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終話「罪を背負うため」

 こん、こん、と静かに扉の叩かれる音が聞こえた。このときあたしはちょうど泣きやんだところだった。

 涙で濡れた顔をあたしは着せられているパジャマの袖で拭おうとした。そのときに両腕で拭おうとしたんだけど包帯が巻かれた左腕はぴくりとも動かなかった。そういえば、鎌鼬に深く腕を切られたあと動かなくなったんだった。

 とりあえず、右腕で顔の涙を拭った。

 入っていいですよ、と言った方がいいんだろうか。でも、今は泣きやんだばかりだからできれば声を出したくない。

 そんなふうに思っていたら勝手に扉が開けられた。勝手に入ってくるってことはあたしと親しい人か、看護師さんっていうことだ。

 誰だろう、と思って扉の方へと視線を向けるとそこには若藻の姿があった。

「美穂……」

 暗く沈んだ声であたしの名前を呼んだ。どうして、そんな声を出しているんだろうか。あたしが心配だから?あたしが怪我をしているから?それとも、あのときあたしを置いて助けを呼びに行ったことを後悔しているから?

 どれが理由なんだろうか。でも、そんなことで暗い声なんか出さなくていいのに。あたしなんかを気にしたって意味がない。

 それを言葉にしようとした。だけど、

「若藻、来てくれたんだ」

 と、笑いかけながら言っただけだった。

 もう、あたしは気が付いてしまっているから自虐的な言葉を表に出すことはできない。あたしなんかでも気にかけて心配してくれる人はいる。そして、そんな人たちはあたしが自虐的な言葉を口にすると悲しそうにする。

 それはさきほどのお母さんとの会話で……ううん、会話とも呼べないのかもしれない。ただあたしが言葉をぶつけただけ。とにかく、それのおかげであたしが自虐的な言葉を吐くということがどのような結果を招くのか、わかってる。

 だから、あたしは、若藻を笑って向かい入れた。自分ではうまく笑えていたと思う。

「美穂、なんて顔をしているんですの……?」

 だけど、実際にはうまく笑えていなかったようだ。若藻が悲しそうな表情とともにそんなことを言ってきた。

 あたしは、どんな表情を浮かべているの?

 それを確かめたくて鏡を探してみた。だけど、そんなものはどこにも置いていなかった。

「何か表に出したい気持ちを抑えている、という感じですわね。……美穂はわたくしに何を隠しているんですの?」

 しかも、若藻はあたしが何かを隠している、って気が付いている。でも、それが自虐の言葉だとは思っていないはずだ。

「どうしても、聞きたいの?」

「……別にいいですわよ。美穂が言いたくないことを無理に聞きたいとは思いませんわ」

「……ありがとう」

 若藻の一言であたしは踏みとどまることが出来た。もし、ここで若藻がどうしても聞きたい、と言っていたのならあたしは何の躊躇いもなく自分の中の自虐の言葉を表に出してしまっていただろう。

 時間が経つにつれてその自虐の言葉は重いものとなってきている。本当は今すぐにでも表に出してしまいたいけれど今は若藻がいるからそれをぐっ、と堪える。

 そのために、あたしはペンダントを両手で強く握りしめた。それだけで、衝動的な気持ちは収まる。

「……」

「……」

 あたしは何を言えばいいのかわからなくて黙ってしまう。若藻はたぶん、あたしのことを気遣ってくれているんだと思う。お母さんと同様、ネアラから話を聞いているはずだから。

 お互いに顔を俯かせて顔を合わせようとはしない。

 少し、気まずい。

「ねえ、若藻……」

 気がつくとあたしは若藻に声をかけていた。

「なんですの?」

 若藻が顔をあげてこちらを向いたので見つめあうような状態になる。

 あたしはなんで声をかけてしまったんだろうか。……そうだ、若藻に聞きたいことがあったんだ。

「若藻は、ネアラからあたしが、どんなことをしたのか、聞いた?」

 まず聞いたのはそれだった。あたしが本当に聞きたいことではないけどそれを聞くために必要な問い。

「……ええ、聞かせてもらいましたわ」

 少しためらうように答えてくれた。それだけで充分だ。何を聞いたのか、っていうのは聞かなくてもわかる。

 若藻もお母さんと一緒にネアラから話を聞いていたみたいだ。なら、話は早い。すぐにあたしが聞きたいことを聞いてしまおう。

「それで、若藻はあたしが鎌鼬を殺した、っていうことを聞いて、どう思った?」

 自分でも驚くくらいに冷静な声だった。

「どう思った、って……それは、仕方のなかったことじゃなかったんじゃないんですの?殺されそうになったから、殺す、というのはどうしようもないことですわ」

 若藻もあのことについては知らないみたいだ。それも、当たり前か。若藻とあたしのお母さんとにあたしのことについて話したネアラがあのことを知らないんだろうから。

 あたしは問いに問いを追加するように言った。

「それがあたしの中にいるもう一人の『あたし』のせいだとしても?そのもう一人の『あたし』が鎌鼬を殺す時に楽しそうに笑っていたとしもっ?そんな醜いもうひとつの性格があたしの中にあったとしても仕方のなかったことになるの?!」

