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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
次世代の神達
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不穏な空気

嘉韻も嘉翔も、何気ない風で居ながらとりあえずは螢を気遣いつつ日常を過ごしていた。

そんな最中、炎託が戻って来るという連絡を受けた。炎託は月の宮に居た頃、よく将維と共に軍神達の訓練に付き合ってくれて、炎嘉に似たその、世話好きな様でこの、月の宮の軍神達に慕われていた。

とはいえ、最近に軍に加わったはぐれの神達はそれを知らない。なので、訓練場で訓練している最中に、将維と炎託が揃って現れた時には、皆が緊張した面持ちで整列していた。

「おお、何やら懐かしいことよ。やはりこの宮の訓練場は解放的で良いの。鳥の宮の物はドーム状に屋根があってなあ。よう穴を開けて、皆でそれを修復せねばならぬで面倒なのだ。」

炎託が言うのに、将維が呆れたように言った。

「加減せぬからよ。天井など意識しておったら避けられようが。そんなことであったら戦場で味方を撃ち抜いてしまうわ。」

炎託は、不貞腐れたような顔をした。

「うるさいわ。つい皆必死になるのだ。」と、嘉韻を見た。「嘉韻も、久しいの。主と立ち合うのを楽しみにしておったのよ。主は鳥の動きも出来るのに龍も混じっておってそれはためになるのだ。」

嘉韻は、炎託を前に頭を下げた。

「は。光栄でございまする。炎託様には、あちらの宮は落ち着かれたご様子。何よりでございます。」

しかし、炎託は顔をしかめてそれに答えた。

「落ち着いたとはいうて、我と父上の二人で回しておるから休む間もないわ。ゆえ、此度は無理に出て参ったのだ。我だって、少しは将維と遊びたいのよ。ここに居った時はやりたい放題であったのに。ほんに皇子になど戻るものではない。」

嘉韻が苦笑すると、将維が言った。

「こら。炎嘉殿には逃げる場所も無いのだからの。主は恵まれておるわ。さ、立ち合おうぞ。我だって退屈しておったのだ。ほれ、参れ。」

将維は、さっさと刀を抜く。目の前に整列している軍神達が仰天して慌てて下がろうとするのに、炎託は言った。

「こら将維、いきなりにそんな。まだ皆に挨拶もしておらぬのに。」と、戸惑っている軍神達をひとあたり見渡した。「主ら、久しいの。しかし、この20年ばかりの間に、見慣れぬもの達も増えたような。」

嘉韻が、頷いて皆を見た。

「は。あれから新しい神達が入って参り、それなりにものになって参っておって。炎託様にも、是非一度ご指南頂きたいものと。」

炎託は、その華やかな様で豪快に笑った。

「おお、良いぞ。いくらでもかかって参るが良い。将維も、我は腕を上げておるぞ?吠え面かかねば良いがの。」

からかうように言う炎託に、将維は刀を目の前で円を描くようにブンブンと振った。

「ならば早う。我とて暇だったのだからの。参れ、炎託。」

まるで子供のようだが、将維にとって対等に立ち合える相手など少ないので、炎託は絶好の相手なのだ。

炎託は苦笑すると、皆を見回した。

「では、すまぬの。将維の相手を先にせぬとこやつはイライラするゆえ。場を借りるぞ。」

嘉韻が頷いて、皆に手を振って合図した。

そこに並んでいた軍神達は、さーっと脇へと寄って行って、二人の立ち合いを楽しみに、じっと見つめていた。

炎託も将維も、そんな見つめる視線など気にせずに、物凄いスピードで立ち合っていたので、普通の軍神達には全く見えなかったのだが、それでも二人の凄さは、見えないという事実で皆には充分伝わったようで、その後の指南の時には、皆緊張気味に進み出て来たのだった。


