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17 ハッピークリスマス!

「ししゃも、お前は今日……」

『うん、僕は今晩、死ぬ。最後の最後まで付き合せてごめんね、おじさん。でも、おじさんに、柊のことを最後まで見守ってくれることを嬉しく思うよ』

「そうか。つまり、俺も……あと少しなわけだな」

『――――おじさんには、感謝してるよ』

「まあ、いずれにせよ、柊に正体がばれているんだ。その危険を自分から冒したんだしな。後悔していないと言えば嘘になるが……『柊のトラウマを解決する』ことはできたんだろう?」

『うん、それに関してはもう大丈夫。最後の最後までわがままを訊いてもらっちゃって、ごめんね』

「それなら、それでいいさ。俺は最後に――生きることができた。人間であるよりも、ずっとな。胸を張って受け入れられるさ」

『おじさん――』

「さて、最後に、一仕事残ってるだろ? ししゃも、最後の力を貸してくれ。力を合わせて、柊のときとはまるで立場の逆転した、あのきかん坊を家から連れ出そうぜ」



◆◇◆


 俺は西沢邸のをぐるぐると見回る。小さな庭先から、開けられる窓がないかと、総当たりでチェック……するまでもなかった。リビングに繋がるガラスドア、これ、開いてるもん。

 防犯意識とか無いのか? それでいいんか、西沢よ。

 

 入り込んだリビングは薄暗く、人の気配は全くない。

 そのまま、二階への階段をとっとっと、と駆け上がる。

 西沢の部屋のドアは流石に閉まっていたが、知ったことではない。


「にゃー! にゃー!」


 カリカリカリカリカリカリ!


 大声を上げてドアをひっかくと、


「ひうっ!?」


 という、素っ頓狂な驚きの声が上がった。

 まあ、そりゃびっくりするわな。


 恐る恐るドアが開かれ、俺を直視した西沢の目と口が大きく広げられる。


「ししゃもくん!? 何で君が……!?」


 驚く西沢に、


「にゃあ」


 と一声鳴くと、ついてこい、というように後ろをチラチラしつつ、階段を降りていく。

 西沢はいぶかしそうにこちらを見ていたが、意を決したように、俺の後に続いた。


 階段を降りると、すぐに玄関に繋がるのは、以前西沢邸を訪問したときに、確認済みだ。

 俺は西沢がついてきたことを確認すると、玄関ドアまで歩いて行って、「にゃあ」と一声鳴く。


 人間と畜生。そのコミュニケーション能力の差があっても、俺が言いたいことは明白に伝わったのだろう。西沢はいやいやするように、かぶりを振る。


「……え? ドアを開けろって言うの……? でも、開けたら……きっと、柊達がいるんでしょ? そんなの、開けられないよ……」


 猫にそんなお膳立てをできるのか、という冷静さは西沢の頭の中からデリートされているらしい。ただ、直感に従って、西沢は正しいところをついている。


 そう、ドアの向こうには、柊達が待ち構えているのだ。


「そんなの……無理だよ」

「にゃー! にゃー!」


 カリカリカリカリカリカリ!


「無理! 無理だって!」


 西沢は、耳を必死で塞ぐ。ちょっとやり過ぎたか。


 そのとき、玄関ドアのインターホンが鳴った。

 西沢が反応できずにいると、その音はノックへと切り替わり……最後は、柊の声に取って代わった。


「美玲……そこにいるんでしょ? ししゃもが騒いでるもんね。きっと、私のときがそうだったように、何かが怖くて、ドアを開けられないんだよね。わかるよ。でも……」


「あなたに何がわかるって言うのよ……」


 地を這うような声で、西沢がぽつりと呟く。憎悪の炎が立ち上りかけない雰囲気だ。

 しかし、それも続く声がかけられるまでのことだった。


「槻谷から、サプライズがあるんだよ。ちゃんと聞いとけよ。今、槻谷の馬鹿にしゃべらせるから」

「いてて、ちゃんと話すよ。佐々木君、乱暴すぎ」

「馬鹿、お前がちゃっちゃと話さないからだろ」



「槻谷……?」


 西沢は、やや呆気にとられた顔で、ドアに視線を向ける。


 槻谷のおどおどした声が、しかし今日ははっきりと、ドア越しに届けられる。



「ねえ、西沢さん。僕、立花のことは『立花』って呼びつけにしているのに、西沢さんのことはいつも『さん』付けだよね。何でだか、わかる?」


「そんなの、あなたが私に距離を置いているからじゃない? 柊と同等にも、私を見てくれていないのよ」

 西沢は独りごちる。


「僕ね、昔から西沢さんのことを『美玲』……さん……って呼んだことないよね? それって、西沢さんだからなんだ。西沢さんが、西沢さんだから、どうしてもそう呼べなかった。……あれ、僕、何言ってるかわからないよね……」


