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最初の試練 F

ザイラル先生の試験が終わってから数日後、寮の掲示板にある知らせが張り出されていた。

時間割変更の知らせである。これまでの魔法基礎や歴史基礎の部分がそっくりそのまま入れ替わっている。ついに、あの退屈な授業が終わると思うと嬉しい反面、新たな講義に対する不安も沸いてきていた。


そして、ついにザイラル先生の講義の時間がやってきた。


講義室は以前試験に使われた講義室。


僕らは講義室の真ん中あたりを陣取っていた。最近ではルルも最前列に座らずに僕らと肩を並べている。

ついでに、ベクトールがいつも隣に座っている状態も入学初日からまったく変わらなかった。


そのうち声をかけようとは思っているのだが、なかなかうまくいってはいなかった。


「この講義室に入ると試験の緊張感を思い出しますね」


ルルがおもむろにそう言った。

僕もあの日のことを思い出す。契約書のせいで内容のことをお互い話すことができないのがなんとももどかしい。


「そうだよね。下手したら、ここの入学試験のときより緊張したかも」

「ふふ、さすがにそれは言い過ぎじゃないですか?」

「そう?」


僕にとって入学する前はこの学園のことをただの通過点としか考えていなかった。

そのせいか、合格するのなど当たり前ぐらいに思っていた。

実際、学術や魔法の話に限れば、ここで教えられていることのレベルは低すぎる。

自分がザイラル先生の試験に緊張したのは、内容云々というよりあの先生を相手にしていたからという点が大きい気がした。


「どうも、あの先生は苦手だ・・・」


僕のその台詞にルルは半ば苦笑いだ。口には出さないが似たようなことを思っているのだろう。


「ソうか?私は好きだけどな。できる女って感じの人で」


ラックがそう言った。


「俺もだな。結婚するならああいうタイプがいい」


ボブズが随分と突拍子もないことを言ってのけた。


「ああいうのが好みなのか?」

「まぁな、っていうか大概の鬼人オークの好みってあんな感じの女だぞ」

「さばさばして、上から物言って、キッツイ性格がいいのか?」

「違う、違う。たとえ、世間に放り出しても自分1人で生きていける女だ。それが、鬼人オークの中での美人ってやつだ。俺らの言葉だとああいうのは『弓美人』って言うんだ」

「・・・いろんな言葉があるもんだな。ってか、人間でもいいんだ」

「俺からしてみたら、種族間での恋愛を気にする方がよくわかんねぇ。好きならそれでいいじゃねぇか」

「へぇ、そういうもんか・・・」


種族による美人感の違いか。考えたこともなかった。


「獣人とかにもそういうのあるの?」

「ン?アぁ、あるぞ。獣人は耳の形と尻尾の綺麗さが美形の証だ。マぁ、基本的に見せないから、フードからいかに綺麗な三角を示せるかってのがオシャレの仕方なんだ。ソういう意味では他の種族を好きになる人はあんまりいないかな」

「ラックも?」

「ン?私は・・・」


そして、何か言いかけたラックは唐突に何か悪戯を思いつたという感じの笑顔を浮かべた。


「はぁん。ソういうこと」

「な、なに・・・その笑みは」


その表情は小悪魔的というより、獲物を狙う猫といった表現がしっくりくる。

僕は嫌な予感がして、わずかに身を引いた。


「アギーは私の好みが気になるのか?ン?ン?コの前も、私の耳を見せてくれって言ってたしな・・・ヤっぱりそうなのか?」

「あ、ああ・・・」


そもそも、まだ獣人が耳を見せるのがどういう意味を示すのかがわかっていないのだ。

前回の反応から下着を見せるような感覚なのかとも思っている。


しかし、この状況どう答えるのが正解なんだろう。


ラックは明らかにからかってきている。

真面目に答えればバカを見るのは僕だ。

ここは、少しおどけた感じで・・・


「いや・・・ボブズが気になるって言ってたから」

「はぁっ!俺!?」


突然、水を向けられたボブズは飛び上がらんばかりの反応を見せた。


「ちょっ!お前、俺を逃げ道にするな!」

「いや、僕は確かに聞いた。ボブズが寝言で『ラック大好き』って言ってるのを」

「寝言言ってんのはお前だろ!!この前『母さん、朝ご飯・・・』って言ってたぞ」

「はははは・・・え?ほんと?」


僕、寝言言ってる?


