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僕の回復魔法は特別なんかじゃない E

祭壇の上でただ時が過ぎるのを待ち続けるだけの作業。横たわる人達の隣に座り込んでディスダム神父が祈りを捧げるのを待ち、膝から這い上がってくる冷たさを感じるだけの時間が過ぎていく。


月は次第に傾いていき、運び込まれてくる患者の数も少しずつ減ってきていた。極光騎士団の人達が奮戦してくれているのか、ヴァンパイア本体がその攻め手を緩めてくれているのかはわからないが、正直どうでもよかった。

教会内に寝かされている患者の数は変わらず、うめき声と祈りの声が交差し、指示を飛ばす声がその間に飛んでいく。そして、時に遺族が流す悲しみの声が教会のステンドグラスを震わせる。


俺はそれを全て聞いていた。


自分の耳がその全てを聞き分けていたわけではないが、それでもこの教会内でどんなことが起きているのかを一部把握することはできていた。


右端奥から3番目の人間の男性は右の脇腹を深く切りつけられており、出血が酷く3人がかりで小一時間程治癒魔法を捧げている最中だ。

中央から1列左側の手前から2番目のエルフの女性は怪我を隠していたらしく、今更聖水による浄化がなされている。場合によっては死亡を待たずして火葬になるかもしれないらしい。

左端から2列手前の中央付近にはルルとベクトールが二人がかりで輸液と治癒魔法を施している患者がいる。左足が切断されているようなのだが、彼女達二人が最初に対応することができたおかげで一命は取り留めることができたらしい。


他にも何人か命の瀬戸際にいる患者の場所を俺は把握していた。

他にすることが無かったのもあるが、いつか自分が何か出来るようになった時に行動できるようにしておいたのだ。

それが無駄な努力になるであろうことは予想ができていたが、そこを諦めてしまえば本当に俺は自分の存在価値がなくなってしまう。

それでも、胸の内から自嘲の笑みがこぼれることは止められなかった。


俺の存在価値がどれ程あるのか、そもそも疑問だった。


「少し休みたまえ」


ディスダム神父にそう言われた時、自分の身体が素直に従ったのはそれ程意外でもなかった。

身体はそうでもなかったが、心の方が既に限界であった。


そんな俺の状態を把握しているのか、ディスダム神父は獣人ラック鬼人ボブズのことを口にすることもなかった。

ただ、疲弊している俺の姿を周囲に見せ、いかに『神魔法の少年』が心身を賭しているのか、いかに『神魔法の少年』の力が不安定であるのかを伝えたいだけなのだ。


実際に疲弊しきっていた俺は真っすぐに祭壇を降りる。

その瞬間、数人の修道士の目がこちらに向いた。

彼等の目には『神魔法』を授けてくれるのかという期待が込められていた。

俺はその目を無視して、歩き出す。どうせディスダム神父が都合の良い言い訳を用意してくれているのだ。今更自分が何かをする必要はなかった。


だが、一歩目を歩き出して、俺は自分がどこに行けばいいのかわからないことに初めて気が付いた。


ラック達のいる場所は軽症患者の座り込む廊下だ。戻れるはずがない。

ルルやベクトールは今も必死に治癒と浄化を続けている。邪魔をするわけにはいかなかった。

教会に一度も入ったことのなかった俺には内部の構造なども把握できない。


「・・・裏に行きたまえ」


ディスダム神父のその一言が道しるべだった。

俺は神父の言葉に従うだけの『哀れな子羊』になってしまっていた。


俺は言われるがままに神父の示した祭壇の横にある扉から、教会の裏の方へと進んでいった。

途中、大量の水を抱えたエルフの修道士とすれ違ったが、彼は俺に目を向けることもなかった。

彼は今必死なのだ。目の前で多くの命が死にかけている現実と向き合って、必死にできることをしているのだ。


その行動があまりにも眩しくて、俺は自分の心が一段と影の中に落ち込んだのを感じた。

教会の裏には小さなホールに続いていた。周囲には扉があり、空いている扉からは食糧庫やに食堂が顔をのぞかせていた。どこからか炊き出しの匂いもしており、厨房もこの部屋のどこかにあるのだろう。

