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入学初日 D

夕食を屋台ですませ、校舎に帰ってきた頃には辺りはもう真っ暗になっていた。

ルルとラックとは談話室で別れ、僕は男子棟の階段を上がっていた。

別れる時、ルルは食べ過ぎで青い顔をしていたが、大丈夫だろうか。ラックが勧める品を片っ端から食べていたから、結構な量だった。僕が同じ量を食べても胃もたれしそうだ。

どうやら、ラックと友達になれたのが余程嬉しかったらしい。

別れ際に「自分でなんとかしますから・・・」と言っていたが、胃薬でも持っているのだろうか?


そんなことを思いながら、僕は階段を上がり、自室の扉に手をかけた。


「あ・・・」


その扉にさげられた名札に僕以外の名前がかかっていた。

寮は2人部屋だとは言われていたが、いざ目の前にすると少し緊張する。うまくやっていければいいが。

相室の相手の名前は『ボブズ=バイン』となっていた。

いざ入ろうと、ドアに手をかける。


「・・・・・・」


そして、そのままの姿勢で止まってしまった。そういえば、僕、いきなり廊下で一悶着起こしたんだった。多分、他のクラスメイトからの印象は最悪と言っていいはずだ。

いざルームメイトとの顔合わせを前にして、僕は口の中が乾いていくのを感じた。

これから、少なくとも1年は同室なのだ。

相手が貴族とかだったら嫌だな。そうじゃなくても、白い目で見られるのもちょっと困る。

同性の友人など別にいなくてもいいと割り切ってもいいが、できれば欲しいというのが本音なのだ。

だだ、あの時に感情に任せて暴れたのは間違いなく自分だ。正直言ってそういう態度をとられても自業自得ではある。ある程度の態度は覚悟を決めるしかなかった。

僕は少し悩んだ末に扉をノックすることにした。自分の部屋でもあるのだが、できるだけ礼を欠いた行動は慎むことにした。今は少しでも印象は回復させたい。

僕は戸を3回叩いた。


「あん?どうぞ?」


部屋の中から少しくぐもった感じの声が聞こえた。随分と低い声だ。


「失礼しまーす・・・」


恐る恐るといった感じで扉を開ける。

僕らの寮の部屋はドアを入って真正面に窓がある。その窓の左右に一つずつ机と本棚が壁に寄せられて並び、その手前にベッドが置かれている。ベッドの間はほとんどなく、せいぜい人が一人胡座をかける程度だ。

そして、その僅かなスペースを占領して、体格の良い男の子が胡座をかいて座っていた。

彼は首だけでこちらを振り返っていた。

そんな彼を見て、僕は少なからず驚いていた。

目がひきつけられたのはその顔の右側の大部分が黒く変色していることだった。焼け爛れた灰をそのまま塗りたくったような色。火傷の痕だと直感する。彼の火傷は顔の広い範囲に及んでいた。右目の周囲から頬を伝い、後ろは項付近まで続いていた。左側頭部にも一部火傷が及んでいるのか、その部分だけ髪が生えていない。かなり古い傷だろう。昔、似たような人を見たことがあった。僕の『神魔法』の噂を聞きつけて、傷跡を治してもらいにきたと言っていたが、僕では力になれなかった。僕の力は目の前の傷を治すことはできるが、既に治癒の終わった傷跡は治せない。


「あんた、アギリアだっけ。なにつったってんだ。中入れよ、ここはお前の部屋でもあるだろうが」

「あ、うん。そうだね・・・えと、失礼します」

「だから、ここはお前の部屋だって」


そう言って、彼は八重歯を見せて小さく笑った。だが、その目は決して笑っていない。終始、こちらを観察しており、その姿勢には隙すらない。

僕は口の中に溜まった唾液を静かに飲み込んだ。

とりあえず、手持ち無沙汰のままここにいるわけにもいかない。僕は部屋の中を歩き、自分のベッドに座った。同室の彼は床に座ったままなので、自然と見下ろすような形になった。


