16話「帰路」
「ねえ、あたしの服装、変じゃないかな」
帰り道の途中、あたしは隣を歩く人間の姿をしたフェンにそんなことを聞いた。歩いてる途中で気がついたんだけどあたしがワンピースなんて着るのはこれが初めてだ。そしてそれに気がつくと同時にあたしにワンピースって似合ってるんだろうか、と気になってしまっていた。
「いきなりどうしたんだ?」
不思議そうに聞き返されてしまった。確かに今ごろになって聞くのも変かもしれない。
「あたし、ワンピースって着るの初めてだから似合ってるのかな、って気になったんだ」
あたしは落ち着きなくワンピースのスカートの部分をつまんだり放したりする。
そんなあたしをフェンが見る。慣れない姿をしてるから見られるだけで恥ずかしくなってしまう。
「似合ってるんじゃないのか?美穂の子供っぽさが強調されてて」
「前半の言葉は素直に受け取るけど、後半の言葉はどういう意味?」
少しでもいいから怒りながら言うべきだろう、と思ったけどあたしは無意識に首を傾けながらそう聞いてた。……確かにこんな行動をするんなら子供っぽいかもしれない。
「言葉のまんまの意味に決まってんだろ?誰が見たって美穂は子供っぽいだろ」
当たり前のことを聞くな、みたいな感じに言い返されてしまった。さっき自己理解したばかりだから上塗りするように言われると余計に響く。
「そんなにはっきり言わなくてもいいのに……」
「あ、自分で理解してたのか?」
「うん……、今さっき自分の行動で気づいたよ」
……でも、子供っぽくってもいいかな、と思ってみたりする。考えてみればお母さんもあたしと似たような感じだしね。お母さんの性格を真似しながら成長してきたんだからこれはあたしが自ら望んだことなんだよね。
そんな風にあたしは自分が子供っぽいということを受け入れることにした。
「でも、あたしは子供っぽくってもいいって思うことにするよ」
「ああ、そうしとけ。あんまり変に大人ぶってるとネアラみたいに感情が表に出にくくなるぞ。感情が薄いやつほど面白くない奴はいないからな」
まあ、今のネアラでも昔に比べたら感情が出てきてるんだけどな、と付け加えるように呟いた。そこには悲しい、という感情が混ぜられていたように思う。
昔のネアラはどんな感じだったのか、というのは気になったけど聞くことは出来なかった。あたしなんかが触れてはいけないような気がしたからだ。
結局あたしはそれ以上口を開くことが出来なかった。フェンはもともと無口なほうみたいだからあたし達は無言で歩くことになってしまった。
あれから一言も口を開くことなく家の前についた。
フェンは無言でいることを気にしている様子もなかったけどあたしは結構気が重かった。
話をするのが得意、っていうわけじゃないけど誰かといる時は何か話をしていないと落ち着かない。
どうしてかって言われるとわかんないけど、とにかく落ち着かないのだ。
「そういや、服を着替えてたら怪しまれるんじゃないのか?」
あたしが呼び鈴を押そうとする直前に背中からそんな言葉が聞こえてきた。
「あ、そっか。…………えっと……どうしよう」
指は呼び鈴を押そうとする形のままフェンの方を振り返った。そういえば、今日は一応あたしは学校に行っていたことになる。それなのに、こんな姿で帰ってしまえばフェンの言う通り怪しまれることになってしまう。
「はあ、俺にそんなこと聞くな」
そう言うとフェンは踵を返して立ち去ろうとしてしまう。
「フェン、ちょっと待って!」
逃げられてしまう前にあたしはフェンの腕を掴んだ。フェンが本気で逃げようと思えばすぐに振り払われてしまうと思う。
「一緒にどうすればいいのか考えるの、手伝って」
懇願するようにあたしは言う。あたしは嘘をつくのが大の苦手だから一人でこの状態をどうにかするなんて無理だ。
そして、あたしの懇願が通じたのかそれとも、気分が変わったのかはわからないけどフェンはあたしの手を振り払うことなく立ち止まってくれた。
「わかった、手伝ってやるよ」
その言葉だけであたしは救われたような気持ちで満たされる。心の底からの笑顔を浮かべていたと思う。
「でも、俺はあくまで手伝うだけだからな」
「あたし、嘘を考えるのすごく、下手だからフェンに考えてもらいたいんだけど……」
なんとなくどんなふうに言い返されるかわかっていたけど、これだけは言いたくてあたしは消え入りそうな声でそれだけでも言った。
「美穂は俺に手伝ってくれって言ったんだよな?それなのに俺が考えたら手伝うのとは違うよな?」
あたしの予想通りに言い返されてしまった。そう、あたしはフェンを呼びとめる時に手伝って、って言ってしまっていた。あのときはフェンを止めることだけを考えていたから何を言うかまでは深く考えてなかった。
「ううっ、あれは反射的に言っちゃったことであたしが本当に言いたかったことじゃないんだよ」
「じゃあ、美穂は俺を騙したって言うのか?」
フェンは笑みを浮かべてる。そこにはからかいが含まれているのにも気がつく。でも、それがわかってもどうしようもない。ある意味騙したって言うのは事実なんだし。
「べ、別にそういう訳じゃないよ……」
結局できたのは顔を俯かせながら弱々しい声で言い訳でもない言い訳を言うようなことぐらい。
「そうか?じゃあ、ちゃんと俺の顔を見ながら言えよ」
「……意地悪」
小さな声であたしはそう言った。本当にフェンが意地悪だと思っているわけではないけど何も言わないっていうのは悔しいような気がした。
「どこが意地悪なんだ?本当に嘘をついてるんじゃないって言うんならちゃんと俺の顔を見ながら言えるはずだろ?」
「……」
あたしはこれ以上何かを言う事が出来なくなった。素直すぎるあたしでは何を言っても墓穴を掘るような発言にしかならない。
「わかった。俺が嘘を考えてやるからそんな顔すんなって」
そう言いながらフェンはあたしの頭にぽん、と手を置いた。たぶん、安心させるためなんだと思う。さっきからかわれ続けてたからそれで安心することなんかできないけど。
それよりも、あたしはどんな表情を浮かべてたんだろうか。なんとなくだけど、情けない表情を浮かべてたんだと思う。そうじゃないと、あんなことを言うとは思えないし。
「うん、お願いね」
とりあえず、あたしがどんな表情を浮かべてたのかっていうことは考えないことにした。いつまでもここにいたらフェンに嘘を考えてもらう前にお母さんが表に出てきそうな気がするから。
「ちょっと、待ってろ。すぐに考えてやるから」
そう言うとフェンは思案顔を浮かべる。その間にあたしは出来るだけ自分が冷静でいられるようにと何回か深呼吸をする。
三回目の深呼吸で息を吐いた時に丁度よくフェンがあたしにあることを聞いてきた。それに対してあたしはすぐに答えを返す。そうしたら、いい嘘が思い浮かんだようで、それをあたしに教えてくれた。
それは、意外で、だけど、うまくいくような気がした。