盲目
炎耀がそこへ行くと、驚いたことに龍王どころか王妃も、義心も碧黎もそこに居て炎耀を待っていた。
神世を動かす力のある命ばかりの集いに思わず足が止まった炎耀だったが、十六夜が言った。
「よう。待ってたんでぇ、炎耀。お前、確か今日は炎月のお守りで来てたんじゃなかったか。蒼はお前が炎月に立ち合いを経験させてやりたいと言ってると言ってたぞ?仲良くやってるんだな。」
炎耀は、相変わらず気安い十六夜にどこかホッとしながらも、緊張気味に言った。
「兄弟のような様子であるゆえ。しかし、王にお知らせしたいことがあって、主に取り次ぎを頼もうかと思うて話し掛けたのよ。出来たら先に、王にお話したいと思うのだが。」
維心が、口を開いた。
「炎月の事ではないのか。」炎耀が驚いて維心を見ると、維心は続けた。「とりあえず座るが良い。聞きたい事があるのだ。」
言われて仕方なく、炎耀は示された椅子に座った。十六夜が言った。
「こっちじゃいろいろあって困っててよぉ。こんな時間にまだ起きて話してるのはそのためだ。お前は、炎月が白蘭に惚れてるのは知ってるか。」
炎耀は、いきなりのことに息を詰まらせた。なぜにそれを?
「…今、正にそれで言い争ったばかりぞ。あれは温室育ちであるし、王が遠ざけるゆえ女に免疫もない。この立ち合いの場で何某か無いだろうと思ってこちらへ来たが、常、そういうことには気を付けて見ておれと王から強く言われておったのだ。なのに此度このようなことに。なので、とりあえず王にお知らせをと思うて主に話し掛けたのよ。」
維心は、息をついた。
「我もそのように。皇子ばかりの催しであるし、あれが誰かと何かあるはずなどないと思うておったわ。しかし、思いも掛けず志心が皇女に侍女も付けずにここに寄越した。普通ならあり得ぬことぞ。我らもそれで、困っておる。」
炎耀は、不思議な顔をした。炎月のことを炎嘉が気にするなら分かるが、なぜに龍王がそんなことにまで気を遣うのだろう。
「…確かに王は炎月の身辺に気を付けるようおっしゃっておりましたが、なぜに龍王様までそのような。陰の月が、何やら炎月に引きずられると聞いておりまするが、そのためでしょうか。」
維心は、渋々ながら頷いた。
「その通りよ。大概迷惑しておるのだ。我が妃は陰の月であるから、炎月が動揺するとこちらも伝わり動揺する。なので炎嘉も、炎月にはそのような事がないようにと気を付けておるのだ。」
十六夜が、頷いて言った。
「なあ炎耀、炎月はなんて言ってた?言い争いって言ったよな。お前は反対なのか。白蘭はどんな皇女なんでぇ。」
炎耀は、困ったように十六夜を見て、言いにくそうに言った。
「どうとて…美しい皇女よ。鳥が好むと言われる純白の髪でな。だが、育ちが庶民であるから、まだ皇女にはなりきれておらぬ。それでもそれなりに教育されればと思うが、しかし性質がまだ分からぬ。宴の席では志夕の後ろに座っておったが、義心が維明殿の後ろに控えておったので、離れた隣りになっていたのだが、あれは己から話し掛けておった。」
維心と維月が、少し驚いた顔をする。
十六夜は、義心を見た。
「お前、話し掛けられたのか。」
義心は、頷いた。
「普通ならばあり得ぬ事であるし、あっても会釈する程度で言葉は交わさぬようにするものだが、本日は王より探るよう言われておったので。いくらか言葉は交わした。すぐに切り上げたが、あちらはまだ話したそうになさっておられたな。」
維心が、ため息をついた。
「困ったことよ。普通の皇女ならあのような場でそのような事はせぬが…しかし育ちを考えたら分からぬしな。まだその性質が困ったものだとは判断出来ぬ。がしかし…もう数十年宮で居るのだろう。どうすべきかは知っておったはずよな。最高位の宮の侍女や乳母は、礼儀には殊に厳しい。真っ先に教えることであろうしの。」
炎耀は、それに不本意ながら頷いた。
「我もそれは思うて、反対をするというのではなく、もう少し様子を見てから決めた方が良いと申しました。ですがあれは、我が申しても盲目になっておるようで聞かず…何しろ最高位の宮の皇女なのだから、娶ってしもうたら後で正妃にしたい皇女が出来ても、そちらが下位の宮からとなると父王への手前、出来ぬようになる事もあるかと思いまして。しっかり見て置かぬと、厄介な性質であったら宮の恥にもなるのだからと、説得しようとしたのですが…最後には、己で何とかするとか申して、部屋へ帰ってしまい申した。どうしたものかと、王に取り急ぎご連絡をと十六夜に話しかけた次第です。」
