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魔族と呼ばれること B

今回の話を書くにあたって、前話の『感染の網 A』の内容が気に入らずに大幅に改定をしております。読者の方々が混乱するのであまり褒められたことではないんですが、書いててどうにも違和感があったので修正させていただきました。今後ともどうかよろしくお願いします。

眠気と戦いながら講義を過ごし、ようやくザイラル先生の講義室へとたどり着いた時には僕はわずかな時間すら睡眠に充てるしかなかった。短い休み時間を全力で眠って過ごして睡魔を振り払う。


「おい、ザイラル先生が来たぞ」


ボブズに脇を小突かれ、身体をビクつかせながら飛び起きる。


「あぁ・・・うぁ・・・」


うめき声をあげながら、寝ぼけまなこをこする。いつも通りに僕の前に座っていたルルがそんな僕の様子を見て小さく笑っていた。口に人差し指を当てて笑う仕草が妙に色っぽかった。


「よし・・・よしっ!」


自分で自分に発破をかけ、僕はなんとか意識を覚醒へと持っていく。

ザイラル先生がいつも通りに威圧的な目線を生徒間に巡らせた時にはなんとか情けない顔を晒さずに済んだ。


「さて、皆も知っての通り、昨日の夜に一騒動があった」


なんのことか言うまでもなく、昨日の野犬の騒ぎだった。


「巷ではヴァンパイアの目撃談を囁かれており、極光騎士団が動きだすという情報も入っている」


極光騎士団の名前を聞き、教室がざわめいた。僕が住んでいた片田舎でさえ名前の知られた騎士団だ。帝都に住んでいる人間からもその名は有名なのだろう。

それに、『光の精霊』へ干渉できる騎士団が動きだしたということは、ヴァンパイアの出現が決定的なものである証拠でもあった。


「静粛に!」


ザイラル先生の鋭い一声に教室が静まり返る。

その中で生徒の一人が手をあげていた。


「Ms.ブルフェンスキー・・・なんだ?」


栗毛の女子。それはラックとの同室拒否をした女子生徒だった。

改めて見たが、やはりどこにでもいる一般人だ。彼女はラックが傷を負った原因の一端が自分にあることを自覚しているのだろうか。


ここら見る横顔からだけではそんなものを見出すことなどできなかった。


「昨日・・・ヴァンパイアは倒したんじゃないですか・・・えと、ダグ・・・先生が」


ダグ先生の名を呼ぶ時のわずかな間。人の意識というのはそういった細かなところに明確に表れる。

僕はため息を吐きたくなった。そういう態度がこの世界の当たり前なのだと自分に言い聞かせようと思うが、やはり上手くいかなかった。


「そう思っている連中が多いらしいな・・・『闇の精霊』に干渉したあの野犬はヴァンパイアであると・・・」


ザイラル先生は教壇に手をついて、僕に昨晩言ったことを繰り返した。


「あれは・・・ヴァンパイアではない」


そして、ヴァンパイアの眷属について説明をはじめ、ヴァンパイアが眷属を増やす方法を逐一説明していった。


「そうなのかよ。あんだけヤバくて眷属なのか」

「・・・知らなかった」


隣のボブズやベクトールも驚いたような顔をしていた。唯一ルルだけが、メモを取ることもなくその話を聞いていた。その表情はここから伺うことはできなかったが、彼女には驚いた様子がなかった。

教室の中でまた一人手があがる。


「先生、つまり。ヴァンパイアは・・・『闇の精霊』を使うアンデットを山ほど増やせる・・・そういうことですか?」

「そうだ・・・ヴァンパイアの単体での戦闘力、神出鬼没の能力に注目されがちだが、ヴァンパイアにはそういう恐怖もある・・・『闇の精霊』を使うアンデット軍団が出現したという例は過去に何度かある。だが、実のところ前線に出る騎士達にはそこはあまり注目されていない」


