頼り
維月は、案外に落ち着いていて、一人で月の宮の中をうろうろとしていたが、それでも問題は無いようだった。
十六夜の力の玉は新しい物に変え、頚連も新しい玉で作って維月の首にかけ直した。碧黎は、そんなに案じなくても、炎月はまだそんな様子はないし、いきなりに手に負えない事にはならないと言い切っていたが、それでも維心があの様子であるので、十六夜ももし何かがあったら気になって仕方がない。
なので、嘉韻は事情を全て知っているので、宮に居る間は頼むと嘉韻に任せていた。
そんな中、珍しく炎嘉が話しかけて来て、月へと帰って話を聞いていた。疲れ切っているようで、維心にも十六夜に頼めと言われたから、と力ない。
そんな炎嘉の話を聞いて、十六夜は仰天した。まさか、そんなことが起こっていたとは知らなかった。
《…お前さあ、維心も言ってたって言ってたが、はっきり言わなきゃならねぇぞ?流されるなよ。同じぐらいの気だって言っても、お前の方が気は強いんだから、その気になれば撥ね付けられるだろうが。そりゃ、お前が助けてくれって言うなら助けてやるけどよ…断っても次誘ったら応じるとなったら、志心だっていくらでも誘って来るだろうが。》
炎嘉は、はあと息をついた。自分でも、十分わかっているらしい。だが、今生維月だけを通して来て、その維月との間の子も手にして、タガが外れたのかもしれない。寂しいという気持ちは、一番望んでいた者を手にしても収まることもなくて、それでつい、自分を必要としている志心を断れないということになっているのかもしれない。
「…志心も、維月を想ってはいるがあきらめていて手を出すつもりもない男なのだ。志心も寂しいのだろうなと思うと、我でそれを癒そうとしている気持ちを考えると、断れずで。だが、我だってそんなことは望んでおらぬし。不甲斐ないのは分かっておるのだ。」
十六夜は、そんな炎嘉を見ていて、同情した。炎嘉は維心ほど他に対して非情でも無関心でもないのだ。維心は自分と維月が第一でそれ以上は無いし、他は何も関知しないが、炎嘉は違う。生来世話好きでもあるので、そうなってしまっているのだろう。
《…わかったよ。じゃ、オレだってずっとお前を見てるわけにゃいかねぇし、その時は呼べ。お前の声で一言名前を呼べば分かるように、意識しとくよ。だから会話の中にオレの名前を入れるんじゃねぇぞ。ずっとお前に目がいって面倒だからさ。で、維月には言わねぇようにする。だがあいつは、お前と維心が口づけたと知ってもそう動じた様子も無かったし、知っても特に気にしねぇとは思うがな。》
炎嘉は、それでも首を振った。
「頼む。それでも知られとうないのだ。そもそも我は、本当に男には興味が無いのだ。維心はからかうつもりであったし、あやつは長い友で美しいしの。どうしても男をと言われたら、維心を選ぶと思うぐらい他には興味がないのよ…だから、本当にもう、こんなことはやめたいのだ。」
十六夜は、炎嘉に見えないのだが頷いた。
《お前がそう言うなら維月には何も言わねぇ。じゃあな。》
炎嘉は、月に向かって頭を下げた。
「よろしく頼む。すまぬな、十六夜。」
十六夜の声は、答えた。
《いいってこった。お前の気持ちも分かるしな。ところで、代わりにと言ったらなんだが、お前炎月の回りは侍女でなく侍従にしてもらっていいか。維月の対応が分かるまで、あいつが色よいことに目覚められたら困るからよ。変に女との接触を避けさせてほしいんだ。》
炎嘉は、すぐに頷いた。
「わかった。そっちは任せておけ。ま、あれは子供でそんなことには興味がなくて、今は政務のことを学ぶのに必死ではあるがな。」
十六夜は、ホッとしたような気配を残して、月から消えた。
炎嘉は、これで次に何かありそうになったら、十六夜を呼ぼう、と、少し気が軽くなったのだった。
焔は、鷲の宮で眉を寄せていた。臣下の河が、必死の形相で見上げている。河は、続けた。
「ですから王、たった一人で良いのです。そう何人も迎えて後宮が大変なことになるようなことは、絶対にありませぬから。王のお子が居らぬことには、この宮は落ち着かぬのです。」
焔は、面倒そうに言った。
「だから烙が居るではないか。燐の子であるし大層に美しいし、立ち合いも良い動きで我もかわいがっておる。あやつを跡目に据えたら良いではないか。それに一人とて…一人に決めるほど良い女など、主が持って来た中には一人も居らぬわ。」
河は、それでも追いすがった。
「しかし王、王が一族最強であるのは変わらず、その王のお血筋だけは残したいと我ら考えておるのです。一人というのは、後宮が騒がしいのが否と王がおっしゃるからで、本来王ほどに力をお持ちなら、何人でも妃をお持ちでおかしくはないと思うておりまする。」
焔は、手を振って出て行けと河を追い出しにかかった。