将維と炎託は、北の対へと引き上げて来た。

将維はこの月の宮の北の対を蒼からもらい、そこで生活していたからだ。

その、一人には大き過ぎる対の客間に、炎託は妻の瑞姫を失ってからずっと住んでいたのだが、炎託が鳥の宮へと帰ってこのかた、将維は一人でここに住んでいた。

炎託が使っていた部屋はそのままにしてあったので、炎託はそこへと入って、ふうと大きく息を吸ってから、吐いた。

「何やら…随分と前の事のように思うわ。ここで、主と毎日何をするでもなく、語り合ったり学び合ったり、共に過ごしておったのに。我も、あちらでお役御免になったなら、ここでまた主と二人で気楽に過ごしたいものよ。」

将維は、苦笑して炎託の客間の居間へと腰かけた。

「いつの事やら。主は炎嘉殿の次の王としてあちらに居るのだろう?ならば、まだ始まってもおらぬではないか。その頃に、我の老いが来ておらねば良いがな。」

炎託は、それを聞いて黙った。そして、チラと将維を見ると、何かを言いたそうな顔をしている。なのに、何も言わない。将維は、顔をしかめて言った。

「何ぞ?何か気になるか。」

炎託は、将維の前の椅子へと座って、誰も居ないにも関わらず、声を落として、言った。

「…実はの。我の歳よ。」

将維は、片眉を上げた。

「主の歳?…我より200年ほど年上であったな。だが、老いはまだではないのか。」

炎託は、察しが悪いと首をブンブンと振った。

「分かっておるわ。主も我も普通の神であったらとっくに爺であって、死んでおるやもしれぬ歳。ちなみに父上は、転生しておるゆえ我よりずっと年下ぞ。」

将維は、む、と小さく声を漏らした。炎嘉は父だと呼んでいるが、正確には前世の父なだけで、今生では違う。自分の父の維心と同じで、今生では自分よりずっと年下なのだ。

つまり、炎託は、炎嘉の後を継ぐ、というのは普通に考えたらおかしいのだ。

何しろ、炎嘉より先に死ぬかもしれないのだ。

「…主の方が先であるかもと?」

炎託は、深刻な顔で頷いた。

「我は、そう思うておる。恐らく、父上はこれより前世と同じく1700年ぐらい生きられるだろう。我は、それ以上生きるなど無理だと思うておる。一度死んで転生して来たのならこの限りではないが、我はあれからずっと生きておるのだ…主と同じように。」

将維は、その通りだと思った。自分と維心とは、違うのだ。維心は自分の子として転生したので、自分より年下だ。だからこそ、自分はこうして隠居して、龍王としての責務から逃れることが出来ているのだ。

だが、炎嘉と炎託は逆なのだ。

「確かに…主の言うことは間違っておらぬ。我だって今生は父上より長生きすると思っておらぬしの。だが、ならばどうするのだ。それは、炎嘉殿と話しておるのか?」

炎託は、それこそ言いたくなさそうな顔をしたが、将維がじっと待っているので、渋々口を開いた。

「…話した。我だって、姿が今の父上より少し年上なのを気にしておったしな。父上も、今の姿の我を見ると、前世の自分を思い出す、とおっしゃっておった。つまり、老いが止まった状態よな。父上は、まだ止まっておらぬから。」

将維は、もっともなことに自分まで厳しい顔になった。

「我が父上もぞ。今生は我の子であるので、まだ止まっておらぬようぞ。もう少しすれば、止まるのではないか…かなり重々しくなったからの。まだ軽い感じがした時もあったが、今は落ち着いておるし。」

炎託は、それでもまだ何か言いたそうだった。将維は気になって、更に眉を寄せてせかすように言った。

「…何ぞ?まだ何かあるか。」

炎託は、また大きなため息をついた。

「その…だからの、その話をした時に、父上も我が居らぬようになるリスクを考えたのであるな。それで、やはり今生でも子が要るなと。まだ我が生きておる間に、育ててそれなりに跡を継がせる準備をせねばならぬ、と。」

将維は、まだ眉を寄せたままだった。

「それは…確かに、鳥のためにはそうでなければ先が続かぬと考えるわな。」

炎託は、更に口が重そうだったが、視線を落として、続けた。

「で…父上は、今生、妃が居らぬで。何しろ維月殿を想うておるだろう。年に二度、取り決めがあって維心殿が渋々父上の所へ来させていたが、それだけよ。しかしの、ここ20年、父上はわざと、何も求めなかった。維心殿からどうするとせっついて来ぬだろうと思うていたが、やはり何も言うては来なかった。そうしてじっと耐えて、先日、一気にその約束を果たせと申したのだ。」

