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棘 E

しばらくして、警備兵がやってきた。「ヴァンパイアに噛まれた人がいる」という話だけですっ飛んできたらしく、誰しもが手に剣を持ち、戦争でもおっぱじめようとする雰囲気だった。


その人達に僕とルルで状況を説明する。


『スリープ』により意識が微睡んでいるあの人は眠る直前のような様子で道の隅に横たわっていた。

ベクトールは手に水の膜を張り、首筋の出血を手で押さえて止めていた。

魔法で水の膜を張ってくれたのはラックだ。

だが、当の本人とボブズはその場から少し離れたところにいた。


立ち位置としては野次馬とそう変わらない。


「それじゃあ、後をよろしくお願いします」


警備隊付きの治癒魔法師にそう伝え、僕とルルはその場を離れた。

ベクトールも首筋を抑える作業を警備隊の人に引き継ぎ、僕らと共に移動する。


「オつかれ」

「ごめんな、任せちまって」


ラックとボブズは何事もなかったかのような笑顔で僕らを迎えてくれた。

そこには自嘲も皮肉も寂しさも感じられない。

どうして、こんな状況で自然な笑顔が見せられるのか。

僕にはそのことが不思議でならなかった。


「アの人、ドうするんだ?」


ラックは簡易タンカの上に乗せられた男の人を顎で指しながらそう言った。


「教会に運ぶらしいよ。噛まれてすぐなら対処できるんだって」

「ヘェー・・・ドんな魔法使うんだろうな。ナんか、聞いた?」

「いや、あの治癒魔法師の人に僕らが対処した方法を伝えただけ」


ただ、一つ気になったことがあった。

あの警備隊の治癒魔法師は僕らが学園の生徒だと伝えると、露骨に嫌な顔を見せたのだ。

対応もどことなく棘があったし、なんだか様子が変だった。


「あの人、多分治癒魔法師じゃねぇぞ」


ボブズが唐突にそう言った。


「え?どういうこと?」

「ほら、教会の聖印を持ってる。ありゃ、従軍神父だ」


学園の治癒魔法科を卒業した人を治癒魔法師と呼び、教会の修道院で治癒魔法を学んだものは宗教職で呼ばれる。

教会の歴史で学んだことだった。


「なんか言われなかったか?」

「言われなかったけど、なんとなく冷たかったかな」

「あいつら、学園の治癒魔法を否定してっからな・・・患者に触られるの嫌がるんだよ」


ボブズは「お前、どうせ知らないだろ」とでも言いたげだった。

実際知らなかったし、ボブズの言い方もあまり嫌味にも聞こえなかったので「そうなんだ」と同意しておく。


「人間同士でも差別があるぐらいだもんな・・・やっぱ、種族間の差別なんてもんは早々なくならねぇか」


ボブズはそう言ってヘラヘラと笑っていた。

僕はそれを見ても笑う気が起きない。


「久々に真正面から言われたな。国王陛下のお膝元でも、所詮はこんなもんか」


そんなボブズに同意したのはラックだった。


「マぁ、アんまり期待してなかったから、予想通りといえば、予想通りだけど」

「・・・だな」


ラックもまたそう言って笑った。


僕らは噛まれた男の人が運ばれていくのを眺めていた。

それと入れ違いに聖印を持った人々が現れて、さっきまで患者がいた場所を魔法で洗い流していく。

教会付きの魔法師は一般的に祓魔師と呼ばれているが、その一団であろう。


使っているのはおそらく、水魔法と浄化魔法の複合魔法だ。

そんな複雑な魔法でもないし、辺りを浄化するだけなので威力のコントロールも雑でいい。祓魔師による周囲の浄化は瞬く間に終わった。


彼らは時折周囲を見渡して、他に血によって穢れた場所がないか探していた。

その目線が僕らのいる場所に向けられると、彼らの顔は一様に敵意を含んだものに変わる。