「俺はボブズ、ボブズ=バインだ。よろしく」


彼は突き出すように手を出した。

それは、やけに鋭い出し方で、まるで僕を威嚇しているかのようだった。

だけど、それにビビッていたら友好関係は築けない。もう一度胸の内で覚悟を決める。

僕はすぐにその握手に応えた。


「こちらこそ、よろしく」


握った手は今日出会った誰よりも分厚かった。まるで革の手袋でもはめているんじゃないかと思うほどだ。よくよく、見ると彼の爪はピンク色ではなく、若干緑がかかった色をしていた。

そして、改めて彼を真正面から見た。

さっきは火傷ばかりに目がいっていたが、彼の顔立ちはどことなく違和感があった。

目鼻立ち自体は整っているし、顔の輪郭もやや四角気味だが決して悪い顔ではない。火傷さえなければ、きっとモテる顔だろうとは思う。

だが、何か違和感があったのだ。その違和感の正体を探る間も無く、ボブズが話しかけてくる。


「へぇ、あんた。俺の手を握れるんだな。教会に『神魔法』なんて認定されてるのに」

「え?それって、どういう意味?」


ボブズの言葉は少し棘がある言い方だったが、こちらとしてはその態度に反応する余裕はなかった。いきなりそんな敵対するような物言いをされて面食らっていたのだ。

そして、今日の僕は思い当たる節が多すぎる。


僕が何かしたのだろうか?都会では当たり前の風習をすっ飛ばしたとか?もしかして、ドアのノック回数が間違ってた?傷跡は確かにまじまじ見たけど、そんな風当たりが強くなってしまうようなことなんだろうか?それともやはり、廊下での一悶着が原因なのだろうか?


頭の中で疑問が渦巻いていた。

だが、ボブズもまた、僕が困惑している様子に困惑しているようだった。

そして、何かの結論に至ったのか、唐突に「あっ」と声をあげた。


「おまえ・・・もしかして、教会とかで説教受けれない奴だったりしたのか?」

「ああ・・・恥ずかしながら」


また、それだ。

どうやら、世界の常識というのは教会が教えてくれていたらしかった。

こんなことなら、剣技や魔法の習得にだけに固執してないで他のことをいろいろしておけばよかった。


「『神魔法』なんて認定受けてたのに?」

「逆になんか、駒に使われそうで避けちゃってて」

「じゃあ、全然神様のこと知らねぇの?」

「恥ずかしながら・・・」


ボブズは突然、大口を開けて笑いだした。だが、それは先程の含みのあるようなものではなく、純粋で快活な笑い声だった。


「ハハハハハ、あぁ、おっかし・・・へぇ・・・そうかそうか」


そして、ボブズは嬉しそうに握手したままの僕らの手を上下に振った。


「じゃあ、俺と握手できるのもまぁ納得だな」


いつのまにか、さっきまで感じていた彼の険が霧散していた。


「えと、バイン・・・」

「ボブズでいいよ」

「じゃあ、ボブズ。君と教会になんの関係があるの?」

「そりゃ、教会は人間とエルフ、それからドワーフ以外の種族を全部『魔族』にひっくるめちまってるからな。俺みたいな善良な『オーク』は困ってるわけよ」


頭の中で言葉を反芻する。


「え?」


唐突な情報に僕の頭は一時停止に陥っていた。


「えっ?ええ?」


困惑を隠せない僕の様子を見て、ボブズは再び大笑いだ。

そして、僕はその時に彼の顔の違和感の正体に気が付いた。

歯が上向きについているのだ。

人間は基本的に上の歯が下の歯の前に出るような構造になっている。そのため、出っ歯の人はいつも上の歯が目立つ。それに対して、彼は下の歯が前に出ているのだ。だから、口を開いた時に上向きの八重歯がやけに目立って見えていた。