「わからないわよ。何なのよ、槻谷……」


「でも、それって、西沢さんを嫌っていたわけではないんだ。距離を置くべきだとは思っていた。だって、西沢さんはクラスの人気者で、僕はクラスの最底辺。関わって、君の存在に傷がつくのが怖かった」


「そんなこと……余計な気の回しすぎだよ」


「……というのはまるっきりの嘘。僕はね、恥ずかしかったんだ。君のことを『美玲』って親しげに呼んだら、君のことが大好きだって認めてしまうことになるから。君のことを、君だけのことを昔から見ていて、そのことがわかられてしまうことが、恥ずかしくてたまらなかった。君は僕が好意を寄せなくても僕に好意を寄せてくれる。そんな風に信じたかったのかも知れない。馬鹿だね」


「――――」


「でもね、最近になって、ようやく気づいた。君と、君の友達と関わることで……『想い』って言うのは、黙っていたら、ずっと通じないままなんだ。『いつか察してくれる』なんて、弱い自分の逃げ道に過ぎない。かっこ悪くても、かっこ悪いまま、ぶつかり合うしかないんじゃないかって」


「槻……谷……」


「だから言います。『美玲、メリークリスマス!』。君のことを好きだと告白するには、まだまだ時間と勇気が必要だけど、このクリスマスに、僕は、今後、君のことを『美玲』と呼ぶことをから、一歩を踏み出すことを、誓います」


「そんなの……単なるヘタレじゃない。馬鹿なんだから……馬鹿……」

 西沢はそう呟いて、口元を覆う。

 何年もため続けていた苦しみを、隠してきた喜びを、全て吐き出すかのように、激しく嗚咽した。

 ややあって、柊の柔らかい声が聞こえてくる。



「美玲、ドアを開けてくれないかな? クリスマス……イブは過ぎちゃったけど、みんなで祝おうよ」

「にゃあ」


 俺も、玄関ドアの前で、西沢に一声かけ。


 やがて、西沢は重い足取りで玄関ドアまでたどり着くと、ためらいがちにドアを開けた。


 同時に、『パン! パン! パン!』と言う破裂音。

 柊・槻谷・佐々木が同時にクラッカーを鳴らしたのだ。


「美玲、メリークリスマス」


 柊が、満面の笑顔で、西沢を出迎える。佐々木は腕を組んだまま頷き、槻谷は直立不動で、顔を真っ赤にしている。


「……どうして?」

「迷惑だって、わかってたけど。今年のクリスマスは、美玲と、みんなで過ごしたいなって」


 西沢が首を振る。


「迷惑だよ。……私がどういう人間かなんてわかってるでしょ? 私は、私であるために、あなたたちを見捨てるとまで言ったのよ……そんな人間、見捨てられて当然なんだよ」

「違うよ、美玲」


 柊は一つ一つの言葉を大切に伝える。


「美玲が嫌いな美玲がいたとしても、美玲が美玲自身を好きなところがあることも、私たちにとっては、そんな全部をひっくるめたのが『西沢美玲』なんだよ。そして、そんな美玲のことが大好きなんだ」

「でも……私は、お父さんやお母さんの言うように『良い子』じゃないから、みんなに迷惑ばかりかけて……私がちゃんと――」


「ばーか」


 佐々木が呆れたように頭を掻く。


「俺たちはまだガキだから、大人の事情なんかわからないけど、お前もガキなんだからさ、俺たちのことを頼れ。いつも意地を張ってるんじゃねぇよ。ほら、槻谷。お前も言ってやれ」


 槻谷は、真っ赤になっている槻谷を矢面に出す。

「あ、う……」という、意味不明な言葉を漏らしつつも、槻谷はさっきに気負いはどこに行ったのか、たどたどしく西沢に話しかける。


「なんというか、それがにしざ……美玲なんだけど……。昔から、変わってないよ。わかってるけど。でも、そういうのひっくるめて、僕、美玲が……その……だから」

「槻谷……」


 見つめあう二人に、佐々木が茶々を入れる。


「っていうかさ、お前らもう付き合っちゃえよ。見てるこっちが赤面するわ」

「ば……な、なにいってるの? 槻谷となんか……!」

「そ、そうだよ! 佐々木君こそ、立花との関係はどうなの?」

「……な!? 今、それ関係ないだろ?」

「あー、私も気になる」

「そうだよね! 立花、どうなの?」


 柊はきょとんとして、次の瞬間には、途端にいつもの調子に戻った皆に、いたずらっぽい笑みを見せる。


「それじゃあ、まずは友達からで」

「と、友達かよ……まあ、それでも……」


 そして、西沢はくすくすと笑い出す。


「ほんっと、馬鹿ばっかりなんだから、うちらの周りって」

「本当に、私もそう思うよ」


 気持ちよくそう言う西沢の頬を伝う涙をぬぐってやり、柊は西沢に抱きついた。


「もう、どんなに面倒くさがられたって、嫌いになられたって、私は美鈴の、みんなの友達であることをやめてあげないんだから! 私、しつこいからね、みんな覚悟してよね!」


