭が育った後使おうと思っていたからにほかならず、兄がそれを気取っていて、庇っていてくれたのだと後で知った。

白蘭はそんなことは全くわかっていなかった。ただ、自分を守らせる男さえいれば、それでいいと思っていたし、親戚の事も、まさか母の代わりに働かせようと思っていたとは思っても居なかったのだ。

それを知った今も、もうこれほどに不自由なら戻っても良いか、と思ってしまっていた。

義心以外なら、もう誰でも同じなのだ。兄が言うように、男とは身持ちの硬い女が良いらしい。義心は、恐らく自分の過去を知っているのだ。それで、蔑んで自分のことなど娶りたくないと思っているのだろう。だったら、ここに居てももう、仕方ない。どう我慢しても、過去は変えられない。その過去がある限り、自分がこの先誰を慕わしいと思おうと、きっと誰も自分を受け入れてなどくれぬのだ。だったら、もう表面上でも大切にしてくれて、自由のあるあの村へ帰る方が、自分にはいいのかもしれない。

そう思って足を投げ出して腕で後ろ手に体を支え、月を見上げて居ると、目の前の茂みから、何かがぬうっと歩み出て来た。

「!!」

白蘭は、いきなりのことに驚いて、固まった。すると、その影は月明かりの中で、背の高い、がっつりした体型の、着物姿の男なのだと分かった。

「?!」

相手も、驚いたようで白蘭の数メートル手前で立ち止り、固まった。白蘭はその時、初めて顔を見たのだが、目は月明かりに若葉のような緑に見え、髪は茶色なのだと分かった。そして、かなり凛々しい顔立ちなのだと思った。

「あ、あの…」白蘭は、急いで座ったまま足を畳むと、頭を下げた。「申し訳ありませぬ。誰も居らぬと思うて。」

相手は、それでハッと我に返った顔をすると、首を振った。

「いや、我こそ、寛いでおるところをすまぬな。誰か居るなどと、思わなんだゆえ。」

言い訳のように聞こえる。とはいえ、こんな所で足を投げ出して座っていた、白蘭が悪いのは分かっていたので、白蘭も申し訳なさげにもじもじとしながら、答えた。

「我のせいですわ。もう、嫌になってしもうて…このように。」

相手は、それには少し、気になったのか言った。

「嫌に?…見た所、主はそこそこ地位のある女であろう?どこかへ嫁げとか言われたのか。」

白蘭は、息をついた。

「いいえ。我が嫁げるような場は、無いかと思いましてございます。あの…我は、長く母のもとで育ちましたので、父に見つけられて宮へ迎え取られたのはほんの数十年前で。今ご覧になった通り、嗜みも何も無いのですわ。」

相手は、少し驚いた顔をした。そして、少し黙ると、白蘭に寄って来て、隣りに座った。

「主の気が済むのなら、話を聞こうぞ。我だって、腹にいろいろあるしな。主の心地は分かるつもりぞ。」

普通なら隣りに男が座ったら皇女ならドギマギするだろうが、白蘭はあいにくそうではないので、普通に言った。

「お話を聞いてくださるのですか?とはいえ…我には、何もお返し出来ることはありませぬが。村に居った時ならあり申しましたが、今はそれはならぬと言われておって。」

相手は、顔をしかめた。

「どういうことか何とのう分かるが、我はそんなつもりはこれっぽっちも無い。なに、我だって腹に抱えて誰にも言えぬことがあって、それがもやもやとして眠れずで、こうやって庭をうろついておる時もあるのだ。我も主の話を聞くが、主も我の話を聞く。そして、お互いに他言無用。それでどうよ。」

