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5話「暴走狐」

 家へ帰る道から外れて歩く。まばらではあるけれど、少しずつ人の数が増えてきている。

「美穂はわたくしになにかを食べさせてくれる、と言いましたけれど、どこに行くつもりなんですの?」

「この近くにある商店街だよ。いろんなものがあるから若藻が食べたいもの、すぐに見付かると思うよ」

 あたしはそう言いながら鞄を右肩から左肩にかけ直す。ずっと、同じところにかけてると肩が痛くなるからだ。

 ちなみに魔力の水が入っているペットボトルは鞄の中に入っている。やっぱり、その魔力の水は重さを感じなくて、鞄の重さはほとんど変わってない。

 本当に不思議だな、と思う。あれだけの量があるのにほとんど重さを感じないなんて。それに、色も入れ物がペットボトルでさえなければ幻想的だと思えるほど綺麗だ。

「なにを考えているんですの?」

「魔力の水、って不思議だし綺麗だな、って思ってね」

 若藻の声に笑いながら答える。なんだか、考え事をしている時に話しかけられる、というのは恥ずかしさを感じる。

「どうせ、見惚れるならわたくしに見惚れてほしいですわね」

 え、とあたしは言葉に詰まってしまう。そして、それと同時に足も止まった。

 若藻はあたしが立ち止ったことに気がついたのか前を向いたまま立ち止まる。

 そんなことよりも、これはいい加減にどうにかしないといけないよね。飼い主として―――いや、むしろあたし自身の身の安全に。

 そのためにはどうすればいいのか考えないと。……人の考えとかを変えたことのないあたしが、しかもこんな特殊なケースをどうにかするなんて無理だと思うけど。

「美穂は、好きな人とかいないんですのよね?」

 若藻はこちらに振り向くといきなりそんな質問をしてきた。なんの脈絡もなさ過ぎて驚いてしまった。

「な、なに?突然」

「ただちょっと確認をしてみたくなっただけですわ。同性同士なら別に不自然でもないですわよね?」

 確かにそうかもしれないけど、いくらなんでもいきなりすぎるような気がする。いや、でも若藻がそういう話を振ってくるとなるとなんだか危険なことが起こるんじゃないだろうか、としか考えられない。

「うん、そうだけ、ど」

 とりあえず、正直に答えておく。まだ、どういう行動を取るのが得策なのか、というのがわからないからだ。

「……そうですの」

 若藻の顔に小さな笑みが浮かんでいる。そのことにあたしはたじろぐ。明らかにあたしの身の危険へとつながることを考えている。

 とにかく、何が起きてもいいように、と身構えておく。何をどう身構えればいいのか、というのは全く分からないけど。

「だったら、わたくしはあと、美穂に好きになってもらうだけでいいんですわね」

「そ、それって、どういう意味、かな?」

 嫌な予感を感じながらも聞く。無意識のうちに半歩後ろにさがっている。

「それは、決まっていますわよ。恋愛感情としての好き、という感情を美穂に持ってもらうってことですわよ」

 嫌な予感が的中してしまった。しかも今の若藻は瞳をキラキラさせていて軽く暴走気味なような気がする。もしかしたら、また、自分自身に魅了の妖力をかけてしまっているんだろうか。

 今日、妖力や魔力について知ったばかりのあたしには判断することができない。

 そんなことよりも、まずはこの場を切り抜けないと。魔力の壁を創り出すっていう最終手段があるけれど、そればっかりにも頼ってられない。ネアラの言葉を信じるなら使いすぎない方がいいみたいだし。

