交流
白蘭も炎月も、最高位の宮なので貴賓席へと案内された。
二人でその席に座り、下を見ると、龍の軍神達が見守る中、いろいろな宮の皇子達が、その広い訓練場に出て来ていた。
あまりに広いので、向こうの端まではしっかりとは見えない。
こんなものが宮の中にあるとは、と、それだけでも炎月は目を見張った。
すると、隣りの席へと誰かがやって来て、座ったのを感じた。
そちらを見ると、今さっき会ったばかりの龍王にそっくりな男が、炎月に気付いてこちらを振り返った。
「…炎月殿か?」
炎月は、頷いた。
「そうだが、主は?」
相手は、龍王にそっくりなのに表情は豊かで、微笑んだ。
「我は維明。龍の宮第一皇子よ。」
白蘭が、隣で真っ赤になって震えている。扇を上げて、顔を見ることも出来ないようだ。
思えば龍王は、神世に並ぶ者が無いと言われるほどに美しい容姿。その皇子ともなれば、その美しさはそっくり継いでいる。
炎月は、無意識に白蘭を自分の背に隠れるようにして、維明を見た。
「これは失礼を、維明殿。今日は観覧を?」
かなりの手練れだと聞いているが、出ないのか。
炎月が思っていると、維明は苦笑した。
「我が出ると皆のやる気が無くなると父に言われ、弟すら出場させてもらえずでな。我が軍でも軍神は序列10位以上は出場不可と言い渡されておる。だが、最後には父も出て来られるだろうし、その折、優勝者と我との御前試合は良いだろうとのことだった。ゆえ、明日の本戦後には出られるかと思う。本日も、様子だけでも見に後で下へ降りようかとは思うておるが。」
それだけ誰も足元に寄せない強さという事か…。
炎月は、生まれて初めて劣等感を持った。そこらの龍には、龍だからなんなのだという気持ちもあり、勝てるという気持ちもあった。だが、この龍王の血を引く維明には、戦う前から勝てる気がしない。しかし父上は…。
『そのように気負うことないぞ。我だって誰にも負けないと自負しておったが、維心に会った途端、戦いもしないのにその自信が木っ端みじんに吹き飛ぶのを感じたものよ。それでも、そんな相手が居るというのは貴重だ。それに勝つために精進しさえすれば良いのだからの。維心は敵などないから、いつなり退屈そうであった…主にも、分かる時が来る。まず我を目指し、次はもっと強い相手を探すが良い。それが己を高めるのだ。敵わぬ相手が居るとは、幸福なことよ。』
敵わぬ相手、か。
炎月は思い、ただ黙って頷くと、維明は続けた。
「主は?蒼が申しておったが、この事前試合の前の肩慣らしに出たいとか申して、父がそれを了承したのだとか。ここに居るのは、なぜか?」
純粋に疑問だったようだ。炎月はどう返答したものかと困ったが、それには後ろで恥ずかしがっていた、白蘭が何を思ったのか、決然と顔を上げると、扇を上げるのも忘れて、維明に言った。
「我のせいですの!」炎月が仰天して振り返ると、白蘭は維明を真っ直ぐに見て続けた。「我が…しっかりしておらぬから、お兄様と箔炎様が困っておって!それを、炎月様は面倒見てくださると申し出てくださいましたの!」
維明は、びっくりしたように白蘭を見ていたが、それを聞いて、フッと口元を緩めた。
「…ほう?そうか箔炎と申すと、友の志夕…主、志夕に似ておるし白虎であるなとは思うておったのだ。もしかして、志夕の妹君か?」
白蘭は、言われてハッと我に返ったような顔をすると、慌てて扇を上げて、また真っ赤な顔をした。
「も、申し訳ありませぬ…はい、我は白虎の宮第一皇女、白蘭と申します。我に学ばせようと、父は侍女を連れて参るのもお許しくださらず…炎月様にこのようなご迷惑を。」
維明は、察して炎月を見た。
