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6話「商店街にて」

「人がたくさんいますわね」

 若藻はそう言いながらきょろきょろと周りを見渡す。

 ここが目的の商店街だ。ここまで来ると人の流れが途切れることのないくらいに人が多くなる。

 近くにデパートがあるけれどここも賑わっている。その理由はデパートよりも値段が安いからだと思う。そして、デパートに匹敵するほどの品揃えがあるからでもあると思う。

 よくわからないけど、デパートの建設が始まったそのときから商店街にいる人たち全員でそういう計画を立てたらしい。それがこの結果だという。

 そんなこととは関係なくあたしはこっちの商店街の方が好きだ。

 デパートだと階を移動するのが面倒くさいけれど商店街ならそんなことはない。それに、お店が途切れることなく続いているから見ていて飽きることがない。

 そういえば、なんでネアラは商店街じゃなくてあんな所でお店を開いたんだろうか。ちょうど目に入った空き店舗を見ながらそんなことを考える。

 でも、考えてみれば、あんな不思議なお店が商店街の中にあるのもどうかと思う。それに、もし商店街の中にあればすぐに九尾の狐を始めとするいろいろな不思議な動物の存在が知れ渡ってしまうかもしれない。

 でも、ネアラはそんなこと考えていないと思う。看板に幻想動物、とか書いてるし。

 だから、ネアラは別の考えがあって人の少ない所にお店を開いたんだと思う。

 ネアラには結構、謎なところが多いように思う。だから、ネアラの考えていることはあたしにはわからない。特に深い理由なんかなくて、人が少ない場所が好きなだけなのかもしれない。とりあえず、覚えてたら次にネアラに会ったときに聞いてみよう。なんで、人通りの少ない所にお店を開いたの?、って。

