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魔族と呼ばれること C

「ヴァンパイの毒は体内に入って時間が経てば経つほどに不利になる。そこが他の毒と違うところだ」


ザイラル先生はそう言って、黒板に二本の線グラフを描いた。

一つは右肩下がり、もう一つは右肩上がりのグラフだ。ザイラル先生はまず右肩下がりのグラフを指した。


「通常、毒は取り込んだ瞬間が体内の濃度が最大である。そこからは肝が毒を消してくれるか、尿として出ていくかして減少していく。だが、ヴァンパイの毒は・・・増える」


ザイラル先生は右肩上がりに上昇する線グラフをチョークで叩いた。


「ヴァンパイの毒は体内に入った後、血を巡り、増殖をはじめ、いずれ致死量に達する。ヴァンパイアに襲われた者への対処は常に時間との勝負だ。進行を食い止めるには通常の解毒ではまず間に合わない。使うのは浄化魔法。それも、外から魔法を浴びせていてはやはり増殖の速度に追いつけない・・・そこで、血液内に直接流し込む」


ザイラル先生は瞬時に空中に水球を出現させた。


「水球を作り、血管に流し込む魔法は既に説明したな・・・以前はできる者が少なかったが、練習はしていただろうな?」


ザイラル先生はそう言って生徒達を睨みつけた。

僕の隣でボブズが「やべぇ・・・」と呟いていた。ボブズは水魔法や風魔法の分野がどうしても苦手のようだった。ちなみに僕はできるようにしておいた。多少は時間がかかったが。


僕らの中で水球を空中に維持しながら、数ミリの細さの水の流れを空中に伸ばして、その先を鋭利化して、人の腕の血管に刺して一定の速度で流し込み続けるという魔法操作の中でも極めて複雑な分類に入る作業を一発でやってのけることができた人はいない。

講義中になんとか中途半端に成功したのはラックだけだった。


あれから何度も練習し、ボブズの腕を穴だらけにして、何とか僕もできるようになったのだ。

僕も何度もボブズに刺されれながら練習台になった。それでもボブズの熟練度は低い。


前世であれば点滴で済んだことが、こっちの世界ではなんと難易度が高いことか。こういう時に文明の利器というのを実感する。

この世界でも作ろうと思えばできる気はする。牛の膀胱を水筒にして、蔦をくりぬいて管代わりする。中空の針はドワーフに頼めば作れるかもしれない。だが、そうやって苦労して点滴を作ったとしても、『衛生的』という点で魔法で作り出した水球に勝るものはない。


結局のところ努力するしか方法はないのである。


「まずは、水球の中に土魔法で必要な栄養素を溶かす。ここまでは前回と同じだ。そして、ヴァンパイアの毒の浄化に必要な魔法を注ぎ込んでいく・・・まずは、血液内に存在する毒を浄化する為の『ハイキュア』・・・・・ヴァンパイアの毒は肝臓に溜まりやすく、その為の『レジスケア』・・・・・そして脳を破壊されるのを防ぐための・・・」


ザイラル先生は口で説明しつつ、古代語を交えて水球の中に浄化魔法を放り込んでいく。そのたびに水球がわずかに白く光り、また透明な球体へと戻っていく。

それと同時にザイラル先生は風魔法で浮かび上がらせられたチョークで魔法の名称を黒板に書きつけていく。

水球に魔法を注ぐだけでも相当の難易度だというのに、そんな細かい芸当までやってのけるザイラル先生の化け物加減を目の当たりにした瞬間だった。


「これで全部だ・・・浄化魔法が5種類、体内の養分を保つ土魔法が2種だ。だが、実際はヴァンパイアに襲われたことでパニック状態にある奴も多く、『スリープ』も追加する場合が多いな」


ザイラル先生は何気ない仕草で『スリープ』の魔法を追加した。

水球の色が紫色に変化する。


「うわぁ・・・・・」


ルルが前の席で声をあげていた。僕も内心で諦めたようなため息をついていた。

ルルが街中で披露した魔法とは大違いだった。ルルは『スリープ』の力を安定させるために四苦八苦していたというのに、ザイラル先生はその色を一切動じさせない。


まだまだ、僕らが治癒魔法師になる道は遠いらしい。


「ヴァンパイアの毒は加速度的に増加していく、こうやって作り上げた『浄化魔法の塊』を毒が増えすぎる前に流し込めれば最悪の事態は防げる」


『最悪の事態』


その言葉に僕は息を飲んだ。

ヴァンパイアの毒に殺されれば死ぬだけじゃすまない。その後はアンデットとしてヴァンパイアの眷属になり、近くにいる人間に遅いかかかるのだ。

感染者は更に広がっていく。それを水際で食い止めることがでいるのは治癒魔法師だ。

他に方法があるとすれば、感染者がアンデットになって誰かを襲う前に炎で焼き払うぐらいしかないだろう。


「治癒が可能な時間は襲われてからせいぜい2刻が限度だ・・・」


日本の時間にして4時間。

ヴァンパイアの被害者が目の前にいればいいけど、もし別の町に行く途中とかで襲われたらまず間違いなく命は無い。町から町で馬車で2,3日は当たり前のようにかかるこんな世界で4時間というタイムリミットはあまりに短い。


「だが、まぁ・・・お前たちにここまでは求めない」


ザイラル先生は水球を保っていた手を握りしめ、魔力を霧散させた。

水球が細かい霧となって散っていく。魔力を帯びた水滴が日の光を浴びて煌いた。


「だが、最低でも『ハイキュア』を含めた水球だけは作れるようにしておけ。これさえできれば十分に応急処置になる。少しでもヴァンパイアの毒が回るのを遅れさせることができれば勝機はある」


