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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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烏(からす)

炎月は、ハッと我に返った。

目の前の、父の炎嘉が目を開いて、身動きするのを感じたのだ。炎嘉は、炎月が傍に座っているのを見て、フッと口元を緩めた。

「…炎月。何ぞその顔は。父が半分担ってやったというのに、まだどこか痛むか?」

炎月は、炎嘉にそう言われて、初めて自分が、涙を流しているのに気が付いた。ただ子供のように涙を滝のごとく流している自分に、慌ててそれを拭うと、言った。

「父上…我が、我が愚かであったばかりに。父上をお苦しめすることになってしもうて…。」

別に、痛みを半分肩代わりなどしなくても見ているだけでも居れたのに、父は自分を助けることを選んだのだ。

炎月が、そこまで言ってまたボロボロと涙を流すのを見て、炎嘉は苦笑すると急いで自分の胸から懐紙を引っ張り出し、それで涙を拭いた。

「ほら、泣くでないというに。あれぐらい何でも無いことよ。半分であるしな。殺される痛みであるのだから、マシな方よ。それより、主は月を失ってどうだ。つらくはないか?」

炎月は、炎嘉に渡された懐紙で涙を拭いて鼻をかみ、そして、頷いた。

「はい。お祖父様が修復を手伝ってくだされたので。しばらくは無理をせぬようにとおっしゃって。少なからず陰の月の部分が担っていた場所を、鳥が補填するのにしばらく掛かるようで、その間はおとなしくしておくようにと言われ申しました。だが、我の中の鳥の命がしっかりしておるので、まずは問題ないと。」

炎嘉は、ホッとしたように頷く。

「そうか。これで、主はもう、好きに恋愛も出来るし、立ち合いも気を使い放題ぞ。これまでは、陰の月を刺激してはといろいろなかなかに許せずに居たが、これからは自由ぞ。だが…志心の皇女の事であるが。」

炎嘉が話すのに、炎月は遮って首を振った。

「父上、よろしいのです。我は、もうそこまで執着しておりませぬ。ただ、初めてあのように美しい女神と側近くに過ごして、二人で話して楽しいと思うたので…我は、性急だった。今思うと恥ずかしい限りであります。」

炎嘉は、身を起こして、寝台の上に座った。そして、続けた。

「炎月、良いのだ。別に見た目で選んだって、それを正妃にするわけでもないのだから、妃として娶ったところで構わぬ。とはいえ、性質は少し、見ておいた方が良い。なに、普通なら良いのよ。たまに、面倒な女が居ってなあ。美しいだけで決めて、我も宮を乱されそうになって、斬って捨てたことがある。前世のことであるが。なので、主には性質だけはよく見て置いた方が良いと言って置く。誰彼構わず流されてしまう女や、気が強すぎて他の妃を貶めたり攻撃したりする女、政務を邪魔して来る女など見た目だけで選んでそれは面倒であったのだ…我には前世、一番多い時で23人、死ぬ時には21人もの妃が居ってなあ。今では全て覚えておらぬ。もうあのようには絶対にならぬと、今生は決めておるのであるが。」

炎月は、初めて聞くことに目を丸くした。23人…それは多いな!

「父上は、経験上知っておられたからそうおっしゃっておったのですね。我も…ほんに浅はかでした。炎耀にも謝らねば。あれは我に、的確な助言をしてくれておったのに…。」

炎嘉は、床へと足を下ろしながら、苦笑した。

「ああいう想いというものは、急に振って来て惑わせるのだ。そして正常な判断が出来ぬようになる。それを自覚して、これからはそういう状態になりそうになったら、己で一息つくようにな。そうしたら、一歩引いて冷静に見る事が出来ようし。白虎の事は言うておくべきだったわ…我らはの、なぜか白い色合いに惹かれることが多うて。なぜかは分からぬ。だが、前世の我の母も白い髪の持ち主であったな…父は気の強い母に頭が上がらなんだわ。あまり良うない性質の持ち主であってな。我が即位したと同時に里へ帰したのだが…もう千年以上前の、遠い記憶よ。」

炎月は、白い色合いと言われて、確かに、と思った。月の宮に居た赤子の時も、そういった髪の色の侍女を好んでよく見ていた記憶がある。死んだ千歳も、緑掛かった白い髪の色だった。恐らくは、何か本能のようなものなのだろう。

だが、母の維月は黒髪に赤みを帯びたとび色の瞳。

炎月は、その姿が何よりも慕わしいと思っていたので、まさか自分がそんな色合いだけに惹かれて懸想しているなど、思いもしなかったのだ。

「…我には母上が一番に慕わしいお姿だと思うておったので…似ても似つかぬのに、そのような感情を持つなど、思うてもおらずで。ただ、何やら母とは違う慕わしい感情が湧いて参る気がして。」

