8話「新しい家族紹介」
「ただいま」
家の玄関に入るとあたしはまずそう言った。ここに来るまでにある程度体力(この場合は魔力かな)が回復したので表面上は普通にふるまうことができるようになった。
「おかえり、美穂」
お母さんがわざわざ玄関まで来て出迎えてくれる。夕食の準備をしていたのかエプロンをしている。
イメージとして焼き付いているお母さんは弓道をする人が着るような袴を着ている姿だ。まあ、とはいってもこういう家事をしている姿はいつも見ているものだから違和感なんて言うものは全くないんだけど。
「今日は遅かったね」
お母さんの喋り方はお母さんの同年代の人たちに比べて幼い感じだ。あたしの喋り方はこの喋り方に影響されている。
「うん、ちょっとね……」
あたしはなんて言おうか逡巡する。その時、タイミングを見計らったかのようにあたしの足もとから一匹の狐が前に出る。それは言うまでもなく若藻だ。家に入る前に狐の姿に変化してもらっていた。
「美穂、その子はどうしたの?」
お母さんは珍しいものでも見るような視線を若藻に向ける。確かに、この辺りに狐なんて出てこないから珍しいかもしれない。
もしかしたら、犬とか猫とかこの辺でもよく見かける動物の姿をしてもらった方がよかったかな。そう思うけど、お母さんに若藻の姿が見えてしまっているから既にそんなことを思っても仕方がない段階だ。
「この子が勝手についてきてどうしようか困りながら帰ってたら遅くなっちゃったんだ」
家に入る前に若藻と一緒に考えた嘘を言う。一緒に考えた、と言ってもあたしは嘘をつくのが苦手だから若藻一人に考えてもらった嘘だ。若藻は人間を騙しながら生きてきたらしいので嘘をつく、というのが得意らしい。
「ここまで連いてきちゃったんだけど、あたしが飼っちゃ駄目かな?世話はあたしがちゃんとするからさ」
お母さんの目を見て言う。若藻が言うには自分の思いを伝えたければ相手の目をじっと見つめることが大切らしい。
そういえば、若藻はあたしの顔をじっと見て話していることが多い気がする。
「……」
お母さんは考え込んでいる。いきなり、駄目と言われなかったのは良かったけどこの空白の時間は緊張してしまう。お母さんは若藻を飼うことを了承してくれるのか、それともしてくれないのか。
でも、もし駄目だ、って言われても奥の手がある。それは、若藻の魅了の力だ。それを使えばお母さんは若藻に惹きつけられ若藻を飼わざるを得なくなる。お父さんは基本的にお母さんの言うことには従順だから問題ない。かなりずるいような気がするけど、了承してもらわないと若藻は不満を言うようになるだろう。
流石にあたし一人で若藻が食べるものを確保するのには無理がある。だから、若藻の食事のためにお母さんの了承は不可欠なものだ。
「……うん、いいよ」
「え?いいの?ありがとう、お母さん!」
あたしは飼うことが許可されたことにほっとする。だからか、自然と声の調子が高くなってしまう。
「でも、ちゃんと世話はするんだよ。美穂が自分から言ったことなんだから」
「うん、わかってるよ」
それに、若藻とは言葉によるコミニュケーションがとれるし、食事もそれほど量がいらないらしいので苦労はほとんどないはずだ。……普通の動物を相手にする範囲でのことは、だけど。知性があって、しかも人間に近いから別の方向での苦労が大きい。今日、数時間一緒にいただけだけど、それだけは確実なことだと確信することができる。
あんまり確信できてほしくないことだけど。
「あ、そうだ。実はもうこの子の名前、考えてあるんだよ」
一応お母さんに若藻の名前を教えておこうと思った。
お母さんはあたしに先を促すように一度だけ頷いた。
「この子の名前は若藻、って言うんだよ」
「若藻?なんだか珍しい名前だね。……よろしくね、若藻ちゃん」
お母さんは屈んで若藻の頭を撫でた。若藻は撫でられるのは嫌ではないようでされるがままになっている。
この瞬間に若藻はあたしたちの家族になったんだと思う。お父さんはまだ若藻の存在を知らないけど、まあ、お母さんが受け入れたのだからもう家族だと思っても間違いではないだろう。
お父さんには少し失礼だけどそう思った。