ボブズはあまりに笑いすぎて、眼尻に涙を貯めながら、言った。


「お前、ほんっとうに教会に行ったことねぇんだな!ガキの頃なにしてたんだよ」

「剣技と魔法の稽古、あとは店に出て次々来る患者の怪我を治してばっかり」

「日曜のミサは?」

「できるだけ店番してた」

「聖人様の誕生日は?」

「家族でキャロットケーキを囲んでた」

「成人の儀は?」

「めんどくさくて、家の裏で素振りしてた」

「なんでそんなに毛嫌いしてんだよ!悪の組織でもあるまいし」


ボブズはまたもや大口を開けて笑っていた。


「そうかそうか、そんな奴がいるのか、そりゃ『オーク』にもびびらねぇわ」


鬼人オークと彼は自分のことを言っている。

だが、僕の中の『オーク』のイメージとはまるで違っていた。

『オーク』といえば、緑色の肌に醜悪な顔、武器は棍棒で知性はゼロというのが相場ではないか。

ところが、目の前の少年は確かに爪の先とかは緑がかっているが、肌は青白い程度だし、顔も傷はあるが普通だ。武器なんか彼の持ち物のどこにもないし、治癒魔法師科に入学している時点で知性はトップクラスなのだろう。


「ん?どうしたよ、あっ、もしかして俺が『オーク』って知って今頃ビビりだしたか?って、なわけねぇか」

「あの、えと・・・ボブズは本当に・・・」

「えっ、わかんねぇの?俺は『オーク』だよ。ほら、見ろよ、下の歯が前だろ」


ボブズは頬を引っ張り、自分の歯並びを見せる。

やっぱり、それが鬼人オークの特徴らしかった。


「あとは血でも見せるか?しっかり緑色だぞ」

「えっ!『オーク』ってそうなの!?」

「なんだお前、そんなことも知らないのか?よくそれで、首席合格なんかできたな。って、入学試験でそんなこときいたりしないか」


ボブズは呆れたように目を瞬き、そしてまた笑い出した。

しかし、気持ち良さそうに笑う奴である。


いや、そんなことは置いておいて。


やっぱり自分は常識が極めて欠けているようだった。

4歳から狭い田舎の中で暮らしてきた事実を思い起こしても、エルフもドワーフも獣人も鬼人も見たことなかった。しみじみと、僕が住んでいた街は田舎だったんだと思い知らされる。

僕はエルフやドワーフといった『亜人』のことは家族や友人の話を聞き、それに前世の記憶を合わせてだいたいの想像していたに過ぎなかった。

むしろ、前世の記憶のせいで変に先入観みたなものができているらしい。鬼人に限らず、教会に関してもそうだ。


今度、聖典を読み直そうと心に誓う。


ボブズはようやく握手していた手を離してくれた。

彼はそのまま床を擦って移動し、ベッドに腰かけた。

目線の高さが同じになり、彼の黒い瞳が楽しそうに輝いているのがよく見えた。


「お前さ、『神魔法』なんて認定されてるし、あのエルフのお嬢さんとも仲よさそうにしてたからさ。ガチガチの教会信者だと思ってたんだよ。それが、この・・・くはははははは!思い出しただけで笑えてくる!」

「あぁ・・・なるほど」


確かに僕の治癒魔法を認定したのは教会だ。

傍から見ると、僕は教会の手先のように見えるわけだ。

そりゃ、鬼人オークの彼からしたら警戒するにこしたことない相手だ。


「だからさ、お前が握手に応じた時はびっくりしたぞ。あいつら、俺や獣人なんか討伐対象ぐらいにしか考えてないからな。仕込み針でも打ち込まれるんじゃねぇかと」

「世間ではそんな状態なの?」

「そうだぞ。もちろん、我らが国王陛下は鬼人オークも獣人もすべからく我が国民って言ってくれてる。つまり、国民なんだから税を払えってな」


僕の方も乾いた笑いがこみ上げる。

税金の取り立てってのはどこの世界も変わらないらしかった。


「って、俺のことなんかどうでもいいんだよ!帝都にいりゃあ嫌でも学ぶ機会はあるんだから。それより、『神魔法』って奴を見せてくれよ。お前が教会側の人間じゃねぇなら俺に使っても問題ねぇだろ?」


