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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
次世代の神達
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「螢殿!」

後ろから、薫の声がする。

螢は、梯子を上って部屋へと出た所だった。本当なら、あのような会合に来ている神の話など聞きたくはなかったが、しかし薫は、落ち着いた様子で、その何かが螢を立ち止まらせた。

薫は、同じように梯子を上って来て、薄っすらを微笑んだ。

「良かった。話を聞いてもらおうと思うて追って参ったのだ。」

螢は、軽く息をついた。

「光希を擁護するのなら聞かぬ。我は、王が何より大切なのだ。名も戴き、返し切れない恩がある。」

薫は、頷いた。

「我とて同じ。」と、地下の入口をチラと見た。「…ここでは追って参る輩が居るやも。外へ参ろう。」

螢は、確かにそうかもしれない、と、薫に促されるまま、裏口から外へと出て、そうして湖の方へと共に歩いた。

その、湖の近くの森の中の小道で、薫は言った。

「汐殿は、どうしておる。」

螢は、意外なことだったので、片眉を上げたが、答えた。

「…聞きたくもないやもしれぬが、父は真面目に生きておる。王にお仕えし、命令には全て従い、任務が終われば屋敷へと真っ直ぐに帰って参る。以前の父とは比べ物にならぬほど、真っ当な生き方ぞ。母のことも、父なりに大切にしておるのだ。母も、だから最近では幸福そうにしておるわ。」

薫は、頷いた。その目には、信じられないのか半信半疑なところがある。螢は、息をついた。

「主が、父を恨んでおるのは知っておる。だが、本当に父上は変わったのだ。疑うのなら、見に参ろうぞ。共に屋敷へ。」

恨んでいる男など見たくもないかもしれないが、と螢は思ったが、薫は意外にも、頷いた。

「…そうよな。見てみたい。」

よく分からなかったが、しかし見たいと言うのだ。

もしかして、薫だけでも考えを変えてくれたなら、と螢は小さな期待を持って、そうして、薫を連れて、屋敷へと戻って行った。


屋敷へ着くと、中へと誘おうとしたが、薫は真正面から対面するのを嫌がった。なので、仕方なく螢は、裏から回り、庭から中を覗いて、言った。

「…そら、それが父ぞ。母の梓と、弟の郁。皆で茶を飲んでおったようよな。」

螢が言うと、薫は少し食い気味なぐらい、窓枠から中を覗いた。

三人は、あんな計画がある事も知らず、それは穏やかにお互いが今日経験したことを話しては、笑い合っていた。話に夢中になっていて、こちらに誰か居るなど気付いてもいない。気配を消しているのもあるが、汐も珍しく、郁が一生懸命話す事を聞いて、声を立てて笑っていた。

いつもの光景だったが、螢はそれが、遠いものであるように思った。汐の死を願う者達が、連日地下へと集まって、あのような企みをしているのだ。

そしてそれに、自分も組している。

それが、とても許せないことのように思えた。

「…そうか。ここに。」ふと、薫が、それを見ながら言った。「何との…気付かなかった。あのように美しく穏やかにしておる様など、見たこともなかったゆえ。」

声が震えている。

驚いて薫の顔を見ると、薫は、涙を流していた。螢は、茫然とそれを見ていた…なぜに、うちの家族を見て泣くのだ。そもそも、殺したいほど憎いのではなかったか。

薫は、螢の様子に気付き、さっと袖で涙を拭くと、首を振った。

「…すまぬな。驚かせた。順を追って話そうぞ。」

螢は、何の事だかよく分からなかったが、黙って頷いて、こちらへ背を向けて近くの林の方へと歩いて行く薫について、そこを離れて行った。


誰も居ない、林の小道まで来て、薫は言った。

「…主には話そうぞ。郁は、我の弟なのだ。」

螢は、仰天した。郁が?!

「ちょっと待て、ならば我とも?!」

しかし、薫は首を振った。

「いいや。主とは血は繋がらぬ。我は、母の…今、梓と呼ばれておる女の、子であるのだ。なぜに言わぬのか知らぬが、母には名がある。沙希(さき)という。光希が我が汐を見ておったというておったのは、汐の顔を覚えておったから。汐が、ある日やって来て、我が母を連れ去った。腹には、子を抱えておって…案じておった。我が汐を見ておったのは、母の居場所を聞きたかったからだったのだ。だが、なんとのう噂で聞いて、ここへ母と共に入ったのではないかと思ってはいた。それが…あのように。かつての母とは思えぬほどの落ち着いた様であった。安堵した。」

螢は、まじまじと薫を見た。そういえば、微かに郁に似ているかもしれない。だが、薫の方が遥かに華やかな顔をしている。目も鋭く薄っすら赤色で、髪は明るい金髪のような色で、梓には似ていなかった。しかしこの、整った顔立ちは、何やら嘉韻を思わせるような、そんな雰囲気もあった。

「主…では、誰の子ぞ?というて、母にしか分からぬか。」

薫は、苦笑した。

「はぐれの神の子など、そんなものであろう。父親など分からぬ。だが、主らの父とは違う。我には名が有るが、それが父由来であると母に聞いておるので、迷惑を掛けてはと名乗っておらぬ。何か事情があるようで…母には、聞くことは出来なんだが。母は、我を腹に抱えて彷徨っておったところを、あの集落に迎え入れられて住み着いたのだと言うておった。そこへ、我の留守に汐が侵入して参って、母を手籠めにした。それで身籠ったのが、郁ぞ。もちろん、郁の父に期待などしておらなんだ。あの辺りではいつも、そんなものであったから。我が留守であったから悪かったのだ…しかし、ある日、汐がまた参った。そうして、身重の母をさらって行ってしもうたのだ。油断した我が気弾を受けて倒れた隙にな。」

