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爆発感染 B

強烈な光が闇を払う。


「・・・まったく、俺も焼きが回ったな。まさか、こんなド素人共が近くにいることに気が付かないとはな」


僕の耳にそんな声が聞こえてきた。


強い光に目を細めながら僕は顔をあげた。

眩しい光に満たされた空間。真っ白な部屋に閉じ込められたような錯覚を受ける程の眩しさに目を慣らす。

それらを乗り越え、僕が見たのは光り輝く結界と襤褸を纏った鬼人の横顔だった。

周囲に目をこらせば、それらの強烈な光を前にしてヴァンパイアの眷属達が手をこまねいていた。


「・・・これは・・・光の魔法?」


僕の呟きが聞こえたのか、その鬼人が振り返る。

鍛え上げられ、余計な肉の無い精悍な顔が僕を見てニヤリと笑った。


「そうだ。一時的な結界だ。『血の魔法』しか使えんヴァンパイアの眷属共ならこれで十分だ」

「・・・あの・・・あなたは一体?」

「俺か?俺は・・・まぁ・・・こんなドジ踏んだ後に名乗りたくはないもんだが・・・」


そのヒトは素早く詠唱を行い、空に向けて掌を向けた。

彼が光魔法を放ち、夜空に赤い光が三つ放たれた。


「俺は極光騎士団団員ベゴッド=ダン。安心しろ。極光騎士団の光は世界の末端まで照らす。お前達は安全にお家に帰してやるからな」


ベゴッドさんはそう言って弾けるような笑みを見せた。


それを見て、僕の胸に安堵が一気に広がった。張り詰めていた緊張感が溶けだし、意識を失いそうな程に力が抜けていく。


もう、戦わなくていい。死ななくていい。

まだ震えが止まらない身体にその事実が染みわたっていく。


直後、ベゴッドさんの隣に複数の人達が降り立った。


「ベゴッド、これは一体どういうことだ?」

「すまねぇ。ちょいとドジ踏んじまった・・・爆発感染パンデミックの始まりだ。ヴァンパイア本体はおそらく帝都中心に向かっている。ここにいる眷属共もせいぜい半分かそこらだろうよ」

「最悪だ。最悪の結果だ」

「ああ、まったくだ・・・だが、起きちまったもんは仕方ねぇ。月が沈むまでなんとしても帝都を守りぬくしかない」


彼等はそれぞれ詠唱を開始し、光魔法を放っていく。眷属達が強烈な閃光に貫かれていく様が眩い光の向こう側に見えていた。


「一体・・・どうなってんだ?」

隣のボブズが顔をあげて目を細めていた。


「・・・私達・・・助かったんですか?」

ルルが茫然と呟く。


「多分・・・そうだと・・・思う」


僕がそう言ったのを聞き、下にいた女子達もゆっくりと顔をあげた。

皆の目が光魔法を放っていく大きな背中へと吸い寄せられていく。


結界を保つために両腕から光を放つベゴッドさんをはじめ、両腕に光の矢を番えたボウガンを持つエルフの男性。巨大な光の杭を投げ槍のごとく投擲していくドワーフ。光球を展開し、次々と放っていく人間。

