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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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執心

結局、焔は一晩中居ることは無く、月が高く昇った頃に鷲の宮へと帰って行った。

焔の言うことは、いちいち正しくて的を射ていた。

確かに、炎嘉自身が否なのだとハッキリと言い切らない事には、志心もいつまでも今の関係を強いて来るだろう。

あの性格なのだから、こちらが絶対に嫌なのだと言えばもう、手を出して来ることは無いと思われた。それなのに、炎嘉がはっきりしないから、いつまで経ってもこうしてずるずると、志心も通って来ることになるのだろう。

否と言いながら、行けば応じるとなれば、炎嘉だってこれが維月相手だとして、きっと通うだろう。

現に、維月が自分を愛していないことは、会っている時の様子で分かっていたのにも関わらず、維月がここへ来てくれるので、維心との取り決めだとか言いながら、何度も呼んでは関係を強いていた。

維月は、いつも維心と十六夜を案じ、帰る時にはもう、維心のことばかりを考えているようだった。

それに気付いていたのに、自分は長く維月だけだと勝手に決めて、縛り付けていたのだ。

炎嘉は、その事実につらいながらも後悔していた。維心と維月は、一緒に死んで一緒に転生して来たほど愛し合っていて、今生も離れることは無かった。維心は常に維月維月で、何があっても維月を放す様子はないし、陰の月である事実を受け入れて許して傍に置いていた。

そんな相手が居るのに、愛しているという気持ちを押し付け、主だけだと勝手に決めて同情を誘い、そうしてついに子まで成した。

それを許した維心の心の広さもだが、自分は甘えていたのだ。

炎嘉が、その事実にため息をついて寝る準備をしていると、窓から声がした。

「…焔は帰ったようだな。」

炎嘉は、その声に驚いて振り返った。

そこには、志心が浮いてこちらを見ていた。

「主…帰ったのではなかったか。」

炎嘉が言うと、志心は窓から居間へと降り立って、言った。

「一度帰ったが、焔の気配が北東へ去ったゆえ。主に会いたいと思うておったので諦め切れずに来てしもうたのだ。」

炎嘉は、その気持ちが分かって一瞬迷ったが、しかし首を振った。

「何度も申しておるではないか。志心、我はもう、このような関係を続けるつもりはない。我の興味の対象は女であって、それに愛情の無い関係は持ちたくないと、今生は妃も娶らずに来た。我は…主に同情はしても、愛情は持ちようがないのだ。友としてなら、付き合いもしようぞ。」

志心は、困ったように笑った。

「それは知っておると申しておったではないか。ただ、主とて持て余す時があろうと、それゆえ我は来ておるのだ。我自身は、主に愛情があるが、主に無いのは最初から知っておる。」

炎嘉は、首を振った。

「今も言うたように、愛情がない相手と関係を持つことはしとうない。これまでは、主も寂しいのだろうと主の気持ちを考えて強く言えずでいた。しかし、あまりに頻繁であるし、我はそんなに何かを求める事も無いのだ。今は炎月を育てることに注力しておって、他は面倒で性的なことを欲することも少ない。すまぬが、もうこんな関係はやめたいのだ。」

しかし、志心は炎嘉に向かって足を踏み出した。

「それでは、時々に。これを最後とは言わぬ。主の気が向いた時には共に。それではならぬか。」

炎嘉は、ここでふら付いてはせっかくに断っているのに無駄になると、志心の目を見ずに首を振った。

「気が向くことなどないのだ。我の対象は女なのだ…今までだとて、我は毎回後悔しかなかった。なぜに断れなかったと、己の不甲斐なさに己を責めておった。もう、続けとうない…焔も、気取っておったようよ。」

志心は、眉を寄せた。

「…あやつは何か、主に言うたか。」

炎嘉は、頷いた。

「主が来たのを見て、後での。会合の後、我と話そうと我の部屋へと向かっておった時に、主が入って行くのを見たそうよ。それで、気取って慌てて自室へ戻ったのだと。もしかして続いておるのかと案じてくれておった。あれは口が堅いが、それでもあれが気付くぐらいであるから、他にも時間の問題ではないか。維心にも…あれは何も言わぬが、我は知られとうない。」

維心には、自分が話して知られているのだが、志心にはそう言った。志心は、眉を寄せたまま言った。

「維心のことは、主がいくら思うても無理であるぞ。知っておろうが。」

炎嘉は、どうしてそうなるのだと慌てて言った。

「維心を想うなどない!それは…あれとは長い間共に来たし、あれのために転生して来たぐらいであるから、もしどうしてもと男とと言われたら、維心を選ぶとは思うが…、」

「それを想うと申すのだ。」志心は、炎嘉に近寄って腕を掴んだ。「維心は無理だと申したではないか!主が突然にそんなことを言い出したのは、あれを想うておると気付いたからではないのか!」