炎嘉は、クックと楽し気に笑った。

「母を想う息子の気持ちと、女を恋うる気持ちを一緒にするでないぞ。全く別物であるからな。しかし、我とて維月のことは、色合いなど関係ないと思うたものよ。あの慕わしさは他にはあるまい。なのでな、主の此度の懸想も、熱病にかかった程度だと思うておるわ。後々のことを考えて、調べておくことも出来るし、一応妃の候補として調べてみようぞ。それで良いの?」

炎月は、しかしバツが悪そうな顔をした。

「その…無理には良いのです。我も、考え無しであったと思うておるし。娶ろうとは思わぬので。」

炎嘉は、頷いて立ち上がり、窓の方へと歩いて行きながら言った。

「分かっておるよ。今すぐではないにしろ、我ら最高位の宮の王族の妃となると、何年も調べて、そのうちから良い者をまとめて娶るような感じなのだ。何しろ、あちこちから婚姻の打診があるのだぞ?よう調べて置いて、いざという時決められるようにしておくのだ。白蘭のことも、調べておく。良い性質であればこれよりの事はないではないか。まあ、聞いたところによると、少し奔放な性質やもしれぬとか。ならばやめて置けば良いだけであるし。情報は多い方が良いぞ。既に、調べて置くように言うておるから。案じるでない。」

炎月は、驚いて炎嘉を見上げた。言うてあるのか?軍神に?

「…そのような。ただでさえ貴重な軍神であるのに、我の相手のためになど軍神を割いて調べてさせてはもったいないかと。」

炎月が慌てて言うのに、炎嘉は窓を開いて、空を見上げた。

「案じるでないわ。我を誰だと思うておる。鳥族の王ぞ。」

ここは龍の宮だったが、維心は炎嘉に絶大な信頼を寄せている。なので、炎嘉が呼べば、一応結界を通る時に調べはするが、それを己の結界内に入れてくれる。

それを知っていた炎嘉は、空を見上げて探るようにしてから、言った。

「…ああ、やはり。来ておるの、結界外に。」

炎月は、まだふわふわと心もとない足元によろけながら、炎嘉の傍へと歩いた。炎嘉が、急いでそんな炎月の手を取ると、側の椅子へと座らせた。

「ほら、まだ座っておれ。」炎嘉は言ってから、空を見た。「それ、来たぞ。」

炎月が、窓の外を見上げると、日が落ちて来ている空に、黒い点のようなものが見えた。軍神にしては小さな影、しかしそれは、どんどんとこちらへ近づいて来る。

するとその小さな点は、バサバサと羽を動かして飛んで来る、一羽の鳥だということが分かった。

(からす)だ。

炎月が思っていると、炎嘉はそのカラスが降りて来て、窓枠にとまるのを見て、言った。

「よう来たの、黒檀(こくたん)よ。」

黒檀と呼ばれた、カラスは頭を下げた。

『王。おっしゃるように調べて参りました。』

炎月は、目を丸くする。炎嘉は、微笑んで炎月を振り返った。

「これは、我が庇護下に置いておるカラスの長で、これにだけ使徒として神と同じような能力を与えておるから、我らと話せるし見ておる世界も我らと同じ。カラスは賢しいゆえ…まあ主は知らぬやもしれぬが、九島というカラスの王が居た地域があっての。九島が死んで、王の血が途絶えてからは神でないカラスもあの地を離れることが多うなっておってなあ。我に仕えておるカラスは案外に多いのだ。我はこれに能力を与えた時、名を与えた。羽が美しい黒であるゆえ、黒檀(こくたん)との。主も見知っておくが良い。」

カラスは、顔を上げてじっと炎月を見つめた。

『何やら…前にお見上げした時とは、違うような。あの折黒い霧を使っておった気配は、今は感じませぬな。』

炎嘉は、頷いた。

「その通りよ。あのような力、普通の神は持っておっては面倒なばかりであるから。今はもう、無うなったわ。それで、主が調べて参ったのは白虎であろう?すまぬな、恐ろしかったであろうに。」

カラスは、カチカチとくちばしを鳴らした。

『分かっておられても命じぬわけにはいかぬことであられたのでしょうから。しかし、仲間は皆、あの白虎の王がどれほどに恐ろしいのか知っておるので、遠巻きにしておりました。我が偵察に。』