「マジだ。ってか、お前寝言多い」


話を振るんじゃなかったと、激しく後悔した瞬間だった。


「ついでに全部暴露してやろうか?お前が寝言で妹のことか、母親のこととか、どう言ってるか。ついでにここにいる連中の名前が何回出てくるか」

「やめろぉぉおおおお!!」


半ば本気で叫んでいた。


「アははは、アギーからかうと面白いな」

「フフフフ、そうですね」


笑う女子二人。ボブズは『俺を巻き込もうとした罰だ』とでも言いたげな顔をしていた。


「くぅ・・・・・」


僕は唐突な恥の歴史を見せつけられて『失敗した』と顔を赤らめるばかりだ。

ちなみに隣のベクトールを横目で見ると、話を聞いていたのか口角がわずかに上がっていた。


そんな話をしているうちに講義室の扉が開き、話はうやむやのまま終わった。


「静粛に!」


ザイラル先生がそう言い、講義室の中が一瞬で静まりかえる。

ザイラル先生の目線には人を逆らわせないような凄みがあった。

1対1で接していてもそれはわかるが、壇上に立たれると威圧感が数倍に増している。

僕は口の中に溜まった生唾を飲み込んだ。


「さて・・・」


ザイラル先生が一同を見渡す。

誰かが息を飲んだ音が聞こえた。


「君たちは先日、試験を受けてもらった。君らが治癒魔法師としてどの程度の地点に立っているのかを見極めるためだ。君らに足りないのは何か?魔力か?知識か?それとも・・・それ以外か」


『それ以外』


その一言をザイラル先生はやけに強調して言った。


「はっきりと言おう」


ザイラル先生の掌が教壇を強く叩いた。その瞬間、講義室の空気が震えた。

その目には煌々とした炎が宿っていた。肌が粟立つ感覚。先生の激しい憤怒が空気を通じて、教室内に響き渡る。

ザイラル先生の声は腹の奥に響くように、僕の全身を叩きつけてきた。


「・・・貴様らの大半は治癒魔法師に向いていない。今すぐ、この講義室から出ていき、普通の魔法師科に移ることを進める」


ざわり、とした空気が広がった。


それは大半が動揺の波であったが、その中に藁に隠された針のような濃厚な殺気が混じっているのを僕は感じていた。ここ数週間で人の悪意に敏感になってしまった自分が悲しい。


殺気じみた感情を放っているのはやはり貴族連中であった。

エリート御用達のこの魔法学園に入学した連中だ。今更、そんなことを言われれば多少腹が立つのも頷ける。

自分も心の奥で少し不安が首を擡げたが、『神魔法』という絶対の自信がそれを封じ込めてくれる。

ザイラル先生の試験も完璧に治療を施したし、不安になる要素はないはずだ。

自分に言い聞かせるように僕は何度も『神魔法』のイメージを反復する。


だが、ザイラル先生が続けて放った言葉にその自信はすぐに吹き飛ばされた。


「貴様らは他人に治癒を施すということをまるで理解していない。いや、それ以前の問題だ!貴様らが治癒魔法師を名乗るなら、これから貴様らが治癒を行う相手は不特定多数の他人だ!人間、エルフ、ドワーフ、鬼人オーク、獣人!悪人も善人も、犯罪者も浮浪者も、自分の親を殺した相手でも、それが目の前に患者としてきたなら、救わねばならない!!それが治癒魔法師だ!」


棍棒で打ちのめすような言葉だった。


ザイラル先生は一呼吸置き、教壇の上をゆっくりと歩き出した。

一歩ごとに彼女の靴音が講義室の中にやけに大きく響いた。


教室内のざわめきはいつの間にか無くなっていた。


「貴様らに、試験を行ったな・・・鬼人オークに対する差別意識はいまも根強く残っているようだな。だが、それを理由に治癒魔法を渋った連中は既にスタートラインにすら立てていないことを自覚しろ!!」


