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女神さまは1500円! ~降臨サービスはガチャガチャで~  作者: 眠理葉ねむり
女神さま降臨編
5/8

【女神さまについて知ろう】



「落ち着いた?」

「はい……」


 俺の問いに、ユリアさんは当てていたハンドタオルを目元から外す。

 未だ潤んだ瞳から涙がこぼれ落ちていないことを確認した俺は、泣き止んだユリアさんに小さな湯呑を手渡した。


「良かった。じゃあ……座って?」


 女神さまに座ってもらえるほど綺麗なところでもないけど……。

 来客用の座布団を引っ張り出してきた俺は、クリアピンクのカプセルが置かれたままの小さなテーブルの前に腰掛けるよう促した。



 俺が暮らすアパートは所謂1DKで、築年数こそ比較的新しいものの、スペースはそれほど広くない。女神さまであるユリアさんには申し訳ないが、この広さで我慢してもらうしかない。――唯一幸いなことがあるとすれば、今日の午前中に掃除を済ませていたことだろうか。もし掃除していなければ女神さまユリアさんを汚い部屋に降臨させるところだった。


 掃除はあまり好きじゃないけど、明日からの三十一日間だけは毎日頑張らないと……。

 そんなことを考えながらユリアさんの向かい側に腰を下ろし、自分用の玄米茶を啜る。

 本当ならもっと良い飲み物を――たとえば紅茶とかハーブティーとか、もっと女神さま向きの温かい飲み物を――手渡すべきだったのだろうが、残念ながらそんなものはこの家にない。俺はコーヒー党だ。

 しかし、泣いている女神さまにコーヒーを差し出すというのは何だか違う気がして、取り急ぎ玄米茶を淹れることにしたのだ。もしかしたら馴染みのない飲み物かもしれないが、玄米茶これで我慢してもらうより他ない。勿論、玄米茶に罪はないのだが……。



「あの……申し訳ありませんでした。突然取り乱してしまい……」


 俺の前に座るユリアさんが、小さな湯呑を両手で包み込むように持ちながら謝罪する。ようやく落ち着いたのか、その口調は俺がクーリングオフを申し出る前に近いものだった。


「大丈夫。別に気にしてないから」


 というより、取り乱させたのは俺だ。

 申し訳なさそうに目を伏せるユリアさんを見ながら、一応のフォローを入れる。

 ユリアさんの僅かに腫れた目元と鼻頭は、散々泣いたせいでほんのり赤くなっていた。それでも、ユリアさんが持つ美しさは全く損なわれていない。


「えーっと……ユリアさんがこれからどういう感じに三十一日間を過ごすのか、訊いてもいい?」

「どういう感じに、でしょうか?」

「うん。たとえば……そうだな、ユリアさんはご飯を食べるのかとか、何時から何時までこの家にいるのかとか……」


 不思議そうな表情をするユリアさんの方を眺めながら、思い付いたことから尋ねていく。


 俺とユリアさんは友達として接していくことになったけれど、契約を結んでいる以上、俺は一応の主であるわけだし、ユリアさんの勤務形態をきちんと把握しておくべきだろうと思ったのだ。ユリアさんが女神降臨業務でどの程度給与を貰っているか知らないにせよ、知らず知らずのうちに業務時間外拘束をするような真似をすることだけは避けたい。


「――食事は結構です」

「えっ?」

「女神降臨業務中の女神は食事を取らなくても平気なのです。ですから、アリサトさまがわたくしの食事を用意する必要はございません」


 女神さますげー!

 思わずそう口走りそうになり、俺は慌てて口を押えた。女神さまユリアさんに聞かせるような言葉ではない。


「えっと、必要かどうかは別として、この世界のご飯は食べられるの? 白ご飯とかうどんとか」

「はい。わたくしが降臨するのは今回が初めてですので、まだ口にしたことはありませんが、普段はアリサトさまが召し上がっているものと左程変わらないものを口にしております」

「そっか。……じゃあ、良かったら一緒に食べない? 俺が作るものだからあんまりおいしくないかもしれないけど」

「アリサトさまが!?」


 俺が提案すると、ユリアさんは信じられないとばかりに声を上げた。大きな目は丸くなっている。


「そんな、アリサトさまに作っていただくなど……!」

「いや、別にそんな大げさなものじゃないし……俺のついで? みたいな。俺だけ食べるのは落ち着かないしね」

「ですが……よろしいのでしょうか……」

「うん。そっちの方がありがたいかな」

「……では、そうさせていただきます」


 数回のやり取りの末、ユリアさんは食事を取ることに承諾した。とはいえ、美しい顔には申し訳なさそうな色が浮かんでいるけれど――まあ、俺の我儘だと思ってもらうより他ない。これから三十一日間、俺だけ食事を取るのは精神的にきついのだから。


(食費は嵩みそうだけどな……)


 俺の収入で大丈夫かなあ。

 内心ため息を吐いた俺は今受けている仕事で得られる金額を秘密裏に計算した。


 俺が仕事を辞めたのには色々事情があるけれど、退職に踏み切ったのは、一人なら何とでもやっていけると考えたからだ。アパートの家賃と諸々の費用さえ払えれば、あとはどうとでもなる。

 しかし、他に誰かいるとなれば――ユリアさんがいるとなれば、話は別だ。さすがに食費が二倍になることはないだろうが、一.五倍くらいにはなりそうだし、これからの一か月は収入の使い道を真摯に考えなければならないだろう。


「それで――何だっけ。そうそう、ユリアさんは何時から何時までこの家にいるの? 九時五時?」

「あの……アリサトさま。『何時から何時まで』というのはどのような意味なのでしょうか」

「どういう意味って?」

「わたくしたち女神降臨業務の女神は三十一日の間、一日中、我が主の傍に侍ることが前提となっておりますので」

「……ん?」


 ちょっと待って。

 いや、マジで待ってくれ。



 ――ユリアさんは何を言ってるんだ?



