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最初の試練 B

講義が終わり、眠りこけていた僕らは周りが席を立つ音を聞いて一斉に顔をあげた。


「ふあぁああ・・・講義はどこまで行ったんだ?」


ボブスにそう言われ、寝ぼけた顔で前の黒板を見る。

どうやら、精霊の複数干渉に関する話題の途中だと思われた。

いったい、この基礎的な座学はいつまで続くのだろうかと思わせる1回目の講義である。


「トにかく、昼御飯の時間だ。食堂にいこうよ」


ラックが荷物をまとめて立ち上がった。


「ああ、そうすっか。アギーはなんか予定あるか?あいつらに治癒魔法をがっつり見せつけるなら協力するぞ」

「そん時はよろしく頼むよ。けど、それは今日じゃなくてもいいや。ベクトール・・・は、もういないか」


さっきまで隣にいたはずなのに、いつの間にかいなくなっていた。昨日も今日も隣の席に座ることになった彼女だ。これも何かの縁だと思っていたのだが残念だった。

ルルも誘おう、と思ったが行動はラックの方が先だった。


「オーい、ルル。一緒にごはんいこう」

「は、はい!」


ルルは慌てて机の上の羊皮紙を丸めて鞄に詰め込み、速足でこちらに寄ってきた。

だが、その足は僕らの数歩手前で止まった。


「・・・あ、あの・・・この方は?」


ルルは恐る恐るといった様子で、ボブズに掌を向けていた。

確かに初対面で顔に火傷のある鬼人オークの前に連れてこられたら、誰だって一歩引いてしまうだろう。ボブズは自分から自己紹介を始めた。


「俺はボブズ、ボブズ=バインだ。で、あんたがあれか。教会の手先2号のMs.シルフィードだな」


詳しく聞いたわけではないが、自分と同様にルルもまた教会の手先と思われているらしい。

やはり、貴族達のあの態度は僕やルルが教会側だと思われていることに原因がありそうだった。その辺りの詳細は聞きておかなけらばと思う反面、教会のことは鬼人のボブズや獣人のラックには聞きづらかった。どこに地雷が埋まってるかわからないというのは、やはり怖いものがある。

そのこともあって、僕はどこかでドワーフのベクトールと話せないかと思っていた。今回は見事に逃げられてしまったが。


「あなたは・・・鬼人オークの方なのですね・・・」

「そうそう。歯でも見せるか?」

「い、いえ、けっこうです・・・」


ルルはちらちらと僕やラックを見ている。完全に助けを求める視線だった。だが、ボブズ自身が「あのエルフ?そいつは教会に心酔してて『魔物だぁ』つって追いかけてくる奴なのか?違うんだったら別に俺は気にしねぇよ」と言っていたので行方を見守ることにした。それはボブスを信頼してのことであって、小動物みたいにおたおたしているルルが可愛らしかったという理由では決してない。


「あ、あの・・・私は・・・」

「なんだ?魔族と一緒に飯は食えねぇってか?」

「ち、違います!私はそんなことは決して思っておりません!教会の過去を謝れとおっしゃるのであれば、私は謝罪する所存で・・・」

「ああ、はいはい・・・その辺でいいよ」


慌てるルルに対してボブスは取り乱す様子はなかった。ただ、彼の左耳がやや緑色に染まっていた。血が緑だから興奮すると皮膚が緑色になるのだなぁと、そんなところに関心する。

多分、ボブスは軽口に真面目に対応されて照れているのだろう。冗談にマジレスされると少し恥ずかしい時はよくある。


「生真面目なお姫さんだな・・・今のは言ってみただけだ。俺はお前に隔意があるわけじゃないし、あんたが俺らを攻撃するつもりがねぇこともアギーやラックから聞いてる。なら、俺はいつでも握手に応じる準備があるぞ」

「あ・・・はい・・・」


少し、沈黙が流れる。


「・・・握手すんのか?しないのか?」

「え、あ、はい!すみません!!」


ルルは慌てて手を差し出した。ボブスはそれに応じる形で握手を交わす。

ルルに先に手を出させるのがボブスなりの妥協点だったのかと、握手する二人を見ながら僕は思った。教会側にいるエルフが鬼人オークと友好を交わす。先に手を差し出して友好の意思を示すべきは教会側、というわけか。


そういう意味では、僕との握手でボブスが先に手を差し出してきたのは『取れるもんなら取ってみろ』という威嚇と挑発だったのだ。それはそれで複雑な思いだが、今はこうして友人になれているので良しとしておく。


「ふぅん、けっこう鍛えてる手だな・・・俺はこういう手の奴は嫌いじゃないぜ」

「あ、ありがとうございます」


そう言われ、ようやくルルの緊張がほぐれたように見えた。


「サて、友好も結べたところで。昼にしようじゃないか」

「俺もラックに賛成。腹減った。でも、できれば肉が食いたいな・・・ここ、豆のスープ多すぎ」

「ダったら、貴族連中みたいに外で肉買って、コックに渡しとけばいいらしいぞ」

「そんなお金あったら、パンと豆買って腹を膨らませる方がいいな・・・」


自分もなかなか貧乏根性が染み付いたものである。

そして、いざ講義室を出ようとしたところだった。


「Ms.シルフィード。ここにいたか」


不意に声をかけられた。

講義室を見渡すと、講師が出入りする扉から傭兵のような体躯をした女性治癒魔法師が入ってきていた。昨日、僕らの校舎案内を担当していた人だった。名前は確か、ザイラル先生だったはずだ。