 言葉を続ける度に声音が激しいものへとなっていく。最後の方は半ば叫ぶような声だった。

 気がつくと、あたしの気持ちは落ち着かずぐらぐらと揺れていた。それを落ちつけようとあたしはまた、ペンダントを強く握った。

 ぐらぐらしていた気持ちが安定した。だけど、もう言葉として表に出してしまったものはもうどうしようもない。取り返すことが、元に戻すことができない。

「それは、本当の、ことですの?」

 驚いているような、動揺しているような、信じられないような、そんな感情が混濁したよくわからない表情。

 そんな表情を浮かべられたらあたしは困ってしまう。どんな行動を取るのがもっとも最適なのかがわからないから。

 とりあえず、そうだよ、と肯定するようにあたしは一度だけゆっくりと頷いた。

「そう、なんですの……」

 若藻もどうしたらいいのかわからないようだ。苦しそうにそれだけ言うのが精いっぱいなようだ。

「……あたしは、死んだ方が、いいのかな?」

 気がつくと、小さく、そう呟いていた。あたしも若藻も黙っていてとても静かになっている病室の中だ。呟いたあたしの声はしっかりと部屋中に響いて若藻の耳にも入っていた。

「そんなこと、あるはずがないですわ!」

 若藻が大きな声を出してあたしの両肩を掴んだ。あたしと若藻は正面から見つめあうことになる。

「どうして……?」

 あたしは半ば呆然としていてそうやって呟くことしかできなかった。どうして止めるの?そう、あたしは言いたいと思っていたような気がする。

「なにが、どうして、なんですの!それはわたくしの科白ですわ。なんで死んだ方がいい、なんてことを言うんですの!」

 怒ったような赤色の瞳があたしの瞳を見据えてくる。

 少し、怖い。だけど、目をそらすことは出来なかった。よく見てみると微かに若藻の瞳が揺れているのに気がついたから。

 そこに込められている感情は悲しみ。あたしを想ってくれているから浮かんでくる感情。

 それを見ると、また、あたしはやっちゃったんだな、と思ってしまう。あたしのことを気にかけてくれる人を悲しませてしまったんだ、って。

「若藻、ごめん、ね……」

「……なんで、美穂が謝る必要があるんですの?美穂はわたくしに謝らなければいけないことはしていませんわよ」

 何かに怒っているような声音。あたしは怖くて少し身をすくめてしまう。

「だって、若藻を怒らせちゃったし、悲しませたりもしちゃったから……」

「それは……美穂が謝る必要のあることではありませんわよ!」

 強い口調だった。あたしはそれに圧倒されて体にぎゅっと力を入れて顔を俯かせてしまう。

「あ……、すみません、ですわ。少し、強く言いすぎてしまいましたわ」

 若藻も顔を俯かせた。それから、さっきからずっと立ちっぱなしだった若藻が椅子に座るのが気配でわかった。

「……わたくしは、美穂にそんな顔をしていてほしくないんですの。でも、わたくしは何もできませんわ。……そんなわたくし自身に対して怒っているんですの。それと、悲しいのは自分に力がないからですわ。ですから、美穂はなにも悪くないんですのよ」

 独白するような小さな声で若藻は言った。

「そうなんだ。……でも、やっぱりあたしのせいだよ。若藻が怒ったのも悲しんだのも。……あたしに力があればよかったんだ。こんなことが起きてしまわないように、するためのね」