今にも魔法で攻撃してきそうな勢いだった。


僕はボブズが『教会は俺らのことを討伐対象にしか考えていない』と言っていたのを思い出していた。

聖典にも獣人と鬼人オークは魔族として描かれていることも脳裏に蘇る。


だが、それを知識として知っているのと、目の前で見るのとではまるで意味が違っていた。

彼らに向けられる畏怖は化け物や幽霊に対するものと同じだ。

彼女らに放たれる罵詈雑言は拒絶の裏返しだった。

ラックやボブズに向けられているのは『お前らは世界の敵だ』という宣言に他ならない。


かと言って僕はあの人達に噛み付くつもりはなかった。意味がないことがはっきりとわかっていたからだ。

子供の喧嘩ではないのだ。ここで彼らを打ちのめしてたところで、謝罪の言葉は出てこない。彼らの獣人や鬼人オークに対する偏見がより一層頑なになるだけだ。


それに対する怒りはある。理不尽過ぎると思う。


だが、僕を包んでいたのはそれ以上の遣る瀬のなさだった。


ラックやボブズは人を助ける為に行動していた。なのに、返ってくる言葉が差別的なものなどではあんまりじゃないか。


祓魔師の一団はその場の浄化を一通り行うと、付近で店を構える人々に寄付を要求しだした。

神によるその場の浄化はなされたが、真に穢れを払うのは人々の祈りが必要だというのが彼らの言い分だった。この街に店を構えてる以上、教会には決して逆らえない。そういった人を狙って寄付を迫る様子はほとんどショバ代を要求する行為だった。


「・・・・行こう」


ベクトールがそう言った。


祓魔師の一団がこちらに近づいてきていた。

国王が獣人と鬼人を国民と定めている以上、意味もなく傷つければ障害事件として裁判が開かれる。

教会側も無分別に攻撃してくることはないだろうけど、あの視線にボブズとラックを晒す必要はない。


僕らは人の流れに踏み荒らされた屋台の間を縫って、その場から離れた。


僕はその場に背を向けながら、自分の心臓をシャツの上から掴んでいた。

そこに奇妙な息苦しさがあった。

僕の心を締め付けていたのは僕が向こう側に立っていた可能性だった。


もし『神魔法』に胡座をかいて教会に居場所を求めていたら。

子供の頃に鬼人や獣人に出会う機会が豊富な土地に住んでいたら。

同室がボブズでなく、変に教会の知識を植え付けられていたら。

この手に『神魔法』がなく、他の人と同じように教会に通っていたら。


僕はボブズやラックに石を投げつけていたのかもしれない。


そんな仮定が胸の内で渦巻いていた。


気持ちが悪かった。何も食べていないのに吐きそうだった。自分が人間であることが無性に恥ずかしかった。


しばらく行くと、市場に人々の喧騒が戻ってくる。

ヴァンパイアに噛まれた人が出ても、鬼人や獣人がそこにいても人々の生活は続く。

商人が物を売り、人が買いにくる限り市場が閉まることはない。


そんな日常が僕にはどこか非現実的に見えていた。


この中でボブズやラックに忌避の目を向ける人はいないと思っていた。

だが、一皮剥けばその下に何が隠れているのかわかったものではない。

この世界の全てが舞台の上の劇場のように感じられた。


「・・・・・・ごめんなさい」


それはルルの言葉だった。市場のざわめきにかき消されそうになりながらも、確かにその声を僕は聞いた。


「イやいや、ナんでルルが謝んのさ」


ラックが耳をピンと立てて、ルルの方を振り返った。


「でも・・・」

「コればっかりは誰が悪いなんて話じゃない。強いていえば、時代が悪い。ダったら、私達はこの時代に合わせて生きていくだけさ。デも、私は割とこの時代が気に入ってるんだ。コうやって、ニヒルに笑ってるだけでカッコよく見えるだろ?」