僕らが束になっても敵わなかった眷属達が次々と打ち倒されていく。

それでも状況は多勢に無勢。いくら光の結界の中で守られているからと言っても、周囲にいる眷属達は一向に減っているようには見えなかった。


その時、一本の血の槍が結界の光に半ば焼かれながらも、僕らの方へと放たれた。


「うわっ!!」


僕が反射的に飛びのこうとした時には既にその槍は極光騎士団の光槍に叩き落とされていた。


「ベゴッド!結界が甘いぞ!!」

「うるせぇよ。こちとら二つも維持してんだぞ!!文句があんならどっちか代われ!」

「断る。私の光魔法がお前の結界術に匹敵するとは思っていないのでね」

「・・・ったくよう!!増援は?これ以上は来ないのか!?」

「貧民街から溢れ出てきた眷属の対処に回っている。向こうも手が足りんだろうな・・・早くここを突破したいところだが・・・」


今度は光の結界の中に眷属が自ら侵入しようとしていた。全身の肉体を焼かれ、血を沸騰させてなお光の中に入り込み血の魔法を放とうとする。

その狙いはやはり僕らの方だった。


「くっそが!『闇の精霊』に関わってるアンデットは碌なのがいねぇな!!」


ベゴッドさんが結界を強め、眷属を結界の中で蒸発させた。


「弱い奴から先に狙うような真似しやがって・・・」


極光騎士団の人達が僕らの方を一瞥し、位置を確認していた。

彼らは後方に決して攻撃が飛んでこないような位置取りを意識して戦っていた。


彼らは眷属と戦いながら僕らを守る余裕もあるのだ。


僕は唇を噛み締める。


「また・・・足手まといだな・・・」

「・・・お前だけじゃねぇよ」


隣ではボブズもまた悔しそうに俯いていた。


「なんにもできねぇのはアギーだけじゃねぇ・・・俺だってそうだ。どんだけ魔法の技術をあげても、どんだけ身体を鍛えても・・・戦士としても、治癒魔道士としても・・・全部足りねぇんだ・・・まだまだ、足りねぇんだ」


眷属に囲まれ、死を覚悟するしかなかった僕ら。

自分の無力感が否応なしに突きつけられる。


僕だけではない。ルルも、ベクトールも、ラックも、目の前で繰り広げられる本物の魔法騎士団の戦いを前にして自分達の未熟さをただ噛み締めていた。


「ベゴッド・・・思ったより数が多い。ここで私達が足止めされるのはまずい」

「ああ、本当にキリがねぇ・・・あのヴァンパイア、どんだけ眷属を増やしてんだ・・・」


ベゴッドさんは僕らを一度振り返る。


「お前ら!立てるか!?」


不意に声をかけられ、折り重なった僕らの身体がビクリと震えた。


「え・・・あ・・・」

「悪いが俺達はこんな敵陣のど真ん中で囲まれてる暇はねぇ!これ以上被害を拡大させないためにも、帝都中央の守りに入らないといけねぇんだよ!!かといって、てめぇらを捨ておくわけにもいかねぇ!!だったらてめぇらと一緒に走って逃げるしかねぇんだよ!!」

「走る?」


僕は思わず結界の外側を見た。

前世で見たゾンビ映画さながらにヴァンパイアの眷属達が迫ってきている。


この中を走って逃げる?


