会合の席で2
王達はというと、いつものように淡々と議題を処理して会合を終えた。
皆で一斉に宴が執り行われる大広間へと移動している間に、気が付くと志心も脇を歩いているのを見て取った。
焔が、それを見て遠慮なく言った。
「お、志心。主も今回は宴に出るか?そういえば、皇子を連れて来ておったの。皆に披露目ておこうということか。」
志心は、頷いた。
「我ももう、いい年になったゆえ。志夕にもこういう場を教えておかねばならぬと思うてな。とはいえ、後ろで見せておく程度、まだ成人しておらぬしな。」
「なんだ、同席させぬのか。」焔は、残念そうに言った。「まあ、酒が飲めぬのだから退屈であろうしな。そういえば、皇女もついでに連れて来ておるのだろう。それはどうするのだ。」
志心は、歩きながら首を振った。
「あれはまだ幼いし、ただの社会勉強のために連れて参っただけ。ゆえ、控えでおとなしゅうしておるように言うておる。他の宮にも慣れて、少しは皇女らしゅうなってもらわねばならぬからな。」
観が、それを聞いて言った。
「我も皇女は居るが、しかし茉希の子であるから気が強うて撥ねっ返りよ。茉希に厳しく躾けられておるから礼儀は弁えておるが、もっぱら茶会より立ち合いの方が好きらしい。困ったものよ。」
炎嘉が、驚いたように観を見た。
「年頃の皇女に立ち合いをさせておるのか?まあ、主の宮では保身のためにも必要であろうが、縁遠くなろうぞ。そこそこで嫁にやった方が良いのではないのか。」
観は、顔をしかめた。
「分かっておるが、本人がその気になってくれぬから。茉希も早く危ない宮を出したいようであるが、そんなわけでまだまだ嫁ぐことなど出来まいな。まあ、駿が居るゆえ誰もあれには手を出せぬだろうし、しばらくは様子を見るつもりでおるよ。」
維心は、それを黙って聞いて先を歩いていた。白蘭を宴に出さないのは安堵したが、それでも同行したからにはこうして話題に自然に上る事を期待してのことなのだろう。宴の席で内々に打診などと言うことも考えられる。そんな会話には入らないのが一番だった。
宴の席には、それぞれの王妃達は同席していなかった。
維心が維月を、炎嘉を気遣って出さない事にしていたので、皆それに合わせた格好だ。
上位の王達が上座へと腰掛け、翠明が宴開始を宣言して、宴は滞りなく開始された。
それも問題なくスムーズな様子で、綾の指示は完璧であるようだ。
何度もリハーサルを繰り返したと翠明が言っていた通り、侍女達は落ち着いた様子で給仕していた。
綾は本当に出来る妃であるらしい。
炎嘉が、そんな様子を見て感心したように息をついた。
「誠に、本日は混乱を覚悟しておったのに。これならこれからもこちらで会合をして、問題ないの。さすがに鷲の王妃であった女を妃に持つと何事もそつのないことよ。」
焔がそれを聞いて、神妙な顔をした。
「確かにあれはかなり幼い頃より宮で過ごして何事もよう弁えて采配する妃であった。ただやはり、あの頃には性質に問題があって、父も遠ざけておったのだがの。」
炎嘉は、それに顔をしかめた。
「それは父王が悪いのだ。躾が悪いとそうなるのだぞ?まして幼い頃からなど。翠明は良い夫なのだろうて。今では模範的な皆の羨む王妃ではないか。やはり二人の王に正妃に選ばれるだけはあるの。羨ましい限りぞ。」
観が、それを聞いて脇から言った。
「とはいえ主は妃を娶っておらぬではないか。そんな風では正妃など見つからぬわ。」
炎嘉は、それに真面目な顔で答えた。
「そうよなあ、それは我も思うておるところ。宮があれでそれどころではなかったが、そろそろ考えようかと思うておるところよ。まあ、良い女神が居ればということであるが。奥に妃が溢れるのは前世で懲りたゆえな。今生はよう考えてと思うておる。」
それには焔が何度も頷いた。
「我とて同じ。妃など一人二人で十分よ。多いと面倒も増えて手が付けられぬようになる。維心や翠明のように、誰か一人が気に入ればそれだけで良いのだ。跡目争いも無いしな。」
志心が、少し驚いたような顔をした。炎嘉が、妃を娶ると言っているからだ。維月とのことを知っている志心からすると、炎嘉の心境の変化は気になるところだろう。
だが、何も言わなかった。
維心は、それを聞きながら下座の方を眺めていた。