志心の突然の激しい様に、炎嘉は驚いた。なぜにそうなる。維心のことなど、そんな対象に見ておらぬのに。

「維心は、そんな対象ではないわ!あれとは前世今生と助け合う友としてやって来たのだ!共に励むという感情が、そのまま誰かを恋慕う気持ちであるなどと思うのは主ら両刀使いの勝手な感覚ぞ!我らはそんなものは超越した友情で結ばれておるのだ!性欲などとは無縁ぞ!」

志心は、歯ぎしりした。

「汚い感情だと申すか。我が主を求めることが間違いだと?」

炎嘉は、首を振った。

「そんな繋がりが無くても命を懸けて守り合う関係だということぞ!体だけなど…我はそんなもの、今は望んでおらぬ!主は己の気持ちを我に押し付けておるだけではないか!」

志心は、炎嘉にそう言われて激高したのか目が真っ青に光った。そうして炎嘉を傍のソファへと押し倒した。

「これしか主との繋がりがないのなら、それを続けたいと思うのは我の純粋な愛情ぞ!主と維心は前世から共に戦って助け合った繋がりがあるからそれで良いと思えるのだ!我にはこれしかなかろうが!」

炎嘉は、危機感を感じた。自分はそこまで気が高ぶっていないので、我を忘れるほどではないが、志心は目が真っ青になっている。これではお互いに、無傷では済まされない。

自分の腰ひもがぐいと引っ張られたのを感じた炎嘉は、窓の外に上る、月へと叫んだ。

「十六夜!」

月が、キラリと光った。

と思うと、十六夜の光が物凄いスピードで降りて来て、志心はぐっと掴まれると、宙に浮いた。

解放された炎嘉がはあはあと息を荒げながら身を起こすと、志心が自分を気の力で掴んでいる十六夜を振り返って、じたばたと宙で足を動かした。

「放せ!なぜに主が来るのだ!」

十六夜は、宙で腕を組んで、そんな志心を見つめた。

「お前さあ、落ち着けっての。感情が暴走してるぞ?」と、炎嘉を見た。「焔が来てたから油断してた。帰ったのかよ。」

炎嘉は、急いで腰ひもを結び直しながら、頷いた。

「帰った。あれも忙しいようで、ただ我を案じて来てくれただけであったので。」

十六夜は、頷いてまた、志心を見た。

「だから落ち着け。自分が何をしようとしたのか考えろ。相手が嫌だって言ってるだろうが。お前ならいくらでも相手は居るだろうし、何も嫌がる男を無理やり犯さなくてもいいじゃねぇか。炎嘉は女が対象だって言ってんだよ。どっちでもいいお前とは感覚が違うんだっての。」

志心は、低い声で唸って十六夜を睨んだ。

「…主には関係あるまい。なぜに邪魔をする。」

十六夜は、息をついた。

「炎嘉に頼まれたから。」志心がさらに険しい顔をすると、十六夜は続けた。「お前の気持ちを想うと、嫌なのに断れないってさ。毎回これで最後だって言ってるのに、お前しょっちゅう通うんだろうが。嫌がらせだぞ。」

志心は、フンと横を向いた。

「主に我の気持ちなど分からぬわ。」

十六夜は、はあああと長い溜息をついた。

「お前さあ…ま、いい。って言うか、今維月と一緒に居たんだけどよ、月から見えてたんだよな。だから炎嘉は内緒にしてくれって言ってたけど、オレが聞こえたってことは、維月にも聞こえてて全部知ってる。すまねぇな。」

炎嘉は、一瞬息を飲んだが、しかし十六夜に話した時点で覚悟していた事だったので、力なく頷いた。

「…仕方がない。ならば、どこから見ておった?主を呼んだから維月も見ておる感じか。」

十六夜は、首を振った。

「いいや。オレが頻繁に月に出入りしてるから気になって夕方からオレが何を見てるのか見てたみてぇだな。あいつとオレは同じ本体だからよぉ、オレが見てるものをあいつも見ようと思ったらいつでも見れるんでぇ。ちなみに、あいつが見てるものもオレには見えるけどな。」

炎嘉は、ならば結構な量の情報が維月に渡っている、と目を見開いた。月なのだから、見ようと思えばどこなり見えるのは分かっていたが、まさか全部見られていたとは…。

志心が、吐き捨てるように言った。

「…だからどうした。我はもう、維月のことは前世あれが死んだ時に考えずでおろうと思うておったし、別に知られても良いわ。何が言いたい。」

十六夜は、引き続き志心をぶら下げたままで、険しい顔で言った。

「お前、無理やりにって何を考えてるんでぇ。ってのが、維月とオレの共通見解だ。王ってのは強引なのが多いんで、そんな奴を見かけたら、オレが維月に報告して、罰を与える事があるんだぞ?それは知ってたか。」

