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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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対話

「出て参ったか。」碧黎は、じっと維月の目を見つめて言った。「そうは言っても娘であることは変わりない。他の人格の維月ではなく、維月であるが性質が変わった維月であるな。」

維月は答えた。

「はい。こうして解放してしまえば、いったい何を案じておったのかと思いまするわ。私は私でしかありませぬのに、隠す必要などありませぬ。お父様は、いったい私に何をお聞きになりたいと思われておいででしょうか?」

碧黎は、頷いた。

「まず、炎月のことよ。主はどう思うておるのだ。我らが案じておるのは、主がまた、炎月を作った時や、義心を襲った時のように、誰彼構わず襲うのではないかと、ほかならぬ主自身が案じておるから阻止しようと思うておるのだ。主はいったい、どういうつもりであのようなことを?」

維月は、それには口元を袖で押えて答えた。

「あれは…ただ、炎嘉様をお慰めしようと。炎託様を失って、それは悲しく沈み込んでいらした。私を愛してくださいまするが、私はあのかたを愛してはおりませぬ。私の望みは維心様のお傍に居ること。ですが炎嘉様がご不憫で…お子を亡くされ、私には見向きもされずとなれば、何の救いもありませぬでしょう。ならば、一時でもお慰めを。私はあのようなことには重きを置いておりませぬ。体など、いくらでも許しましょうほどに。お子とて産んで差し上げましょう。それが私に出来る一番の癒しであるなら、そうしようと思うただけでありまするわ。現に炎嘉様は、炎月を得てお元気におなりであられた。私のことに執着なさることも減り、炎月に夢中であられましょう。私は炎嘉様に呼ばれることも無く維心様のお傍を離れずに居ることが出来る。これよりの事はありませぬ。」

これが、陰の月の論理か。

維心は、それを聞いて思った。ということは、陰の月に飲まれた維月でも、維心を愛しているということなのだ。維心の傍に居たいから、炎嘉の子を産む。普通に考えたらめちゃくちゃな論理なのだが、しかし維月の中では辻褄が合っているのだ。

十六夜が、横から言った。

「じゃあ、義心は?義心は別にあの時救いを求めてなかっただろうが。たまたま居たから襲ったって事か?」

維月は、ムッとしたような顔をした。

「そんなはずないじゃないの。あれはね、十六夜も維心様も義心もよってたかって私に隠し事をしようとしてたでしょう。私だって月なんだから、見ようと思えば見ていることだってあるのに、隠せるはずないじゃないの。ましてあなた、すっごく私に嘘を付けないから、遠回しに聞けば大体何を隠してるのか分かるのに。だからちょっと維心様を困らせるつもりで義心に口づけたんだけど…でも、その時義心から私への気持ちも一緒に流れ込んで来て。すごく押さえつけていて、まるで氷のように冷たい場所に籠めているのが分かったの。こんなに一生懸命私や維心様に仕えてくれているのに、なんて不憫なって思って。私が解放してあげようと思ったのよ。ああして私から襲えば、義心は私を傷つけられないから抵抗できないでしょう?これまでの気持ちを解放して、癒して解きほぐしてあげようと思ったのよ。義心でなければあんなことはしなかったわ。」

維心が、ぐっと眉を寄せる。十六夜が、そんなことには気付かず身を乗り出した。

「つまり、お前は選んでるってことだな?龍の宮の軍神だったら誰でもいいってわけじゃねぇのか。」

維月は、頬を膨らませた。

「そんなはずないじゃないの。いくらこだわりが無くても、曲がりなりにも肌を合わせるのよ?私だって選ぶわ。神の中でもそういう事をしてもいいと思う神は少ないわ。そこらのつまらない命になど許すはずはないではないの。もちろん、私や愛する者たちの身に危険が及んで、相手を取り込まねばならなければこの限りではないわ。いくらでも篭絡してあげてよ?別に体がなんだというの。どうせ私の本体は月。これは作ったものでしかないのよ。大切なのは、命よ。」

碧黎が、真剣な顔で言った。

「では、我らと同じ意識ではあるのだな。しかし、主は維心を選んで襲うであろう?その行為に意味はないと申すか。」

維月は、微笑んで首を振った。

「いいえ、お父様。維心様の価値観にとって、あの行為自体が愛情を確かめ合う大変に重要なものなのですわ。ならば何度でも肌を合わせて、維心様のお気持ちを己から離さぬようにと思うておりまする。私も維心様とご一緒の時が、何より幸福でありますの。あのようなことに意味などないと申しましたが、維心様とのことは、私にとっても重要な儀式のようなものでありまするわ。」

