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14話「狐の心配」

 右手が何か温かい感触に包まれている。その温かさは無機的な温かさではなくて生物的な安心を与えてくれる温かさだった。

 柔らかさがあって、精神的な暖かさも感じる。

 なにがあたしの手を包み込んでるんだろう、と気になってあたしは目を開いた。

 あたしはいつも横を向いて寝ているから最初に目に入ったのはあたしの両方の手だった。右手は誰かの手に握られている。

 その手は白くてとても綺麗だった。指で撫でてみたらさわり心地がいいかもしれない。誰の手なんだろう、と視線を上の方へと向けていく。

 そこにいたのは人間の姿をした若藻だった。

 あたしの手を握ってから結構時間が経ったのだろうか。若藻は器用にも畳の上に座ったまま眠っていた。

 あたしはそんな若藻の様子を見てついくすり、と笑ってしまう。なんだか温かい気持ちになってくる。

 起こしたら悪いかな、と思ってあたしはできるだけ動かないようにする。そのまま、若藻の寝顔を見つめる。

 どうして、若藻はここにいるんだろうか。あ、ネアラかフェンが呼んできたのか。それよりも若藻には心配をかけさせちゃったかな。若藻はあたしのことが好きになっちゃてるみたいだから。

 若藻は自分自身を魅了した影響でそのときに前にいたあたしのことを好きになってしまっている。

 ふと、もし、あんなことがない出会いだったら若藻はここに来てくれてたんだろうか、と思ってしまう。

 だけど、そのことについて詳しく考えようとする前に若藻がゆっくりと目を開き始めた。若藻の赤い瞳と目が合う。

 だけど、それは数秒のことだった。あたしはいきなり若藻に抱きつかれてしまう。

「わ、若藻……?」

 驚きで身をすくめてしまう。

「よかったですわ。本当に、よかったですわ……」

 だけど、若藻の言葉を聞いてると体から力は抜けていった。何もないときにこんなことをされたらすぐに逃げ出してる。だけど、今日はそうしない。その代わりに、

「ごめんね、若藻。心配かけさせちゃって」

 という言葉が自然と出てきた。

「なんで、美穂が謝る必要があるんですの?悪いのは全部美穂に襲いかかった鎌鼬の方ですわよっ!」

 若藻は怒っているようだった。あたしはそのことに驚く。若藻はいつも余裕さを出していて決して怒らないような性格だと思っていた。

 それなのに怒っている、というのはそれだけあたしのことを想ってくれているってことだ。さすがに、若藻の想いに答えてあげるようなことはできないけど、嬉しい、と感じることはできた。