ラックはそう言ってニヤリと笑ってみせた。

それは僕らが時折見かけるラックのニヒルな笑顔だ。だが、それはいつもと同じようで、どこか違う。

今の僕にはラックが胸の内で納得できない何かを無理矢理飲み込むために笑っているように見えた。


「ダから、ルルに謝ってもらう必要はどこにもない」


ラックは最後にそう言った。それは半ば突き放すような言い方だった。

なおも何か言い募ろうとしていたルルも口を噤んでしまう。


ルルが次に視線を向けたのはボブズだった。

だが、ボブズはその大きな手でルルの側頭部を小突いた。

そして、怒ったように言った。


「お前が俺を差別したのか?」

「いえ・・・でも・・・」

「何もしてないのに、罪悪感だけで謝ってんじゃねぇよ。それやられるとな、なんか悲劇の主役にされたみたいで腹立つんだ。俺の舞台は俺が自分で決める。配役も結末も俺が決める。だから、お前は謝んな」


ボブズはそう言ってまたヘラヘラと笑ってみせる。彼の顔の右半分を覆う火傷の痕に皺が寄った。


「お前と俺の間柄は差別もクソもねぇ友人同士だ。だから、謝んな」


ボブズはそう言ってもう一度ルルの頭を小突く。

だが、今度は随分と優しい触れ方だった。


ルルは何も言わなかったが、俯いた顔の中で唇を噛んでいるのが見えていた。


「さーて、腹減ったな。さっさと店決めようぜ」

「ソうだな。ドうよっか」


2人はどうしてこんなに笑っていられるのだろう。


何度あんなことを言われたのだろう。

何回あんな目を向けられたのだろう。


僕には想像もできなかった。


彼らがどんな過去を乗り越えてきたのか、どうしてそんなにタフでいられるのか。


どうやって、今笑っていられるのか。


僕にはわからなかった。


僕には2人の笑顔がやけに眩しく見えていた。


「・・・・・・・高いお店に行きましょう」


不意にベクトールがそう言った。


「え?」

「・・・・・・美味しいものを食べましょう」


ベクトールはいつもの無表情のままそう言った。


「ドワーフはいつもそうします・・・辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も・・・美味しいものを食べて・・・酒を飲んで・・・笑って寝る・・・そして、起きたら・・・また、頑張るんです」


皆がベクトールを見ていた。

確かに、ドワーフに対する僕のイメージは筋骨隆々の背の低いオッサン達が酒を飲みながら鉄鍛冶をしている姿だ。だが、ベクトールとその姿が全くと言っていい程に重ならなかった。


多分、みんなも同じことを思っているのだろう。僕らの視線を浴びているベクトールはいつもより5割程増して固い表情をしていた。そして、僕らの目線に耐えられず、ベクトールは何か言い訳を探すように口の中で何かもごもごと呟いた。


結局・・・


「まぁ・・・私は・・・苦手でしたが・・・」


と、観念したように言った。


「はは・・・はははは、あははははははは!」


僕は笑った。そして、ルルも笑った。ラックもボブズも嬉しそうに笑った。ベクトールも釣られたように頬を少し緩めた。


ラックがベクトールの頭をくしゃりと撫でた。


「な、なんですか!」

「別に、ナんとなく」


そして、ボブズもベクトールの頭をかき回す。


「な、なな!」

「あんがとな」


そして、僕とルルもベクトールの頭を撫でる。

ベクトールは動揺を隠すことができず、目を白黒させていた。


そんなベクトールに笑顔をもう一度もらった僕らは奮発して上手いものを買うことに決めた。元々はベクトールの親睦会の話だった。ならばどこかで腰を落ち着けて食べようという話になった。僕らは市場で買い込むだけ買い込んで談話室で食べることにした。


僕らはそれぞれの手にお気に入りの料理を抱え、寮へと帰ってきたのだった。



だが、この日の物語はまだ終わっていないらしかった。



僕らが談話室に足を踏み入れた時、その中は不穏なざわめきに満ちていた。


「校内で噛まれた人が出たらしいぞ・・・」

「なんか、3年目の人だって・・・今、ザイラル先生が治癒魔法をかけてるって聞いたわ」

「・・・ヴァンパイアの噂は本当だったのか・・・」


僕らの笑顔が固まるのに、そう時間はかからなかった。


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