白蘭は、なんて簡単な取り決めだろうと、飛びついた。

「そんなことでよろしいのなら、是非に!では、我から先に。」

こういうことは、先に話した方が不利なのだが、そんなことは考えることも無いようだ。

白蘭は、相手の思惑など知らずに、前の池を見て、話し始めた。

「…我は、元々ある集落に住んでおった庶民でありました。母は、男の客を取って生活をしている女で…ある日、ふらっと立ち寄った父との間に、我と兄が出来たのだと言うておりました。我には、幼い頃から身を守るために男に取り入るようにと教えておりまして、兄は父の血のせいか、幼い頃から双子とは思えぬ賢さで、母にも親戚にも疎まれておりました。兄は、我にも母は間違っているのだと教えてくれましたが、我は意味が分からなかった。なので、母の教え通りに、特に慕わしいとも思わぬ男に、守らせるためだけに通うことを許しておりました。そうして、母が亡くなって我を母と同じように働かせようとしておったのを、兄が阻止しておるのを疎ましく思った親戚が、父に知らせましたの。そうしたら、親戚としては思ってもおらなんだようですが、我も共に引き取られたのですわ。今では、あちらも生活に困っておることでしょう。」

相手は、そこまで一気に話した白蘭に、目を丸くして聞いていた。育ちのいい男なら、そんな話は聞いたことも無いだろう。

白蘭が少し、恥ずかし気にすると、男は慌てて言った。

「その…驚いたが、そういった境遇もあるのだな。我は、知らぬことも多くて驚いたことよ。して、引き取られた後、宮で学んだのであろう?」

白蘭は、案外に相手がこちらの事を責めるでも蔑むでもなく聞いているので、安心して頷いた。

「はい。考えられぬことでしたわ。兄は間違っておりませなんだ。でも、そんなことが分かったからと、生きて来た過去は変えられませぬ。兄は真正直に生きておりましたので、特に支障もありませぬが、我は…。男性経験の多い皇女など居らぬと、父王も眉を寄せておりましたし、乳母も困り果てておりました。そして、神世の考え方を教えてもろうても、急には変えられませぬ。ゆえ、それまでと変わらず、さすがに体の関係にはなりませなんだが、軍神や侍従と話したりしながら生きておりましたの…。」

相手は、神妙な顔をして頷いた。とはいえ、どこまで分かっているのか分からない。恐らくは、この相手もそれなりの地位があるのだろうと思われたからだ。

その相手は、美しい顔に真面目な色を浮かべて、白蘭を見た。

「では、主はこれからも精進するよりないということか。しかし、それに嫌気がさしたと?」

白蘭は、笑って手を振った。

「いいえ。皇女らしゅうなるように、努めるのは仕方がないことだと思うておりまする。ですが…此度、生きて来て初めて、慕わしいと思う殿方に出会いましてございます。」と、ふっと顔を曇らせた。「それなのに…我は、あのような過去があるから。兄にあれほどに言われておったものを。あんな生き方をしていた事実は消せませぬ。これから先、いくら努力しようとも、もし他の殿方を想うようになろうとも、我はずっと、過去を引きずって行かねばならぬ。そう思うと…何もかも嫌になって。もう、あの村へ帰ろうかと思うほどでありまする。」

客を取る女にならねばならぬのにか。

相手の男は、それには首を振った。

「ならぬ。主な、少し考えてみよ。己の行いとて、ならば今はどうよ?本当に、非の打ち所がない皇女であるのか。ならば、過去がどうの詮索などせぬで、さっさと娶る男の方が多いぞ。我が思うに、主は宮へ来てもまだ、軍神や侍従と話したりしておったのだろう。こちらの皇女は、そのように軽々しく男と口を利くことなどないのだ。体の関係など論外ぞ。それをしておらぬからと、話して良いという考えは間違っておる。王にしたら、そんな女と迎えて、他に男を通わせられでもしたら、己の恥になると警戒するのだ。その、男と接することからまずやめねばならぬわ。まあ、我も男であるのだが、我は主にどうの思うておらぬ。」

白蘭は、拗ねたように相手を見た。

「そのような…幼い頃から優しくしてくれたのは男のかたでありましたのに。それでも話すなと?」

相手は、察しの悪さに若干イライラしながらも頷いた。

「そう。他の男の子を身ごもったりしたらなんとする。王としたらやってられぬではないか。そんな軽い女を娶ることは、下々の臣下でもなかなかないぞ。主、本当に過去と決別したいと思うておるのなら、過去など嘘であろうと思わせるような完璧な様が必要なのだ。過去がそうなら、尚更よ。心を入れ替えよと申すのだ。そこまでに努めてやっと皆と同じ位置に立つことが出来よう。とはいえ、主はかなり高い位置の宮の皇女よな?なんとのう、聞いておって分かるが。」

