会合の席で
維心は、いち早く志心の動きを察知していた。
義心が調べたところによると、夕凪がどうやら翠明に問い合わせて会合の折にどこの部屋を割り当てられるのか、警備上の事でと問い合わせていたらしい。
それというのも、志心は今回、会合に志夕を連れて行きたいと考えていて、そして双子の妹である白蘭も、連れて行こうとしているらしい。
そうなって来ると、今回ばかりは義心をあちらへ連れて行くのはやめた方が良かった。白蘭が義心を見て、更に想いをつのらせるようなことは避けたいのだ。
しかし、維月を残して行って、もしも抑えている陰の月が出て来て維心の留守だからと義心と何かあったりしたらと考えると、義心と維月を一緒に残すことも考えられず、いつもなら連れて行かない会合だったが、綾が居るということを口実に、維月も連れて行くことにした。
炎嘉がやっと維月を振り切ったところでまた顔を見せることになるのは心苦しかったが、それでも維心にしたら苦渋の選択だったのだ。
そんなわけで、会合には帝羽を連れて、その他軍神と共に、維月と輿に乗って、維心は翠明の宮へと降り立った。
維心の気持ちなど知らず、維月は翠明の宮に喜び然りだった。
「月からはよう見ておりましたけれど」維月は、眼下に見える翠明の宮を見て、ワクワクと目を輝かせて言った。「実際に参るのは初めてでありますわ。綾様にはよう龍の宮へお越し頂きましたのに、私はそれが出来ずで。此度はお連れ頂いて、とてもうれしゅうございます。」
維月は、なぜ連れて来られたのか知らないので、重い龍王妃の衣装を身に着けられているにも関わらず、大変に機嫌良かった。維心は、苦笑した。
「確かに、最近は月の宮と龍の宮を行ったり来たりしかしておらなんだものな。まあ、たまには良いと思うたのだ。主の友も居ることだし、話せば気持ちも晴れようしの。」
最近、重い案件ばかりだったので、自分を気遣ってくれているのだ。
維月はそう思って、にっこりと微笑んだ。
「はい。維心様にはお仕事であられるのに、私がこのように浮足立っておって申し訳ありませぬわ。」
維心は、維月が何も知らないのでそれはそれで心が痛んだが、それでも維月が楽しいなら良いと思いながら、到着口から翠明の宮へと降りたったのだった。
宮は、スムーズに流れていた。
初めての大きな催しであるので、普通なら大混乱で客は長く待たされるものなのだが、どうやら綾が卆なく采配しているらしい。やはり、鷲の王妃をしていた綾は、それなりの手腕を持った妃であるのだ。
維心は最後なので、もう他の客は綺麗に控えの間へと案内されていて、ガランとしている。そこに、翠明が疲れたような顔で、出迎えて立っていた。そしてその横で、綾が立って頭を下げていた。
「出迎えご苦労であるな、翠明。」
維心が、降り立って維月の手を取って輿から下しながら、そう言った。翠明は、軽く会釈した。
「維心殿で最後であるので、やっと一息という心地でありまするな。」と、脇の綾を見た。「綾がこちらの集まりなどでどのようにしたら良いのかよう知っておって、全て任せておったので、大した混乱もなくここまで来て我も安心しておりますところ。我は誠に幸運であり申した。」
綾は、隣りで耳まで赤くしながらも、扇でしっかりと顔を隠して頭を下げたまま、言った。
「そのような…龍王様の前でおっしゃることではありませぬわ、王。」
確かに、本人に自覚はなくてものろけているのだからそうなるだろう。維心は、苦笑した。
「翠明も良い妃に恵まれて良かったことよ。それで、我も正妃を連れて参った。」と、ベールに包まれた上に中で高々と扇を上げて顔を隠して目を伏せている、維月の方を見た。「主の妃と友であるし、これもたまには気晴らしも必要かと思うてな。」
翠明は、頷いて綾を見た。
「綾も、維月殿が来ると聞いてそれは楽しみにしておって…そのために、準備に励んだと言うても過言ではないほどに。」と、綾を促した。「では、主は龍王妃殿を案内して参るが良いぞ。我らはこれより会合に向かうゆえ。」
綾は、扇の上から目を上げて、微笑んで頷いた。
「はい、王よ。」
そうして、維月に深々と頭を下げる。維月は、自分が話さねば綾から自分に声を掛けることが出来ないのを知っているので、急いで言った。
「綾様。お会いしとうございましたわ。長く文を取り交わすだけでお顔を見ずでおりましたし。我も楽しみにしておりましたのよ。」
綾は、顔を上げて微笑んだ。
「我こそですわ、維月様。さあ、こちらへ。紫翠はようそちらでお世話になっておるようですが、我はもうついて参るほどの歳でもありませぬし。本日は観様も茉希様を連れて来られておりまするの。あちらで茶でもと準備させておりまする。」
維月は、以前に会った茉希を思い出した。あの、これでもかと気の強い、軍神でもある観の妃だ。
「まあ、楽しみですこと。」と、維心を見て、頭を下げた。「では、御前失礼を致しまする。」
維心は、いつもながら外では完璧に龍王妃を演じる維月に、内心苦笑しながらも頷いた。
「行って参れ。」
そうして、自分の侍女二人を背後に、維月は綾と共に翠明の宮の中を歩いて、茶会の席へと向かったのだった。
茶会の席には、綾が言った通り茉希と、それに樹籐の妃である沙耶も居て、相変わらずおっとりとした雰囲気で座っていたのだが、維月と綾が入って来たのを見てすぐに立ち上がった。そして、維月に深々と頭を下げた。
維月は、ベールを下ろして言った。
「皆様、お久しゅうございます。またお会いできて大変に嬉しゅうございますわ。そのように堅苦しいことは抜きにして、ここは公式の場では無いのですから。我らは友だと思うておりまするし、そのように。」
茉希が、顔を上げてそれは嬉しそうに微笑んだ。
「それでも龍王妃様にお会いするのですから。ですが誠にお久しぶりでありますこと。此度龍王様が龍王妃様をお連れになると聞いた我が王が、ならばと我もお連れくださいましたの。宮の外へ出るのは、誠に久しぶりのことで我も楽しみにしておりました。」
沙耶も、おっとりと顔を上げて、微笑んだ。
「誠に。我が王も同じように、行きたいのなら連れて参るがとおっしゃってくださって、是非にと申してお連れ頂きましたの…。こちらは、誠に美しい宮ですこと。西にこのように大きな宮があったなんて、公明様の中央しか知らぬ我は驚きましたわ。」
それには、綾が答えた。
「我が王は、傘下に50の宮を抱えておる王であられるので。中央の宮と同じ規模を誇るのだと聞いておりますわ。」
綾は、それは誇らしげだ。
その間にも、侍女達が忙しなく茶を淹れてくれていた。
みんなが立ったままでいるのに気づいた維月は、慌てた。そうだった、自分が座らない事には皆が座れないのだった。
なので、さりげない風を装って、上座にしずしずと歩み寄ると、座った。
それを見て、綾も茉希も沙耶も一斉に腰かけたので、やはりそうだったと維月は内心ほっとした。何しろ、慣れないのだ。最近では演じるのも板について来たとはいえ、普段からこうではないので気が回らない時がある。しかし、維心のメンツのためにも、この妃達の自分に見ている夢を壊さないためにも、龍王妃として完璧でなければならなかった。
維月は、ここへ連れて来てくれた維心のために、頑張って演じ続けようと皆の話に、完璧な貴婦人として答えて、笑い合っていたのだった。




