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女神さまは1500円! ~降臨サービスはガチャガチャで~  作者: 眠理葉ねむり
女神さま降臨編
2/8

【女神さま登場】



「ただいま」


 誰もいない室内に向かって声を掛け、そのまま室内に入る。

 実家から約百キロ離れたアパートに一人暮らしをするようになって早三年。寂しいだとか切ないだとか、そういう感情はもはやない。それでもこうして帰宅の挨拶をしているのは、こういう折に喋らないと、一日をほぼ無言で過ごすことになるからだ。


 仕事を辞めて約半年。一日中家から出ないような生活を送っているせいで、人と話すことはおろか声を発することすら殆どない。せいぜいスーパーやコンビニで何か買ったり、郵便物が届いた時に対応をしたり、ドラマやアニメを観て独り言ちるくらいだ。


「はー……勿体ないことしたなあ。1500円はでかいぞ……」


 マイバッグから荷物を出し、冷蔵庫にしまいながら愚痴をこぼす。

 ネットでできる仕事をしているとはいえ、収入は微々たるものだ。だというのに、1500円の出費は痛い。『好奇心は猫を殺す』とはまさにこのことだ。


 ため息を吐いた俺は放り投げていたショルダーバッグから件のカプセルを取り出した。コインが入っていると思しきそれに向かって「これが1500円かよ」と再度愚痴をこぼす。まったくもう、好奇心の代償は大きい。

 しかし、いつからガチャガチャが設置されたのだろう。あの道は買い物をする時よく通るのだが、ガチャガチャなんて置いていなかったような……。

 かぱ、とクリアピンクのカプセルを開けながら考えるも、自分の記憶は曖昧で答えなど出ない。そもそも、あの建物に目を向けることなど殆どなかったのだから覚えていないのは当然だろう。今日は夕日が綺麗で、雲も丁度良い感じに流れていたから、それを目で追っているうちに建物の方に目を向けて……。そうしたらあの白いガチャガチャ本体が目に入った、それだけだ。


「……マジでコインだ」


 カプセルの中に入っていたものを指先で摘み上げ、確認する。

 500円玉より少し大きなそれは、見たこともないようなコインだった。まるでメッキを施したかのように眩しい金色のコインには女性の横顔が描かれている。正確には頭から胸の辺りまで、だ。


「……綺麗だな」


 目を閉じ、柔らかく微笑む女性の姿は美しかった。伏せた睫毛は長く、長い髪は耳の辺りから緩いウェーブが掛かっている。耳の上には花飾りのようなヘアアクセサリーをつけていて、まるで女神のようだ。例えるなら――。


「なんていうか……ミュシャ的だな」


 そう、例えるなら、アルフォンス・ミュシャが描いた女性たちのような印象だった。柔らかく、華があり、けれど静かな美を纏っている……。それがこの女性に抱いた率直な感想だ。


「……でも、1500円なんだよな……」


 このコインは確かに美しいし、メッキであれ何であれ、味気ない部屋を華やかにするには充分な代物だ。そう思えば悪い買い物ではなかったのかもしれない。

 しかし、1500円は1500円だ。1500円あればおいしいものが食べられるし、ソシャゲのガチャだって五回くらいは回せる。そう思うと何とも言えない気持ちになるのは避けられない。


「…………。うどん作ろ」


 だが、まあ、何とも言えない気持ちになったところで使った金は戻ってこない。おいしいものも食べてしまえば思い出になって終わりだし、十連ガチャだって欲しいものが手に入るとは限らないのだ。うだうだ考え続けるよりは、さっさとうどんの出汁を取って、その間に仕事をしたほうがマシだろう。仕事時間と収入比を考えればライティングの仕事も楽ではない。


「……あ、鰹節買ってくるの忘れた」


 もう随分少なくなっていたのに。またしてもため息を吐いた俺はコインをテーブルの上に置くとキッチンスペースに向かった。俺の頭は鰹節を買い忘れたことでいっぱいになっていて、もはや1500円のことなどとうに消え去っていた。





『――女神降臨サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます』



「うおっ!?」


 突如、背後から声が響き、思わず野太い声が出る。

 テレビもつけていないのに何事かと慌てて振り返った俺は――そこで、信じられない光景を見た。

 テーブルの上に置いてあるコインから、立体映像のようなものが出ていたのだ。

 そう、アニメとかSFものとかでよく見るような、アレが。


『ただいまよりお客さまがご購入された女神を派遣いたします。降臨期間は明日より三十一日間となっておりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします』

「め、女神降臨……?」


 一体何がどうしたっていうんだ。

 そんな俺の困惑を他所に、立体映像は途切れた。今しがたまで表示されていた女神のような――コインの絵柄とは違う女性の姿は既になく、音声も流れていない。


「何だったんだ、今の……」


 本当に訳が分からない。俺は夢でも見ていたのだろうか……。

 一種の混乱状態に陥った俺はコインを摘み上げようとして、けれど結局、摘み上げることはできなかった。

 瞬きをした間に、コインが消えてしまったから。

 そして――。



「はじめまして、我が主。私はユリアフィールド・エレクシスと申します。これから三十一日間、よろしくお願いいたします」



 ――そして、消えたコインの代わりに、コインに描かれていたものと全く同じ女性が、俺の目の前に立っていたから。



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