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9話「姉妹の様な」

 夕食を食べてお風呂にも入って自分の部屋に戻ると突然、疲れに襲われた。ベッドの近くのスタンドライトだけをつけて重力に任せてベットの上にばたん、とうつぶせに倒れる。

「お疲れのようですわね、美穂は」

 九本の尻尾がある狐の姿になっている若藻があたしの隣に来る。本来の姿である九尾の姿でいる時が一番楽なんだそうだ。この姿の方があたしも安心できる。

「うん、なんだか、いきなりね」

 うつぶせから横を向く体勢に変わってあたしはそう言う。魔力を失ったから、っていうのが主な理由なんだろうけど、今日は非日常的なこともあったから、それも原因なんだと思う。

 だけど、それは嫌なことではなかった。むしろ、飽き飽きしていた日常とは違って楽しかった。

「でしたら、早く寝た方がいいですわよ。あんまり長く起きていると疲れが残ってしまいますわ」

「うん、そうだね」

 そう言ってあたしは寝ようとした。だけど、その前に若藻に聞いておきたいことがあった。

「ねえ、若藻。あたしが寝た後になんか変なこと、しないよね?」

 今日、一日の若藻の行動を思い返してみるとこのまま無防備に眠ってしまったら危ないような気がする。今は本来の九尾の狐の姿をしてるけどあたしが寝ている間もそのままだとは限らないのだ。

「大丈夫ですわよ。眠っている人を襲うような趣味はわたくしにはありませんわ」

 九本の尻尾にくるまりながら若藻は言う。若藻もこれから寝るつもりのようだ。

 どうやら、安心してもよさそうだ。

「それに、あんまり遅くまで起きてると肌に良くないですわ。だから、わたくしは早めに寝るようにしているんですわ。……でも、どうしても、というなら、何かしてさしあげない、といこともないですわよ」

「う、ううん、いいよ。若藻もゆっくり寝てよ」

「そう、残念ですわね」

 若藻はがっかりとしたような口調でそう言う。あたしが下手なことを言わない限りは何かをするつもりはないみたいだ。

 とりあえず、あたしは安心して眠れる、ということらしい。

「そっか、じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみ、ですわ」

 そう言って若藻は目を閉じる。かと、思ったらすぐに目を開いた。

「あ、そうですわ。一応、魔力の水を飲んでおいた方がいいですわよ。今は大丈夫でも明日の朝、動けないってことがあるかもしれませんわよ」

 動けなくなる、と言われてもそんなふうになったことがないから実感としてはよくわからない。重い風邪をひいた時のような状態なんだろうか、と思ったけどそんな風邪をひいたこともない。

 でも、とりあえず、動けなくなるのは嫌だな、と思ったから若藻の言葉に従って魔力の水を飲んでおくことにした。

 体を起こしてから勉強机の横にかけている鞄の中から魔力の水が入ったペットボトルを取り出す。それから、ふたを開けてゆっくりとそれを飲んだ。

「もう一つ言い忘れていましたけれど、あんまり飲みすぎないほうがいいですわよ。美穂は普通の人よりも魔力の器が大きいそうなのでわかりませんけれど魔力が暴走してしまいますわよ」

 若藻の言葉を聞いてあたしは急いで魔力の水を飲むのをやめた。というか、急ぎすぎて口の中に含んでいた水を吹き出しかける。

 寸でのところで押しとどめて飲み込む。それから、あたしが飲んだ量を確認する。

 ゆっくり飲んでいたのでそれほど多くの量は飲んでいなかった。そのことにあたしはほっとする。確認するまで少し怖かったのだ。

 若藻の妖力が暴走した時は周りの人たちと自分自身を無意識のうちに魅了するくらいだった。だけど、それは九尾の狐が魅了、っていう限られた力しか使えないからだと思う。

 その反面、あたしたちのような人間が使えるのはイメージによって想像される、ある意味で万能な力だ。今日の体験であたしはそんなふうに感じた。

 それと、しっかりイメージできなければ何も起こらないということも実感している。

 ということは、だ。そんな力が暴走するということは何が起こるのかわからない、ということだ。そのことをあたしは少しだけ怖い、と思った。

「美穂は見ていて面白いですわね。心の動きが全部顔に出ていて」

 若藻がくすくす、と可笑しそうに笑う。

「……なんか、それってあんまり嬉しくないなあ」

 ペットボトルのふたを閉めながら呟くように言う。ペットボトルは机の上に置いておいた。

「ふふ、そうなんですの?素直なのはいいことだと思いますわよ」

 そういう若藻の声色は少し優しげな感じだった。

 あたしは若藻の方を見る。そこには長い黒髪を有した人間の姿になってあたしの隣に座る若藻がいた。

「な、なんで若藻は人間の姿になってるの?」

 少しだけ嫌な予感がする。今あたしは壁際にいるので若藻に何かされそうになったときに逃げることができない。

「美穂の行動が可愛らしいので頭を撫でて差し上げようと思いましたのよ」

 そう言って若藻は本当にあたしの頭を撫で始めた。

 お母さんにもよく頭は撫でてもらったりした。中学生になってしまってからは一度も撫でてもらったことはないけど頭を撫でられると落ち着くことができる。たぶん、それはお母さんの頭の撫で方が優しいからだと思う。

「可愛らしいってどういうこと?」

 お母さんとは違った感じの撫で方にくすぐったさを感じながらもそう聞いた。落ち着くような感じはないけれど、嫌ではない。

 あたしは頭を撫でられるのが好きなんだ。そんなことに気がついた。

 でも、できるだけそれは表に出さないようにする。安易にこういう思いを表に出して若藻に気付かれたらどういうことになるかわからない。

「美穂は外から見ただけでどんなことを思っているのかすぐにわかるんですのよ。そんな人には可愛らしい、という言葉がとても似合いますわ。わたくしが生きてきた中でこんなに素直な人を見たことはありませんわよ」

 その言葉は少し恥ずかしかった。だけど、それと同時に嬉しくもあった。

 お母さんに、美穂のいいところは素直なところだよ、と言われてからあたしは素直で居続けられるようにしていた。

 と言っても、そんなに意識していたわけじゃない。最近は素直なのはちょっと子どもっぽいかな、とか思ってたりもしている。

 だから、今こうして若藻にあたしの素直なところを認められて、嬉しかった。恥ずかしいのは人からこうやって褒められるのに慣れていないだけ。

「さ、魔力の水を飲んだんでしたら早く寝た方がいいですわよ」

 若藻は撫でるのを止めた。あたしはそれに名残惜しさを感じながらも若藻の言葉に従って寝る体勢に入る。

「おやすみ、若藻」

「ええ、おやすみですわ、美穂。いい夢を見るんですのよ」

 そう言ってから若藻はあたしの額にキスをした。あたしはそれを拒絶しなかった。

 なぜなら、それは姉が妹にするような、弱い存在を安心させるようなもののように感じたから。

 そのことに安心を感じならあたしは瞼をゆっくりとおろした。

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