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入学初日 B

授業の説明が終わった後は、広大な校舎の案内だ。

一週間前から他の生徒より早く寮に入っていた僕には校舎の案内は既に不要であったけど、一人で他のところに移動するわけにもいかない。

僕は人の列に乗せられるようにして校舎の中を歩き回っていた。


「ここが研究室の集まっている棟だ。授業は基本的に移動教室、講師がそれぞれ持つ教室に移動して授業を受けてもらう。各教室で注意事項がやや異なるため各自確認しておくように」


引率しているのは随分と体躯のしっかりした女性だった。

目線が鋭く、背が高い。栗色の髪は短く切りそろえられており、服装は普通のシャツに革の上着を羽織っていた。やや威圧的なしゃべり方と相まって魔法師というよりも、騎士や傭兵だといわれた方がしっくりとくる。


「あの人も治癒魔法師なんでしょうか?」

「多分そうなんじゃない?」


隣のルルにそう答えながら、僕は集団の後ろから首を伸ばしていた。

前を行く集団から少し離れ、僕たち二人は列の最後尾を歩いていた。


「それより、すみません。一緒にいていただいて」

「そんなの気にしないでいいよ。エルフの姫君のお供ができるなんて光栄なんですから」

「まぁっ・・・ふふふ」


ルルは鈴を転がしたように笑った。

控えめな笑い方ひとつとってもその気品がにじみ出ているのは、やはり育ちの良さなのだろう。


「なにか?」

「あっ、いや、なんでもないよ」


「その顔に見惚れていた」なんて言えるほどに僕は厚顔にはなれなかった。


それにしても・・・


僕は前を行く集団を見る。彼らは時折、後ろを警戒するかのように振り向いてくる。そして、ルルや僕と目が合いそうになると慌てて前を向くのだ。

ルルが自己紹介をした時の悪意のある空気は決して気のせいではなかったようだった。


そして、その中には明らかな悪意のある表情を隠そうとしない奴らもいた。

そういった輩はだいたたいが青い瞳と銀髪のやつらだ。それが、この国の貴族の特徴的な容姿であることは田舎から出てきた僕でも知っている。

ああいう態度を見ると、剣の師匠が何度か訓練の合間にぼやいていたのを思い出す。


『今の貴族連中は排他的な連中が多い。お前が魔術学園に行くなら気を付けておくといい。奴らは自身の利益や一族の名誉なんかを度外視してでも自分と異なる考え方の連中を押しつぶそうとしている。できるだけ関わらないようにすることが利口だ』


僕は口の端でほくそ笑んだ。


『師匠、どうやらそういうわけにもいかなさそうですよ』


ルルがどうしてこんなに拒絶されているのかは知らないけど、僕には関係のない話だった。

彼女はこの学園でできた最初の友人だ。人との関係は大事にしたい。

それに、ルルの隣にいれば孤独なんてことは決してないのだから。


「ここが食堂だ。以上で校内の説明を終える。わからないことがあれば、関係者に聞くといい。あとは使っているうちに覚えるだろう。本日のカリキュラムはこれで終了だ」


鬼軍曹のように『解散!』と叫び、その講師は生徒達の波の向こう側に消えてしまっていた。


「終わったのかな?」

「そうみたいです」


あまりに唐突な終了宣言に途方に暮れる。

それは、どうやら僕たちだけではなかったらしく、取り残された生徒達が右往左往していた。


「とりあえず、食事にする?」

「そうですね、せっかく食堂の前なのですから・・・」


そんな時だった。


「さっさと森に帰れよ、『白河童』」


静かな廊下に声が響いた。

そして、隣のルルの肩が不自然に揺れた。


「・・・河童?」


僕は聞きなれない単語に疑問符を浮かべる。

河童といえば前世である日本にいた妖怪のことだ。この世界では使われている言語が違うはずだったが、今の言葉の発音は紛れもなく日本語の『河童』だった。

だが、今疑問に思うことはそれじゃない。


生徒達の人垣を割るようにして、声の主が姿を見せた。

その姿はまさに貴族の代表といっていい出来栄えであった。

深い海のような青い瞳と、銀糸のように煌く銀髪を腰まで伸ばしている。鼻が高く、目は二重でやけに大きい。柔かな笑顔でも浮かべていれば、日本でも人気が出そうな顔立ちだ。だが、今のこいつには下卑た笑顔が張り付いていた。

彼は僕の隣にいるルルの前までゆっくりと歩み寄り、仰々しくお辞儀をしてみせた。


「これはこれは東の森のエルフ様、はるばるこんなところにお越しいただきありがとうございます。つきましてはさっさとお帰りになるために、我が家の資産で水路でも引きましょうか?もっとも、あの森から流れてくる水は臭いがきつそうなので、森を下流にさせていただきますけどね」


いくつかの忍び笑いが聞こえる。


「わざわざ、魔術学園に入学してくるなんて、エルフ様というのも随分と人が悪い。『白河童』は教会で磔にされて飾られる方が居心地が良いのではないですか?」


隣のルルの肩がまた不自然に揺れた。

『河童』

どうやら、その単語がルルの体をこわばらせているようだった。


「・・・おやおや、エルフ様は何も言葉を返してくださらない」


貴族の男はさらに一歩、ルルに詰め寄った。


「その綺麗なお顔はどうやって作ったんです?産まれてすぐに森の豚にでも舐めてもらえば出来上がるんですか?その緑色の瞳は木の葉をすりつぶして目に押し付けて色付けしたって本当ですか?金髪は小便で染めたとか」