「もう良い、下がれ。うるさいわ。」と、後ろで順番を待つ、筆頭軍神の弦を促した。「弦?入って参れ。もう終わった。」
弦は、ためらいがちに河を見たが、河は下がれと言われてしまったので、仕方なく項垂れてそこを出て行った。弦は、そんな河を同情気味に見送ってから、焔の前に膝をついた。
「王。お申しつけの件、探って参りました。」
焔は、頷いて促した。
「そうか。どうであった?」
弦は、顔を上げた。
「は。王が思われておる通り、どうやら志心様は炎嘉様にお通いになっておるようで。炎嘉様はお気が進まぬようであられるようですが、志心様が強く押していらっしゃるようでございますな。」
焔は、顔をしかめた。やっぱりそうか。
焔は、炎嘉と話しでもしようかと、宴が終わってから部屋へと訪ねようとしたことがあったのだ。だが、志心が先に入って行くのが見えたので、それなら一緒に、と思うと、何やらそんな感じの話が聞こえて来た。
炎嘉は断っているようだったが、強く言えぬようで、結局はそうなっているような感じだった。慌ててその場を立ち去ったが、その時の炎嘉の様子に気になっていた…何やら、志心に対しての同情のようなものを感じ、だからこそ、強く断れないのではないのかと思ったのだ。
「…ならば炎嘉には同情するしかないな。我もそういう趣味はないが、そんなことを強いられたら鬱陶しくてならぬと思うし。白虎は厄介であるゆえ…それで何も言えずにいるのやもしれぬ。」
弦は、焔を見上げた。
「では、王にはどのように。」
焔は、頷いた。
「我は別にあれに恨まれても構わぬし、今度志心が鳥の宮へ行くと気取ったらすぐに知らせよ。我も忍びで参るわ。我が居ったらあれも手を出せぬであろうしな。炎嘉には我だっていろいろ世話になっておるし、力になってやりたいと思う。左様心得て主、あちらを見張っておれ。」
弦は、頭を下げた。
「は!」
そうして、弦は出て行った。
焔は、それにしても神世は相変わらずであるなあと、遠い目をしながらうんざりしていたのだった。
その頃、十六夜としては、維月を放って置くわけにも行かないので、月の宮へと降りていた。
維月は、嘉韻と仲良く過ごしているようだ。嘉韻は、維月のことには理解があって、自分がどういう立場であるのか分かっているので出過ぎず、維月が里帰りして来ても、自分自分と押し付けたりはしない。それでも愛しているのは確かなので、維月と過ごせる時を、心待ちにしているのは知っていた。
十六夜は、常に維月と月で話すので実は、絶対にここへ帰って来てほしいとは思ってはいなかった。しかし、この嘉韻や、今は話をするだけだが将維も、維月が来ないと覇気が無い。特に、将維は親友の炎託を亡くしてからあまり表へ出て来なかった。
そんな者たちのことが心配で、維心にせっついてここへ連れて帰って来たので、嘉韻が幸せそうにしているのを見ていると、十六夜もうれしかった。
そんな十六夜なので、最近では皆が愚痴を吐き出したり、頼って来たりすることが多くなった。
十六夜は適当そうに見えて、頼まれたことはしっかりしようと頑張るので、そういう信頼は厚かった。それは、前世の十六夜には無かったものだった。
十六夜が、嘉韻と維月を満足そうに眺めていると、嘉韻がこちらに気づいて、言った。
「十六夜。どうした?維月を迎えに来たか。」
十六夜は、首を振った。
「いいや。夕方まで面倒見てくれたらいいぞ。オレもあっちこっち呼びかけられて忙しいんでぇ。これでも最近は頼まれごとが多くてよぉ。」
維月が、それを聞いてフフと笑った。
「十六夜ったら、面倒見が良いって評判なのよ。龍の宮に居てもそんな噂は聞いたわ。十六夜があちこちから頼られるようになるなんて…私は、ずっと頼ってるけど。」
十六夜も、維月に笑い返した。
「お前は別だよ。お前が最優先だから、心配すんな。だが、今はちょっと忙しくてな。昼間は嘉韻と将維に任せて、夜だけ来てくれたらいいからさ。お前とは帰って来てなくても毎日月から話してるんだし、オレはさみしかないし。」
維月は、それを聞いて頬を膨らませた。
「もう、十六夜ったら。まるで子供の世話を任せるみたいな言い方ね。いいわ、夜には全部話すし。十六夜はお仕事頑張ってね。」
十六夜は、頷いた。
「ああ。じゃあ、また夕方には降りて来るよ。じゃあな。」
十六夜は、実は志心の宮の動きを少し、気取っていたのだ。どうやら、南へ向けて飛ぼうとしているようだ。
南というと鳥の宮だが、こんな午後になってから行こうとするなど、どう考えても用件はあっち方面しか考えられない。
炎嘉が呼ばなくても、見ていてやらなきゃと、十六夜は思ったのだ。
月へと打ちあがって行きながら、十六夜は王同士で面倒なことにならなきゃいいが、とだけ、思っていた。