「そうか、だから主はここに居るのに、炎耀があちらに居るのだな。ならば、我が見ておっても良いがの。どうせ我は手合わせ出来ぬのだし、ここに居っても良いのだ。主はこれを楽しみにしておるのだと、炎耀から蒼に知らせて参ったと聞いておるのに。」
白蘭が、心配そうに炎月を見る。炎月は、そんな白蘭を見てから、維明を見た。
「…いや、我はここで。お気遣い感謝する、維明殿。思えばこうしてここで皆の動きを見ていられるのは、実際に下に降りて、立ち合った相手しか情報を得られぬことを思うと有意義よ。これから先、もっと腕を上げてあの中に入るためにも、我はこちらで見ておるよ。」
維明は、そう言って笑う炎月を見て、その背に何やら炎嘉を見るような気がした。白蘭に気に病ませることも無く、こちらに礼を失することも無い、咄嗟にしては良い答えだと思ったのだ。
維明は、内心感心しながらも、頷いた。
「ならば良い。それにしても、主は炎嘉殿の筋であるから侮れぬな。共に立ち合う時が来るのを楽しみにしておるぞ。」と、下を見た。「おお、義心が出て参ったの。さて、我も参るわ。あれが肩慣らしに付き合う気になったというのが面白い。いつもなら下位の軍神達に任せて見ておるだけであるのにの。やはり…本日父上が観覧するというのは誠か。」
炎月は、驚いて維明を見上げた。
「龍王が事前試合を?」
維明は、頷いた。
「母上が見たいと申したとか何とか聞いておるが、真実は知らぬ。それに、父上は気まぐれであるから誠に来るかも分からぬからな。しかし、もし父上が来るとなれば、下手な試合は見せられぬ。なので義心が出て参ったのだろうの。少しでも力のある神を残して、そうでない者は事前試合すら出ることを諦めるように。」
炎月は、息を飲んだ。筆頭軍神がふるいにかけるのか。しかも龍軍の義心といえば、龍王の右腕と言われ、その強さは底が知れないと聞いていた。
「…義心では誰も残るまいに。」
炎月が思わずそうつぶやくと、維明はニッと笑った。
「案ずるでないわ。あれも心得ておる。本気で立ち合うたりせぬよ。見て居るが良い。」
そうして、維明はそこから出て行った。
炎月がそれを見送りながら、どうなるのかと険しい顔で考えていると、白蘭の声が、おずおずと横から聞こえた。
「あの…炎月様…?申し訳ありませぬ、我は余計な事を申しましたでしょうか…?時に皇女はそのようなことは申さぬと、侍女にも乳母にも叱られまするの…。」
炎月は、慌てて白蘭の手を取っている手に、力を入れた。
「いや、そのようなことは無い。我を庇おうとしてくれたのは分かっておるのだ。我はの、まだこのように歳も若いし、あのように優秀な皇子達とはまだ立ち合うには未熟ぞ。分かっておってここへ来たのであるから、誠にここから皆の技を盗んでもっと上達して、鼻を明かしてやろうと思うておる。なので主も、我のために強そうな神が居たら教えてくれぬか?その技を我が盗むゆえの。」
白蘭は、じっとそれを聞いていたが、決心したようにひとつ、頷くと、扇を胸の前で閉じたまま振り、言った。
「はい!炎月様!我は炎月様の御為に、しっかりと皆様の立ち合いを見てお知らせ致しまする!」
何やら必死な様子だ。扇を下げるとか動きが速いとか、そういったいろいろな皇女らしくないことは目につくはずなのだが、いっさい気にならないのに驚いた。本当なら母のように、貴賓高い女神を、自分もいつか傍に置いてと、そう思っていたのに。
炎月は、今この瞬間、この白蘭という女神が、それは愛らしく感じて、心が熱くなった。しかし、その気持ちをどうしたらいいのか、今の炎月にはまだ、分からなかった。
なのでただ、自分の今の気持ちを素直に受け取ることが出来ずに居た。




