4 糸は繋がるか
通路にスタリと飛び降りてから、トボトボと帰り道についている西沢のもとへダッシュ。
猫の体を借りているとはいえ、アラサーの精神換算体力を舐めてはいけない。
瞬発力を必要とした動きには、肉体的にはともかく、精神的にしんどさを抱え込んでいた。
ぜーはー。
肩で息をしつつ、自分を鼓舞し、西沢の足元にじゃれついてみせる。
「にゅう~」
目をまん丸にして見下ろしてくる西沢に、小首をかしげて、愛らしく一声。
「にゃあ」
「……君、立花さんのところの猫ちゃん?」
西沢は可愛らしく目を見開く。
「みー」
俺は肯定すると、頭を低くして首筋を西沢の足に擦りつける。
ムウ、これがJKのおソックスのかほりか……って、おっさんか、俺? おっさんだよな。いや……変態おっさんだな。やべぇ。
「私、立花さんに嫌われちゃったのかな? 点数稼ぎの良い子。そうだよね。クラス委員でもなければ、ここには来てないもんね」
西沢が暗く沈んだ声を出す。
ダメだ、ここは肯定してはダメだ。否定しろ。
でも、猫の俺に人語は発せられん。
どうする? どうすればいいんだ?
「みゅー……」
俺は困ったような声を出し、咄嗟に西沢の帰路を塞ぐように進行方向に回り込んで座ると、じっと訴えかけるような目で西沢を見上げた。
「猫くん……」
はっとしたように、西沢は俺をまじまじと見つめる。
俺は何も言わずに、キラキラとしたガラスのような瞳を、西沢に注ぎ続けた。
見ろ。見るのだ!
俺の無垢すぎるNEKO’S EYESを見つめろ。
「……猫くん。もしかして、君は立花さんのところに私が来てもいいと……ううん、もしかして、来て欲しいと望んでいるの……かな?」
西沢は、つっかえつっかえ言う。
おっしゃああ! 深読みウェルカム!!!!!
物言わずとも、人間というのは無垢に絡んでくる猫を鏡にして、自分の足りてないところや罪悪感に気づくことがままあるようだ。これは結構役に立つ。
「でも、私、立花さんに嫌われて……きっと、メッセージも届いてない……私、嫌われたりとかするの怖いのに……いけないのに……」
ん?
よくわからんが、とにかく、ここはもうひと押しだ。
焦るなよ? 猫としてできることは三択だ。
1、声を出す。
2、ジッと見つめる。
3、足元にじゃれつく。
そして、ここは2だと直感が告げていた。
なんか西沢、勝手な罪悪感と使命感に駆られているみたいだし!
俺は黙って、じっと西沢の瞳を凝視する。
つぶらな瞳アタックに、西沢は少したじろいだように身を少し引いた。
しかし、それも一瞬のこと。
顔を右の掌で軽く覆い、そのまま前髪を軽く撫で付けた。
「そう……だよね。私が諦めちゃいけないよね。立花さんの方こそ、苦しんでるんだもんね。私、しっかりしなきゃいけないよね。そうしないと、『いい子』にすらなれないよね」
そう言って、ふっと、綺麗な微笑みを俺に投げかけてみせた。
「ありがとう、猫くん。今度は、君の名前を教えてもらえるくらいには頑張ってみるね」
「にゃん」
おっしゃああああああ! 通ったあああああああ!!!
愛らしい返事をしながら、俺は内心でガッツポーズを振っていた。
やるじゃん俺! 社畜生活で、仕事追加しようとする上長に罪悪感を抱かせるような、憐れっぽい視線を送る技術を無駄に学んでなかったってことだよな。
うん、自信付くわーー。
ってかJKいいわー、チョロすぎるわー。
西沢は俺の頭を軽くなでると、制服の裾を翻し、颯爽と去っていった。
さてさて、かろうじて糸は切れずに済んだ。
問題はきかん坊のご主人様、柊の方だよな。
給料は出ないが、まあ、頑張るさ。
この試練を終えれば、猫の生活とはおさらば。
俺にはいつもの、悪夢の社畜ライフが待っているのだから。