維心は、義心も選んでいたのかと問い質したい気持ちがあったので、碧黎との会話が終わるのを待っていたのだが、それを聞いてグッと黙った。つまり維月は、陰の月に飲まれていても、維心を一番に思っているということなのだ。

十六夜が、顔をしかめた。

「お前さあ、オレはどうなんだよ?維心維心ってわかってるけど面白くねぇぞ?」

維月は、十六夜を見てフフフと笑った。

「まあ十六夜。あなた、別に必要ないっていつも言うじゃないの。でも、私の中にいくらかヒトの部分が残っているのを知っているから、そのために愛情確認だって思ってしてるだけでしょう?あなたと私はつながってるの、同じ本体なのだもの。それを感じ取れないと思ってるの?あなたは維心様ほど、あの行為に一生懸命ではないし、重要視してはいないわ。私はそれを知っておるから。それに、私が維心様を誘惑しようとしても、あなたの力のせいでここのところ力が出せずに居たから、恨んでおるのよ?わかっておって?」

維心は、それを聞いて驚いた。別に誘惑などせずとも身を摺り寄せるだけでいつも奥へ連れて行くのに。

十六夜も、苦笑して言った。

「維心だったらいくらでも喜んで相手するだろうが。陰の月の力を使う必要なんてねぇだろうがよ。」

維月は、ふくれっ面で腰に手を当てた。

「あのね、いつも一緒じゃ飽きられてしまうでしょ?私だって努力しておるのよ、このかたを自分の傍に留めることに全力を傾けておるの。邪魔はせずでいて欲しいわ。愛情が無くなったらどうするの?」

努力していたのか。

維心は知らなかったことばかりで、ショックで口が開けなかった。別に毎日同じでも、飽きる事など無いのに…。

十六夜は、肩をすくめて碧黎を見た。

「だってさ、親父。他に聞くことはあるか?」

碧黎は、頷いた。

「ある。」と、維月の赤い瞳を見つめた。「炎月の事はどうするのだ。あやつが懸想したら主も我を忘れるのではないのか。主、困っておったよの。」

維月は、それには息をついた。

「はい。確かにあれには困ってしまいましたわ。維心様はお忙しい御身。いつなり私のお相手をしておるわけには行きませぬ。ですがああなると、炎月が相手を慕わしいと思う気持ちと私の維心様への気持ちが連動して抑えきれぬようになるのです。どうあっても己のものにしたいという気持ちが、あのような行為に走らせる。あれが一番、維心様をお留めするのに良いからですわ。ですが、十六夜とお父様がご懸念しておるような、誰かれ構わず襲うなどという事はありませぬ。維心様だけでありまする。他を慕わしいと思うておったらそちらへ向かうやもしれませぬが、維心様を愛しておるのですから…。」と、ふと、義心に気が付いて、ハッとした顔をした。「ああ、ですが義心なら、あるかもしれませぬけれど。」

それまで神妙に聞いていた維心が一気に顔色を変えた。十六夜が、慌てて声を抑えて言った。

「こら、維心が好きなのにどうして義心だよ。落ち着け維月、維心の前だぞ。」

維月は、十六夜を見た。

「なぜに?正直に申さねば、お父様がお聞きになりたいことをお話し出来ぬでしょう。」

碧黎は、この真っ正直な所がまた、幼い頃の維月を思わせて、苦笑しながらも言った。

「で、なぜに義心はあり得るのだ。」

維月は、頷いた。

「はい。義心の事は、案じておりまする。この命の上で、ずっと案じておりました。維心様が居られず、どうしても気持ちが抑えきれぬのなら、義心を癒すことを考えてそちらへ向かいまする。何か間違っておりまするか?」

義心は、下を向いた。やはり、維月はずっと自分のことを案じて来たのだ。あの遥か昔、その目を見上げたその時に、維月に、懸想してしまったばかりに。

維心が、何度も首を振った。

「間違っておる!」強い言葉だ。必死さも伝わって来る。「我を愛しておるのなら、我だけを。他を癒す必要など無いのだ!我だって主だけを愛して来たのだぞ?我の価値観を優先するのなら、それも飲まぬか!いくら我でもこれ以上は我慢せぬぞ、維月!何でも許すと思うでない!」

維月は、驚いたように維心を見た。そして、袖で口を押えると、下を向いた。

「はい…申し訳ありませぬ。維心様を失いたくなければ、誰であろうとそのようなことはしてはならぬと申されるのですね。」

維心は、頷いて維月の肩を抱くと、その顔を覗き込んだ。

「その通りよ。元の性質の維月はそれが分かっておる。だから、苦しんでおったのだ。今度他の神にその肌を許すことがあれば、我は二度と主に触れぬぞ。分かったか。」

維月は、身を硬くした。そして、真っ赤な目に涙を溜めて、維心を見上げた。

「そのような…まさかそれほどまでにお嫌であるとは思うてもおりませなんだ。年に二度、私をお傍から離して炎嘉様の所へ行かせるお約束までなさるので、そこまでこだわりが無いものと…。」