 四人が四人、笑顔になって、西沢邸に迎え入れられる。

 主が一人きりの、悲しいクリスマスを送るはずだったその家の照明は、他のどんな幸せな家庭に比べても、いっそう暖かく、柔らかい優しさを持って、彼らを包むことになった。


◆◇◆


 皆が一様に打ち解け合う光景を見ながら、俺は脳内に響くししゃもの声と会話していた。


「いいよな、もう?」

『うん、もう柊は大丈夫』

「そうか」

『おじさんは、いいの? 柊と、最後のお別れをしなくて』

「ばっか、JKに手を出したら犯罪だよ。それに何より……」

『何より?』

「青春は、若者の特権だよ。アラサーのおっさんがしゃしゃり出るのは、もうおしまいにしなきゃな」

『……そっか』

「お前こそどうなんだ? このまま家に帰って、お前は一人で逝くのか?」

『うん……神様に聞いたら、今晩中に、だって。柊は看取ってもらえるかもしれない。心配要らないよ。おじさんの「魂の切り離し」は、帰ったら神様にお願いするから。確率は大きくないけど、もしかしたら、成功するかも知れない』

「でも、ししゃもが俺だと言うこと、ばれてるからなあ」

『え? そんなこと無いと思うよ。おじさんがいるとき、意識のある状態の僕がいたりしたし、柊も確証は無いんだって。そもそも……』

「は? そもそも?」

『神様から聴いてない? おじさん、自分の名前すら柊に伝えてないじゃない。面識のあるおじさんが僕の中に入っていたからと言って、それが「明智正五郎」であるとはわからないじゃないかって』

「ちょっとまて! 神!? チョロすぎるだろ!?」

『まあ、確かに屁理屈も知れないけどね』

「全く、あの神と来た日には……」

『おじさんは「試練」も「使命」も果たしてくれたしね。神様も、色々と大目に見てくれてるんじゃないかな?』

「いや、大目にって……そもそも、被害者は俺ね? 一方的被害者だから!」


 俺は大きくため息をつくと、苦笑いと共に、ししゃもに話しかけた。


「……じゃ、行くか」

『うん』



◆◇◆



 柊の家に戻り、ししゃもの定位置のクッションに横になる。

 すると、まもなくして、俺/ししゃもの意識が混濁してきた。

 

 今までししゃもが生きてきた、ししゃもと柊の記憶が走馬灯のように脳裏を横切った。

 

 子猫の頃、不安な気持ちに身体を震わせながら、満面の笑顔を浮かべて目をきらきらさせている幼女を目の前にしたこと。

 猫じゃらしをぱたぱたされて遊んでもらったこと。

 学校帰りで疲れ切っている柊に声をかけたら、「ししゃも~」となついてきて、無理矢理「猫吸い」をされたこと。

 一緒に、外に散歩に出たこと。

 沢山、沢山、柊と話したこと。


 幼かった柊の姿は、ししゃもの中で中学生になり、高校生になり、その子供以上大人未満の姿を、あどけない笑顔を、網膜に焼き付けていた。



 ……やがて。


「ししゃも!」 

 薄目を開けた視界の中に、泣きはらした目の柊の姿が映る。


「柊……」


 彼女を認識すると、頭の中に、ししゃもの声が響いた。


『あは……柊にあえてうれしいな。でも、涙は、やっぱり悲しいね』

「ばーか、それだけ思われているってことだよ。その証拠に、冷たくない、暖かい涙だろ」


 ふと、ししゃもが笑ったように思えた。


『……そうだね。ありがとう、おじさん。僕はもう逝くよ。最後まで、本当にありがとう』

「ああ」

『「魂の切り離し」が上手くいきますように。目が覚めたら、今度は、おじさんの人生を――』

「ありがとうな、ししゃも」

『おじさんこそだよ――』


 声が遠ざかっていく。

 俺は、薄れ行く意識の中で、子供のように泣きじゃくる女の子の姿を、けれども今は強く、本当に強くなったはずの女の子の姿を、脳裏に焼き付けた。




「――さようなら、柊」



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