表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/60

僕の回復魔法は特別なんかじゃない F

俺は深呼吸を繰り返し、頭の中でこれからすべきことを頭の中に思い浮かべる。

点滴を行う水魔法の組成、注意すべき患者の症状。先程までの自分では信じられない程に頭が回っていた。

地下牢にいる人間はざっと見て10人程度。その全てが床に横たわったり、壁にもたれかかってぐったりとした様子であった。


そこで、俺の中に一抹の不安がよぎった。


間に合うだろうか。


自分が浄化魔法を点滴してあげられる人間は一人だけだ。全開で水魔法を体内に流しても一人10分はかかる。10人分となれば、単純計算でも1時間以上はかかってしまう。

ヴァンパイアの眷属になるまでの制限時間は4時間が限度。残り時間がどれだけあるかわからないこの現状で、その時間はあまりにも致命的だった。


こんな時、ラックがいれば。いや、ボブズでもベクトールでもルルでもいい。手が足りない。


だが、今この教会でそんな行動はできなかった。

そもそも、ここに俺が誰にも気づかれずに来れたこと自体が奇跡のようなものなのだ。

もし、俺がやろうとしていることがバレれば、次はこの牢屋の中にラックとボブズが放り込まれる。


「そこに・・・誰かいるのか!?」


牢屋の中から誰かの声がした。


「頼む!助けてくれ!お願いだ!なんでもする!!せめて、せめて息子だけは!!」


期待の声に反射的に俺の肝が底冷えする。

この教会の廊下で声をかけられた時と同じだった。奇跡を求められ、期待され、責任の重荷を押し付けられる。俺は沸き上がったきた不安を口を震わせながら飲み込んだ。


一度は覚悟を決めて立ちあがって、教会の大広間に向けて歩き出したのだ。

二度目の今回は足を踏みだすのは早かった。


俺は笑顔を作ろうと頑張って失敗し、気負いに気負った顔のまま彼等の前に姿を現した。

そこは大きな牢屋が一つあるだけの簡易な地下牢であった。壁にかけられた蝋燭の火が揺れているところを見ると、どこからか風が吹き込んでいるようだった。

冷たい地面に石壁。そこに寝かされた人達が力無くこちらに目を向けていた。


ただ一人、必死に俺に助けを求める男性が鉄格子に手をかけて俺を呼んでいた。

下顎が突き出たような骨格。鬼人オークであった。


「あんた!あんたにも人の血が通ってるんだろ!?うちの息子にも通ってんだよ!!だから、だから・・・」


俺にかけられた声には聞き覚えがあった。

俺達が教会に来た時に息子の治癒を頼んでいた男性だった。

彼の傍にはまだ5つにも満たないような子供が寝かされていた。彼等の服を集めて作った簡易のベッドの上に横たわる少年は腕に緑色の血をにじませ、浅く速い呼吸を繰り返していた。