あの時か、と螢は思った。突然に、連れて来た。だから自分も、必死に世話をしたのだ。

「…突然であったのだ。我も、何が起こったのか分からなかったが、父が言うのだからと世話をした。何があったのかもその時は聞かなかったが、父がどう思ってそうしたのかは、今はもう知っておる。」

薫は、頷いた。

「ここへ来たいと思うたのであろう?」螢が頷くのを見て、薫はため息をついた。「はぐれの神の集落で、母を探しながら生活しておった折、その噂を聞いた。しかし、ここへ来るのは至難の業であったのだ。我は、何度も結界外へと通って、そこで待った。月に、直接談判までした。そのうちに、月が答えてくれるようになり、我は単独で、中へと入れてもらうことが出来たのだ。長く様子を見られたが、それでも我は真面目にやろうと思うたゆえ。ここで、汐の姿を見た時は嬉しかった…母が、きっといるのではと思うたからぞ。」

螢は、それでも悲し気な顔をした。

「…だが、父上を恨んでおるのだろう?」

それを聞いた薫は、螢を見て、フッと笑った。

「我が?まさかそのような。母はあのように大切にされておる。そうでなければあのような穏やかな気を放って笑い合ったりせぬわ。母は母なりに、あれで幸福であるのだろう。それが分かれば、我は良いのだ。」と、いきなりに、顔を引き締めた。「…螢。主、嘉韻殿に申すのは待て。」

螢は、驚いた。どういうことだ?

「…父を恨んでおらぬのに、嘉韻殿にあのような悪だくみを話すなと申すか。」

薫は、首を振った。

「今は詳しくは言えぬ。主の心持ちは分かった。しかし、しばし待て。上手くあれらに己の手の内に居ると思わせておけ。それから…」と、顔を近づけて、声を落とした。「あの腹の子。主の子ではないぞ。」

螢は、驚いた顔をした。分かるのか。

何しろ、生まれて来れば分かるが、自分たちの気の大きさでは、腹の子を透視するのは難しい。

「…そんなにはっきりと分かると申すか。」

薫は、頷いた。

「我が父は、相当に気が強い男であったようよ。我はまだ完全に成長し切っておらぬが、ある程度の気は使える。なので探ったが、あれは主の子ではない。光希の子よ。我には見えておるが…恐らく、見えておらぬでもあの当事者の二人は知っておろうな。何しろ、術を感じるのだ…腹の子の気の色を、他の男の種を使って誤魔化す術ぞ。王クラスでも相当の気の大きさがなくば分からぬと言われておるが、どういう訳か我には分かる。あのような環境下で育ったゆえ、そういう事に敏感なのかもしれぬな。」

螢は、畏怖の念をもって薫を見た。恐らくはそれなりの力のある男の子なのだろうが、はぐれの神の中でも珍しい神だ。かなり頭の良さそうな様といい、もしかして薫は、それ相応の場で育つべき神だったのではないか。

「…主が言うようにやってみようぞ。」螢は、答えた。「どういうわけか、主からは従って間違いがないという感じを受ける。まだ神世を習っている最中であるのに、主はそのようにいろいろものを知っておる。驚くばかりぞ。」

薫は、苦笑した。

「基本的なことは母から習って育った。もともとどこぞの結界の中に居たようで、生まれながらのはぐれの神ではないのだ。あの様を見てわからなんだか?…上流の暮らしに慣れておるようであろうが。いきなりにああはならぬ。静音を見ても分かるように、どこか粗野で品がない様は残るもの。汐が母を狙ったのも道理なのだ。はぐれの神に身を落としていても、母は品があったからの。」

言われて確かに、と螢は思った。ここへ来て段々に美しくなる梓に、汐のようにあちこち落ち着かなかった神がああして真面目に世話している。他の女の影は、あの仕事をしなくなっていた時ですら、なかった。汐なりに、梓を愛しているのかもしれない。

螢は、戸惑いながら薫を見た。

「しかし…薫、主一人で、どうするつもりよ。いくら頭が良くて神世を知っておっても、主はまだ学校に居て軍神ですらない。あれらは、曲がりなりにも軍に居て訓練を受けておる。いよいよとなれば、主には太刀打ち出来まい。」

薫は、その華やかな顔で、フフンと笑った。これまで、どこか大人し気に見えていたのだが、今この瞬間は、まるで手練れの軍神のように見えた。

「なぜに我がこのように力の無い男のように見せかけておると思うておるのだ。あのような輩、我には敵ではないわ。技術は確かにまだ未熟。だが、我の気、主が思うておるよりずっと大きなものぞ。これは、押さえて隠しておるのだ。それに、我は嘉韻殿にこの気の大きさをかわれて皆が去った後の訓練場で指南を受けておる。密かにの。」

螢は、身を乗り出した。

「ということは、主は軍に来ると決められておると?」

薫は、頷いた。

「そう。だがの、主は知らぬふりをせよ。分かっておるな?我はあくまで新参者の中の新参者、そこそこの力はありそうな右も左も分からぬ男ぞ。」と、立ち去りかけて、また振り返った。「ああ、そうであったわ。主は真面目で将来性のある軍神ぞ。女はしっかり選ぶのだ。これからいくらでも良縁があろうぞ。あのように、誰にでもすり寄る女を相手にするでない。申しておくが、あやつは我にもすり寄って参ったぞ?まあ、我は相手にもせなんだがな。上位の軍神というものは、相手はしっかりと吟味してから選ぶ。主もそのように。誘われて囲っておったらこれから幾人の相手を世話せねばならぬことか。弁えよ。」

薫はそう言い置くと、人懐っこそうな笑顔でフフンと笑い、唖然としている螢を置いて、自分に与えられた学校の宿舎の方へと帰って行ったのだった。

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