将維は、一気に顔色を変えた。察したのだ。

「まさか…維月と、子を成すためか?!」

炎託は、慌てて言った。

「いや、これは20年前の約束なのだ!父上がお命を落としそうになった時、維心殿が約したのだぞ。維月殿と子を成すことを許すなら、と。維心殿は悩まれた末、それを許したのだ。と申して、父上はそれを遂げるつもりなどなかった。我が居ったと思われておったし、ご自分も若いのでそんな必要もないだろうと思うておったから。だが、ここへ来て事情が変わってしもうたのだ。」

将維は、立ち上がってブンブンと首を振った。

「そんなもの…我は聞いておらぬ!父上も何を考えておられるのだ!なぜに我の子も産んだことのない維月が、炎嘉殿の子を産まねばならぬ!そんなこと許せぬ!」

炎託は、分かっていたことだったので、慌てて将維をなだめた。

「落ち着け、将維!まだ分からぬのだ、とりあえず維月殿は来るが、どういうつもりで父上があちらへ来させようと思うておるのかは、まだ維心殿に言っておらぬから!20年前の取り決めなど、維心殿のことぞ、ごねるのではないか。まあ我らとしては父上の子が欲しいのだが、龍と諍いを起こしてまでとは思うておらぬから!とにかく、落ち着け!」

将維は、ハアハアと息を荒げていたが、何とか息を整えて、椅子へと座り直した。

「…まあ、父上のことであるから、ごねような。主だって瑞姫を亡くしてから確か、旧龍南の砦の侍女に通った時があったであろう?子を作っておけば良かったのに。しかし…困ったものよ。誰も彼もが維月維月と。あれの前世より気が休まる時がないわ。」

炎託は、将維が落ち着いてくれたので、ほっと息をついて、頷いた。

「主も苦労するの。侍女に通ったとて父上が宴を催されたので参った時のたった一度だけであるし、あれは戯れと侍女が誘って参ったゆえ、つい、の。とはいえ、此度はそのようなことを言いに参ったのではない。」

将維は、それには表情を引き締めると、椅子に座り直した。

「…蒼が、何やら炎嘉殿に泣きついたのだとか。何か気取れたか。」

炎託は、ため息をついて、首を振った。

「何も。確かに我が居った時とは様変わりしておったが、こちらを攻撃しようなどという気など全く感じなかったわ。嘉韻も嘉翔も見ておる中で、無理であろうと思われるしな。そういう主はどうよ?」

将維は、同じようにため息をついた。

「主を同じよ。何も。蒼から聞いて軍をこれまでよりよう見るようになったが、そのような心根を感じることは無いの。父上が申すには、あれは弱い物特有の危機察知能力であって、力のある我らには気取ることは出来ぬのだとか。しかし、これまでも蒼があのように神経質になっておる時は、必ず何かが起こったのだと。碧黎も、蒼には意味深なことを申しておったと言うし、何かがあるのは確かであろうな。」

炎託は、椅子へとそっくり返った。

「主にも無理であるのに我にどうせよと申すのだ。父上は、行くだけ行って蒼を安心させて機を見て帰ってくれば良いと申したが、我はそのように無責任なことは出来ぬからの。何某か見つけてから帰りたいと思うておる。が、我が宮も父上お一人では面倒が多いゆえ、気は逸るがな。」

将維は、苦笑した。

「あちらこちら落ち着かぬの。しかしまあ、また明日から我と共に軍神達と立ち合いでもして異変を探すとしようぞ。本日は、これまで。酒でも飲まぬか。久しくゆっくり話しておらぬのだ、我とて退屈しておった。鳥の宮のことを聞かせてくれぬか。」

炎託は、将維が穏やかに言うのに微笑み返して、そうしてその夜は、二人で月を見上げながら、近況を報告し合いながら酒を酌み交わして過ごしたのだった。

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