僕は再び生唾を飲み込んだ。


本当にボブズと同室で良かったと思う。何度目だろうか。


「あえて、囚人らしい見た目をさせたのもそれに対する貴様らの反応を見るためだ。あからさまな連中も多数いたな!そこでふんぞり返っている銀髪共!!貴様らのことだ!」


周囲の視線が貴族の銀髪に集中する。羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めている集団はなかなかに見ものであった。


「貴様らの父親共は教会の支配体制にあれだけの戦いを挑んでおきながら、子供の教育は放置と見える!教会が差別を提唱している鬼人オークや獣人に嫌悪感を抱いているのがその証拠だ!」

「そうなのか?」


僕は隣のボブズに聞いたが、彼も肩をすくめていた。


「俺もよく知らねぇけど・・・なんか、貴族と教会ってのが最近仲たがいしてるんだと。なんか、元老院の席の数とかなんとかで」

「へぇ・・・」

「お前、もう少し世間のこと知る努力しろよ・・・」

「・・・め、面目ない」


こっちの世界に産まれてから、別の勉強ばかりの人生だったもんな。


僕らがそんな話をしている間に、教室の貴族連中が色めき立っていた。


「なんだと!!もう一遍言ってみろ!」

「貴様に何がわかる!たかが、学園の講師風情が!」


声を荒げる連中を前にザイラル先生は彼らを悠然と見やる。


「ほう、私は講師風情か・・・だがな、お前たちはその講師風情の持つ権力で今すぐここから追放させるこもできる。有名侯爵の息子が学園を退学になったなんて話が広まるぞ。いいのか?」


方々から「ぐぅ・・・」という音が聞こえてきた。辛うじてぐうの音が出るという状況を初めて目の当たりにした。


それにしても、ザイラル先生は貴族相手に一歩も引かない姿勢だった。

正直、胸がスカッとしていたことは事実である。ルルとの一件以来、僕の中でのクラスの貴族連中への嫌悪感は常に最大値であった。


ザイラル先生は貴族達が押し黙ったのを確認して、懐から丸めた羊皮紙を取り出した。


「まぁ、スタートラインに立っている連中も、なかなかに酷いものだったがな・・・今年はハズレだと講師陣でももっぱらの噂だ。貴様らがこの治癒魔法科に残るつもりなら気を引き締めてもらおう」


ザイラル先生はその羊皮紙を広げる。


「だが、中には光る玉もあったようだ。前回の試験、全員症状は同じ患者を診てもらった」


同じ患者?どういう意味だ?


僕の心の質問に答えるように、講師の扉から巨体が姿を見せた。


「・・・あ」

「ダグ=ミシェルだ。今回、患者役をやってもらったが、本来彼は身体構造学の講師だ。彼から学ぶことは多い」

「よろしく頼むぞ。なぁに、もう怪我を治せとは私は言わんから安心してくれ」


本当に僕が治療したダグ=ミシェルなのかと思う程の変貌ぶりだった。

腰布一枚だった時とは違い、きっちりとしたシャツを着て、濃い緑色の上着を羽織っている。丈夫そうなズボンも相まって立派な講師に見える。

あれほど、凶悪そうだった顔もともすれば偉丈夫のように見えてくるから、服装とは不思議だ。


人の印象が環境で変わるといういい例なのかもしれない。


「合格ラインは40点。本来なら60点としたかったが、貴様らの出来があまりに悪かったので点数を引き下げさせてもらった。だが、それでも合格者がたった5人とはひどい話だ」


5人。あまりにも少ない。


その数字は先程抑えた不安を吹きあがらせるには十分な数字だった。


「まぁ、落伍者に何かペナルティがあるわけでもない。合格できなかったものは今後勉学に向かう姿勢を改めろ、という講師陣からのお達しだと思ってくれ。落伍者があまりにも多いので合格者のみ発表する」