ずいと、身を乗り出してくるボブズを押しとどめる。


「いやいや、昼間に教室で見せたじゃない」

「あん時はほれ、獣人相手にするんだったら、適当な治癒魔法しかしねぇだろうと思ってたし。正直、ついさっきまで、幻視を見せる魔法かなんかで誤魔化してたと思ってた」

「あのねぇ・・・」


いくら偏見があるとはいえいくらなんでも酷くないだろうか。

というか、教室内での僕の評価って今そんなもんなの?


「幻視と言えば、廊下の決闘も『あれは幻視の魔法ダァ!』って貴族の奴ら騒いでたぞ。さすがにそれはねぇと俺は思ってたけど、何人か信じてたみたいだ」

「冗談でしょ・・・」

「だってよ、ドワーフ娘が防いじまったから威力もわかんねぇままだったしさ」

「それは・・・そうだけど・・・」


ちなみに僕は幻視の魔法を使うだけならできる。

土の中から幻惑成分を練り上げて風に乗せて相手の呼吸に乗せるという少々複雑な魔法だ。

だが、欠点だらけで異様に使いにくい。吸わせないと効かないということは、少しでも強い風が吹いて散ってしまえば効果が出ないということだ。当然、外じゃ使えないし風魔法で防がれてもアウト。強引に口の中に突っ込んで流し込んでも、体内から風魔法で吐き出されればやはり効果なし。極論を言ってしまえば鼻と口を覆われたら効果がないのだ。魔法の濃度をあげた風を流すなんて方法をとった魔法師がいたらしいが、幻惑成分が砂みたく固まって、一切飛ばなかったらしい。


だから、教室での治癒魔法はともかく、あの暴風吹き荒れる『竜の精霊』を幻視で見せるのは不可能なのだ。


「それって、無理でしょ」

「まぁ、無理だけどさ。幻視魔法なんてマイナーな魔法の詳細を詳しく知ってる奴はそういないしな」

「マイナーだったんだ。あれ」

「そりゃそうだろ。欠点だらけだし」


それでは、今日僕がやった一連の騒動は僕のクラス評価をあげる目的には何の関与もしてなかったってことではないか。しかも、幻視だと疑われているなら過小評価されてる可能性まである。

内心で少し落ち込む僕をよそにボブズはさらに身を乗り出してきた


「まぁまぁ、そんなことより。見せてくれよ、『神魔法』」

「ああ、うん・・・いいよ」

「おっしゃ!」

「って!刃物を持ち出すなぁ!!君らはいつもいつもいつもどうしてそう極端なのさ!」


今日まともに傷を見せてくれたのはラックだけではないか。


「えっ、でもよ。目新しい傷なんかねぇし。あっ、尻にデキモノできてんだけど」

「やらないからね!」

「ヤらねぇか?」

「やらねぇよ!!」


僕の言葉遣いもボブズに引きずられて少し荒れてきた。


「だいたい、なんでみんな刃物持ち歩いてんのさ」

「これは、鬼人が親から子に渡す成人の証みたいなもんだ。銀の刀身と柄に赤玉ルビーの加工品をだな・・・・」

「そんな大事なもんを自傷に使うな!!」


結局、そのうち講義かなんかで見せる機会があるだろうということで納得してもらった。


「まぁ、いいや。とりあえず改めてこれからよろしくな」


彼はそう言って、手を差し出した。

さっきのこちらを威圧するかのような出し方ではない。

今度は僕も躊躇うことなく彼の手を取った。


「こちらこそ。よろしく」


僕らは改めて握手を交わす。


入学初日はあまり上手くいったとは言えなかったが、少なくとも話せる友人ぐらいは出来たようだった。

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