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最初の試練 D

寮の談話室に戻ってくると、少し遅い時間というのもあって一見誰もいないように見えた。

だが、部屋を見渡すと隅の方で向かい合って座るボブズとラックがいる。二人はテーブルを挟み、真剣な顔でテーブルの上に視線を落としていた。


僕は少し悩んだが、顔を出すことにした。


僕は昼間のザイラル先生に『運の良いやつ』ということを言われた衝撃からは大分立ち直ってきていた。

とりあえず、教会にタブー視されていないという事実は僕の肩に乗った重みをいくらか軽減してくれていた。

僕は二人の間に置かれたテーブルをのぞきこんだ。


「・・・ああ、チューズか」


チューズと呼ばれる、チェスに似た遊びだ。この世界では子供から大人まで嗜む盤上遊戯である。チェスや将棋と違うのは双方の陣地に『山』と呼ばれるエリアがあり、そこに入ると駒の動きが変わることである。

ボブズは腕を組んで眉間に皺を寄せている。ラックは足を組んで静かに盤面を見つめていた。ラックはいつものショートパンツを履いているため、褐色のきめ細かな肌がむき出しであった。

僕は思わずそっちに目が惹きつけられてしまったが、ボブズはそれどころではないようだった。


「・・・チョイス!」


ラックがそう言って、ボブズの陣地に攻め込んだ。いわゆる、王手である。


「あっ!くぅうう・・・」


ボブズはうなり声をあげて髪の無くなった火傷の痕を爪でひっかいた。


「えぇっと・・・こいつは・・・」

「ソの様子だと、勝ったかなこれは」


確かに一見勝ったように見える。

だが、ボブズに希望は残されている。あとはそれに気づけるかどうか。


「ボブズ、盤面を・・・」

「アっ!アギー、忠告禁止だぞ!コれでも、明日の晩飯賭けてんだからな!」

「アギー!これ勝ち目あんのか!教えろ!!」

「言うなよ!言ったら、オ前も一緒に奢りだからな!」


ラックに睨まれ、ボブズに縋るように見られ、僕は苦笑いを返すにとどまった。

昼以降の僕の態度は水に流してくれているみたいだった。


「デ、どうする?降参するか?」

「うぐぐぐ・・・盤面?盤面だと?・・・・あっ!そうか!!こうだ!」

「あっ・・・」


僕は思わず額に手を当てた。


「いいのか?はい、チョイス」

「うあぁぁああ!!」


完全に詰みであった。もう、逃げ道はない。最後の希望はついえたのであった。


「なんでそっち動かしたかな」

「ホントにな、マさか戦車チャリオット使ってくるとは私も思わなかったよ。槍兵ランサー使えばまだ希望あったのに」

「え?タワーじゃなくて?」

タワー?・・・・・・・アっ・・・アぶなかった」

「気づいてなかったのか・・・」


僕は椅子を引き寄せ、テーブルのそばに座った。

ボブズは悔しそうに頭をむしっていたが、僕が隣に座るとすぐに表情を真面目なものに変えた。


「で、アギー、お前のその様子だと、ジョークのネタは見つかったのか?」

「うーん・・・いまいちかな」


僕は手に持った教会関連の本を見せた。


「ドうしても、私らには相談してくれないのか?」


ラックはそう言った。フードに隠れた耳がまっすぐこちらを向いているのがわかる。


彼女も心配してくれていたのだ。その気持ちはとても嬉しかった。


だが、やはり口に出そうとは思えなかった。

なにせ『転生者』だ。あまりにも今までの話から突拍子が無さすぎる、話題に出せば僕が『転生者』となんらかの関わりがあることを想像することは難しくない。

それが、僕が口に出すのを躊躇わせていた。


「・・・ワかったよ。言えないんだな。デも、なんかあったら相談してよ」

「うん・・・」


僕が口を噤んでいるのを見て、ラックは諦めたようにそう言った、

ボブズもため息を吐き出して、疲れたように言った。


「昨日今日会ったばかりの俺らに言えないってのはわかる。まぁ、気が向いたら教えろ」

「うん・・・」


いい友達だなぁ。

僕はしみじみとそう思っていた。前世でもここまでの友人はいなかった。


そんな時、寮の扉が開いて、また一人談話室に人が増えた。

3人が条件反射のようにそちらを見ると、ルルが憔悴しきった顔で帰ってきたところだった。


「・・・た、ただいま」


なんとか笑顔を取り繕おうとしていたが、それもすぐに限界になったのか、ふらふらと歩いて手近な椅子に座りこんだ。


「ルル!ダいじょうぶか!?」


身軽な動きで椅子を飛び越え、ラックがルルのそばに駆け寄った。


「うん・・・お水・・・もらえる?」


僕が手近な水差しを取るのと、ボブズが空いたグラスを差し出すのはほぼ同時だった。

ルルの手元に水が運ばれるまで数秒もかからなかった。なんで、俺らこんなに連携がいいんだ。

ルルは一息に水を飲み干し、大きく息を吐いた。僕はそのグラスにもう一杯水を注ぎこむ。ルルは「ありがとう」と一声かけてまた水に口をつけた。今度はゆっくりと水を飲み、半分程残してグラスをテーブルへと置いた。