「美穂は普通の人ですわ。こんなことのために力をつける必要なんてないですわ。いえ、むしろ、力をつけるべきではないですわ」

 そうなのかな?ううん、そんなことはないはず。

 若藻の言うとおりあたしは普通の人だけど、それが力をつけない理由にはならないはずだ。

 必要としている人たちがいるらしいあたしは死ぬ事が出来ない。だったら、また同じようなことが起きないために力をつけるのは必要なことなんじゃないだろうか。

「あたしは、そうは思わないよ。もう、あたしは普通の人じゃないし、同じことは起きてほしくないから、力をつけたいんだ」

 そう言えば、意識を失う前、ネアラに、罪を背負って生きろ、という感じのことを言われたような気がする。

 その時のあたしはなにをすればいいのか、というのがわからなかった。だけど、今なら何をすればいいのか少しだけわかるような気がする。

 あたしが力をつけて同じようなことを繰り返さないようにすればいい。普通の力ではだめだ。あたしの限界の力を、死んでしまうような努力の果てに得るような力を手に入れないといけない。

 そうじゃないと、あたしは罪を背負ったことにならない。

「でも、それは、美穂が、やるべきことではないですわ」

「ううん、あたしが罪を背負うために必要なことなんだよ」

「……そう、なんですの?わたくしは、美穂がそこまで深刻に考えて背負うべき罪ではないと思いますわ。こういっては悪いですけれど、運が悪かっただけのこと、なのですから」

「うん、そうだね。あたしの運が悪かっただけなのかもね。……だけどね、結果的にあたしの中にはもうひとつの醜い性格が生まれて、その性格が鎌鼬を殺しちゃったんだ。そのことから、運が悪かった、っていう理由で逃げられないよ」

 今回の事件は運悪くあたしが鎌鼬に襲われ、運悪くあたしの中にもう一つの醜い人格が生まれてしまったことが重要な分かれ目だったのだ。あたしが鎌鼬に襲われることがなければこんなこと、起こらなかっただろうし、あたしがうまくやっていれば、あんな人格が生まれて、鎌鼬を殺すこともなかったはずだ。若藻の言ったとおり、今回の事件は運が悪かっただけなんだ。

 だけど、あたしは鎌鼬を殺した、という罪から逃れることはできない。運が悪くても、あんな殺し方をして逃げられるはずがない。直接殺したのがあたしのもうひとつの人格だとしてもだ。むしろ、あたしの中のもう一つの人格が殺してしまったからこそ、あたしが罪を背負わなければいけない。

「美穂、なんであなたは脆くて弱くて、それでいて優しく、強いんですの?」

 悲しみの浮かんだ若藻の声。それよりも、若藻の言ったことの意味がわからなくてあたしは首を傾げてしまう。脆いのに、強い?

 意味がわからない。矛盾している。

「ねえ、若藻、どういう意味?」

「別に、わからなくてもいいですわよ」

 そう言って、若藻はあたしの頭を撫でる。やっぱり、頭を撫でてもらうと安心することができる。

 でも、若藻はどういう意味をもってあんなことを言ったんだろうか。知りたいけど、今の若藻は教えてくれないような気がする。だから、またいつか機会があるときいに聞けばいいんだ。