「同性同士でそういう感情を持つのはどうかと思うよ。あたしは」

 だから、言葉で若藻を止めようと試みる。今の若藻にあたしの言葉が届くのかどうか、ということはあえて無視をして。

「美穂は、何を言ってるんですの?常識にとらわれてしまっていてはいけないんですのよ。……いいえ、違いますわね。愛の前には常識でさえ無意味なんですのよ!」

 暴走しているであろう、と思われる人しか言わないようなことを若藻は言った。やっぱり、若藻の感情は暴走しているみたいだ。

 さっきは言葉だけで若藻を止めようって思ってたけどやっぱり無理そうだ。ちょっと、泣きそう。

「あたしは常識にとらわれちゃってるから、若藻には恋愛感情を抱けないよ」

 それでも、頑張って続けてみる。というか、諦めたら危険になるのはあたしなんだから頑張るしかない。

「だったらわたくしがそんな常識、取っ払って差し上げますわ。手とり足とり美穂をしっかりサポートしながら」

 妖艶な微笑みを浮かべてそんなことを言う。

 ほとんどの人は見惚れてるんだろうけど、いろいろあったあたしには恐ろしいとしか思えなかった。ネアラのお店にいたときは怖い、とは思ってなかったのに。

 そして、気がつくと若藻の方を向いたまま二歩くらい後ろに下がっていた。

「ふふ、大丈夫ですわよ。怖いことなんてなにもありませんですわよ」

 あたしを追いかけるようにそのまま二歩進んでくる。

 若藻はあたしが怖がっているってことに気が付いているようだけど、若藻はあたしが何をされるかわからないから怖がっていると思っているようだ。

 確かに何をされるかわからないから怖いっていうのもあるけど、それ以上に暴走したままなんでもしてしまいそうな若藻が怖い。

「わ、若藻、落ち着いた方がいいよ」

 若藻の纏っている雰囲気に威圧されてしまう。

「わたくしはいつも通りに落ち着いていますわよ」

 ふふ、と若藻は微笑みを浮かべる。じりじり、と近寄ってくるから普通に近寄ってこられるよりも怖い。そういうのがわかっててやってるんだろうか、と思ってしまう。

「今なら、わたくしたちは二人っきりですわ。なにをしたって大丈夫ですわよ」

 若藻の言う通り、間の悪いことに周りから人がいなくなってしまっていた。これだと、若藻の暴走に拍車がかかることはあっても止まることは絶対にない、と絶望する。

 そのとき、ふと気がついた。ネアラのお店にいたときに怖いって思ってなかった理由を。

 それは、ネアラがいたからだ。ネアラなら確実に止めてくれる、っていう安心があったから若藻がどんなに暴走しても怖いとは思わなった。

 でも、今はそれがない。だから、若藻の暴走が怖い、と思ってしまっている。

 そこまで考えてそれ以上、考えるのはやめた。今さらそんなことに気がついたところで意味なんかない。むしろ、意識しすぎると心が折れてしまいそうだ。

 それに、若藻があたしとの距離を一気に縮めて抱きついてこようとしたのでそうせざるを得なかった。

 一瞬で壁を思い浮かべる。あたしと若藻との間を隔てる絶対的な壁を。そして、そのイメージはあたし自身が思ったよりも早く構築され、実体化した。

 若藻は壁によって進行を阻められる。どうやら、度重なって若藻に襲われかけたおかげで壁をイメージするのには慣れてしまったらしい。あんまり、嬉しいことじゃない。

 だけど、この分ならネアラがいなくても安全そうだ。でも、使いすぎるわけにはいかないんだよね。あと何回ぐらい使えるんだろ。

 正直、使える回数が限られている、と言うのはかなり不安だ。

「美穂、壁が邪魔ですわよ」

 音はしないけど、ばんばん、という擬声語が似あうように魔力の壁を叩いている。

「若藻に抱きつかれないようにするためだよ。抱きつかれたら何されるかわかんないから」

「そうですの……」

 少し小さな声で若藻はそう言った。諦めてくれたのかな?、と思ったけれど、

「照れなくてもいいんですのよ。わたくしは素直な美穂を見たいですわ」

 違った。全然諦めてなかった。諦めているんだったら壁を消してあげようって思ってたのに。

 そういえば、この壁って、どうやって消すんだろう。最初に使ったときも二回目に使ったときも気が付いたら壁がなくなっていた。

 出す時とは逆に消えろ、って思えばいいのかな?

 そう思った瞬間に壁が消えてしまった。どうやら、出す時とは違い少しだけでも消えろ、と思うだけで消えてしまうらしい。作るのよりも壊すのが簡単というのは何に対しても同じということなのだろうか。

「美穂、やっぱりわたくしの想いに答えてくださるんですわね」

 考え事をしていたのに、あたしとの間を遮っていた壁がなくなった若藻はそんなことを言いながらまた抱きついてこようとした。消すタイミングが最悪だった。

 あたしはもう一度若藻との間に壁をイメージする。そうすると、またまた若藻は魔力の壁にぶつかってしまった。

 どうやら、あと何回使えるか、とか考えてる余裕はないみたいだ。

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