表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/60

爆発感染 E

教会という差別主義の総本山。


ボブズやラックが見つかればただでは済まない。


だが、今は保護を受けられる場所はここしかないのだ。

僕らの選択肢は眷属が徘徊する夜道を駆け抜けて王城か学園まで突っ走るか、この教会の片隅で膝を抱えて座り込むしかなかった。

しかし、今度は極光騎士団の護衛が付くわけもない。

僕やルルはもとより、耳と目にまだ麻痺の残るラックを連れて走るのはほとんど不可能であった。


僕らは覚悟を決めて、教会の大扉を潜り抜けるしか道はなかった。


極光騎士団の人達もその辺りは察してくれているようだった。彼らは僕らより先に気絶した貴族達を運び込み、声をあげている。


「この人はエルメット伯の息子だ!丁重に扱ってくれよ!」

「おい、この人はかのガンドレッド卿の御子息だぞ!もっといい場所に寝かせてやれ」

「貴族共の為に場所を開けてくれ!俺達が後で文句を言われるのは勘弁願いたいんだ!」

「さっさとしろ!こっちは今すぐにでも戦線に復帰しなきゃならないんだ!!」


極光騎士団の人達は口々に中で働く神父達や誘導する修道女などを一時的に混乱させてくれていた。


「みんな、今だ・・・くれぐれも気を付けるんだよ」


フィナンさんの静かな声に促され、僕らは貴族達を担ぐ極光騎士団の脇を通り抜けて教会の中へと滑り込んだ。脇に抱えたラックはしゃくり声をあげつつも、しっかりとした足取りを保っていた。下手に重病人の様相を見せて神父達に目をつけられたくなかった。

ボブズもベゴッドさんから譲り受けた襤褸のフードを被り、ルルに促されるようにして中に入っていった。


教会の中はまさに野戦病院さながらの有様であった。

広い講堂の椅子は既に片付けられ、所せましと毛布に並べられている。その一つ一つには患者が寝かせられ、うめき声をあげていた。


「うぅ・・・あぁああ・・・」

「痛い痛い痛い!助けてくれぇ!」

「苦しい・・・なぁ・・・俺は死ぬのか?」


うめき声をあげる人、痛みに叫ぶ人、絶望にのたうつ人。

その誰もが、身体から血を流し傍にいる聖職者に縋りついていた。

僕らはそんな彼等の間を通り抜けて奥へと進んでいく。


「全ては神の御心です。祈りましょう・・・」

「神の奇跡を信じてください。今から祈りを捧げます」


神父が患者の隣に膝をつき、血が噴き出す傷口に手を当てて治癒を行っていた。もちろん浄化魔法によるヴァンパイアの毒素の除去も平行して行われている。


だが、その手法は魔法学園で習ったものとは酷くかけ離れていた。


浄化魔法は体内成分に近い水に溶かしこんで血液に流し込むのが一番効果的だ。だが、彼等はそれを『聖魔法』と称して祈る患者の頭に手を置いて魔法を流すことしかしない。確かにそれでも効果は見込めるが、素早い処置が必要とされるヴァンパイアの毒に対してそんな悠長なことをしている時間はないはずだ。しかもその後に逐一神に祈りを捧げる始末。