「……それじゃあ、わたくしはそろそろ行きますわね」

 若藻はあたしを撫でていた手を頭から放し立ち上がった。

「どこに、行くの?」

 あたしの頭を撫でていた手が離れていったことに不満を感じたけれど、そんなことは言ってられないので、変わりにそう聞いた。

「特に、どこに行くのか決めているわけではありませんわ。ただ、起きたばかりの美穂にあまり無理をさせない方がいいと思って出ていくだけですわ」

「そうなんだ……。それじゃあ、また、来てね」

 こんなこと言わなくても来てくれるだろうけど、あたしはそう言っていた。

「大丈夫ですわ。明日もまた来て差し上げますわ。……今度は驚かせて差し上げようと思っていますから楽しみにしていてくれるかしら?」

「うん、わかった。だけどさ、先に驚かせるってことを言ってたら意味がないんじゃないかな?」

「ふふ、それでも驚かせてみせるのがわたくしですわ」

 若藻が不敵に笑う。本当にあたしを驚かせる、という自信があるようだ。何をされるんだろうか、と少し不安になる。

「うん、それじゃあ、楽しみにしてるね」

「ええ、楽しみにしているんですわよ」

 そう言って若藻はあたしの病室から出て行った。

 ばたん、という音を立てて扉が閉まった、と思ったらすぐに扉の開く音がした。若藻がなにか忘れ物をしたんだろうか、と思ったけど違った。

 扉の前に立っていたのはネアラとフェン、だった。

 二人はゆっくりとあたしの方へと近づいてきた。

「美穂、調子はどう?」

 起きてから初めてそう聞かれた。

「よくは、ないよ。左腕は動かないし全身の傷が痛むからね」

「そう。……腕の方はもう動くことはないと思う。神経が完全に切れてたから。でも、切り傷がすごく綺麗だったから安静にしていればもしかしたら、治るかもしれない」

「ネアラ、あたしが倒れた後、あたしの怪我を調べてくれてたの?」

 ネアラの口調が誰かの口から聞いた情報を話している、というふうに聞こえなかったからそう聞いてみた。

「あの状態だとすぐに死んでしまうような状態だったら私が美穂の怪我をある程度治しておく必要があった」

 ん?、とあたしはネアラの言ったことに引っかかりを覚えた。あたしが今にも死にそうでなければ助けるつもりはない、と言っているようなものだった。

「なんで、そんなことをするの?」

「美穂が気を失う前に私は言ったはず。休む時間をあげる、って」

 そういえば、そんなことを言っていたような気もする。気を失う直前は本当に意識が薄れていたから記憶がほとんどはっきりとしていない。印象しか残っていないといっても過言ではないぐらい頭の中に気を失う直前の記憶は薄い。

「まあ、そういうことだから、美穂はゆっくりと休めよ。色々あって疲れてるだろうからさ」

 気楽そうにフェンは笑いながら言う。だけど、それがあたしを気遣っての行動だっていうのはすぐに気がついた。

 だって、フェンの笑い方は少しわざとらしかったから。本当は笑えないのに無理やり笑っている、という感じがした。

「うん、そうだね。ゆっくりと、休ませてもらうよ」

 だから、あたしも無理に笑顔を浮かべて見せた。

 無理やり浮かべられた笑顔って言うのも悲しいだろうけどそれが悲しそうな表情になるのはもっと悲しい。そうならないように、あたしは自分を隠すことを選んだ。こんなあたしなんかに気を遣わなくてもいいよ、という気持ちを。

「ネアラ……」

「なに?」

 あたしがネアラの方を向きながら名前を呼ぶと目が合った。

「その、どうやってあたしが罪を背負うのか、決めたんだ。……本当は、あたしが一人で自分の胸の中にしまっておきたいんだけど、あたしの考えた方法だと少しネアラの協力が必要だからネアラには言っとくね」

 こくり、とネアラが頷いた。肝心の内容の方を言って、という意味なんだと思う。

「もう、二度とこんなことが起きないようにネアラほど、とまではいかないけど強くなりたい。そのために、ネアラに魔力の使い方を教えてほしいんだ。あたし一人だと何をしたらいいのか、全然わかんないから、さ」

 本当はこんなこと、人に頼るべきことではない。罪を背負うのに人の協力があるなんて、それでは罪を背負ったことにならないような気がする。

 だけど、あたし一人では何をどうすればいいのかがわからない。ただ、強くなればいい、という漠然としたものを思いつくのが精いっぱいだ。

 まだまだ子供であるあたしは罪の背負い方さえ知らない。だから、ネアラにとっては絶対に邪魔だろうけど、本当に正しい罪の背負い方を知るまで、わかるまでネアラに協力してもらおうと思った。

「わかった。私が教えられる範囲内で魔力の使い方とか教えてあげる。……だけどひとつだけ条件がある」

 ネアラはそこで言葉を止める。条件があるかないなかであたしの思いが変わったかどうか確認するためだろう。

 あたしの思いはその程度では揺らぎもしない。どんな条件が来ようとかまわない。それがどんなに辛いことでも関係ない。

 そういう意思を込めて、

「うん、どんな条件があってもいいよ」

 と、あたしは頷いた。

「美穂には私のお店の手伝いをしてほしい。働く日、働く時間は美穂が決めてもいい。私はその仕事をした量に応じて美穂に魔力の使い方を教えてあげる」

「思ってたよりも簡単な条件だね」

 もっと、難しい条件だと思ってた。

「本当にそう思う?私たちが扱ってるのは妖怪だから表に出てないだけでトラブルよくあることだし、怪我をすることもある」

 大変、というのを微塵も表に感じさせないような口調で言う。

「そうなの?」

 あたしの言葉にネアラは頷いた。

「私のかけた妖力を封じる魔法が何の前触れもなく切れて、妖怪が襲ってきたりすることがあったりするし、妖力や魔力が私のお店の周りには多いからそれが暴走することもある。それでも、美穂は私から魔力の使い方を教えてもらうために私の手伝いをする?」

「うん、いいよ。むしろ、難しければ難しいほど、辛ければ辛いほどあたしは罪を背負えるような気がするんだ。……本当にそんなことなんかで背負えるはずはないって思うけど」