「一つ、確認していい? ――それは、この家にずっといるってこと?」

「はい。何か問題がありますでしょうか?」

「問題しかないけど!?」


 然も当然のように答えるユリアさんに、思わず声を荒げてしまう。

 でも、仕方ないだろう。――明日から三十一日の間、こんな美女ユリアさんと二十四時間一緒に過ごすことが確定してしまったのだから。


 そもそも俺がユリアさんにクーリングオフを申し出たのは「こんな美女と三十一日も一緒にいられるかよ」と思ったからだ。女性に耐性のない俺がユリアさんのような美女と一緒にいたら盛大に勘違いをしてしまうだろう。それは絶対に嫌だったから、クーリングオフを申し出た。

 その後、色々あって、ユリアさんとは友達になることで話が落ち着いたけれど――でもそれは、二十四時間一緒にいる前提ではなかった。

 たとえ毎日会うとしても、一緒に食事をするとしても、別々に暮らす前提だった。

 だというのに、ユリアさんは二十四時間、この家で俺と過ごすという。まるで至極当然のように。



(女神降臨サービスは一体どうなってるんだ……!)



 いくら人間と女神とはいえ、男と女を一つ屋根の下で暮らさせるなんてどういう神経をしているのだろう。真っ黒ブラックもいいところだ。天界と思しき世界にはモラルというものがないのだろうか。あと、セクハラとパワハラの概念もだ。



「――わたくし、毎日何時間か外出した方がよろしいのでしょうか?」


 一人悶々としていると、ユリアさんは恐る恐るといった様子で俺に尋ねた。どうやら俺が何を問題視しているか一切分かっていないらしく、困惑した様子を見せている。


「できたらそうしてほしいけど……」


 そう答えた俺は、けれど、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。

 ユリアさんと一つ屋根の下で暮らすのは、いけないことだと思っている。俺はまあ、女性に耐性がないなりに理性的な方だと自負しているけれど、だからといって自分を過信しているわけではなく、寧ろ、自分を疑っていた。――理性なんていうものは、時に酷く脆いものなのだから。


 ただ、俺には、提案可能な代替案がなかった。


 もし俺に十分な財力があれば、明日から三十日ほどホテルの部屋を取って、ユリアさんをそこに泊めただろう。それなら何の心配もなく『友達』として過ごせる自信がある。

 しかし、それはできないのだ。

 それなのに自分の都合でユリアさんを追い出すなんて、男として、そして女神さまを降臨させた者として、あまりにも無責任と言わざるを得ない。



「…………。ユリアさんってさ、特別な力とかある?」

「特別な力……でしょうか?」

「うん。たとえば――暴漢を撥ね退けるような力とか」

「ええと、それでしたら……この能力が近いかと」


 そう答えたユリアさんは、右手を胸に当てると何かを払うような仕草をした。すると――。


「うわっ!?」


 ――瞬きする間もなく、ユリアさんの周囲十センチに障壁バリアのようなものが現れた。うっすら白い半透明のそれは、発動者のユリアさんを余すことなく包み込んでいる。


「この能力を発動させていれば、わたくしに攻撃を加えることはおろか、触れることも叶いません。別の能力を使わなければの話ですが……」

「……これなら大丈夫か」


 ユリアさんの肩口に手を伸ばし、障壁バリアに恐る恐る触れた俺は頷いた。この能力を発動させていればユリアさんは安心だ。少なくとも、俺や他の人間から身を護ることはできる。


「――待って。ユリアさんが能力を発動する前にユリアさんに触れてたらどうなるの?」

「対抗手段を持たない者であれば、能力を発動した瞬間に弾かれます」

「なるほど……」


 それなら絶対に大丈夫だ。安堵した俺は笑みを浮かべた。


「だったら外出しなくても大丈夫。その代わり、ユリアさんが寝る時は――もしかしたら女神さまは寝なくても大丈夫なのかもしれないけど――絶対にその能力を発動しておいてね。絶対だよ」

「? はい……」


 変な雰囲気にならないよう気を配りながら提案という名の命令をすると、ユリアさんは素直に応じた。美しくも可愛らしい顔には疑問の色が浮かんでいる。――これは、別の意味で心配だ。


(――俺が護らないと)


 決意を固めた俺は無言のまま一人頷いた。

 女神であるユリアさんは障壁バリアの能力を持っているし、多分他にも特別な力を持っているだろうから、俺の出る幕なんて一切ないかもしれない。第一「俺が護らないと」なんて思い上がりもいいところなのは分かっている。


 けれど、それでも。

 有里樹生はユリアさんの友達であって恋人ではないけれど、それでも、ユリアさんを護りたいと思った。

 その想いに偽りは一切ない。



(今度は絶対に「頼りない」なんて言わせない)



 俺にできることなんてたかが知れているかもしれない。

 でも。――それは、努力しない言い訳にはならない。



「――ユリアさん」

「はいっ」

「ご飯、一緒に食べよう」


 今夜は鍋にしようか。

 驚いているユリアさんを見つめ、微笑みかける。

 話し合わないといけないことは沢山あるけれど、それはあとでもいい。

 元々の予定であったうどんから急激にグレードアップさせた、俺が大好きな寄せ鍋を食べたあとでも。



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