「ルル、ナにがあった?」

「まさか、またあの貴族連中か?」


僕が途端に色めき立ったのを見て、ルルは慌てて首を振った。


「ち、違う違う!テスト、テストでちょっと魔法使ったから」

「テストって・・・まさか、昼前に呼ばれたあれか?今までずっとやってたのか!?」

「う、うん・・・あっ、内容は聞かないでね!言わないように『精霊の契約書』まで書かされてるから!!」


全員がほぼ同時に口を噤んだ。


『精霊の契約書』とはこの世界で主流の魔力を帯びた誓約書だ。破ったところで魔物が襲い掛かってくるわけではないが、契約書に『契約不履行』の印が刻まれてしまうのだ。裁判ざたになった時は有力な証拠になり、テストのカンニング対策なんかにも使われている。

だが、想像するだけなら周囲の自由である。


「つまり、ルルは魔力を大量に消費して、なおかつここまで時間がかかり、治癒魔法師に施行される最初の試験を終えてきたわけだ」

「・・・・・・う、うん」

「ちなみに、ルル。お前、回復魔法は得意?」


ルルは観念したように笑って、「それぐらいならいいか」と前置きした後で「私、時間が他の人よりも長くかかるの」と告白してくれた。


「ってことは、試験は怪我人の治療だな」


ルルは何も言わなかったが、その困ったような笑顔が答えだった。


「なんだよそれ、『神魔法』の独壇場じゃねぇか」


ボブズは火傷の痕を爪でかきながらそう言った。


「まぁ、そうだな。ところで、ボブズの回復魔法はどうなんだ?」

「俺か?まぁまぁだな・・・人様よりはちょっと早いぐらいだ」

「ふーん、ラックは?」

「私も苦手な部類だよ。デも、ソうだな、うーん、試験がこんなに早くあるんだったら、少し必要なものを集めといた方がいいかもな」

「必要なもの?」

「アあ、薬草の類さ。私は自分の回復魔法がどうにもならないときにはよく使うんだ」

「大変だな・・・」

「ソうか?でも、便利だぞ。アギーも必要な時には言ってくれ、格安で譲ってやる」

「金とんのかよ」


ラックはケラケラと笑って、ルルを夜食に誘った。


「昼も夜も食べてないんだろ。食堂に行こうよ。私もチューズで腹ペコになった」

「そうですね。行きましょう」


ルルはグラスの中に残った水を飲み干した。だが、疲れているのかどうにも腰が持ち上がらないようであった。


「ルル、はい」


僕は彼女に向けて手を差し出す。


「え、あ・・・ありがとうございます。では、失礼して・・・」


彼女は僕の手を取り、立ち上がった。

だが、勢いをつけすぎたせいかルルの体が大きくよろける。僕は咄嗟に彼女を支えようとすると、彼女は僕の胸の中に収まる形でなんとか停止した。

胸部に彼女の額がいい勢いで激突していたので、少々の痛みがあったが、そんなことはすぐに吹き飛んだ。腕の中の彼女は僕より頭一つ分小さい。見下ろすと、美しい金髪がランプの明かりに照らされて茜色に輝いている。そして、一番大事なことは彼女と僕がほとんど密着していたことだった。彼女がしがみついた僕のお腹あたりにあまりにも柔らかな『何か』がぶつかったような感触があった。これでも、二度目の思春期真っただ中だ。興奮が一気に頭部に血を送り込んだ。


「おうおう、見せつけてくれるね~」


ボブズが口笛を吹いてからかった。「うるせぇ」と一括したが、ボブズは素知らぬ顔でニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「あっ!ごめんなさい・・・」

「いや、うん・・・大丈夫」


彼女は飛びはねるように、僕から離れる。本来なら白い彼女の肌が桃色に高揚している。そうやって照れてくれる仕草が自分が男として認識しているのを証明しているようで、さらに気恥ずかしくなる。

僕は鼻の下がむずかゆくなった気がして、何度もそこをこすっていた。

触れていた時間は数秒にも満たなかったはずなのに、肌が感じた柔らかな塊の感触は消えやしなかった。


「ああ・・・アギー。寝る前に催した時は言ってくれ。しばらく談話室で時間潰すから」

「やかましいわ!!」


ボブズにつられて、僕の口がどんどん悪くなっているような気がした。


「と、とにかく、夜食を食べに行きましょう。皆さんはどうです?」


ルルが慌てて話題を変えようとしていたが、ボブズはこれから『催した時』の決まりもこの際作ろうなどと言いだして、話をエスカレートさせていた。僕が「後にしろ!そんなの!」と叫びながら3回ほど頭を引っ張たいてようやく止まった。その間中、ラックは声をあげて笑っていて、ルルはさらに頬を染めながら耐えていてくれた。

ほとんどセクハラである。


僕らはそのまま4人で談話室を後にし、夜食を食べに食堂に向かったのだった。


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