5 不細工
どこかの行き倒れと思うなかれ。ベッドの上に、短パンと、もこもこしたパーカーを着てうつ伏せに倒れ込んでいるのは、我が主、柊だ。
さきほど西沢が去ったあと、一人ベッドの片隅で体育座りなぞしていたが、今はその体勢にも疲れたのか、生ける屍のようにベッドに投げ出した身を動かさない。
この真綿で首をしめるような鬱々状態だけは、見ているだけでこちらの精神衛生上にもよくないというものである。はっきり言って、目障りでイライラすることこの上ない。
柊からレスポンスがないのなら、こちらからちょっかいを出そう。
俺はベッドの上に飛び乗り、こちら側を向いて目を閉じている柊の右の指先をざらついた舌で舐め……ようとして、ハッと我に返った。
あ、あぶねー!
イエス、JK! ノータッチ!
これ、大事ね。アラサーになると、社会的死亡につながるから。
まあ、触ることは触るんだけど。胸とかじゃないぞ。いやらしい触り方はしない。したくないといえば嘘になるけど! 一旦気を許すと、理性は雪崩式に崩れるからな。変態紳士は言い訳しても紳士に含まれないから、常に自制を貫こう。
「みー」
そう声を出しながら、二の腕あたりを、右の肉球でフニフニ突く。
すると、柊が、「んっ」と唸りながら、大きな黒目がちな瞳をゆっくり二、三回瞬いた。
「ししゃも……」
俺を確認して、頭を撫ぜる。
「私、最低だわ……」
うん、わかってるならいい。
今日のお前の態度はどう考えても、褒められたもんじゃなかったからね。
柊はふと、重々しく息をついた。
「私ね、いじめられている子を『助けてあげよう』、困っている子を『助けてあげよう』……そんな気持ちが、たまらなく嫌だったから。そんなのって、見下しじゃん? だから、突っぱねた。助けて欲しいのに、突っぱねたんだよ」
柊は爪をカリッっとかんで、暗く続ける。
「でも、西沢はあの時、他のみんなと同じようにずっと『あっち側』だったんだよ? いい子のツラで、気の良い人間演じてさ。私が……」
ん? んんん?
なにこの子。いきなり問わず語りに話し出して。
そんないわくありげなシリアス入っちゃうの?
なんか背負ってるの、この子? そんなキャラだったの?
本能的に首をかしげて、「みぃ」と鳴くと、柊は大きくため息をついて、俺を引き寄せ、やや肉付きのよろしくない胸で押しつぶした。
「わかってくれるんだよね、ししゃもは」
わからん。抱き寄せるな。
やめろこのヒキコモリJK! 胸が! 胸が!
やわらかっ……! 俺の理性が!
ノーモア JK! ドンタッチミー!
柊はそのままベッドの上でぐるりと体を回転させると、上半身を起こして、俺を抱いたまま姿見を覗き込んだ。
「……ブサイク」
そう言って、俺の右手をつまみ、招き猫のように前回りに回してみせる。
んん? ブサイクとはたいした言われようだ。この、高貴なロシアンブルーの俺様に、非の打ち所があるとでも? 今は猫なので、容姿自慢は言ってて悲しいが。
人間の俺は、イケメン……では、なく……なくも……ないかもしれない? けど?
仕事という恋人はいれども、三次元彼女はオールフリー。ノンアルコールビール並みだったけど。
「お前は可愛いね、純粋で、気ままで。今日だって、私の事を思ってくれたんだよね……」
へ? 俺のことブサイクって言ってたんじゃないの?
訝しげに鳴くと、柊は上半身を折って、俺の頭に頬を擦り付けてきた。
「本当にずるいのは私だよね」
甘い香りに包まれ、目を白黒させている俺の耳元でつぶやくと、柊はもう一度大きく息を吐いて、姿見の自分と向き合う。
「本当に、ブサイクなんだから……」
――柊が、少しずつ前を見ようとし始めるまでは、そのことがあってから、時間はかからなかった。