俺はもう一度深呼吸をする。


やはり足が震える。気持ちが怯む。

だが、ここには本当に俺しかいない。


俺にしかできない。

俺だけが治せる患者が目の前にいた。


俺は鉄格子のすぐそばまで歩き、そこに片膝をついた。


「僕は・・・アギリア・スマイトです。あなたは?」

「お、俺は・・・ボン・ボンジュ。息子はダダネだ・・・」


ボンさんは最初は俺の言葉に少し呆気に取られたような顔をしていたが、すぐさま息子のことを訴えだした。


「ダダネが・・・息子の様子がおかしいんだ!さっきから、声をかけてもうんともすんともいわなくて!!」


必死の声を聞きながら、俺の頭の片隅にマイクオーさんの顔が蘇ってくる。

『頼む。妻を・・・妻を救ってくれ!!』

『アギリア・スマイトぉおおおおお!あんたはそこでなにしてんだぁあああああああ!!!』

『俺は・・・俺は・・・妻を・・・妻を救って欲しくて・・・それだけで良かったんだ・・・』


腹の奥に気合をこめる。

ここに立った以上、もう言い訳はできない。

魔法学園の1年生だとか、実際に治癒を行うのが初めてだとか、そんな言葉はもう目の前の患者には関係がない。ただ、俺が『治癒魔法師』であることだけが重要なのだ。


「わかりました。息子さんを見せてください。早く!!」

「あ、ああ!」


ボンと名乗った男性が奥に戻っていこうとする。

その時だった。


「待ってよボン!!そいつの言葉を信じるの!?」


牢屋の中にいた女性が声を荒げた。

その女性は頭頂部の髪を剃られ、頭についた三角形の耳の付け根を露出させられていた。

頭の上の耳が切り落とされているのは、おそらく人間と偽るために自分で切り落としていたものなのだろう。教会の人間はこの人が獣人であることを示すために髪を剃ったのだ。

女性相手でも容赦なし。

教会が獣人や鬼人をいかに人間扱いしていないかを示すものだった。


その女性はこの世の憎悪を煮詰めたような目で俺を見てきた。


「なんでこいつがこんなとこに来たと思う!?私達を治しにきたわけがないじゃない!!」


その言葉はもっともであった。教会にいる人間がここにいる人達を救いにくるはずがないのだ。


「私達を利用しにきたに決まってる!息子を差し出しちゃだめ!!殺される!」

「え・・・あ・・・でも・・・」


ボンさんが子供の傍に膝をつき、自分の息子と俺の間で視線を行き来させていた。

俺は奥歯を噛み締める。彼女の気持ちが自分にも痛い程わかっていた。教会の人間を信用できないことも理解できる。

だが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ。

俺はその間にも牢屋の中の人間をつぶさに観察していた。少なくとも出血している人が5人はいる。そのうちの二人は血を抑えても出血が止まらず、手足を血で染めていた。こんな冷たい牢屋の中で体力の消費も激しいはず。

時間がないのだ。一刻ももはやい治癒が必要なのだ。


「自分は教会の人間ではありません!魔法学園の人間です!」

「そんなの嘘だ!!」


その声はまた別の人から放たれた。肩口からの出血を数人で押さえているが、血が止まっていない。

その出血がヴァンパイアの眷属によるものなら、噴き出ている血ですら毒を含んでいる可能性が高い。そんな傷に触れている人間も当然感染している可能性が高い。


急がないといけないというのに・・・


「嘘じゃありません!俺は、俺は・・・あなた達を助けたくて!」

「じゃあ、学園の治癒魔法師が教会なんかにいるんだよ!」

「それは・・・外に出てて、ここしか逃げ込むところがなくて」

「全部嘘だ!俺達を殺す気だろう!」

「違います!信じてください!」


声をあげながら、俺は何度も後ろを振り返った。

いつ教会の聖職者が降りてきてもおかしくはないのだ。


いっそ『神魔法の少年』を名乗るべきだろうかとも思ったが、その称号はそもそも教会に認めてもらった称号。自分が教会側の人間だと名乗るようなもんだった。


俺を見る彼等の目には怨嗟が満ちていた。

差別され、迫害され、こんな状況下ですら隔離した俺達への憤りが黒い炎となっていた。

そんな彼等に俺の言葉が届くとは思わなかった。


ラックだって『友達』という言葉だけでは俺達を真に信用してくれたわけではなかった。

彼女を救うために行動して、お互い心の痛いところをさらけ出して、ようやく彼女は『耳』を見せてくれた。


けど、今はそんなことをしている時間はない。

ならば行動で示すしかない。


俺は両膝と掌を冷たい石畳につけた。

皮膚から這い上がってくるのは刺す程の冷気。だが、その程度のことを俺はもう『辛い』とは思わなかった。ここにいる人達は傷ついた身体で、ずっとこの冷たい壁に触れてきたのだ。

それに比べればこの程度のことに泣き言を言えるはずもなかった。


俺は鉄格子のすぐそばまで近寄り、頭を地面にこすりつけた。


『土下座』という文化があるかどうかは不安だったが、身体を投げだす意志を伝えるにはこれしかないと思ったのだ。というよりも、これ以上に身体を張って頼み込む姿勢を俺は知らなかった。

