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最初の試練 A

入学二日目。オリエンテーションもそこそこに、治癒魔法師としての講義がいきなり始まった。

だが、その内容は治癒魔法の訓練でも、効果的な魔力の使い方でもなかった。


「えー、であるからして、魔法とは自らの血に流れる魔力を用いて精霊に干渉する技術の俗称である。精霊は『火』『水』『土』『風』に大きく分類されます。また、その下には微小精霊と呼ばれる『温』『寒』『湿』『乾』があり、であるからして・・・」


魔法の基礎中の基礎の講義である。

こんなこと、ここに来る前に魔法の師匠に嫌というほど教わっていた。


「この程度なのかよ・・・」


誰にも聞こえない声でそうぼやいてしまう。あまりのレベルの低さに唖然としてしまった。


世界最高の魔法学校で、これ?


だが、周りを見渡して、その態度をとっているのが自分だけでないことに気がついた。

右隣に座っているボブズは黒板など見向きもしないで、爪の間の垢をほじっている。その奥にはボブズと会って数秒で意気投合したラックが座っている。彼女は講義がはじまって以降、顔を伏せて夢の中に旅立ったままだ。教室の左奥を早々に占拠していた貴族集団など、講師の目を盗んでカードに興じている。

他の人達も前を向いてはいるとはいえ、目が既に『飽きた』と訴えていた。


生真面目に話を聞き、自分の羊皮紙にメモを取っているのは最前列に座っているルルといつの間にか左隣に座っていたベクトールぐらいだ。


「また、教会が定めた神聖魔法に関しては今も議論が続いており、自身の魔力を直接相手の魔力に干渉させているという説や、体内に存在する精霊に干渉しているという説、もしくは我々が把握しているものとは別の種類の精霊に干渉し、相手の治癒を行っているという説などがあります。また、相手の筋肉量を一時的に増大させるような魔法を代表とした強化魔法に関しても同じような議論が続けられており・・・」


だめだ、僕も眠くなってきた。

人が集まっているため、自然と熱がこもって暖かくなる講義室。しかも、講師の一本調子なしゃべり方は睡魔を呼び寄せる呪文にしか聞こえない。

魔力に負けたのか隣でボブズが机という枕にダウンした。

幸せそうな寝息が子守歌にのように聞こえてくる。眠気をこらえる気力を奪う力はなかなかのものだった。

僕はもう一度前を見る。講師は今度は『神の精霊』に関しての話をしていた。


「であるからして、いわゆる神の魔法『光』『氷』『闇』『雷』はそれぞれ『火』『水』『土』『風』のさらに一段階上の階層にいる精霊への干渉であります」


神の精霊への干渉は基本的に一般の人間には不可能と呼ばれており、それが出来るのはごく一部の適正者のみに限られる。ちなみに僕にはそれらの適正はなかった。

最高位に極めて近い位置ある『竜の精霊』に干渉はできても『神の精霊』は答えてはくれなかった。

あれは文字通り、別格の存在だ。


頭の中で師匠から教えられた内容が霧の向こう側から聞こえる声のように朧気に響いていた。

視界に霞がかかり、周囲のものが見えなくなってくる。これが暗転し、夢の中に飛び込むのはもう間もなくだと思われた。


「ですが、近年教会が勝手に定めた『神魔法』という言葉が広がっています」


頭の中が一気に覚醒した。

それもそのはずだ。講師の目が僕を見ていた。講師だけではない、最前列にいたルルも、カードに夢中になっていた貴族も、自分と同様に睡魔と戦い続けていたクラスの他の学生も、そして寝ていたはずのボブズやラックまでこっちを見ていた。


「これは今言った『神の精霊』とは根本的に異なると思われます。やっていることは傷を回復させる魔法に類似しておりますし、こと速度においては類を見ないことではありますが、これらが『神の精霊』に関与しているとは、どうも私には思えません。私はそのような紛らわしい名前をつけた教会の安直さに頭を下げる思いです」


講師は淡々と言葉を続ける。だが、そこに先程までいた睡魔は宿っていなかった。

講師の視線はこちらに注がれたままだ。講師のそれは決して疑いを向けるような目ではない。どちらかといえば、『興味深い』といった好奇心の視線だった。

だが、他の連中は違う。悪意のある視線は肌を刺すというが、今まさに僕に向けられている視線がそれだった。肌に突き刺さるような鋭い視線、視界の隅にうつる怪訝な目、いつか化けの皮を剥がしていやるという歪んだ面構え。それらが、四方八方から同時にやってくる。


