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7話「魔力切れ」

 若藻に連れられて人気のないところまで来た。

 気がつけば日は沈みかけて景色が赤く染まっている。

 周りを見てみるとここはあたしの家がある住宅街の近くのようだった。若藻があたしの家の場所を知ってるはずはないので若藻がここに来たのは単なる偶然だと思う。

「ここまで来れば大丈夫ですわよね」

「う、うん、なんとか。ありがとね、若藻」

 あたしは若藻にお礼を言う。動けなくなった理由も若藻にあるわけだけど、そんなことを今言っても意味がないような気がする。

「礼には及びませんわよ。……ただ、美穂の体をわたくしの自由にさせてさえいただければ」

 いきなり、若藻はあたしの手をひっぱってあたしを若藻自身の方へと引き寄せる。あたしはバランスを崩してしまって若藻に抱きつくような形になってしまう。けれど、このままでいることに危機感を感じたあたしは、反射的に若藻とあたしの間に壁を出現させていた。

 その直後、あたしの体から力が抜けた。なに?、と思う間もなくあたしはその場に膝をついてしまう。それと同時に先ほど出現させたばかりの壁が消えてしまう。

「美穂っ!大丈夫ですの?」

 若藻は心配そうにあたしの体を支えてくれる。声には焦りが含まれている。

「わかん、ない。いきなり、体に力が入らなく、なっちゃった」

 これは、なんなんだろうか。激しい運動をしたあとのように全身にだるさが広がっている。

「今日、初めて魔力を使えるようになったのにばんばん魔力を使うからですわよ。まだ、美穂の魔力は安定していないんですのよ」

 そう言われて、ネアラの言っていた、魔力を使いすぎると死ぬ、というのはこういうことなんだな、と理解した。ネアラから死ぬ、という言葉を聞いた時のような恐怖はない。ただ、頭がぼんやりとして、うまく物事を考えることができない。

「……これなら、やりたい放題ですわね」

 その言葉にあたしは身を固くする。ぼんやりとした頭で、ほとんど反射的に壁のイメージを固められるように身構えようとして、

「そんなの冗談に決まってますわよ」

 若藻が自分から身を引いた。そのことを意外に思いながら若藻の方を見る。

「今、美穂は無理に魔力を使ったら死んでしまうような状態なのですのよ。だから、わたくしは美穂に魔力を使わせるような真似はできませんし、そんなことしませんわ」

 こういうときはちゃんと自分を抑えてくれるんだ。そのことに少しだけ安心する。

「そういえば、ネアラから魔力の水を買ってましたわよね。こういうときのために買ったものでしたわよね。……勝手に出させてもらいますわよ」

 確認を取ったら勝手じゃないんじゃないだろうか、と思ったけどそんなことを言うような余裕はないから頷くだけにした。

 あたしが頷くと若藻は頷き返してあたしの鞄を開けた。そして、あたしがネアラから買った魔力の水が入っているペットボトルを取り出してふたを開ける。

「さあ、自分で飲めるかしら?無理ならわたくしが口移しで飲まして差し上げますわよ」

 口移しは勘弁してほしいのであたしは自分で飲むことにする。そのために、若藻からペットボトルを受け取る。

 思うように手に力が入らなくて何度か落としそうになる。それに、体も思うように動かない。そのせいで、ペットボトルの口の部分をくわえるだけでもかなり苦労してしまった。

 ペットボトルをくわえると、それを傾けて水を口に含んで飲み込んだ。

 味は水そのものだった。だけど、舌触りが違った。水の存在感が希薄になったらこんな感じになるんじゃないだろうか、という感じだった。とりあえず、なんだか不思議な舌触りだ。

 それから、少しだけ体が楽になった。あたしは、一度地面に手をついてから立ち上がった。

 体が重くてなんだかふらふらする。けど、歩けない、というほどではない。

 もともと魔力は吸収されやすい存在なのか、それともネアラの作った魔力の水がすごいのかどうかはわからない。だけど、この回復の仕方は普通の物質とは違う存在なんだ、ということの裏付けとなった。

「美穂、大丈夫ですの?」

「なんとか、大丈夫だと思うよ。まだ、あんまり力が入らないけどね」

 そう言いながらあたしは若藻に笑いかけた。あまり心配をかけるようなことはしたくない。

「一人で歩けなさそうならわたくしが支えてあげますわよ」

「いらないよ、支えなんて。そうだ、ふた、貸して。これ、閉めとかないといけないからさ」

「それぐらいならわたくしがやりますわ」

 若藻が手を差し出してくる。渡して、ということなのだろう。

 これくらいあたし一人でできるのに、と思ったけど若藻がとても心配そうな表情でこちらを見ているのでなんだか断れなかった。ここで変な意地を張っている元気もないから素直に渡すことにした。

 若藻はあたしが差し出したペットボトルを受け取る。

 あたしからペットボトルを受け取った若藻はふたを閉めるとあたしの鞄の中にそれを入れる。その鞄をあたしに渡してくれるかな、と思ったけど、渡してくれなかった。どうやら、できるだけあたしに負担をかけたくないようだ。

「若藻、ありがと」

 あたしはお礼を言う。これまで人から心配されたことがあんまりなかったから嬉しかった。

「そんなこと気にしなくていいですわよ。美穂はわたくしの御主人様でわたくしはそれに飼われているものなんですのよ」

 若藻らしくない、と思った。

「どうせ、そんなことは、関係ないんでしょ?若藻は」

 そして、だから、あたしはそう言っていた。

「ふふ、確かにそうですわね。わたくしと美穂はそんな関係ではありませんでしたわね」

 大人っぽい笑い方をしてそう答えてくれる。でも、なんだか今まで見てきたのとは少し違うような気がする。

「だから、早く美穂には家に帰って休んでほしいですわ」

「……うん、わかった」

 若藻の笑い方が今まで違うように見えたのはあたしのことを心配してくれてるからなんだ、と気がついた。

 いつもこういう感じだったら好感を持てるんだろうけどな、なんてことを考える。でも、だからと言ってこのまま若藻に心配をかけ続けるわけにもいかない。

 とりあえず若藻を、安心させるには今日はすぐに帰って明日、元気になってあげることぐらいだ。それ以外には思い浮かばない。

 だから、あたしは家の方に向かって歩き始めた。若藻はあたしが倒れそうになったときに支えるためかあたしの斜め後ろを歩いていた。

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