この無様で不格好な方法だけが俺にできる精一杯のことだった。


「お願いします!!」


俺の口から出た声は自分が思っている以上に震えていた。


「時間がないんです!ヴァンパイアに襲われたならあなた達の身体には毒が回っているんです!一刻も早く治癒しないと手遅れになる!!お願いします!!危害は絶対に加えません!!お願いします!!」

「・・・・・・・」


頭の上から困惑する気配が伝わってくる。

それもそうだろう。彼等はきっと俺達人間に頭を下げてもらったことなどないのだろう。


「お願いします・・・お願いします!俺に・・・治癒をさせてください!!」


俺のその声はほとんど泣きわめくようなものだった。


自分でも自分の感情が制御できていなかった。


彼等を不憫に思っていた。自分の情けなさも悲しかった。理不尽なこの世界のことも嘆きたかった。

けど、きっと一番に俺の感情を揺り動かしているのは自分が心の底からここにいる人達を『救いたい』と思っているからだった。


変な自尊心でもない。チートを与えてもらった責任感でもない。

この世界に生を受けた一人の人間として、治癒魔法師を志す人間として、目の前の人を救いたかった。


「・・・・・・・・・・」


頭を下げた彼の頭上では獣人や鬼人達が状況がつかめていないような顔で視線で会話をしていた。

唐突に四肢をつけて頭を下げた『人間』に彼等は困惑していた。


『土下座』というものが存在しない世界。

だが、目の前の『人間』が自分の首を差し出す程の勢いで頼んでいることは伝わっている。

彼の声が真に迫っているということも理解できている。


それでも、やはり即断できるものではなかった。


「・・・あなた・・・どうしてそんなに」


そう言ったのは最初にボンのことを止めた女性だった。その声にはやはり棘が含まれるような鋭さがあったが、少なくとも真っ向からアギーを否定するものではなかった。


「・・・どうしてそこまでするの?」


その言葉を受けたアギー。

その返事のために言葉を探す。


傷ついた人が目の前にいるから。自分達人間のつまらない文化による迫害を償いたいから。死ぬかもしれない人がいるのを放置できないから。教会がこのまま獣人や鬼人をヴァンパイア事件の犯人にしようとしていることを許せないから。


他にも色々と考えが浮かんでは消えていった。


だけど、そのどれもが俺の心を動かしたわけではなかった。


「・・・・・クァン・・・って」

「え?」

「誰かが・・・『クァン』って・・・『痛い』って言っていた」


その言葉が俺が階段の下に足を向けさせたのだ。

誰かが『痛い』と言っていたなら、助けにいく。

子供の頃から八百屋の店先でやっていたことだった。


「あなた・・・獣人の言葉がわかるの?」


俺は頭を床につけながら首を横に振る。


「俺が知ってるのは『クァン』と『フューラ』と『エゥノ』って単語ぐらいだ・・・友人が・・・教えてくれた・・・」

「友人?」

「獣人の子だ。彼女も今耳を隠してこの教会の中で震えている・・・」


ラックやボブズのことを詳しく話せば信頼してもらえるかもしれないとの思ったが、やはりそんなことをしている時間はないのだ。俺はもう一度声を張った。


「頼む!!お願いだ!!手遅れになる前に俺に・・・俺に治癒魔法を使わせてくれ!!」


彼等が再び目線で会話する。

そして、肩から血を流している男性が代表して尋ねた。


「あんた・・・いったいなんなんだ?」


俺は顔をあげ、涙をぬぐった。

そして自分へと不審の目を向ける彼等に心の底から言い切った。


「俺は・・・治癒魔法師だ!!」


それは教会の廊下でルルやベクトールと共に自分に言い聞かせた言葉。


あの時の言葉は結局嘘になってしまった。


でも、今度こそ、今度こそ・・・


俺は自分に救える命を救ってみせる!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