ザイラル先生はそう言って、巨大な羊皮紙を黒板に広げた。

そこには過去にヴァンパイアによってもたらされた被害の年表のようなものだった。


「過去に出現したヴァンパイア事件の中でも特に被害の大きかったものだ。皆も歴史の試験を突破してきているなら、大半を知っているだろう」


ザイラル先生が言うように既に学んだ事件が多い。だが、その知識を思い出して僕はふと疑問が湧いた。


「これらの事件は全て・・・ヴァンパイア単体が都市や城内に潜入して起きた事件だ」


そうなのだ。ヴァンパイア事件といえば、一体の超強力な魔族に人間が翻弄される事件が大半であった。その知識があったからこそ、あの野犬がヴァンパイアの本体だと僕らは思ってしまったのだ。


「ヴァンパイアはただのアンデットではない・・・『闇の精霊』は『神の精霊』の中でも特別な存在だ。『闇の精霊』に干渉するとき、『闇の精霊』もまたこちらに干渉してくる。有名な言葉だ。実際にヴァンパイアとなったアンデットはその『性格』とも呼ぶべき行動様式がまるで変わる。ただのアンデットのように彷徨い歩くようなことはせず、明確な目的と確かな矜持を抱えて殺戮と恐怖をばらまく。その多くが、貴族のように多くの眷属を従えて行動するようになるが・・・いざ、戦闘となるとヴァンパイア一人が前線に立って暴れることが多い」


本当に貴族みたいだと僕は思った。

普段は自分に傅く存在に囲まれて過ごし、弱い相手には全力で自分の権力を誇示する。ヴァンパイアからすれば人間など雑魚にすぎないのだ。やってることは、平民に横暴を働く貴族のそれだ。


「ヴァンパイアは自分の眷属にのみ戦わせて城に閉じこもるような行動をすることは少ない。だからこそ、眷属の実態や、ヴァンパイアの眷属の増やし方などの詳細はあまり一般常識というわけではない」


ザイラル先生はもう一度生徒達を見渡した。


「だが、治癒魔法師にとっては重要なことだ。ヴァンパイアがこの帝都の近くにいるというならなおさらだ。正しい知識を身に着け、素早く応急処置ができるぐらいにはなってもらわねば、治癒魔法科の生徒として示しがつかない。これから数回の講義は内容を前倒ししてヴァンパイアの内容について進めていく。正直、応急処置に必要な魔法の難易度は跳ね上がっている。私としてもついてこれない生徒が出ることはある程度覚悟している。だが、それでもあえて言わせてもらおう・・・出来ない奴は置いていく」


最初の試験の結果発表をした時と同じ台詞だった。


「ここで出来なくても構わないという甘い考えは捨てて挑め・・・『できません』では困ることだ」


教室全体の空気の流れが止まったような気がした。息が止まりそうな沈黙の中でザイラル先生が唇の端で笑った。


「さぁて、何人がついてこれるかな?」


挑発するような台詞に僕は自分の背に電流が走ったような気がした。


やってやろうじゃん。


僕だけではない。自分の魔法に矜持を持つ人達から放たれる熱気のようなものが教室に満ちる。ここは魔法学園の最高峰なのだ。少なからず自分の魔法力には自信のある連中が多い。


「・・・うへぇ・・・」


まぁ、隣で非常に嫌そうな顔をしているボブズみたいなのもいるが。


「さて、それではまずは、ヴァンパイアの詳しい能力についてだ・・・『闇の精霊』の中でも『血の魔法』というのは非常に厄介で・・・」


ザイラル先生の講義が始まる。

それはいつもと同じようで決して同じではなかった。

自分の近辺にその危機が迫っているという事実が生徒達の間にあった。


特にその中でも僕らの集中力はやはり群を抜いていたように思う。

自分達の友人が危機に陥った時、僕らはただ慌てることしかできなかった。ラックをもう少しで死なせてしまうところだったのは昨日の夜の話なのだ。


僕らの誰もがあの時の自分達の無力さ加減は理解していた。

それを埋めるには学ぶしかない。経験を積むしかない。成長こそがあの時の無力な自分に打ち勝つ唯一の方法なのだ。


これはそのための第一歩だった。


メモを取る僕らの手は真剣そのものだった。

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