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19話「逢魔」

 放課後になった。二日連続で弓道部を休んでしまったので今日は顔を出して練習に出ておいた。

 だから、帰り道を歩く今、日が暮れそうな状態となっている。

 隣には本来の姿である九本の尻尾を狐の姿をしている若藻がいる。蝶みたいな小さな生き物に変化することはほとんどないから疲れてしまったらしい。

 あたしは見つかったらどうしよう、と内心ドキドキしてるんだけど、若藻はそんなあたしの心境など知らず、一つの嘘を考え出した。

 それは、九本の尻尾のうち八本は偽物だと言えばいい、というものだった。

 そんなので大丈夫かな、と思ったけど、あたしにそれ以上の嘘を考えつけるはずがなく、誰かに若藻の尻尾について聞かれたら若藻に言われた通りのことを返そう、と思うことしかできなかった。

「早く帰った方がいいですわね」

 少し緊張をはらんだ声で若藻が言った。

「え?どうして?」

 なんでそんなことを言うんだろう、と首をかしげながらそう聞いた。

「鎌鼬は、夜行性の生き物ですから夜の方が動きが活発になるんですのよ」

 それは知らなかった。そして、自分の危険へとつながる新しい知識を得たあたしは知らないうちに歩く速度が速まっていた。

「美穂、走った方がいいですわ」

 なんで、若藻がそんなことを言ったのかはわからない。だけど、若藻がそう言うんなら急がないと、というよくわからない思いからあたしは走り出していた。

 たぶん、危険から早く遠ざかりたいっていう思いがあったんだと思う。そして、考えてみればそれが今のあたしの状態に一番よく当てはまる。

 だから、あたしは走り続ける。早く、早く、家の中まで行こう、と自分で自分の気を焦らせていく。

 だけど、あたしは立ち止まってしまう。背中に感じた大きな殺意のせいだ。

 あたしは反射的に魔力の壁をイメージし、創り出していた。それから、あたしは振り返る。

 魔力の壁の向こう側。そこには誰もいないし、何もいない。だけど、不自然な風が吹いている。そして、魔力の壁に切り傷が作られ、それが消え、というのが繰り返されている。

 それは、そこに鎌鼬がいる、という証拠だ。鎌鼬はまた、あたしを狙ってきたんだ。

 すでにもうあたしの心は恐怖で震え始めている。だけど、昨日とは違って今日は心を落ち着かせるセラフィナイトがあるし、若藻がネアラを呼びに行けば助かる、という心の余裕が少なからず、ある。

「若藻、ネアラを呼んできてくれる?」

 どこに若藻がいるのかを確認しながらあたしは言う。

「……」

 あたしの創り出した魔力の壁の外側に若藻はいた。よかった、これで、若藻は問題なくネアラのところへと行くことができる。だけど、若藻は何かを迷っているようだった。

「お願いだよ。誰かが、ネアラを呼んでこないとネアラはここに来てくれないよ」

 迷っている若藻の背中を押す、というよりは怖いことがあった子どもが親に何かを願うようになってしまった。だけど、心に恐怖が表れ始めているあたしにはこれが精一杯だった。

「……わかり、ましたわ。絶対に死ぬんじゃ、ないですわよ」

 苦しそうにそう言って若藻は走り出した。聞こえていないだろうけどあたしはその時にうん、と小さく返事を返した。

 それから、鎌鼬に何度も傷付けられては修復されていく魔力の壁の方へと意識を集中させる。

 不自然に吹く風の音が重なる。風が鳴るたびに魔力の壁に傷がつく。そして、すぐにその傷は消えてしまう。だけど、あたしの魔力が切れてしまえばあたしを守っているこの魔力の壁は消えてしまう。

 恐怖が徐々に大きくなっていく。だけど、ネアラが助けに来てくれるんだ、という希望が恐怖を和らげてくれる。希望があるのとないのとでは全然違った。

 もしあたしが希望を持っていなかったらどうなっていたのか、っていうのはわからない。けど、今くらいに冷静でいられたとは思わない。怯えたり、不安になったりして逃げられるはずがないのに逃げ出していたかもしれない。昨日みたいに体が動かなくなっていたかもしれない。