「美穂、何を考えているんですの?」

「え?」

 若藻の声が聞こえてきてあたしの意識は内側から外側へと向かった。そうして、若藻が身を折るようにしてあたしのことを覗き込んでいることに気がついた。

「え?、じゃないですわよ。こんなに人通りのある場所で考え事をしながら歩いてると危ないですわよ」

 呆れたように言って若藻はあたしの顔を覗き込むのをやめた。

「あ、ごめんごめん。ネアラがどうしてあんな人の少ない所でお店を開いてるのかなって気になって考えてたんだ」

「そんなことを考えていましたの?それよりもわたくしのことを考えてくださればいいんですのに……」

 若藻は残念そうな表情を浮かべる。からかっているような雰囲気は全くない。若藻は本気で言っている。

「それよりも、ですわ。美穂はわたくしに何かを食べさせてくれる、って言いましたわよね」

「うん、言ったけど、何か食べたいもの、あったの?」

「ええ、あれを食べてみたいですわ」

 若藻が指差した先にはクレープ屋があった。意識して匂いを嗅ぐと色々な匂いに甘い匂いが混ざっているのに気がつく。あたしはこの匂いが結構好きだ。

 でも、あんなお店、あっただろうか、と思ってよく見てみたら最近できたばかりのお店らしい。のぼりには今日の三日前の日付で開店、と書かれていた。

 人気があるようで何人かがお店の前に並んでいる。

「あれってクレープのこと?」

「そうですわ。見たことは何度もあるのですけれど食べたことがありませんわ」

 食べたことがない、というのは意外だった。若藻のように姿を変えることができるなら簡単に買ってこられるような気がするのに。

 そこまで考えてから気づいた。たぶん、若藻はお金を持ってなかったんだと思う。若藻が人間の社会で仕事をしてた、とは考えられないし。

「そうなんだ。それじゃあ、買ってあげるから並ぼう」

 でも、今は若藻がお金を持っていない、ということはない。あたしが若藻の飼い主なんだからあたしのお金は若藻のお金でもある。少しおかしい考え方だけど。

「ありがとうですわ、美穂」

 若藻が浮かべた表情は子どものような無邪気な嬉しさをたたえた笑顔だった。いつもそういう表情でいてくれればいいんだけどな、という心の声はあえて口には出さなかった。


「どう?若藻、美味しい?」

 クレープを上品に食べている若藻にそう聞く。だけど、聞かなくても美味しいと思っているのはわかっていた。だって、顔がなんだか嬉しそうだから。

「ええ、とっても美味しいですわ」

 声も嬉しそうだった。大人っぽい姿をしてるけど本当は子どもっぽい性格なのかもしれない、って思った。そのギャップが少し面白い。

 それに、そんなに嬉しがってくれると買ってあげたあたしも嬉しくなってくる。

「うん、それはよかったよ」

 あたしは笑顔を浮かべながら言った。

「でも、美穂は食べなくてもいいんですの?」

「別にいいよ」

 本当は食べたいけどあんまり気にさせすぎると若藻に悪い。今日は間の悪いことにあんまりお金を持ってきてなかったから今から買いに戻る、ということもできない。

「本当にいいんですの?……なんならわたくしが口移しで食べさせてあげてもよろしんですのよ?」

 あたしは若藻の言葉に身の危険を感じて若藻から距離を取る。

「わ、若藻が一人で食べてよ。あたしは本当にいいからさ」

 ここで、間違っても食べたい、と言ってしまったらどうなるかわからない。だけど、あまりいい結果にならない、というのは明確だ。

「それは、残念ですわ。周りにこれだけ人がいればわたくしたちの仲のよさをみせつけられると思いましたのに」

 クレープを食べながら残念そうにそう言った。ため息までついている。

 そんなことよりも、若藻の周りにこれだけの人がいれば、という言葉を聞いてあたしは周りを見ていた。そのときにやっと気がついたんだけどあたしたちは周りから結構注目を浴びていた。

 若藻が綺麗な姿をしている、っていうのが理由なんだろうけどそれだけではないと思う。若藻の発言、それも周りの人から注目を浴びる原因となってしまっているんだと思う。

 それから、あたしは気がつかない方がよかった、と後悔をしてしまう。あの一連の会話を聞かれていたことを意識すると恥ずかしい。

 早くここから離れたい、とそう思っていると、

「美穂、周りの人の視線が気になるんですの?」

 突然、若藻があたしの首筋に指を這わせながら耳元でそう囁いた。

「ひゃあっ!」

 驚いたあたしはそんな声をあげて立ち止まってしまう。

「い、いきなりなにするのっ?」

 さっきよりもこちらに向いている視線の数が増えていることを意識しながらも言う。あたしたち以外の人がいない所だったら冷静でいられるんだろうけど、他の人に見られている、と思うと冷静でいることなんてできない。

「美穂、顔が真っ赤になっていますわよ」

 いつの間にやらクレープを食べ終わったらしい若藻はくすくす、と楽しそうに笑っている。

 若藻に顔が赤くなってるって言われたあたしはそれを意識してしまってどうすればいいのかわからなくなる。

 とりあえず、若藻に何かを言い返そう、と思ったんだけど思ったように口は言葉を結んではくれず手は所在なさげに不自然な動きをする。

「美穂はここから早く離れたいのかしら?」

 若藻の言葉にあたしはこくこく、と二回頷く。

「……だったら、わたくしとキスをしてくださったら人のいないところまで連れてって差し上げますわよ」

 あたしはその言葉に一瞬、固まってしまう。それから、勢いよく何度もふるふる、と首を横に振る。

「なんで、ちゃんと言葉で答えてくれないんですの?」

「……思うように、口が、動かない、から……」

 小さな声でなんとかそれだけ答える。

「はあ、頼りない御主人様ですわね。仕方ないですわね。手を貸してくださいますか?人のいないところまで引っ張っていって差し上げますわ」

 あたしは若藻の言葉に従って手を差し出す。

「人のいないところまで連れていったお礼は一日だけ美穂の体をわたくしの好きなようにさせてもらうことでよろしいですわよ」

 あたしは若藻に手を握られるよりも早く手をひっこめた。その理由は言うまでもなくこのまま若藻に身を委ねてしまったら大変ではすまされないようなことになると思ったからだ。

 でも、だからといってあたし一人ではどうしようもなさそうだ。一度その場で止まってしまったあたしの足は動いてくれそうにない。

 それに、若藻が一度、言葉を放つたびに視線の数が増えてしまっている。それは、気のせいではないはずだ。

「冗談ですわよ」

 さっきのはあたしをからかうために言ったようだ。今の若藻は楽しそうに笑っている。だけど、なんとなく信用できない。

 だから、視線で「本当?」と聞く。これだけで伝わるかどうかは疑問だけど口が思うように動かないのだから仕方がない。

「なんですの?その疑うような視線は。わたくしは美穂に嘘をつくような真似はしませんわよ」

 そう言って少し不機嫌そうな顔をする。

 あたし一人じゃどうしようもないし、信じても大丈夫そうな気もするし……。

 結局、あたしは一度ひっこめた手をもう一度若藻に差し出した。さっきとは違って恐る恐るとではあるけど。

 若藻はそんなあたしの手を優しく、握ってくれた。

「さあ、行きますわよ」

 そう言って若藻はあたしの手をひっぱる。背中に複数の視線を感じるけれど意識しすぎるとあまりよくないので気にしないようにしてその場からは立ち去った。

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