それには、志心も意外だったらしく、片方の眉を上げる。炎嘉も、十六夜を見上げて言った。

「罰?いったい、どんな罰なのだ。維月が襲うというのなら、相手にとっては褒美でしかないぞ。」

十六夜は、不貞腐れた顔をした。

「あのなあ、陰の月があっちのことを司ってるのは確かだが、それは神や人がそういうことが好きだからだぞ。陰の月は欲を利用する性質だからな。じゃなくて、あっちのことを司っているって事は、催淫の効能もあるが、力の放ち方次第じゃあ抑えることだってできるってことだぞ?ま、あんまり使わねぇ力なんだがな。」

それは、二人とも知らなかったらしい。炎嘉が、驚いたまま言った。

「え、では、維月が与える罰というのは…これまでその、勝手な王に与えておったのは、何ぞ?性欲を取り上げるということか?」

十六夜は、目を細めてまるで、怪談でもする時のような顔をして炎嘉を見た。

「そんな甘っちょろいことじゃあねぇぞぉ?オレも驚いたが、たまたま見てた維月が激怒してさあ、性欲はそのままなのに、そいつを不能にしちまったんでぇ。つまり、したくても立たねぇのさ。そう、出来ねぇ。悲惨だったぞぉ、すっかりしょぼくれちまって、そいつそれから憔悴し切って弱っちまった。ああいうことが好きな奴ほど、それを取り上げられたら悲惨だなあってオレは思ったね。最後まで、維月はそいつを戻してやらなかったからな。それから、維月がそういうことが出来るってのが分かったから、オレは見かけたら維月に報告して、不能にしてってるのさ。もちろん、改心したようだったら戻してやるが、調子に乗ったらまた罰だ。神世の誰もそんなことは知らねぇんだぞ?お前たちだけ特別だ。」

炎嘉は、茫然とそれを聞いていた。確かに、最近下々の宮の王の中でも、そういうことが出来なくなって、臣下達が治療法はないかと必死に探しているということを、ちらほらと聞いた。全部ではなくても、いくらかは月の仕業だったのでは。

維心が命を司っているというので、人も維心を祭るの社へと子宝安産祈願に来るが、神も維心に縋って来る事が多いと愚痴っていたのを思い出した。命を見張っているだけでそんなことまで我には出来ぬ、と維心は言っていたが、大抵が維心に願うと叶ったらしく、嘆願に来る神は多い。

つまりは、それは維心の知らぬところで、維月が横に居るので聞いていて、できるようにしているからに他ならなかったのだ。

目が開かれるような気がして、炎嘉がただ茫然と黙っていると、志心が苦々し気に言った。

「…つまり、主は我を脅しておるのか。我からその能力を奪うと。」

十六夜は、真顔で頷いた。

「脅してるっていうか、事前告知だ。お前って、もう跡継ぎも出来てたよな?ええっと、志夕って子。だからもう出来なくても問題無いだろうって維月と話し合ってさ。このままじゃ炎嘉が可哀そうだし、ほんとなら炎嘉が断ってた時点であんなことしなけりゃオレたちも面倒がないから良いよなって言ってたんだけどよぉ、お前、強引だから。もうほんとなら爺さんになってる年齢なんだし、いいだろ?あきらめろ。」

そう言うと、十六夜は掴んでいた力を緩めて、志心をソファの上へと下した。志心が、すっかり元の色に戻った瞳で十六夜を見上げると、言った。

「確かに我はもう千年を超えて生きておるが、前世の維心とてそうであったであろうが。将維も他の子も1700歳を超えてから成しただろう。」

十六夜は、それには腰に手を当てて、うんざりしたように言った。

「あのな、維心はあの歳までしたこと無かったの。回数から言ったらあの歳からでもお釣りがくらあ。」と、炎嘉を見た。「じゃあな、炎嘉。オレはもう帰るから。」

炎嘉は、驚いた顔をした。

「もう?その…今の話は何のためにしたのだ。」

十六夜は、月へ帰ろうと窓へ寄っていたが、振り返った。

「え?だからやろうとしても無理だって、無駄な時間を使わねぇように説明してやったんだけど?」

志心は、フンと鼻を鳴らした。

「我には影響などないわ。脅しただけではないのか。」

十六夜は、こちらへ向き直ると、息をついた。

「お前なあ…。性欲はそのままだから実感はねぇと思うけど、それだけ月の光を浴びてて何も無いとほんとに思ってるのか?…ま、いい。すぐに分かる。じゃあな、オレも忙しいんだ。」

そうして、十六夜は見る間に光に戻ると、また月へと打ちあがって行った。

炎嘉は、それを見送りながら、陰の月の力というのは、これほど自然で気取れないのか、と思った。十六夜の言い方だと、もうその罰は施行済みのようだった。しかし、何の力の波動も感じては居ないし、現に志心は、まだできると思っているようだ。

志心は、炎嘉を見て、言った。

「…月の力が何ぞ。我は今まで、己の体が望み通りにならなんだことなどないわ。」

炎嘉は、ギクリと肩を震わせた。

十六夜を信じていないわけではなかったが、信じられるとも言い切れないからだ。

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