 希望というのは心を冷静に保つ上で大切なものなんだ、って知ることができた。ネアラに助けてもらったらその時に若藻やネアラにこのことを話してみよう、と思った。

 だけど、現実は甘くなく、希望はとても弱く儚かった。

 鎌鼬が一か所を集中的に狙うようになっていた。少しずつではあるけれど鎌鼬からの攻撃を受けている部分が薄くなっているように見えた。

 そして、あたしのその認識は間違いではなかった。あたしの創り出した魔力の壁に小さな穴が出来た。

 とっさにその穴をふさぐようにその部分だけを厚くするようにイメージをした。だけど、そのイメージがうまく固まることはなかった。むしろ、そうやって余計なことをしたせいであたしの創り出した壁は消えてしまった。

 その瞬間にあたしの中の希望はすべて消し飛んだ。その代わりに絶望と恐怖があたしの心の中から溢れた。

 そして、風の暴力が始まる。

 昨日と同じように全身に切り傷が生まれていく。けど、昨日よりも一つ一つの切り傷が深いような気がする。もしかしたら、鎌鼬はあたしと若藻の話を聞いてこれからネアラがあたしのところに来るって知っていてそれで焦っているのかもしれない。

 だけど、鎌鼬が焦っているということがわかったところで何の救いにもならない。ただ、昨日よりも速い速度で傷が増えていく、それだけのことだった。

 痛い、助けて、痛い、怖い、痛い、やめて、痛い、……。

 あたしは自分の身を守ろうとその場でうずくまる。それから魔力の壁を創り出そうとイメージを固めようとする。だけど、痛みと恐怖のせいで何度やってもうまくイメージを固めることが出来なかった。

 いくつもの切り傷が生まれていく。そこから溢れ出していくあたしの血。それがあたしを濡らし地面を濡らしていく。

 早くなんとかしないと意識がなくなってしまう。そして、そうなってしまうと殺されてしまう。

 殺されてしまうのは嫌だ。嫌だけど、恐怖と痛みで体が動いてくれない。

 ぶるぶる、と全身が震えているのがわかる。もしかしたら、昨日もあたしは体を震わせていたのかもしれない。ただ、今ほど冷静さがなかったから気が付けなかったんだと思う。

 でも、そんなことに気がついても何の意味もない。むしろ、自分が怖がっているんだっていうことがわかってしまい、更に恐怖が大きくなっていくだけだった。

 と、ふと首もとからするり、と何かが抜けていく感触がした。

 確かめてみると、それはセラフィナイトのペンダントだった。鎌鼬によって首から提げるための鎖の部分を切られてしまったんだと思う。

 あたしは小さく、あ、という声を漏らす。その声がどういう意図を持って発せられたのかはあたし自身にもわからない。あたしの精神を安定させているセラフィナイトが離れたからどうしよう、と思ったのか、それとも単純に驚いただけなのか……。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。どうしてかって?それはあたしの中で変化が起きたからだ。