言っていた通り白蘭は居らず、志夕が、今回欠席している箔翔の代わりに来た箔炎と共に座り、何やら話しているのが見えた。そういえばあの二人は友なのだと聞いている。箔炎の方がどっしりとしているのは、前世王として長く君臨したことを、その命が覚えているからなのだろうと、懐かしく見た。
すると、炎嘉の声が維心を呼んだ。
「維心?何を見ておるのだ。」
維心は、炎嘉を見た。炎嘉は、維心が見ていた先を見て、うんうんと頷いた。
「おお、箔炎か。あれも前世と全く同じ気で生まれおってからに。だが、何も覚えておらぬから、まだ子供よな。我らと話しが出来る段階にはまだほど遠い。」
維心は、炎嘉に答えた。
「それにしても育ったものよ。あれは恐らくもう、前世の記憶など戻しはせぬが、それでも今生は、少しはマシな生を歩んでおるようで良かったことよ。」
焔が、目を細めてそちらを見た。
「箔炎か。同族であるからの…あれも長く孤独であったと聞いておるし、少なからず我が引き籠ったせいで、それに倣ったからなのではないかと責任を感じておったのだ。今生、幸福にしておるのなら安堵するもの。」
炎嘉は、焔を気遣うように言った。
「箔炎は父王と母のせいでああなっていたのよ。主のせいではない。それに、もしそうだとしても前世の主はもう死んだのだ。今生でその責を負うことはない。」
焔は、苦笑した。
「分かっておる。」と、湿っぽい雰囲気になるのを変えようと、続けた。「志心の皇子と仲が良いようではないか。箔炎の方が少し、雰囲気に重みを感じるのはやはり前世のせいかの。」
志心は、言われてそちらへ目を向けながら、言った。
「箔炎に敵うはずなどないわな。あれはまだ宮へ来て数十年で、皇子として扱われるのにやっと慣れて参ったところよ。こうして王族が集う場へと連れて参って、少しでも王族らしゅうなるようにと気を遣っておる最中。しかし、志夕は幸い真面目でよう勉学にも励むので、我はあまり案じてはおらぬのだ。そのうちに、我の跡目を継ぐべく育ってくれるだろうと思うておるよ。」
すると、観が口を開いた。
「まだ成人もしておらぬのだから、まだまだこれからよ。我が皇子の駿は、おっとりしておったら臣下にでも殺されるゆえそうは行かなんだがの。皇女は…先ほども言うたように、守られておるばかりの女ではならぬとあの環境であるゆえああなってしもうて。茉希は、立ち合いばかりではなく手習いも裁縫もさせておるから問題ないと言うが、あれでは他の宮の王では腰が引けてとてもでないが娶ろうとは思わぬだろうと案じられてならぬわ。」
志心が、それには何度も頷いて同意した。
「娘にはどこも困らされるものよ。手習いも裁縫も、やっておるなら良いではないか。我が皇女は、最近は何やら沈み込んで何も手に着かぬ様子で、手習いも進まぬと乳母から苦情が参った。」
観は、片眉を上げた。
「主の皇女というと、確か…主に似て美しいと噂に聞いておるが。最上位の宮の美しい皇女であれば、少しぐらい書が不得手でも嫁ぎ先はあろうが。それにしても、沈んでおるとはいったいどうしたことぞ。」
維心は、スッと眉を寄せた。その話題には、入りたくない。
だが、観は何も知らないのだから流れからそうなってもおかしくはない。
維心が黙って盃に口を付けていると、志心は答えた。
「乳母に聞いた。この間の、龍の宮の催しよ。社会勉強にもなろうかと、志夕と一緒に行かせたのだ。ある程度の振る舞いが、己の判断で出来るようになっておるかと侍女も付けずにな。龍の宮なら間違いは無かろうし、良い機会だと思うたので。確かに間違いなど起こらぬで…だが、あれは勝手に立ち合いの場に立つ神を、見染めて参ったのだ。そのせいで、毎日鬱々と部屋に籠って学びも進まぬのだ。」
炎嘉は、チラと目だけで維心を見た。維心は、素知らぬふりで酒に口を付けているだけだ。焔は、その空気に何やらまずいのかと割り込んだ。
「ま、どこの宮の皇子であっても当人同士のことであるし。あの時出ておったのは若い皇子ばかりであろう?我が宮からも烙が行って…」焔は、ハッとした。そういえば、烙はその頂点に立った。維心から刀をもらって戻って来たのではなかったか。しかも、燐に似てそれは美しい容姿…。「ちょっと待て、まさか、烙?」
志心は、ため息をついて首を振った。