単なる傷の治療だって、始める前と後に一体何分かける気だ。その間にも他の患者は血を流して死にかけている。

すぐに次の患者の治癒を始めなきゃならないはずなのに、誰も見たことのな神になど祈りを捧げている場合だろうか。


僕は必死の思いで奥歯を噛み締めた。


僕であれば、僕の『神魔法』であれば、せめて出血が酷い患者だけでも救えるのだ。

『血の魔法』を受け肩を貫かれている男性。逃げている最中にどこかでひっかけたのか、大腿が抉られてい泣いている子供。眷属と交戦したのか全身が傷だらけの警備兵。


僕であれば血を止めるだけならできる。


小さな傷を治癒するのですら30分以上の時間がかかるこの世界で僕の魔法は破格の速度を誇る。

今この瞬間も大量の血を流して死にかけている患者がいる。


それを僕であれば、救えるかもしれない。


「・・・・・・・・・」


だが、僕はそんな患者の間をただ歩くことしかできなかった。


ラックの頭を覆い隠し、ボブズが誰かに見つからないかと神経を張り巡らせ。

僕はうめき声をあげる患者を無視して、ただ自分の友人の安全が見込める場所までは何も目の中にいれまいと歩いていく。


「くそ・・・くそ・・・くそっ・・・」


噛み締めた歯の隙間から悪態が漏れる。


そんな僕の様子をラックが見上げていた。


彼女の顔には笑顔など浮かんではいない。彼女とて気持ちは同じであった。

ラックは浄化魔法を使える。

ここにいる仲間達の誰よりも上手に患者の体内に浄化魔法を送り込むことができる自負があった。


だが、教会でそんなことができるはずもない。


そもそも、教会は浄化魔法を『聖魔法』として呼称し、その使用法について克明に聖書に記してあるのだ。

神の奇跡である『聖魔法』を水魔法に混ぜて体内に流し込むなど彼等にとっては聖書への冒涜も良いところである。


ここでそんな魔法を披露すれば、叩き出されるだけなら御の字だ。

地下牢の中に放り込まれて裁判を待つ身になれればまだ救いがある。

その場で処刑される未来がラックには見えていた。


ラックだけではない。ボブズもルルもベクトールもこんな場所で自分にできることが少しなりともあるのだ。それなのに、彼らは動き出すことができない。


人種という枷が、文化という楔が、彼らの手足を雁字搦めに縛り上げる。


「アギー・・・こっち」


名を呼ばれ、僕は顔をあげた。

この騒がしい中でもベクトールの声は確かに僕らの耳に届いていた。

ベクトールは講堂の奥にある廊下の方から僕らを呼んでいた。


そこに向かうと、そこにはこの眷属が溢れる夜の世界からいち早く逃げ出してきた人達が座り込んでいた。

傷を負っている人はほとんどおらず、いたとしても擦り傷や切り傷程度だ。


この廊下は眷属には接触しなかった人達が身を寄せ合う場所のようだった。


ベクトールはその奥に僕らが座れるだけのスペースを見つけてくれていた。

僕らはヴァンパイアの出現とう恐怖に押しつぶされそうになっている人達の隣を歩いていく。

誰しもが絶望し、必死に神への祈りを捧げていた。


実際にヴァンパイアを目撃した僕からしてみれば、そんな彼らはあまりにも滑稽だった。

ヴァンパイアを見た時の胸の奥底まで射抜かれるような恐怖を味わった後では、そんな人間の小さな願いなどあまりにも陳腐でしかなかった。


それでも、彼らにとってはそれだけが唯一の藁なのだ。


爆発感染が始まった以上。この世の闇は全てヴァンパイアの領分だ。

松明が作る小さな影も、窓から差し込む月の影も、一般人にとっては等しく恐怖の対象だ。

今にも自分の影からヴァンパイアが湧き出てくるかもしれない。隣にいる人が実はヴァンパイアで、今すぐ襲ってくるかもしれない。


それらの恐怖をなんとか自分の中で押しとどめ、理性を保ち続けるには祈りの存在は必要だった。


それは僕らとて同じだ。


差別という許し難い挙行の場でありながら、ここは聖職者の集った安全地帯でもあるのだ。

こんな場所でありながら、安堵の気持ちは確かに僕らの胸を包んでいた。


僕はラックとボブズをベクトールの見つけてくれた隙間に押し込み、彼らの前に腰を降ろした。

貧民街から走り通しだった足腰には乳酸が溜まっており、膝をついたというのにまだ震えが続いていた。

冷たい石畳に臀部に籠った熱を吸われてながら、僕らはようやく大きく息をつくことができた。


だが、それは避難地にたどり着いたことによる安心感とは程遠かった。


「・・・・・はぁ」


ボブズが小さくため息を吐きだした。

それは安堵のため息とは程遠い、何かを諦めたかのような吐息だった。


「・・・なんだろうな・・・本当・・・なんだろうな・・・」


ボブズはそう言って手の中で小さな水球を作り上げた。


「なんにも・・・なんにもできやしねぇ・・・」


耳の奥にさっきの鬼人の泣き叫ぶ声がまだこびりついていた。


声をあげていたのは鬼人の男性だった。彼の腕の中には緑色の血を腕から滴らせている子供が力無く横たわっていた。彼等がどうなったのか僕らは確かめる術はなかった。

ただ、出入り口から蹴りだされてくることはなかったので、この教会の中のどこかにはいるのだろう。

だが、彼らが安全な寝床を提供してもらっているとは到底思えない。


「せっかくよ・・・勉強して・・・魔法覚えて・・・必死に努力して・・・なのに・・・なのによぉ・・・」


泣きそうなボブズの声。俯いた彼の表情はフードに隠れて誰にも見えない。

悲劇の主役にはなりたくない、とボブズは言っていた。

自分の舞台は自分で決める、と言っていた。


だが、こんな極限状態の夜に他人の脚本で踊らされる鬼人の姿を目の当たりにして笑顔を保っていられるだけの精神力はボブズには残っていなかった。


ボブズは力無く水球を握りつぶす。


魔法で作り上げた水が散り、すぐさま大気の中に消えていく。


「情けねぇ・・・情けねぇ・・・」


ルルがそんなボブズの頭に手を伸ばしていた。

隣にいるラックがボブズの手を力強く握っていた。

ベクトールがボブズの濡れた手を拭いていた。


僕はただボブズの涙を誰にも見せまいと、彼のフードを抑えていた。


きっと彼は誰にも泣き顔を見せたくないはずだから。


何もできないと嘆く僕ら。


だが、どんな世界でも不幸な偶然というものは得てして重なるものであった。


「もしかして・・・アギリアくん?アギリアくんじゃないか!『神魔法の少年』のアギリアくんじゃないか!!」


僕は全身に鳥肌が立ったのを感じた。


「・・・・・・・・・」


全身に怖気が走る。周囲の声がいつの間にか静まり返っていた。


僕は自分の呼吸が恐ろしく浅く、速くなっていくのを自覚した。

心臓が今までとは比較にならない速度で早鐘をうっていた。全身に焦燥による熱が走り、汗が噴き出る。


僕は目だけでゆっくりと周囲を見渡す。


隣にいる髭面の男性が僕を見ていた。反対側にいる恰幅の良い女性が僕を見ていた。その向こう側に座る若い男性が僕を見ていた。近くを通りかかった修道女が僕を見ていた。焦燥した顔で水を飲みに来た神父が僕を見ていた。


「・・・・・・・・・・」

「アギリアくん!アギリアくんだろ!覚えていないか!僕だ!君に怪我を治してもらったことのある・・・頼む。妻を・・・妻を救ってくれ!!」


手が震えていた。


足が震えていた。


耳の奥でザイラル先生の言葉が鳴り響いていた。


『運が良かっただけの小僧が調子に乗るなよ』


神から貰ったチートの代償を払う時が来たのかもしれない。


僕は麻痺していく頭の片隅でそんなことを思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