 セラフィナイトが地面に落ちる音が小さく響く。それから訪れる変化。

 まず最初はあたしの意識が少し遠のいた。少し遠のいた、というのは、意識はあるのに自分のことを客観的に見ているようなそんな不思議な状態になったということだ。

 そして、あたしの体があたしの意志とは無関係に動き始めた。

 あたしが……ちがう、あたしだけどあたしとは違う『あたし』が痛みを無視して立ち上がる。

 あたしは痛みを感じない。それは『あたし』も同じようだ。動くことを躊躇するような様子がまるでない。

 なにを、するんだろう。

 あたしは他人を見るような感覚で『あたし』がこれから何をするのか、ということを見守る。

 体には次々と切り傷が生まれていき、血が流れていく。『あたし』はそれを無視して一つの構えを取る。

 それは弓を射る時の構え。いつの間にかあたしの手には魔力で創られた弓矢が握られている。たぶん、『あたし』がそれを創り出したんだと思う。

 『あたし』は少しの間を作った後、矢から指を離した。矢筈という矢の弦に番える部分が勢いよく弦に押されそこから離れていく。

 なにをしているんだろう。当たるはずなんてないのに。

 あたしはそう思っていた。けど、その予想は大きく外れることとなった。

 魔力の矢が過ぎ去った場所。何もないはずの虚空。そこから、赤い液体が現れた。べちゃり、という音がしてその液体は地面にぶちまけられる。

 それから少し遅れて鎌鼬が姿を現した。体の横辺りに少し抉られたような傷跡がありそこから血が流れ出てきている。

 鎌鼬はあたしのことを睨むように見てくる。それに対して『あたし』は冷たい視線を返すだけ。

 そのことにあたしは身震いした。といっても、今のあたしは自分の体を動かすことができないから感覚的に。

 あたしは、今あたしの体を動かしている『あたし』に恐怖している。傷ついているものを冷静に冷徹に見ているその性格に、そして、そんな性格を内包していたあたし自身に。

 あたしがそんなことを考えていても状況は進んでいく。

 鎌鼬の姿が消えた。再度、あたしに攻撃を仕掛けてくるんだと思う。そして、その予想は間違っていなかった。

 あたしの左腕に今までで一番深い傷が出来る。傷から勢いよく血が溢れてくる。だけど『あたし』はそんなことは気にせずその直後に後ろを振り向くと再度魔力の弓矢を創り出し矢を放った。

 矢は真っ直ぐ飛んでいく。そして、魔力の矢は消えた。

 だけど、その表現は正しくなかった。何故なら、あたしの正面に再び姿を現した鎌鼬の胴体に矢は突き刺さっていたのだから。

 そして、今度こそ矢が消える。それと同時に血が勢いよく吹き出てきた。

 あたしはその凄惨な光景から目をそらしたくなる。だけど、あたしは自分の体を動かすことができないから目をそらすこともできなければ、目を閉じることさえもできない。

 鎌鼬は見るからに弱っていってしまっている。明らかに元気はなくなっていて今にも死んでしまいそうだった。

 あたしがここまで傷つけちゃったんだ。本当に傷つけたのはあたしの内包していた性格だけれど、そんなことは関係ない。あたしのせいで命が一つ失われようとしている。

 そう思っただけで、あたしの心は痛みを感じる。ずき、ずき、とその痛みはあたしの心を苛んでいく。

 『あたし』は未だに鎌鼬に対して冷たい視線を向けていた。この『あたし』は鎌鼬をここまで傷つけても何も思わないのだろうか、あたしがそう思ったときだった。

 『あたし』がまた弓矢を構えた。あたしはその行動に驚いてしまう。

 そして、『あたし』は楽しむような笑みを浮かべた。この傷ついて動けない鎌鼬を殺すことを楽しむような。

 あたしはそれを止めなくちゃ。これ以上、傷つけたら駄目だ、って思った。これ以上傷つけてしまったらあたし自身が元に戻れなくなってしまうような気がした。

 『あたし』がゆっくりと腕を後ろに引く。鎌鼬は逃げようとしない。逃げれないんだと思う。

 それを見た『あたし』は更に深い笑みを浮かべる。そして、目一杯まで腕を引き、指を離そうとしたところで、


 だめええぇぇぇ!


 と、あたしは心の中で叫んでいた。この声が『あたし』に届くのかはわからない。だけどあたしにはこうすることしかできなかった。

 突然、『あたし』の左腕から力が抜けた。それに伴って魔力の弓矢は消失しあたしの体に自由が戻った。

 その直後にあたしはその場にへたり込んでしまう。

 先ほどのあたしの心の叫びは『あたし』に届いていたんだろうか。届いていたとしたら『あたし』は何を想ってあたしに自由を返してくれたんだろうか。

 そんなこと、わかるはずがない。それに、今はどうでもよかった。そんなこと。

 あたしは力の入らない足を叱咤し立ち上がる。ふらふらとした足取りで傷ついて死にかけの鎌鼬の方へと歩いていく。

 一歩進むごとに、血が滴るのを感じる。今にも足から力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまいそうだ。だけど、そうならないように、足に力を入れる。

 そして鎌鼬の手前、そこまで行くとあたしは膝をつく。それから、あたしは鎌鼬を抱き上げようとした。だけど、左腕が動いてくれなかった。最後に鎌鼬につけられた傷が原因だと思う。かなり深い、傷だから。

 仕方なく、あたしは右腕だけで鎌鼬を抱き上げた。そして、あたしは堪え切れず胸から溢れてきた感情に飲まれて泣き出してしまった。

「ごめん、ごめん……ね」

 泣きながら謝る。だけど、こんなことで許してもらえるとは思っていない。いや、何をしても許してもらえない。

 だから、あたしは謝ることしかできなかった。

 そんなあたしを鎌鼬は腕の鎌で何度も突き刺す。あたしを拒絶するように。だけど、痛みはなかった。今の鎌鼬はあまりにも弱々しすぎてあたしに深い傷を作ることができない。

 だけど、弱々しいからこそその拒絶は一回ごとにあたしの心を抉った。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 何度も、何度も、あたしは謝った。だけど、その行為は無意味であたしの心の傷を広げることしかしなかった。