落ち着け、落ち着け自分。

自分の治癒は完璧だった。

何の心配もないはずだ。


「まずはMs.シルフィード」

「は、あひ!」


彼女はバネ仕掛けの人形のように椅子から飛び上がった。

自分が呼ばれるなど思ってもみなかったという表情だ。


「素晴らしかったと言っておこう。75点という評価は歴代の入学者の中でもトップクラスだ」


僕らの視線がルルに集まる


「え、あ・・・あ・・・」

「十分な知識と経験を積めば、よい治癒魔法師になるだろう」


彼女の頬が綻んでいく。


「しっかりはげむことだ。差別することなく、な」

「は、はい!ありがとうございます!!」


深く頭を下げるルル。


隣からルルが頬を赤らめつつも、嬉しそうにしているのがよく見えた。

ラックが「やるじゃん」と言って軽く肩を小突いている。ボブズも彼女を励ますように背中を2度叩いた。

席の都合で僕の手は届かないが、僕も拍手ぐらい送りたかった。


貴族連中の舌打ちもかき消してやりたかったし・・・


教室内では虐げられているルルだ。だが、こうして講師陣にはきちんと認められているという事実を実感することは彼女にとってよっぽど嬉しいものであったに違いない。


影になっている彼女の頬に光るしずくが見えたのは見間違いではないだろう。


「・・・特に心臓と腹痛に対する対処は素晴らしかった。傷ばかりに注目せずにより複数の場所に目を向けて治療を施すという視点は治癒魔法師にとって大事な素質だ」


僕の表情が固まった。


「・・・・え?」


今、なんて言った?


「続いて、Ms.ラック。65点」

「ハーい」

「薬草に対する知識量は素晴らしい。よくあの場に心臓の負担を軽減させる薬草など持ち歩いていたな。まるでどういう患者が来るかわかってたみたいだ」

「アははは・・・試験があるってことはあらかじめわかってましたから、自分の魔力で補えない領域の薬草は集めたんです。解熱とか、炎症を抑える奴とか、胃薬とか」

「なるほど。だが、腹痛に対する意識が薄い。今回貴様らに診させた患者で一番恐ろしかったのは腹痛のほうだ。そこの対処が甘いため65点の評価になっている」


僕は冷や汗が止まらなかった。


マークシートを一列間違えて記入した時のような、不安がドっと押し寄せてきていた。


「Ms.フル。60点」

「・・・はい」


隣でベクトールが立ち上がった


「総合的な点は悪くなかったが。お前、回復魔法は使えないのか?」

「・・・いえ、使えますけど時間がかかりすぎるので・・・切り傷は縫合にしました。出血が嫌だったので応急処置を優先しました」

「火炎魔法による針の熱消毒はドワーフは皆習うものなのか?」

「・・・いえ、父の独学です・・・」

「なるほど。お前はどちらかというと減点対象が多かった。患者に聞けばわかったことだが、横になるのは辛いと言っている。ついでに腹も痛いと訴えていた。それを横に寝かせ腹を思いっきり押し込むのだからな・・・」

「・・・・・・・」

「対応は間違っていないが、患者の声に耳を傾けることも重要だということだ」

「・・・はい」


手が震えていた。自分が大きな間違いを犯したことが朧気ながらにわかってきていた。


「続いて45点。Mr.バイン!」

「はいっ」

「患者の話を聞くだけ聞いて何もしないのはいかがなものかと思うぞ。目に見える怪我の治療しかしなかったじゃないか。あれだけ他の症状を聞いたなら自分のできることを何かしろ!」

「あはは、いや、できないんで・・・」

「・・・本当にそうかな。まぁ、いい。その使い方は今後学んでいけ」


患者の話?心臓?腹痛?


僕らは同じ患者を診たといっていた。

僕の患者・・・ダグ先生も同じ症状があったのか?


僕は何をした?怪我の治療だけだ。


僕は・・・もしかして・・・何一つできていないのでは・・・


「最後の一人・・・」


僕は焦るようにザイラル先生を見た。


彼女の口元が皮肉気な笑みをたたえていた。

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