白蘭は、頷いた。

「我は、白虎の宮第一皇女でありまする。」

相手は、仰天した顔をした。最高位ではないか。

「ならば父王も持て余そうな。本来、臣下は顔すらもはっきり見た事が無いはずの皇女であるのに、出て来て軍神や侍従と話しておったなど…」と、息をついた。「では、主はどうしたい。誠、嫁ぎたいと思う男が居るのだろう?ならば、そやつのためにもきちんとした皇女にならねば。」

白蘭は、身を乗り出した。

「もちろん、その可能性があるのなら、我は努めて参りたいと思うておりまする。あの村で親戚のために働いて死んだ母の事は、忘れておりませぬし…では、どうしたら良いのでしょう。我は、何から始めたら良いのでしょうか。」

相手は、うーんと唸った。何からと。手の付ける場所どころか、足の踏み場もないといった感じに見えるのだが…。

「…まず、男のことを頭から消すのだ。」相手は、真面目な顔で言った。「その、思う男のことだけにせよ。話すことも視線を交わすことすら、その相手の男に見られておると思うてやめるのだ。本当に誰がどこで見ておって何を話すか分からぬ神世ぞ。いつでも見ておると思うて、まず、そこを治すのだ。出来るか?」

白蘭は、自信なさげにした。だが、確かに誰に告げ口されるか分からない。侍女も侍従も余るほどいるのだ。誰にも、興味があるようなふりをしてはいけない。

「…分かりましたわ。絶対に、もう誰に見られてもあのかたに見られておると思うて、男のかたとは話すことも視線を向けることも致しませぬ。他には?」

相手は、顔をしかめて首を振った。

「一気には無理ぞ。主の話を聞いておったら、まず根本的にそこを直さねば後は無理よ。とにかく、思う男のことだけを考えよ。で、次の段階は、それが出来ておると我が判断したら考える。それで良いだろう。」

白蘭は、真剣な顔で頷いた。

「はい。でも、ではどうやってあなた様とご連絡を取ったらよろしいのでしょう。」

相手は、うんざりしたように言った。

「もう、こっちから何とかするゆえ。男と話さぬのが前提であるし、我と話すと同じなのだが知っておるのが我だけであるしそこは仕方がない。主がどんな様子なのかは、見ておったら分かるしな。では、そういうことで。」

相手は、立ち上がった。白蘭は、驚いてつられて立ち上がりながら、慌てて言った。

「え?ですけれど、あなた様の心に詰まっておることは?お聞きするお約束でしたのに。」

相手は、不貞腐れたような顔をすると、言った。

「主の話を聞いておったら、そんな面倒は忘れてしもうたわ。また面倒を抱えてしもうた心持ちになってしもうた。だが、約したことは違えぬから。主が変なことをしたら、我にも聞こえるぞ?その男にも伝わろう。そう思うて、努めるが良い。」

相手が立ち去ろうとするので、白蘭は慌ててその袖を掴んだ。

「お待ちくださいませ!我は、白蘭。あなた様は?」

相手は、息をついて振り返った。

「緑翠。」と、声を潜めて続けた。「この宮の翠明の第二皇子ぞ。主、我のことは決して誰にも言うでないぞ。主とこんな所で二人で話しておったと聞いたら、兄も父も何を言い出すか分からぬではないか。主だって想うてもおらぬ男に嫁がされたら嫌であろうが。その男のためにも、我のことは他言無用ぞ。分かったな。」

白蘭は、いくら美しい神でも義心以外と婚姻など今は考えられなかったので、何度も頷いた。

「はい!はい、わかっておりまする。では緑翠様、よろしくお願い致します。」

頭を下げる白蘭に、緑翠は自分が塞いでいたことも忘れて、面倒を抱え込んだなと、急いでその場を後にしたのだった。

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