【一日目② 『じゃんくふーど』を食べよう】
久しぶりの更新になりました。また少しずつ更新していきますので宜しければお付き合いください。
ショッピングモールの良いところは、フードコートがあることだ。
少なくとも俺はそう思っている。
――特に、ユリアさんと同席している今は。
「ユリアさん、おいしい?」
人気の少ないフードコートエリアの片隅、通路側との間に設けられた壁際二人掛けのテーブルで、ユリアさんに問う。
と、ユリアさんはとびきりの笑顔を浮かべて答えた。
「はい! 程良い塩気でとてもおいしいです!」
白魚のような、とでも言うのだろうか。男の俺よりもずっと美しく繊細なその手が掴んでいるのは――フライドポテト。
フードコートエリアに出店している『モエギバーガー』のフライドポテト・Lサイズだ。
初めてのショッピングモールにはしゃぐユリアさんの為に、二つで二千円のペアマグカップを買ってから約三十分。
午後十二時半を迎えた俺たちは、フードコートで食事を取っていた。
別に、フードコートでなくても店はある。というより、フードコートに入っていないチェーン店のほうが圧倒的に洒落ている。
ただ、ショッピングモールが初めてなら、フードコートのほうが雰囲気を楽しんでもらえると思ったのだ。それに、店の種類も多種多様で、その時に食べたいものを食べられる。――決して「出費がマジでやばいから俺はファストフード店で済ませよう」と思ってフードコートを選んだわけではない。
フードコートに案内されたユリアさんは、俺の予想通り――いや、予想以上に目を輝かせて喜んだ。「まるでテーマパークのようです!」と。
――ああ、可愛いなあ。もはやどうしようもない感情を抱いた俺は、彼氏面しないよう細心の注意を払いながらシステムを説明した。「注文したら番号が書かれた機械を渡されるから、それが鳴ったら料理を取りにいく」のだと。
しかし、その説明は不要だった。――ユリアさんは、俺が行く予定だったファストフード店の料理を食べたいと言うのだ。
「ここでいいの? ……この店なら俺の家から車で二十分くらいのところにもあるし、また今度連れていくよ?」
「いえ、今日このお店がいいのです」
「……そう?」
本音を言えば女神さまにファストフードを食べさせるのはあまり気が進まなかったのだが、本人が食べたいというのだから仕方がない。
説得を諦めた俺はスマートフォンでメニュー一覧を見せながらユリアさんが食べたいものを聞き、一人で店に向かった。休日のように人が多い日なら彼女を一人になどしないが、今日ならまあ大丈夫だろう。
注文を終えた俺がトレイを片手に席へ戻ると、ユリアさんは実に嬉しそうな顔をした。「これを食べてみたかったのです」と。
「テリヤキバーガー、食べたことないの?」
「はい。『じゃんくふーど』は良くないのだと言われておりまして……」
「ああ……そういうことか」
なるほど、それでファストフード店が良かったのか……。
納得した俺は萌黄色のトレイの上で注文したものを仕分けた。フィッシュバーガーとホットコーヒーが俺、テリヤキバーガーとホットティーがユリアさん。Lサイズのポテトとチキンナゲットはそれぞれ半分ずつだ。
そうしてユリアさんはフライドポテトを食べ始め――今に至る。
(くっそ……めちゃくちゃ可愛い……)
ダメだ、何をどうしても可愛い。
小動物のようにフライドポテトを食べるユリアさんを盗み見ながら、今日何度目か分からない「可愛い」という台詞を心の中で呟く。
ユリアさんの彼氏面をするつもりはない。――するつもりはないが、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。寧ろこれほどまでに可愛い人を――実際はヒトではなく女神さまではあるけれど――可愛いと思わないほうがどうかしている。ユリアさんではなく俺に食べられるフライドポテトが気の毒なくらいだ。
(……あ、そうだ。呼び方のこと言わないと)
色々あったものだからすっかり忘れていた。
呼び名の件を思い出した俺は、あまりにも熱いホットティーを冷ましながら飲む可愛らしいユリアさんに向き合った。
「あのさ、ユリアさん。呼び方のことなんだけど……」
「はい?」
「ユリアさんが契約者である俺のことを『有里さま』って呼びたいっていうのはちゃんと分かってる。……分かってるんだけど、往来で『さま』付けっていうのは、ちょっと具合が悪いと思うんだ。だから……アパートにいる時以外は『有里さん』って呼んでくれないかな?」
「『アリサトさん』ですか……」
「うん」
説明を聞いても尚、納得のいかなさそうなユリアさんに、俺は柔らかく食い下がった。
「『有里さん』でも全然失礼じゃないし、もしそれでも呼びにくいんだったら『あの』でもいいし……何なら『有里さ』まで言って『ま』だけ小さくするのでもいいよ。……頼める?」
「……分かりました。ではアパート以外ではアリサトさ、ん、と呼ばせていただきます」
俺の提案を受け入れたユリアさんは、酷くぎこちなく俺の名を呼んだ。仕事熱心なユリアさんにとっては、主を「さま」と呼ばないことがどうにも難しいらしい。
(ユリアさんには悪いけど……でもまあ、そのうち慣れるだろうしな)
とりあえずこれで「あの男、女の子に『さま』って呼ばせてる」「何か弱みでも握ってるのかしら」などと囁かれる恐ろしい事態は起こらないだろう。そうであってほしい。――そうでなければ困る。
「ユリアさん、ナゲットも――」
「――有里?」
ユリアさんにチキンナゲットを勧めるべく付属のソースを開けた時、不意に、背後から声を掛けられた。
聞き馴染みのある声に驚いた俺は椅子に座ったまま振り向く。
と、そこには、整った顔をチェシャ猫の如くにやけさせた男――大学の同級生・遠藤が立っていた。