「そのように敷居の高い。あれは、庶民として育っておるからあまりに高貴な血筋では引け目を感じるのか嫁ぎたいとは思わぬようよ。とはいえ、龍の宮の神となれば敷居が高いのは誰でも同じではあるがな。」
焔は、ホッとした顔をした。最上位の白虎の皇女となれば、烙が娶るとなると正妃待遇でなければならなくなるのだ。烙の意思ではなく正妃を決めるなど、前世あれだけ妃に悩まされた焔は、したくはなかった。
炎嘉が、どう割り込んだものかと眉を寄せていると、観が言った。
「龍の軍神ならば維心殿から言えば良いだけのことではないのか。それほどに序列が低い軍神なのか?」
志心は、首を振った。
「筆頭よ。義心を見染めて参ったらしいのだ。」
志心は、穏やかにそう言い切ると、維心を見た。維心は、無表情に志心とは目を合わさない。観は、何も知らないのでパッと明るい顔をした。
「おお、ならば釣り合うではないか。龍軍の義心となれば最上位の宮の皇女が降嫁してもおかしくない。」
炎嘉は、維心が何も言わないので仕方なく口を開いた。
「…とはいえ、義心は無理よ。」炎嘉は、維心の様子を見ながら言った。「他の宮のことで我が何某か言うのもだが、しかし義心は頑なに妻を娶らぬ男で。前世の維心と維月の死後、その娘である緋月が降嫁したが、初日通っただけであとは一切通わずで、そのうちに緋月は世を去った。あれはそういう男ぞ。あれでもう、大した歳であるしな。今さらに誰かを娶るなどなかろうぞ。」
志心は、ため息をついた。
「分かっておる。なので打診も出来ぬと思うて困り果てておったのよ。しかし、我とて娘のことであるし…悩ましいことよな。」
…そう来たか。
維心は、内心そう思っていた。やはり真正面から来ることは無い。こうして理解を示しながら、周りから攻めて行こうとしているのだ。
維心が険しい顔をしたので、炎嘉が更に庇おうとしたが、これ以上炎嘉が自分を庇って、維心と炎嘉の仲を変な風に勘ぐっている志心の不興を買うことがあっても面倒なので、維心がそれを遮るように、口を開いた。
「義心は無理よ。炎嘉が言うようにあれは頑固でな。我も他の軍神ならいざ知らず、我が筆頭となるとあれの意向を優先したいと思うておるのだ。何しろ、我の右腕であるからな。煩わせて任務に支障が出るのは我の益にはならぬ。無理に娶るように言うたら、屋敷へ帰らぬようになって任務に支障も出ようほどに。」
観は、怪訝な顔をした。
「しかし、志心殿の皇女はそれは美しいと聞いておるのに。案外にうまく行くやもしれぬではないか。軍神に白虎の皇女など金星であろう?」
維心は、観を少しイラっとしながら見た。
「我の前世の末子が嫁いでおると炎嘉が申したではないか。それでもあれは礼儀だとたった一度通っただけだったと聞いておる。我が皇女でもその有様であるのに、他の宮の皇女など不幸にするだけよ。それに、まだ若かったのにあれはその後軍務を退いたのだ。復帰したのは老いが来ず、我が皇女が死に、我が転生して参ったゆえのこと。我はあれの次を育てぬことには、あれに退かれては困るからの。我の手足を封じようと言うなら、この限りではないがな。」
観は、驚いた顔をした。維心は、義心の動きを封じて自分に敵対するのかという強い言葉を、遠回しに言ったのだ。それだけ、義心は維心にとって重要なコマなのだということになる。
炎嘉は、普通なら割り込むのだが、志心が絡むとあまり維心に肩入れすることも出来ない。どうしたらいいのかと考えていると、焔が言った。
「…ならば無理であるな。」あっさりとした様だった。「現にそういう前例があるのだ。龍には神世に君臨して世を平穏に治めてもらわねばならぬ。その一翼を義心が担っておるというのなら、その動きを封じるようなことはせぬことだ。志心の皇女には気の毒であるが、想いなど叶わぬことが多いもの。まして皇女は宮のために王の言う通りに嫁ぐものではないか。主の皇女の嫁ぎ先は主が決めてやるが良い。その方が、長い目で見れば皇女自身も幸福よ。」
志心は、黙ってそれを聞いていた。だが、頷きも首を振りもしなかった。維心は、さすがに前世の記憶があるだけあって、焔は場を見てどう収めればいいのかすぐに気取るなと感心して聞いていた。何しろ、いつもならその位置に居る炎嘉が、志心相手となるとそれが出来なくなっているのだ。焔がそれを担ってくれるのは、有難かった。