ザイラル先生は背筋に定規でも突っ込んでいるのかと疑いたくなるほどに背筋を伸ばし、革の上着を翻らせてこちらに歩いてくる。

側に近づかれるとその身長の高さに驚かされる。僕も決して低い方ではないが、そんな僕でさえ軽く見上げないといけない位置に目線があった。

彼女は真っ直ぐにルルを見据えて、言った。


「Ms.シルフィード。これから、貴様の試験を行う。今すぐこい」

「え、今から・・・ですか?」


彼女は困惑するように周囲に視線を走らせたが、僕らは今回は力になれそうにない。

なにせ僕らも状況がよくわからずに互いの顔に答えが無いか探している真っ最中だったのだ。

そんな僕らを前に、ザイラル先生は苛立ちを隠さずに言った。


「なんだ?他に優先すべきことがあるのか?」


それは、言外に『黙ってついてこい』と言っているに等しかった。入学2日目の学生に講師の要求を断らざるおえない用事があるわけがない。

ルルもそれを読み取ったらしい。

背筋を伸ばし、ザイラル先生へと力強く「ありません。行きます」と言った。


ザイラル先生は小さく頷く。


そして、その時になりようやく僕らの方に目を向けた。

その視線が一点で止まる。ザイラル先生は僕を見ていた。


「ほぅ、Mr.スマイトじゃないか」


彼女は微笑を浮かべながらそう言った。だが、それは決して友好的なものではなかった。

背筋に氷解流し込まれたような怖気が走り抜ける。僕は身を引きそうになる体を必死に押しとどめた。


なんだ?僕は何かしたのか?


「昨日、廊下で決闘まがいのことをやらかしたと既に告げ口があったぞ。入学初日から随分と派手に立ち回るじゃないか。それとも何か?怪我人を出して『神魔法』でも披露するつもりだったか?」


ああ、そうだった。十分にしでかしてるんだった。


だが、それをこの場では言わないで欲しかった。視界の隅でルルが申し訳なさそうに俯いている。

昨日の出来事は僕が貴族に対して勝手に激怒して、勝手に暴れただけ。だが、彼女からして見れば自分が暴れさせたようで罪悪感があるのだろう。ただ、あんなの誰が悪いかと言えば、あの貴族が一番悪いに決まっている。

確かに僕のとった方法は短絡的であったし、その代償も今日の講義で味わった。

それでも僕は間違ったことをしたとは思っていなかった。


「短気を起こしたことは確かですので処罰があるなら受けます。ですが、それなら貴族の暴言に関しても同じような処罰を要求します」


僕の毅然とした態度にザイラル先生は笑みを深くした。


「言うじゃないか、小僧が」


それは、氷の微笑が極度の冷笑に変わっただけであった。


やべ、ミスったかも。


背筋を一筋の汗が流れた。


「・・・まぁいい」


ザイラル先生はそう言ってすぐに冷笑を引っ込めた。不可視の魔法が霧散したかのように、ザイラル先生からの圧力が消える。僕は鼻から盛大にため息を吐き出した。正直、教室で注目を集めた時より今の一瞬の方が疲労したような気がした。


「学生はそれぐらい生意気なほどでちょうどいい。だが、私はお前に一つ言いたいことがある」

「え?」


不意に胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた。

突然のことに抵抗など出来るはずもなく、気がつけばザイラル先生の肩から頸にかけてが顔の真横にきていた。耳元に熱い吐息が吹きかかる。ただ、ロマンチックと言うにはあまりにも暴力的だった。

そして、次の言葉は僕の心臓を鷲掴みにした。


「運が良かっただけの小僧が、あまり調子に乗るんじゃない」


心臓が不規則な鼓動で跳ねた。

顔から血の気が一気に引いていたのを感じる。胸ぐらを突き放され、よろけそうになる足を机で無理矢理支えた。両手を机につき、倒れないように必死で支えながら僕は全身から冷や汗が吹き出ているのを自覚した。


「とりあえず、今回は厳重注意だけで済ますが、本来学生間での私闘は禁止だ。以後気をつけろ・・・Ms.シルフィード。行くぞ」

「あ、はい・・・」


ルルはザイラル先生と共に講義室を後にする。ルルは何度も僕らを振り返っていたが、僕にはそれに応える余裕すらなかった。周りではボブズやラックも心配して声をかけてくれていたが、それらは全て僕の思考を通り抜け、耳には残らなかった。

頭の奥ではザイラル先生の声が何度も響き渡っていた。


『運が良かっただけ』


思い当たる節は一つしかない。


僕はザイラル先生が出ていった扉を見つめた。


あの人は、僕が転生者だと知っているのか?


開け放たれたままの扉から季節に似合わぬ冷たい風が吹き込んできていた。

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