言われてみたら、そうなのだ。

維月を望む神が多いので、今生は確かに見て見ぬふりをしていたりと許していることが多かった。陰の月としては、そう判断してもおかしくはない。

つまりは、別にこれぐらいだったら維心は嫌々ながらも許すだろうという、そんな感覚だったのだ。

維心は、息をついた。

「すまぬ。確かにそう判断してもおかしくはないことであるが、しかしあれは仕方がない事であったのだ。これからはもう許すつもりはないからの。それでなくとも炎月のことで、面倒を抱えておるのだ…では、どうしたら良いか。主が我を求めてくれるのは嬉しいが、居らぬ時にそうなったらと思うと政務に身が入らぬではないか。主とて我を待っておる間、つらいであろうし。」

維月は、下を向いた。

「はい…。では、十六夜かお父様と。呼べばすぐ参りますし。」

十六夜と碧黎が、同時に眉を上げた。十六夜が言った。

「オレはいいけど、親父は駄目だぞ!そこは譲れねぇ、価値観は違うが、オレだって譲れねぇ部分があるんだ!」

碧黎が、呆れたように息をついた。

「こら十六夜、落ち着かぬか。だから我らは体の繋がりなど無いと申すに。」と、維月を見た。「維月、我は十六夜と維心との取り決めで主とは肌を合わせる事はせぬことになっておる。呼ぶなら十六夜にするが良いぞ。十六夜が来ぬなら我を呼んでも良いが…後々、面倒な事になるゆえ、あまり勧められぬな。」

維月は、不思議そうに碧黎を見上げた。

「お父様は私と肌を合わせることは否であられますか?」

碧黎は、首を振った。

「我は良いのだが、今も言うた通り十六夜と維心がの。どうも性質が変わると記憶も断片的であるようだ。では聞くが、主は我とは否ではないのか?」

維月は、すぐに頷いた。

「はい。お父様とは命も繋いでおりますのに。なぜに肌を合わせぬということがあるのかと疑問でありました。私は他に、命を繋いだ存在は居りませぬゆえ。」

十六夜も維心も、険しい顔をしている。碧黎は、維月の頭を撫でた。

「まあ、それが我らの感覚であるしな。主は素直で分かりやすい。維月が普段口に出して言わぬことをサラサラと言いよるの。」と、フッと息をついた。「…で、肝心の炎月のことであるが。ならばこれからは、維心が居らぬなら十六夜を呼ぶ、という事でとりあえずは良いか。それら以外とは絶対に肌を合わせぬということで。」

十六夜と維心はまだ険しい顔のままだったが、それでも頷く。維月も、頷いた。

「分かりました。ならばそのように。ですが、私もあまりに自分で自分を制御できぬのは歓迎できぬことでありまする。根本的にどうしたら良いのか、お父様は何かお考えがおありでしょうか。」

碧黎は、それを聞いて眉を寄せたが、仕方なく頷いた。

「…ある。とはいえ、どうしたものかの。手段は二つ。陰の月を消すか、陽の月で押えるか、このどちらかよ。維織は身の中に陰と陽を併せ持つ命であるが、陰が少なくほとんど無い。なのであれは、陽の月の性質。それに倣って陽の月の力を炎月に持たせ、それで事実上封じる形を執るのか、それとも…炎月の中の陰の月を消すか。もちろん、その時の衝撃は主にも伝わろうがな。」

十六夜は、碧黎を睨むように見て言った。

「それは、新月の時みたいに殺して月に修復させて力を使い切らせるとか、そんな感じか?」

碧黎は、首を振った。

「そんな回りくどい事ではない。直接に陽の月が陰の月を殺せば良いのだ。つまり主の力を炎月の体に流し込んで陰の月だけを消すということぞ。その際、陰の月の抵抗にも合うだろうし、維月も衝撃を受ける。しかし消してしまえば、もう煩わされることは無い。」

維心が、それには心配そうに維月を見ながら、言った。

「そんな…維月に何かあるのではないであろうの。懸想しただけでこの始末、消される衝撃は並みではないのでは。」

碧黎は、それには真面目な顔で答えた。

「消されるのであるから。それはそれなりの衝撃であろうな。だが、月には死の概念はない。死にはせぬから安心せよ。」

十六夜と維月は、顔を見合わせる。

そんな中でも、夜は更けて行ったのだった。

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