そう言ったザイラル先生の目は真剣そのものだった。


「・・・先生」

「なんだ、Ms.フル」


隣でベクトールが立ち上がっていた。

ベクトールのフルネームはベクトール=フルである。ドワーフには短い氏の人が多いのだと聞いたことがあった。


「・・・まず・・・『ハイキュア』が使えません」


方々で頷く人達がいた。浄化魔法の中でもかなり強力な部類の『ハイキュア』だ。使えない人がいても不思議じゃない。

だが、ザイラル先生ははっきりと言い切った。


「覚えろ」


そこには一切の文句を挟む隙は無かった。


「覚えろ。でなきゃ、治癒魔法師にはなれない」

「・・・はい」


有無を言わさぬ雰囲気だった。ベクトールはいつもの無表情のまま席に戻ったが、心なしかその横顔が膨れているように見えた。


「諸君も覚えておけ、治癒魔法師を志すなら、使えない魔法があることは致命的だ。そんな言い訳をお前たちが遭遇する患者は聞いてくれない。死ぬ気で覚えろ」


ザイラル先生がそう言い渡した直後に終業の鐘が鳴り響いた。


「よし・・・今日はここまで。次回は実技に入る。全員、最低でも水球の構築と、『ハイキュア』の習得はしておくように。以上!」


ザイラル先生は手早く道具を片付けて退出していく。それを見届けないうちに僕の隣でボブズが盛大にため息を吐いた。


「水球か・・・どうも苦手だよな・・・」


更に反対側ではベクトールが苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。普段、顔の筋肉をほとんど動かさない彼女にしては珍しい。


「・・・『ハイキュア』・・・」


そして僕はというと、今日で一番の山場を乗り越えて気が抜けたせいで強烈な眠気に襲われていた。

今すぐにでも気が飛びそうな程に瞼が重い。このまま睡魔に敗北することができたら、どれほどに気持ち良いだろうか。僕の頭は重力に従い、自然と前に倒れていった。


その額が白い指先に止められた。


「アギー、ここで寝ないでくださいよ」


ルルが僕の眉間に指をあてて僕の頭が倒れるのを止めてくれた。


「ほら、ボブズも顔をあげてください。魔法の練習ならあとで私が教えますから」

「えぇ・・・お前、結構スパルタだから嫌だな・・・」


ボブズが苦笑いを浮かべながら体を起こした。僕はルルの指にもたれかかったままの状態で睡魔に再び敗北しようとしていた。ルルのローブから香る森の匂いが森林浴を彷彿とさせるのだ。森の中でハンモックに揺られる自分が頭の中でぼんやりと浮かんでいた。


「とにかく、今日の講義は終わりです。珍しく宿題も課題もありませんし・・・」

「ザイラル先生のを除けばだけどな。ああ、いいよな。ルルとアギーは課題なしで」

「・・・まったく」


ベクトールとボブズは拗ねたようにそう言っていた。僕とルルは水球の魔法も『ハイキュア』もできる。

つまり、今日はこのまま眠ることが・・・


「お二人とも・・・そう言わないでください。それよりも、ラックのお見舞いに行きませんか?」


眠りかけていた僕の頭が一気に覚醒した。


「そうだった。ラックの様子を見に行かないと」


ルルの指から額を離し、急いで机の上を片付ける。

ヴァンパイの毒は治癒したとザイラル先生は言っていたが、それとは別に心配の種があるのだ。


「ラックのことだから、退屈に任せて外を出歩いてるかもしれない」

「ああ、確かに」


同意してくれたのはボブズだ。

それに対してルルは苦笑いだ。


「さすがにそれはないと思いますけど。ザイラル先生の病室なんですよね」


確かにザイラル先生なら、患者を外に出さないように扉に鍵ぐらいかけそうである。

だが、中にいるのはあのラックなのだ。外に出るために嵌め殺しの窓を無理やり外すような行動力の持ち主だ。


「ラックは昨日の夜にはもうショックから立ち直って、僕と普通に会話できてたし。そんな状態のラックが一日ベッドの上でおとなしく寝ている方が僕には信じられない」

「さすがにそれは・・・ラックだって、自分のことぐらい・・・・・・わかってますよ、多分」


『多分』と付くことがラックの信頼度を表していた。

ボブズは腕を組んで首を横に振った。


「いや、ラックに限ってそれはどうかな。あいつなら、退屈が限界になったら飄々と鼻歌謳いながらどっかほっつき歩いてても不思議じゃない」


その様子はありありと浮かんだ。想像の中のラックはいつものニヒルな笑いを浮かべて、校舎内をふらふらと歩き回っていた。なんだか、話をしているうちに余計心配になってきてしまった。


「なんだか・・・無性にラックの顔を確認したくなりました」


ルルが青い顔でそう言った。きっとラックは部屋でおとなしく寝ているはずだとわかっていても、不安はぬぐえない。


「早く行こう。俺もなんか心配になってきた」


ボブズがそう言った。


「そ、そうですね。ラックはどこのベッドに寝てるんですか?」

「僕が案内するよ。ザイラル先生の講師室の隣なんだ」


僕はラックが運ばれた病室を知らない友人達を連れて、ザイラル先生の病室の前へと向かった。


だが、僕らはすぐに病室に入ることはできなかった。

ザイラル先生が自室の前で誰かと話していた。


「・・・貴様、こんなところで何をしている」

「失礼、あなたがまだ処刑もされずに人を救っているらしいと聞いてね。少し視察に来たのだよ」


ザイラル先生の部屋の前に立ちふさがる男性。その身なりには覚えがあった。


「うわ・・・神父だ・・・」


隣で嫌そうに言ったボブズの声が僕の耳にはやけに大きく響いた。


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