 最初は明るい声で言えていた。だけど、言葉を重ねるごとに声は暗くなっていった。

 やっぱりだめだな。あたし。周りの人たちは暗い気持ちにしちゃいけない、って思ってたのに。

「……力をつけるってのは罪を背負うための手段のひとつだからな。それ自体が罪を背負うってことになることはありえないな」

 今まで黙っていたフェンが突然口を開いた。その口から出てきたのはあたしの考えを否定するようなもの。

 でも、あたしはそれに対して反論することができない。フェンが言っていることは紛れもない事実なんだから。

「わかってるよ。……だから、ネアラから魔力の使い方を教えてもらってるその間にあたしは考えたいんだ。本当の罪の背負い方を」

「そうか。……まあ、俺は仕事が減ってくれれば楽だから何でもいいんだけどな」

 突然、フェンは軽い口調になった。たぶん、これ以上この場の雰囲気を暗くしないために気を遣ってくれたんだと思う。

「それじゃあ、フェンの仕事がなくなるくらい、頑張るよ」

 あたしもできるだけ明るい口調で答えた。そうしたら、少し気が軽くなったような気がした。

「出来るもんならやってみろ」

 笑いながら答えてくれた。だから、あたしも笑い返した。

 その直後、いきなり意識が遠のきかけた。あたしの体がふらり、と揺れて倒れかけた。だけど、ベッドの上に倒れる前に誰かに支えられて倒れることはなかった。

「おい、美穂、大丈夫か?」

 あたしの体を支えてくれていたのはフェンだった。

「うん、どうだろう。たぶん、大丈夫だとは思うけど……」

 自分の体のことなのに、とても曖昧な答えとなってしまう。気持ち的には大丈夫な気がするんだけど……。

「……フェン、そろそろ帰ろう」

「ん?……そうだな、あんまり無理させて治るのを遅くさせ過ぎるわけにはいかないからな」

 言いながら、フェンはあたしをゆっくりと横にしてくれた。

 見えるのは白い天井とフェンの顔だけ。

 ネアラの方を見ようと顔を動かそうとしたら、ネアラから覗き込んできた。

「美穂、私たちはそろそろ帰るから」

 ネアラの青い瞳がじっとこちらを見つめてくる。

「美穂はゆっくり休んで」

 それだけ言ってネアラはあたしの視界から出て行ってしまった。

 フェンも、「じゃあな、美穂」と短く言ってあたしの視界から消えてしまった。

 その途端になぜだか、不安になった。このまま二人を行かせてしまったら二人の存在が消えてしまうようなそんな錯覚を抱いてしまったからだと思う。

 なんで、そんな錯覚を抱いたのかはわからない。二人が、特殊な存在だからかもしれない。特殊すぎるから、あたしに魔力の使い方を教えてあげる、と言いながらもそのまま約束を破ってしまうのかもしれない。

 それに、この約束はいつ果たせるかわからない。あたしが退院するまでは約束を果たすことは無理なのだ。

 だから、もっとすぐに果たせるような約束が、すぐに見える形にできるような約束を作りたいと思った。だから、

「ねえ、ネアラ、フェン、これからもあたしが退院するまであたしのところに来てくれる、かな?」

 横になったまま二人の方を見てあたしはそう言っていた。約束、というよりも、お願い、と言った方がいいかもしれない。

「毎日は難しいけど、二日に一回くらいなら会いに来てあげる。だから、安心していい」

 ネアラはあたしの心を読んだようにそう言った。

 あ、そう言えばネアラは少しだけだけど心が読めるって言っていたはずだ。そのことをあたしはすっかり忘れていた。

「うん、わかった」

 まだ、不安はあるけどあたしは横になったまま頷いていた。

 なんていうか、これではあたしが親を引き止める子供みたいだ。あたしたちのことを知らない人が見れば笑ってるかもしれない。

 でも、仕方ない。ネアラはあたしが持っていないものをたくさん、持ってるんだから。あたしを守ってくれるような存在のように見てしまう。

 だけど、頼るのなんて駄目だ。これからは、どんなこともあたし一人でやりたい。ううん、やらないといけない。

「……美穂、もう眠った方がいい」

「うん、……そうだね」

 あたしはほどよい眠気に包まれてきている。まぶたが少しずつ重くなってきている。

 今はゆっくり休もう。そうしないと罪を背負うこともできない。

 あたしはゆっくりと瞼を閉じた。

 意識がゆっくりと閉じる。完全に意識が途切れる前に扉が開く音が聞こえた。


FIN


これにて「幻想動物屋〜Magical Animals Shop〜」は終結です。

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