「……ありがとう」

「そう、そうやって素直にお礼を言えばいいんですわよ」

 若藻はあたしから離れて嬉しそうな笑顔を浮かべた。あたしはそれに続いて上半身だけを起こす。

「そうですわ。美穂、体に何か違和感を感じたりするかしら?」

 そう聞かれてあたしは少し体を動かしてみる。それにはすぐに気がついた。

 あたしのほとんど全身を巻いていたはずの包帯がなくなっていた。そして、傷もなくなっていた。痛みがなくなっている。

「あ、あれ?」

 そんな声を漏らして全身を触って調べてしまう。だけど、やっぱりどこにも傷は残っていなかった。

「どうしたんですの?なにか違和感でもあったんですの?」

「う、うん。体の傷が全部なくなってるんだけど」

 奇妙というか不気味というかそんな感じを受けて鳥肌が立ってきた。

「それはネアラの魔法らしいですわよ」

 ネアラの魔法?そう言われても奇妙さは消えていなかった。あれだけの傷が寝て起きるその間に治るだなんて考えられないから。

「それで、それ以外にはなにもないんですのよね」

 若藻はあたしがそんなことを考えているとは思っていないようでさらに質問を重ねてきた。

「うん、ないよ」

 体の傷が治っていたという奇妙さ以外に変わったことなどはなかった。

「そう、それならネアラの魔法は成功した、ということですわね」

 安心したようにほう、と息を吐いた。失敗していたらどうなっていたというんだろうか。聞いてみたいような聞いてみたくないような……。

 結局聞かないことにした。なんだかすごく衝撃的なことを言われてしまいそうな気がしたからだ。何事も知らない方がいいってことがある。

 そうやって自分に言い聞かせて、自分の気をそらせるように若藻に話しかける。

「……ねえ、若藻はネアラかフェンにあたしのことを聞いたの?」

「ええ、そうですわよ。フェンがわたくしのところまできて教えてくれたんですのよ」

 あたしとネアラが話している間にいなくなっていたフェンは若藻にあたしのことを伝えるために外に出てたんだ。

「フェンから美穂のことを聞かされてわたくしは全力で走って美穂のところにきたんですのよ」

「そう、だったんだ。若藻は本当にあたしのことを心配してくれたんだね」

「そうですわよ。もし、美穂の身に何かあったらわたくしはどうしたらいいのかわからなくなってましたわ」

 フェンから話を聞いた時の不安を再現するかのように若藻は自らの体を抱く。それは芝居のかかった行動だったけど若藻の気持ちは十分に伝わってきた。

 不安定な今のあたしの心にとってそれはとっても温かくって、心が安らいだ。そして、何故だか小さな笑いがこぼれてくる。

「美穂、どうしたんですの?」

 訝しげに若藻が首をかしげる。あたしはそれに笑いながら答える。

「若藻があたしのことを本当に心配してくれてるんだな、ってわかってなんだか嬉しかったんだ。とっても、とっても……」

 そこまで言って何故だか涙が溢れてきた。やっぱりまだまだ心は不安定なんだな、と心の冷静な部分で思う。だけど、思うだけで涙を止めることは出来なかった。できるのはせめて嗚咽だけは漏らさないようにと唇を噛むことだけ。

 あたしの頬を伝って落ちていく雫が毛布に斑模様を作っていく。若藻に肩を抱かれるのが感覚でわかったけど、あたしの中で暴走している感情は止めることが出来なかった。

 と、あたしの手に何かを握らされる。それが何なのか確かめるために手の方に集中するほどに涙が止まっていく。そして、完全に涙が止まったときあたしの手に握らされたものが何なのか気がついた。

 硬質な触感を伝えるそれはネアラがくれたセラフィナイトのペンダントだ。

 負の感情だけであたしは取り乱してしまうと思ってたけど正の感情でもそれは同様のようだった。どうやらあたしにとってこのペンダントは手放せないもののようだ。

「美穂、大丈夫ですの?」

 気遣うようにそう聞いてきながら少し離れてあたしの様子を窺うようにこちらを見つめてくる。

「うん……大丈夫、だと……思うよ」

 しゃっくりをしながらあたしはそう返す。しゃっくりは嗚咽を漏らさないようにした時の余韻だ。

 それから、目元の涙をパジャマの裾で拭う。そういえば、今日はこれで二回目だな、泣くのは、と考える。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。

「若藻、…………」

 何かを言いたかったんだけど何を言いたいのかがわからなくなってしまった。ありがとう、っていうべきなのか、ごめんなさい、っていうべきなのか、それとも、どこにもいかないで、って言うべきなのか、わからなくなった。

「美穂、なんですの?」

「……ごめん、何か言いたいんだけど何を言えばいいのかがわかんなくなっちゃったんだ」

 あたしはごまかすように曖昧に笑ってみる。

「別にわざわざすべてのことを言葉にする必要なんてないと思いますわよ。わたくしは、美穂の伝えたいことをしっかりと理解して差し上げますわよ」

 若藻はあたしを安心させてくれるような笑みを浮かべて言った。なんだかその姿は頼りになるお姉さんのような存在に見えた。

「なんだか、若藻ってあたしのお姉ちゃんみたいだよね」

「それは……わたくしがいると安心できるという意味ですの?」

 本気なんだか冗談なんだかよくわからない。

「うん、そういうことだよ」

 でも、若藻の言ったことはあたしの思ったとおりだから頷く。そうすると、突然若藻の手がこちらに向かってのびてきた。あたしは、少しびっくりして身をすくませるけど、すぐに頭の上に感じた優しい感触に体の力は抜けていく。

「なら、こうして差し上げるのがよろしいんですの?」

 若藻はあたしの頭を撫でてくれていた。昨日の夜そうしてくれたように。

「……うんっ」

 子供っぽい返事を返してしまう。そのことが恥ずかしくて少し顔を俯かせてしまう。

 その間も、若藻はあたしの頭を撫でてくれている。昨日は落ち着ける、とは思えなかったけど、今日はすごく落ち着くことができた。

 嫌なことがあったから、不安なことがあったから、絶望を感じるようなことがあったからだと思う。頭を撫でてもらうことが好きなあたしは負の感情が頭を撫でられる、というそれだけの行為で薄れていく。

「やっぱり、これだけでは物足りませんわね」

 その言葉にあたしは嫌な予感を覚えた。すぐさまに起き上がって逃げようと思ったけど、まだまだ血が足りてないあたしの体は思うように力が入ってくれなくて結局逃げることはかなわなかった。あたしは若藻に抱きつかれてそのまま押し倒されてしまう。

 昨日から若藻に抱きつかれたときに出している魔力の壁を出そうとした。だけど、ネアラが鎌鼬は人の魔力を吸い取って生きている、というのを思い出した。全身に力が入らないのは血が足りないだけでなく魔力も足りないんじゃないだろうか、と思い踏みとどまった。昨日みたいに、動けなくなってしまうのも嫌だ。