 そして、いつしか、鎌鼬の弱々しい拒絶は止まっていた。

 あたしにはすぐにわかった。もう、この鎌鼬は死んでしまったんだって。

 そう理解した途端にあたしの胸に例えようもない痛みが生まれた。

 痛い、痛い、痛い……。

 心の痛みは体を傷つけられたときの痛みよりも苦しかった。

 あたしは人が来るかもしれない、っていうことは考えずに大声をあげて泣いた。その時に鎌鼬を強く、強く抱いた。鎌鼬の鎌があたしの胸に深めに突き刺さったけど痛みは感じなかった。

 今まで感じたことのないような心の痛みを感じているあたしにとって体の痛みはどうでもいいことだった。

 身体中から血が流れ出ていることも、左腕が動かなくなってしまっていることも、大量の失血で死を予感することも……。どれも、今のあたしにとってはどうでもよかった。

 ただ、あたしは泣き続ける。心の痛みに耐えきれなくて、どうしようもなくて泣き続ける。

 だけど、このどうしようもない心の痛みをどうにかしたいわけじゃない、鎌鼬を殺してしまったことを誰かに許してほしいとも思わない。ただ、あたしはどうすればいいのかわからなかった。

 罪を償うために生き続ければいいのか、それとも今すぐこの場で死んでしまえばいいのか。

 誰かが隣にいて相談をすれば生き続けるのが当たり前だ、みたいな答えが返ってくるんだと思う。でも、それは本当に当たり前のことなんだろうか。異常な性格を内包しているあたしみたいな人は死んでしまった方がいいんじゃないだろうか。

 そうすれば、こんなことは二度と起きない。そう、それで解決なんじゃないだろうか。

 いつの間にかあたしは泣きやんでいた。

 涙で濡れた顔をあたしは拭おうと思った。だけど、右手は鎌鼬を抱いていてふさがっていたし左腕は動かない。それでも、膝の上に鎌鼬を置くとあたしは右手の手の甲で涙を拭った。