維心は、うんざりしたように椅子に背を預けた。
「志心の本意は分からぬが、侍女も乳母もつけずにここへやった事からもしかして、厄介であるから早う縁付けようと考えてのことやもしれぬしな。どちらにしろ、今何某かあっては後々鳥が面倒を抱えることにもなり兼ねぬ。しようがない、では今夜は、万が一にも間違いが無いよう、軍神を志夕と白蘭の部屋の回りに配置しておこうぞ。」
と、義心に頷きかけた。義心は頭を下げ、サッとそこを出て行った。
それを見送って、十六夜が言った。
「炎月はまだ部屋に居る。思い悩んでいるようだな。だが、そのうちに出て来るんじゃねぇか…まあ軍神に阻まれて無理だろうけどよ。」
維心は、額に手をやって息をついた。
「困ったことよ。炎嘉には我から伝えておくゆえ、主ももう部屋へ戻れ、炎耀。恥をかくことになるゆえ、白蘭に忍ぶなどせぬようにと申すのだ。さすれば面倒は起こるまい。軍神達は、主の話を聞かなんだ時のための保険ぞ…少し、炎嘉といろいろ明日にでも詳しく話し合う事にする。」
炎耀は、面倒な事になったと思いながらも、立ち上がって維心に頭を下げた。
「は。お手間をおかけして申し訳ありませぬ。それでは、我はこれで。」
炎耀は、そのままそこを出て行った。十六夜は、窓から月を見上げて、言った。
「じゃあオレは月へ帰る。で、炎嘉に事のあらましを伝えとくよ。明日こっちへ来させたらいいか?」
維心は、頷いた。
「頼む。炎月は明日もここへ留めて炎嘉を待つように申す。それから、主の出番よ。上手く炎月の中の陰の月を処理できれば良いが…難しいかの。」
十六夜は、立ち上がりながら伸びをした。
「どうだろうな。陰の月を消すなんてこたぁ、本来やりたくないんだよ。だが、炎月は鳥であってもらわなきゃならねぇ。陰の月は、忘れてもらわなきゃな。」
碧黎も、立ち上がった。
「ならば我も明日、事を成すとなれば様子を見に参る。維月への影響も気になるゆえな。少ないとはいえ命一つが消えるのだから、見張っておかねばどのような事になるか分からぬし。」
すると、維月がビク、と体を動かした。そして、フッと目を赤い光が通ったかと思うと、言った。
「…炎月が陰の月の力を引き出そうとしておるのを感じまするわ。」皆が驚いて維月を見ると、維月は続けた。「炎耀が戻ってすぐに軍神があちらの部屋を守っておるから面倒な事にならぬようにヘタな事をするなと言うたようです。炎月は、ならば白蘭からこちらへ来させれば良いと考えたようで…呼び出そうとしておりますわ。」
維月は、落ち着いている。陰の月と交渉したのが功を奏したのか、激しい動きをしなくなった。徐々に薄っすらと赤い色にはなりつつあるが、それでも安定した目の光だった。
「暴走するんじゃねぇのか?大丈夫か。」
十六夜が慌てて言うと、維月は首を振った。
「まさかと思ったので、力を遮断したの。事前に察知出来たら、月には私だけに力を集中させることが出来るから、あの子が今使えるのは体の中にある陰の月のほんの少しの力だけよ。でも、あまり長時間は遮断していられないの…他の生き物に影響があると、お父様もおっしゃっていらしたでしょう?地上の面倒を見ているのは、十六夜だけではないから。」
維心が、厳しい顔をした。
「あれだけ使うなと申したのに。だが、これで明日あやつの中の陰の月を消す良い口実が出来たわ。面倒を掛けおって…たかが女一人を手にするのに月の力に頼るような神が、妃を娶ろうなどと片腹痛いことよ。炎嘉には重々申さねば。あれでは鳥の後を執るなど無理ぞ。どんな育て方をしたのだ。」
維月は、何も言い返さなかった。十六夜が、窓へと歩き出しながら言った。
「それも含めて炎嘉に言っとくよ。じゃな、また明日来る。」
そう言って、十六夜は空へと打ちあがって行った。
碧黎も、維月を見てフッと微笑むと、スーッと空気に溶け込むように消えて行ったのだった。