他にも2階へと続く階段もあったが、そこに足をかける気力は残されていなかった。


だが、こんな人通りのあるホールに居座ることは今の俺には苦痛であった。

今俺が欲していたのは、人の来ない場所で静かに座り込んで、自分の置かれている環境と現実を嘆くことのできる環境であった。


食糧庫や食堂は候補にあがりかけたが、人が来る可能性の高い場所であった。

できれば書庫のような場所があればいい。


俺は半ば自暴自棄な気持ちで手近な扉に手をかけた。

重厚な鍵が付いていたのは取っ手を引いた時に気が付いたが、今更手の力を緩める程の自制心を灯してはくれなかった。


鍵がかかっているかとも思ったその扉は俺が思った以上にあっさりと開いた。


「・・・・・・・・・・・・ここは」


そうやって、最初に引いた扉は俺にとってはあまり上等とは言えないものであった。

地下に続く階段。吹き込んでくるのは冷たい空気と濁った臭い。壁にかけられた燭台の燃え残りがまだ赤い火を灯していた。

明らかに危険な場所であった。地下に危険があるとは思わなかったが、地下にある物を見てしまうことで俺自身や友人達に危険が生じる可能性が問題だった。


どこの世界でも後ろ暗い物を隠したい時は必ず地下だ。

盗み聞きも覗き見もされない場所はどんな時代でも需要がある。


俺はここで足を引き、扉を閉じるのが正解なのだと思っていた。ただ、それと同時に俺はこの下に何があるのか興味がわいた。


俺はまだ燃えている燭台の炎へと目を向けた。この地下への階段はこの感染爆発パンデミックの夜に使われている。何のために使ったのかを知りたくなった。


下手すればただの保存食の保管庫があるだけかもしれないが、それならそれで良かった。

もしかしたら火葬所がある可能性もあったが、やはりそれでも良い。


俺は誰も来ないうちに素早く中に入り、扉を内側から閉じた。

月明りも星明りも消えて、燭台の橙色の光だけが階段を照らす。

自分から伸びる影が普段より強調され、自分の中に潜む悪魔のように映し出される。


俺はそんな自分の作る暗闇に笑顔を向けて、階段を一歩ずつ降りて行った。

足音は思った以上に反響しなかった。自分の靴が血や泥で湿り切ったままだったのもあったが、そもそもこの地下道が音を吸い込むような構造になっているようだった。

壁に必要以上に凹凸をつけることで、反響を防ぐ建築方法だ。この時代にこんな建築方法があったかどうかは、俺は知らなかったが、もしかしたら転生者が持ち込んだものなのかもしれない。