ゾクリと背筋に粟が立つのを感じた。

魔法を使った時と同じような熱量が一気に体を駆け抜けた。


「・・・なんとか言ったらどうなんですか、この『しろ・・・」


何かをするより先に手が出ていた。

自分の目線の高さにある喉仏めがけて人差し指と親指の間を叩きつけた。


「かっ!!」


気道を強引に叩き潰して喉をふさぐ。下手すると命を奪う攻撃だが、自分には関係のない話だった。

壊れたら、後で治してやる。


「・・・っ・・・っ」


息もできず、声も出せない貴族のボンボンはよろめくように数歩あとずさり、喉を抑えていた。

追撃を加えようと、足を一歩前に出す。頭の中でこれから行う攻撃をシミュレートする。

まずは上段回し蹴り。そこから左裏拳に繋げて、最後に掌底でのアッパーを叩き込んで締めにしてやろう。


そのつもりで足を踏み込んだ時だった。


「や、やめてください!」


ルルに手をつかまれていた。


「私なら大丈夫です。大丈夫ですから、やめてください」


必死に止めようとすがりついてくるルル。

暴言を言われた本人がそう言っているならそこで鞘を納めるのが筋というもの。

だが、それをできるほどに『俺』は大人にはなりきれていなかった。


「黙れ、俺があいつを潰す」

「だ、だめです!そんなことしたら・・・」

「俺が怪我させたところは俺が責任を持って治してやるよ。だから・・・やらせろ」


握りしめた拳が怒りで震えていた。

真っ赤に染まった視界が、目の前の貴族の野郎をとらえて離さない。

奴を自分の持ちうる全ての技を使って痛めつけてやりたかった。

こういう瞬間に、自分の授かった治癒魔法という力を最高に嬉しく思うのだ。

自分のケツを自分で拭ける。やりすぎるということがない。


「かはっ、かはっ!ごほっ!お前、よくもこの僕に手を出したな。神魔法だかなんだかしらないが、所詮田舎者の分際が!」


その貴族は唐突に別の言語を呟きだした。古代語とも、魔法語とも呼ばれる古い言語だ。魔法を使う気だろう。発音と調子から炎系列の魔法だと推測がつく。その証拠に周囲の熱量が次第に増加していた。


「おうおう、やる気かよボンボンが・・・」


魔法師同士の決闘。のぞむところだった。

ルルを振りほどくようにして両手を合わせる。

治癒魔法と違い、普通の魔法を使うにはちょっとした集中力が必要だ。

そして、俺がもっとも気持ちを落ち着かせることのできる姿勢はこうやって掌を合わせた姿勢だ。なんだかんだ言っても、日本人であったころの習慣というのはこの身に沁みついているようだった。


口の中で唱えたのは風の系列の魔法であった。

火を相手に風を使うのははっきり言って不利だ。火はその熱で自分から風を生むために、こちらの風魔法の力が相殺されやすい。だが、水系列を使うのは負けたような気がして嫌だったのだ。

それに、俺がもっとも使い慣れているのが、この魔法だった。


「田舎者がただで済むと思うなよ」


貴族の野郎は自身の周囲に3つの火球を浮かべて、悪鬼のようにこちらをにらみつけていた。


「はっ!笑わせんな、その程度の魔法で俺に勝てると思うなよ」


詠唱が終わった時には、既に変化が起きていた。

廊下を一陣の風が駆け抜けた。

俺は自分の背に魔法を出現させる。魔力を集中し、風を集め『それ』は徐々に形を現していった。

最初は、ほんの小さな羽だった。それが羽化したての成虫のように大きく広がり、そして巨大な翼へと変化する。

それを見た瞬間の、貴族野郎の変化は随分と傑作だった。

自信に満ちていた表情が一変し、追い詰められた野兎のようになった。顔色は赤から青に、そして白へと変化していく。


「・・・ば、ばかな・・・」


後ずさる貴族野郎。

そして、俺の後ろでルルが呟く。


「・・・え・・・これって・・・まさか、竜の精霊・・・」


ルルがその『名』を出すのと、俺の背の『それ』が完成するのはほぼ同時であった。

魔法は大きく『火』・『水』・『土』・『風』に大別され、それぞれに精霊と呼ばれる存在がいる。精霊は決して形のあるものではなく、世界中のあらゆる場所に存在する概念のような存在だ。俺達は自分の血に流れる魔力を用いてその精霊に干渉し、魔法を使う。

その中でも俺が干渉した存在は精霊の中で上級のクラスに該当する、『竜の精霊』であった。


その羽ばたきは森を吹き飛ばし、口から響く咆哮で雪崩を止めたといわれる『風の竜』。

その亡骸が世界に散って精霊になったもの。

それがこの魔法の原点だ。


背にしたのは風で形づくられた竜の翼だった。それが存在するだけで、廊下に強風をまき散らし、轟音を響かせていた。

俺が試すように羽を動かすと、それに応じるように暴風が吹き荒れる。


「・・・ズタボロにしてやる」

「ダメです!!」


ルルの必死の叫びが聞こえた。


「本当にダメです!!そんな魔法を使ったら!あの人、跡形も残りません!!!」

「安心しろよ、加減はしてやる」


一歩、足を踏み出す。

すると貴族の周りに浮かんでいた火球が燃え尽きる寸前の蝋燭のように頼りなく揺れた。


「ま、待て・・・」

「待つもんか。風の刃で切り裂いて、そっから俺が治療してやる。そのあとでルルに謝罪しろ・・・したくないって言うなら、謝罪したくなるまで何度でも切り刻んでやる」

「わ、わかった・・・謝罪しよう。だから、魔法を抑えて・・・話し合いで」

「もうおせぇぇぇええええ!」


俺は鳥が羽ばたくように背をそらせ、翼を折り曲げた。

そして、翼を前方にたたきつけるように力を解き放った。

巨大な暴風の刃が廊下を駆け抜けた。


「う、うわぁぁぁぁああ!」

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