炎嘉は、苦笑して促した。

「ようやったの。して分かったことは?」

黒檀は、声を潜めるようにして、言った。

『…白蘭様とおっしゃる皇女は、こちらの龍軍筆頭である義心に懸想しておるようでありますな。王や皇子の会話を聞いておると、どうやら節操のない皇女のようではありますが、しかし此度は、どうやら本当に義心を想うておるらしく、帰ってからも乳母や侍女にその話ばかり…父王に、相談したならもしかして嫁げるのではとご自分の地位を使ってでも、縁付きたいと思うておるようでありまする。』

炎嘉は、顔をしかめた。他の軍神ならまだ可能性はあったかもしれぬが、よりにもよって義心か。

思ったが、恋愛というものは誰がどこで誰を気に入るのかなど分からない。炎嘉は、言った。

「それはまた積極的な事よ。しかし志心がそれを飲むとは思えぬな。義心は簡単には首を縦に振らぬのを知っておるから。」

黒檀は、炎嘉を黒い瞳で見上げた。

『我もそのように。とはいえ、白虎王が皇女を面倒だと疎んじておるのは確かなようでありますな。皇子のことはそれなりに大切にしておるように見えますが、皇女の方は持て余しておるように見えまする。宮へ来られる前まで、男が途切れたことが無かったようなかたなので、ここへ来て何とか押さえつけておとなしくさせておるものの、それがいつまでも続かないことは白虎王が一番よく分かっておいでのようですし。此度こちらへ来た時に、誰かに縁付いてでもくれていたらというのが、あちらの本音のようでした。押し付けられる相手のことを思うたら、もう少し神世で矯正してから嫁がせるでありましょうに。』

男が途切れた事が無い…。

炎月は、あまりの事実に絶句した。皇女は普通、箱入り娘で男が近寄ればそれで婚約、共に居れば婚姻と言われる王族の中で、そんなに経験数が多い皇女など聞いたことが無かったのだ。

かくいう炎月も、婚姻だと言われてはならないと思っていたので、女性経験などまだ無かった。

炎嘉は、ため息をついた。

「まあのう…庶出であってつい最近見つかったのだから、仕方のない事なのだ。志心に似て美しいし、男の方が寄って参ろうが。守らせるために複数の男を持っている女も、庶民の中には居ると聞いたこともあるし。その中ではそう悪い事でもないのだろうから、過去のことは良い。それより、今よ。今も気が多いようでは、皇子の妃には向かぬであろうなあ…。」

炎嘉が言うのに、炎月は黙って何度も頷いて聞いていた。自分のような初心者が、いきなりそんな上級者向けの皇女など無理に決まっているのだ。

『引き続きお調べ致しますか。』

黒檀が言うのに、炎嘉は少し考えて、炎月を見た。

「…どうする?主が娶るまで、恐らくまだ100年以上あろうから、その頃にはそれなりになっておるやもしれぬが。その頃にまた調べさせるという手もあるがの。」

黒檀も、じっと炎月を見ている。炎月は、首を振った。

「それまで、あれが誰にも縁付かずに残っておるとは考えられませぬし、我もそういった経験はありませぬから、そのように…普通とは違う皇女は、敷居が高いと。やはり今少し、我自身も成長せぬことには、妃を娶るなど考えぬ方が良いのです。このお話は、白紙に戻して頂きたいと思います。」

黒檀は、その答えに満足したように一つ、首を振って頷くと、炎嘉を見た。炎嘉も同じように頷いて、黒檀を見た。

「では、よう調べてくれたの、黒檀よ。もう怖い思いはさせぬで良いらしい。とにかくは、この前言うたように、主らも根城を我の領地へ変わるが良いわ。志心の近くでは主らも落ち着けぬであろう?猛に言うて準備させておったが、猛とは話したか。」

黒檀は、炎嘉に頭を下げた。

『はい、王よ。西の端に場所を頂き申しました。仲間は皆、そちらへ移っておりまする。』

炎嘉は、微笑んで頷いた。

「ならば良い。では、主はそこへ帰るが良い。我も維心に挨拶をして、炎月と炎耀を連れて宮へ帰ることにする。」と、炎月を見た。「炎月、帰る準備を侍女にさせよ。我は維心に挨拶に参るから。」

炎月は、驚いたように炎嘉を見た。

「我は?ご挨拶に参らねば。」

炎嘉は、笑って首を振った。

「いくら維心でも、そこまで言わぬよ。主が何を失ったのかあれは知っておるからの。主は案じずにここで座っておれ。炎耀が良いようにする。我が言うておくゆえ。」

炎月は、渋々ながら頷いた。

「はい、父上。」

そうして、炎嘉は穏やかに微笑みながら、黒檀にも手を振って行くように促し、自分もそこを去って行った。

維心に、これからのことを話しておかねばならないのだ。

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