そうして降りて行く。


静かな地下への旅行だったが、さほど時をかけず音が聞こえてきた。最初は風の音かとも思ったが、それは足元から這い上がるように聞こえてくる誰かの声だった。


誰かがこの先で啜り泣いている。

それだけなら、俺も特に何も思わなかっただろう。

修道士が自分の無力を嘆いているだけとも思ったのだ。趣味は悪いが少し覗いてどんな人間が泣いているのかを見るのも一興だった。


なんなら一緒に泣いてもいいとさえ思っていた。


だが、不意に聞こえてきた言葉が俺の全身を硬直させた。


「クァン・・・・・クァン・・・・」


俺はその場で足を止めた。


何かの鳴き声にも聞こえる『クァン』という音。

それが何を意味するのかを俺は知っていた。


この先に何があるのかを俺は唐突に悟った。全身が今すぐに引き返せと叫んでいた。

ここはまずい。ここにいることは非常にまずかった。この場に俺がいることは何よりも危険だった。


それでも、俺は自分の中で衝動が突き動かされるのを感じていた。


なぜなら、この下に人がいるのだ。

誰かが『クァン』と言っているのだ。獣人の言葉で『痛い』と言っているのだ。


俺は後ろを振り返る。誰かが扉を開ける気配はない。


俺は意を決して足を前に踏み出した。

そして、階段の先に空間が広がっているのを見つける。

俺は足音を殺し、息を殺して中を覗き込んだ。


そこはやはり俺の想像した通りの場所が広がっていた。


まず目に映ったのは鉄格子に阻まれた大きな部屋。

そして、壁に打ち込まれた何本もの鉄の鎖と鉄の枷。そこに繋がれた人々。


髪を剃られた人がいた。その頭頂部には既に切り落とされた三角の耳があった。

顎の骨格が少し歪んでいる人がいた。腕に滲んだ血が緑色をしていた。


獣人がいた。鬼人がいた。

傷を負い、血を流し、鉄と石の冷気に晒されて震えていた。

教会が彼等を治癒するはずもない。この感染爆発パンデミックの夜では簡易の異端審問を開いている暇すらないらしい。

その結果、彼等はこうして地下に放り出されている。


彼等の多くは傷を負っている。ヴァンパイアの眷属に追われ、教会に逃げ込むしか術がなく、その結果がこの有様だった。


俺はこの教会に来た時に聞いた叫びを思い出した。


『おいっ!こいつ鬼人オークだぞ!』

『魔族がなんでこんなとこに!!さっさと叩き出せ!』

『待ってくれ・・・頼む、俺はいい。せめて、この子だけでも・・・この子だけでもどうか頼むから!!せめて治癒を・・・頼みますからぁ!!』


彼等はこの感染爆発パンデミックの夜に再び叩き出されたわけではなく、こうして牢獄に直行させられていたのだ。

俺の奥歯が軋む音がした。


彼等はここに何時間放置された?どれ程の間ここにいた?

ヴァンパイアの血に含まれた毒が回り切るのにかかる時間はおよそ4時間。

それを越えれば浄化魔法を血管に流し込んでもまだ足りない。


上の奴らは何を考えてやがる!?教会のど真ん中で『血の魔法』を操る怪物を大量に作り出したいのか?


そして、俺の脳裏に浮かんだのはディスダム神父の冷徹な目線であった。


あいつはなんと言っていた?


感染爆発パンデミックを極光騎士団が防げなかった今、今後の為にも教会の立ち位置がわずかでも悪くなるのは困る。これは現在の帝都の悪しき状態をひっくり返す千載一遇の機会なのだ』


帝都の悪しき状態。国の方針転換により獣人と鬼人を国民として受け入れたことと予想はできる。

そして、ディスダム神父は『血の魔法』の大本である『闇の精霊』に対する切り札である『光の精霊』への干渉ができる。


それらが指し示す答えは一つだ。


ディスダム神父はここに獣人と鬼人の『ヴァンパイアの眷属』を作り出す気でいるのだ。

この感染爆発パンデミックの原因となるヴァンパイアを極光騎士団が取り逃がし、月の影に入り込む奴を補足することはほぼ不可能だ。


ならば、この騒ぎが収束した先に感染爆発パンデミックを引き起こした罪人が必要になるのだ。


ディスダム神父はその役をここにいる人達に押し付ける気なのだ。

その上で、獣人と鬼人が入り混じる極光騎士団を弾圧するつもりでいる。


「・・・・・・・・・」


俺は喉の奥に息をつめた。

地下牢に監視役の人間はいない。そんなところに人員を割いている余裕など上にはない。


感染爆発パンデミックが始まって何時間経過した?今から浄化魔法を使っても間に合うのか?

時間の感覚がなくなってしまった俺にはそれすらわからない。

だけど、このままこの場を見て見ぬふりが出来る程に俺は自分が死んでいるつもりはなかった。


彼等に治癒を施したところで、この牢屋から出してやることはできない。

だが、彼等がヴァンパイアの眷属にならなければ、教会に彼等を拘束する理由がないのも確かだ。

いくら教義に描かれていたとしても、彼等は既に国が定めた『国民』なのだ。


彼等は何の罪も犯していない。ただ産まれた人種が罪だと認定されているだけだ。そんな不当な理由で人が死んでいいはずがない。


彼等の中には大きく傷を負っている人もいる。治癒を必要としていが人がいる。

だが、ここに長く留まることは危険だ。俺が彼等に治癒魔法を使っているところが見つかれば、それだけで俺も友人達も確実にアウトだ。


だったら、長く留まらなきゃいい。


俺は深呼吸して胸に宿した魔力を掌に移した。


俺の回復魔法は特別なんかじゃなかった。俺自身は選ばれた存在でもなかった。

俺は権力に屈するただの餓鬼で、世の中のことを何もしらない井の中の蛙で、自分が無知であることすら気付かなかった間抜けだ。


だけど、今この時に限って俺は断言できる。


俺の回復魔法は特別だ!

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