 それから、あたしはもう一度鎌鼬を持ち上げる。そして、鎌鼬の鎌をあたしの、喉に、近づける。

 もう、死んじゃおう、と思った。ここにあたしなんかの居場所なんてないとも思った。

 ゆっくりと目を閉じる。さようなら、と小さく呟く。

 死ぬのが怖いとは思わなかった。むしろ、生きている方が怖い。あたしはこの世界でどうすればいいのかわからないから。

 鎌の刃を首に押し当てる。それは、生き物の一部である、と主張するように少し暖かった。ううん、これは生き物の一部だ。

 あたしが殺してしまった鎌鼬の……。

 そう思った途端、また涙が溢れ出てくる。止めることのできない、冷たい雫が顔を伝う。

 涙を流しながら腕に力を入れようとした。けど、その直前にあたしの手から何かを掴んでいる、という感触が消えた。

「……?」

 呆然としたようになってしまう。何が起きたのかあたしは状況を把握していない。ただ、虚しく涙が音もなく流れるだけ。

 あたしは鎌鼬の鎌を使って死のうとしていたはずだ。それなのに、その鎌はあたしの手からなくなっていた。

 少し視線を動かすとすぐにそれを見つけた。涙で視界が滲んでいるにも関わらずすぐにわかった。鎌鼬は小さな魔力の球体に包まれて宙に浮かんでいた。

「美穂、何をしようとしていたの?」

 ネアラの静かな声が聞こえてきた。いつもと同じ声だと思う。だけど、少しだけ違うような気がした。

 あたしは何も言わずに視線を上に向けてネアラの姿を探した。ネアラはあたしの目の前に立っていた。

「何をしようとしていたの?」

 視線が合うとネアラはまた同じ質問をしてきた。

「死のうと、してたんだよ……」

 小さな声で、だけど、ネアラには届くくらいの声で言った。その声は嗄れていた。今さらだけれど喉が痛い、ということに気がつく。たぶん、大声で泣いたせいだと思う。

「そう……。でも、死のうとするなんてダメ」

 ネアラのその言葉はわかりきっていたものだった。あたしがああ言えば、こう言うんだろうな、という意味で。

「なんで、そんなこと言うの?あたしはどうしていいのかわかんないんだよ。あたしがこの世界で生きてていいのかさえわかんないんだよ?」

 あたしが死のうとしているのを止めないで、という意思を込めてそう言う。

「それを言うなら私も……。ううん、やっぱりなんでもない」

 ネアラが一人で頭を振り、言いかけた言葉を取り消す。ネアラも何なのだろうか。気になる。だけど、踏み込もうとは思わなかった。どうせあたしはこれから死のうとする身だ。ネアラの抱えている何かを知ったところで意味がない。ネアラの古傷に触れて痛みを思い出させるだけだ。

「美穂は誰にも許されないような間違いを犯してしまったときどうすればいいと思う?」

 ネアラはそんなことを聞いてきた。

 誰にも許されないような間違いを犯してしまったときどうするか、そう聞くネアラの口調はまだ間違いを犯していないあたしに聞いているみたいだった。

「ネアラはわかってるの?もう、あたしは間違いを犯した後、なんだよ」

 だから、あたしはネアラが何か勘違いをしているんじゃないのかって思ってそう言っていた。

「そんなことわかってる。どうせ今の美穂だと死ぬ、っていう答えるに決まってる。だから、間違いを犯す前のあなたなら、なんて答えていたか、考えて」

 ネアラの言ったことは図星だった。いや、あたしの考えていることが当てられるのなんて当たり前か。あたし自身が死のうとしていた、と一度言ってしまったんだから。

「わかん、ないよ。そんな、こと」

 これがネアラの問いに対する答えだ。そう、あたしにはわからない。間違いを犯してしまった今のあたしでは、昔の、間違いを犯す前のあたしの考えがわからない。

 誰にも許されないような罪を犯したのなら死んでしまえばいい。ただ、それだけしか思い浮かばない。

「そう……」

 ネアラの小さな声が聞こえてきた。少し悲しげな気がしたのは気のせいだろうか?

 そんなことよりも、なんで、あたしは今こんなところでネアラと話をしているんだろうか。罪の前にどうすることもできないあたしは早く死ななければいけない。あたしは左右に視線を彷徨わせる。

 だけど、あたしの手が届くところに自分自身の命を奪うことができるようなものは一つとしてなかった。

「美穂、あなたが死んだら若藻が悲しむ。若藻は、あなたのことをとても心配しているのだから」

 その言葉を聞いてあたしから離れていく若藻の姿を思い出した。迷いながら、あたしを置いていくことを苦しむような後ろ姿。あのときの若藻はあたしのことを心から心配してくれていたんだと思う。

 そう思うと死にたい、という気持ちが薄れた。だけど、その代りに、あたしの心の中に浮かぶのは戸惑いの気持ち。

「じゃあ、罪を犯した、あたしは、どうすれば、いいの?」

 懇願するようにあたしは聞く。死ぬ事が選べないのならあたしはどうすればいいのだろうか。

 死を選ぶ、という道以外は全て黒く塗りつぶされていてどこにどんな道があるのかが見えてこない。

 あたしは暗闇の中立ち尽くしている。

 ただ一筋だけ見える死へと繋がる道へは若藻、という存在のせいで進むことができない。

「罪を背負って生きていけばいい。罪を繰り返さないよう強くなればいい」

「……」

 罪を背負う?そんなことがあたしに出来るんだろうか。今でも罪に押しつぶされてしまっているというのに……。

「私にできるアドバイスはこれくらい。後は美穂が自分自身で考えないと意味がない」

 え?それで、終わりなの?

 ねえ、あたし一人だと考えられないよ。罪を背負うなんて、強くなるなんてどうすればいいの?

 教えてよ、答えてよ、考えてよ。

 そんなぐちゃぐちゃになっている思いを伝えようとして口を開こうとした。だけど、いきなり体全体から力が抜けて何も言う事が出来なかった。

 ネアラと話している間に体の限界が訪れてしまったようだ。

「少し休める時間を作ってあげるからその間に考えてみて。……お休み、美穂」

 その言葉を最後にしてあたしの意識は途切れた。

 最後の感覚はぬめり、とした水とは違う液体の上に倒れたものだった。そのときにあたしが考えていたことは、このまま死んでしまったら楽なんだろうな、だった。


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