僕は先程消えたはずの震えがまた再燃してきた気がした。


だけど・・・


「・・・・・・・・」


僕は自分が抑え込んでいるルルの頭を見下ろした。その隣にはベクトールの堅い髪質のツインテールが広がり、二人の下にはフードに隠れたラックの後頭部がある。


これ以上、カッコ悪いところを見せるわけにはいかない。


それは僕の中に残った最低限の矜持だった。


こんな世界に産まれ変わって、ヒトより素晴らしい力を授かって、それでもこうして世界の悪意と敵対するたびに震えて何もできない自分を突きつけられて。


あまりにも情けない。


だから、もうこれ以上無様を晒してたまるものか。


僕は歯の根が合わない奥歯を噛み締めて震えを止める。

身体を起こし、笑う膝を叱咤する。


顔を上げろ、前を見ろ、胸を張れ、足に力を込め、ケツの穴を締めろ。


僕は自分の気力を総動員して、二本の足で立ち上がる。


全身が震えていた。恐怖に身がすくんでいた。

それでも僕は立つ。何も為すことができずとも、僕はまだ折れちゃいない。


「・・・ふん、いい顔だ」

「・・・・・・」


恐怖を飲み込み、意地と矜持で両足を支える。

次に踏み出す一歩に名前を付けるとしたら、それは『勇気』だろう。


僕は友人達を振り返り、震える手を差し出した。


「・・・た、立てる?」


最初にその手を取ったのはボブズだった。ボブズの手からも震えが伝わってくる。


「・・・行くしか・・・ないんだな」

「多分ね・・・」

「なら・・・走るさ。親からもらった両足はまだ食われちゃいない」


そんな僕らに触発されるように、ルル達もまた身を起こそうとする。

僕らは彼女らに手を貸して、立たせる。


ルルは何度も深呼吸を繰り返していた。

ベクトールは何かに祈るかのように目を閉じていた。

ラックは目と耳の痛みがまだ残っているのか、人一倍疲労しているようだった。


僕はそんなラックの肩を支える。


「ラック・・・走れる?」

「・・・うん・・・」


ラックは一際強く目を閉じて頭を振る。

彼女が目を開いた時、充血した瞳が僕を見る。


「走るよ・・・走って・・・帰るよ・・・」


ラックの視線が「支えなくていい」と訴えていた。


「ダから・・・私も・・・一緒に立つ!」


肩を並べてラックも立つ。その背中にボブズが張り手を叩きつける。


「ぬわっ!」

「ラック、無理はするなよ」

「・・・大丈夫だ。ボブズこそ、コこで転んだら一生馬鹿にしてやる」

「ははは、そいつは嫌だな。ルルもベクトールも今の聞いてたか?ここで下手こいたら、生涯笑いもんだ」


ルルが息を整えて頷いた。ベクトールが目を開いて前を見た。

僕らは極光騎士団の人達に向き直る。


「・・・走れます!!」


僕がそう言うと、ベゴッドさんは口元に笑みを浮かべた。


「おいベゴッド、こいつらはどういう集まりなんだ?」

「さぁな。ただ・・・帝都の人間も案外捨てたもんじゃねぇってわけだ」


極光騎士団の人達は一時的に魔法を中断する。ベゴッドさんの作り出す結界に防御を任せ、走るルートを確認し、僕らが本当に走れるのか再度聞いてきた。

僕らは幾度となく頷き、自分達の覚悟を何度も言葉にした。


「よし・・・ならば、信じるとするか・・ベゴッド、お前が殿しんがりを頼むぞ。フィナンが先頭だ。こいつらに怪我を負わせたら減給だぞ」

「そいつは困るな。なら死ぬ気で守るか!」

「さて、ベゴッド、向こうはどうなってる?」

「ああ、貴族さん達のほうの守りか。全員もれなく気絶してるみたいだ。ってなわけで、向こうの人員は全員運送屋だ。主戦力はこっちしかいない」


その情報は極光騎士団の人達の頭痛の種でしかなかっただろうが、僕達にとっては逆に気分を落ち着けるものだった。


「少なくとも、そこまで無様は晒さずにすんだね」

「・・・ああ、まっったくだ」


僕とボブズはそう言って笑い合った。


とはいえ、僕らだって恐怖で失神する一歩手前だった。

ただ、その一線を越えるかそうでないかは大きな違いだ。

少なくとも、今僕らは自分の足で立っている。


そして、極光騎士団の人達が長い詠唱に入る。

強烈な光魔法で近くにいる眷属達を吹き飛ばし、その隙に結界を解いて走り出す手はずになっていた。


「そこの少年少女達。靴紐はほどけてないか?筋は念入りに伸ばしたか?」


ベゴッドさんに言われ、僕らは頷く。

結界の中央に立ち、誰の後ろについていけばいいのかを仲間達と確認し合う。


「さて、行くぞ!!足が千切れるまで走れ!!」


僕らは強い光に備えて目を閉じる。

不意に僕の手が誰かに捕まれた。


それが誰の手かはわからない。だが、その手が不安に震えていることだけはわかった。


だから、僕はその手を強く握り返した。それに応じるように握った手から力が帰ってきた。


次の瞬間、瞼を閉じていてもわかる強い光が目の奥に届く。


「走れ!!」


ベゴッドさんの怒鳴り声を聞き、僕らは一気に駆け出した。


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