 そんなことを考えていると、若藻があたしに少し体重をかけながらパジャマのボタンに手をかけようとしていた。

「わ、若藻、な、何しようとしてるのっ!」

 若藻の手から逃げようと身をよじらせるけど動くことができるのは少しだけで逃げることはかなわない。

「脱がせるつもりはありませんから大丈夫ですわよ。美穂に少し艶やかな姿をしてほしいだけですわよ」

「それもやめてっ!」

 拒絶の意志を半ば叫ぶようにして伝えようとする。だけど、若藻はそれを聞き入れるつもりはないようで、

「逃げれたらやめて差し上げますわよ」

 と、言っている。たぶん、若藻はあたしが自由に体を動かせないのをわかってる。そして、魔力を使おうとしていないことも。

 このままだと、若藻の好きなようにされてしまう。なんとかしないと、と頭を回転させる。そして、ひとつだけその何とかする方法が思い浮かんだ。

「そ、そういえば、ネアラはどこにいるの?」

 それは、別の話題を持ってきて若藻の気をそらせる、というものだった。純粋にネアラがどこにいるのかも気になっているけど、あたしがあれだけ声を出しても出てこないから近くにはいないのかもしれない。もしかしたら、助けるつもりがないのかもしれないけど。

「ネアラなら表で店番をしていますわよ」

 若藻は律儀に手を止めてあたしの質問に答えてくれた。ネアラがいるのは表か。あそこまでここの声は届くんだろうか。

 でも、とりあえず、このまま続ければたぶん若藻の気をそらすことができるはずだ。それに、もし若藻の気をそらすことができなくても長引かせることができればその間にネアラかフェンのどちらかが戻ってきて若藻のことを止めてくれるかもしれない。

 そう思ってあたしはさらに続ける。

「じゃあ、フェンは?」

「フェンはネアラと一緒にいると思いますわよ」

「あたしのお母さんはどうしてた?」

「別に変わった様子はありませんでしたわよ。美穂が学校に行っていない、ということにも気づいていないようでしたわ」

 そうなんだ、それはよかった、とあたしはほっとする。

「美穂の、抵抗はそれで終わり、と取ってよろしいんですわね」

 若藻があたしにとってとても不吉な笑みを浮かべる。若藻を止めるための質問だったはずなのに本気で安心してしまったのが失敗だった。

 絶体絶命だぁ、と心の中で嘆いてみるけど当然意味はない。ただただ状況が流れていくだけで何の変化も訪れない。

 ボタンが一つずつゆっくりとはずされていく。

 何とかして逃げ出そうといろんなことを試みてみる。身をよじらせて逃げようとしてみる。でも、やっぱり体が思うように動いてくれない。次に腕を使ってどけさせようとするけど腕も動いてくれない。最後に少しためらって蹴飛ばそうかと思ったけど足は若藻の足に挟まれてしまっていて自由に動かない。

 結論。やっぱり、どこも動かすことができなくて逃げ出せない。まだあたしの調子が悪くて力が入りにくい、ということもあるんだろうけど、なんで若藻はこんなに人を押さえつけるのがうまいんだろうか。

 若藻に服を脱がされかけて恥ずかしい、という気持ちを無視して泣き出したくなる。

 すでに上から二つ目までのボタンは外されて今度は下の方のボタンを外そうとしている。本当に脱がすつもりはないみたいだけどこのままにされるままでいるのは嫌だ。

「う〜……」

 でも、どうしていいかわからなくて意味のない呻き声をあげることしかできない。

「そんなので、わたくしをどうにかしようとかいうつもりなのかしら?……むしろ、可愛らしくて、そそられますわ」

 意味がないどころか、逆効果だった。若藻の笑顔が怖い。

 ふと、小さな物音が聞こえてきた。それはあたしにとって救いの音だった。

「なにしてるの?」

 かけられた言葉はいつものように冷静な声音だった。若藻に押さえつけられているので誰が来たのかは姿ではわからなかったけど、声でネアラだとわかった。

「ネアラ、助けて」

 懇願するようにあたしは言った。少し涙声だったかもしれない。

 あたしはネアラの返事を待つ。その間にも若藻はあたしのパジャマのボタンをゆっくりと、順番に外していっている。

「わかった」

 言葉と同時に頷くのが気配でわかる。

 それから、若藻を包み込むようにシャボン玉のような球体が現れた。それがゆっくりと上昇してあたしから若藻を離していく。そのときの若藻はとても残念そうな表情を浮かべていた。

 とりあえずあたしは、若藻が離れたことにほっとし、ゆっくりと上体を起こした。


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