僕はわずかに呼吸が止まるのを感じた。

『お前ら俺の実力を知らないだろ!』と叫びたい衝動がこみ上げる。だが、それは言葉として決して出てくることはない。強烈な敵愾心に晒されると人は動きを止めてしまうのだと、僕は初めて知った。

有名税にしては少々重すぎる。


癒しがあるとすれば、最前列から心配そうに見上げてくるルルと、軽く肩を叩いてくれたボブズだろう。

ラックはこの様子を楽しい余興だと思ったのか、ニヤニヤとした視線を向けてきており、隣のベクトールは完全に我関せずだ。少し『こいつら・・・』と思わなくないが、そう思えるだけラックとベクトールはよい清涼剤であった。


本当に初日に友達ができて良かったと思う入学2日目だ。


「さて・・・話がそれました・・・えー『神の精霊』のくだりでしたね。『神の精霊』の研究は・・・」


講師の声に睡魔が再び宿り、自分に集まってた視線が徐々に消えていく。

貴族達がカードに注意を戻したのを最後に緊張から解放される。


「はぁ・・・」


吐き出し、新たな空気を吸い込む。ようやく呼吸ができたような気がした。

そのため息を聞きつけて、ボブズが苦笑いしながら肩を軽く叩いてくれた。


「まぁ、お前の『神魔法』の力を見せつける機会でもあれば幻視魔法だと思ってる連中は掌を返してくれる。それで次は半分ぐらいの視線ですむはずだ。それまで我慢だな」

「・・・それでも半分なんだ・・・」

「貴族の子弟共の猜疑心は嫉妬に代わるだけだろうし、最低でもそれぐらいは残ると思っとけ」


注目されることに慣れていない自分では、半分でも耐えられるか怪しいものだった。


「ってか、自分で見せびらかすような真似したんだから、ほとんどてめぇの自業自得だ」

「うっ・・・」


それを言われてはグゥの音も出ない。


正直、人の負の感情が乗った視線を大量に浴びるのがここまでキツいものだとは思わなかった。これが一人二人を相手にするならどうってことはないのだ。現に昨日の貴族を相手にした時は何も感じなかった。だが、それが教室の中にいる大勢の人間から向けられるものとなると話が変わる。『肌に絡みつく』という表現が前世にはあったが、どちらかといえば『沼に沈められた』の方が正しいような気がした。肌を砂利でこすられたような不快感と腐った水の冷気が一番表現として合っている。


とりあえず、昨日やった僕の行動は全て逆効果になっていたことははっきりと理解させてもらった。


「お前なんかまだいい方なんだぞ、俺達は鬼人や獣人のことを考えてみろよ」

「それは、ちょっとずるいんじゃない?」


宗教絡みで迫害されている例と比べたらこの世のほとんどのことが陳腐になるだろう。


「『鬼人オークの歴史家』ってのが鬼人オークの中で温和な人間を例える時の言葉でな。迫害の歴史を考えれば、大半のことが気楽に見えるっていう例えだよ。ちなみに、似たようなもんに『聖典を掲げる』って諺もある」

「どういう意味?」

「教会への怒りでどんな奴らでも意気投合するって意味が転じて、仲の悪い奴らが協力して物事にあたるって意味だ」

「へぇ・・・呉越同舟ってことか」

「は?ご、ごえ?」

「ああ、いや。なんでもない。こっちの話」


思わず昔の言葉が出てしまった。案外、忘れられないものである。


「まぁ、そういう歴史と比べたら今の状況はまだ救いがあると思わねぇか?少なくとも、ここにいる獣人はお前の実力を知ってるってさ」


ボブズの向こう側からラックがニヒルな笑顔で手を振っている。話は全て聞いていたらしい。


「はぁ・・・」

「ナんでため息つくんだね、君は」

「いや、ラックじゃな・・・って思って」


ボブスに軽く脛を蹴られた。


「あたっ!」

「ラックの奴からだよ。受け取っとけ」


恨みを込めた視線でラックを見ると、悪戯が成功した、とでも言いたげな得意気な表情が出迎えてくれた。

筋肉質なボブズに蹴らせるところがなんともいやらしいやり方だ。


「・・・うるさい」

「あ、ごめん」


隣のベクトールに注意され、僕らはそこで話を打ち切った。

講師は今も魔法の基礎の基礎について話し続けており、僕らが3人揃って睡魔に飲まれるのにそう時間はかからなかった。

ブクマ登録していただいた方、ありがとうございます。

継続して執筆する際の力はやはり読者からの反応みたいです。

なんとか、書き続けていきますのでよろしくお願いします。

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