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13 もう少しだけ

 それから2日。クリスマスまであと4日。

 『試練』の進捗については、どうか訊かないで欲しい。

 待っても、急かしても(せいぜい『ニャーニャー』しかいえないのだから仕方が無い)、柊のトラウマを引き出すことも、解消手段にかすることもできていない。

 俺はその課題の理不尽さに憤慨して、柊の部屋のクッションの上で、未来予想図すら描けずに、ふて寝を決め込んでいた。

 だって、しょうが無いじゃん。無理だよ。

 どうやってトラウマなんか引き出すの? 引き出したところで解消できるの?

 これ、終わりじゃん。人生詰んだどころか、終わったわ。

 後三度、朝を迎えたら、俺は死ぬのか……理不尽過ぎる。

 

 と言うか、今回のハードル高すぎだからね!?

 そもそも課題が具体的じゃなさ過ぎる!


 「トラウマを解消した」なんて、どんな状態になったらそうだといえるんだ?


 トラウマを考えなくなった人はもとより、トラウマを抱えながらも前を向いて生きて言っている人だって、『トラウマを解消した人間』であるとはいえないだろうか?

 要は、人生の足かせになったとしても、それを乗り越える強さを持ったとき、人は初めて『トラウマを乗り越えた』といえるのではないのか?

 

 ――違うか、神?


 そう心で叫んだとき、俺に聞き慣れない声がかかった。


『……上出来だよ、おじさん。僕もそう思う』

「ん……? ん? 『神』……か?」

『違うよ、僕だよ。ししゃもだよ』

「ししゃも……?」

『うん、今までのお礼を言いたいんだ。もう、僕に残されている時間は少ないから』

「ん? お礼……?」

『もう大丈夫ってこと』

「は? へ?」


『おじさん。僕ね、神様にお願いしたんだ。『僕が死ぬ前に、柊を幸せにして欲しい』って。それで、おじさん、あなたが選ばれた』

「へ? 俺、が……どうして?」

『だっておじさん、人間だったときは疲れ果てて、死ぬことを毎日考えてたでしょ? 生まれ変わったら、猫にでもなりたいって』

「…………」

『うん、だから、僕たちは通じ合うことができるって。神様が言ってたでしょ、「使命」を果たして欲しいって形で伝わっていたと思うけど。それが、「柊を幸せにすること」だったんだ』


「は? なら、俺は失敗したのか? というか、お前、時間がないって……」

『うん、僕はもうすぐ天寿を全うする。最後の一日だけ、ししゃもに戻って』

「だから、俺と一緒に……だろ……?」

『ううん、そうはならない。僕は、おじさんにすごく感謝してるから。柊は、本当にいい顔で笑うようになった』

「そうか……あ……柊……! あいつのトラウマと、西沢の心が、まだ……」


 そう言うと、沈痛そうなししゃもの声が帰ってきた。


『うん、でも、今の柊なら……きっと自分で乗り越えていける。僕は……それを見届けることはできないけどね』

「そう……か」


 柊は成長した。もはや、俺の助けは必要ないのだという。

 だが、そうしたら、西沢は? このししゃもは?

 こんな中途半端な形で、決着がつくのか?


『それにね、実はおじさんに僕の身体の中にずっと居続けられると、「魂の切り離し」がどんどん難しくなっちゃうって、神様が言ってるんだ』

「それは、お前と俺が一緒に死ぬ確率が上がる、ということか?」

『うん、そういうこと。神様の言うことだから、間違いないと思う』

「俺はむしろ、神の言うことだから間違いのような気もするがな……」


 俺は嘆息し、内心で軽く肩をすくめた。

 

 まあ待てよ。冷静になれ、俺。

 

 俺はもともと、面倒なことは何もしない、どこにでもいる事勿れ主義の社畜だったはずだ。

 

 人生なんて、全て先が見えてる。諦めよう。

 嫌なことばかりの人生だけど、それを乗り越えることに、生きる価値があるんだ。

 そんなことばかり考えている、疲れたおっさんだった。


 そのはずだ。

 そのはずなのに……。


『そういうことだ。貴様は念願の人間に戻れるのだ。面倒くさい高校生に振り回されるのは嫌だったのだろう』

「あ、あれ? ししゃもは? お前は神か?」

『このスウィートウィスパーを忘れているのか、馬鹿な奴め』

「いや、ウィスパーって。野郎の声でささやかれても嬉しくもなんともないからな?」

『まあ、そういうわけで、お前を人間に戻す手はずを整えていこうと思う』

「は……? で、でも、俺はまだ『使命』を解決してない」

『特例で免除してやろう』

「せめてもう少し時間をくれ」

『何を迷う? ことなかれの社畜に戻れるのだぞ? 嬉しくないのか? 貴様が望んでいたことだろう?』


「そ、それはそうだけど。でも、違うんだ……俺は、柊について知る必要がある」

『「使命」だからか? 「仕事だから」となんでも割り切っていた腐った責任感、社畜根性をまだ引きずっているのか?』

「そうじゃねぇよ。ただ、なにか……ちがうんだ」

『残念。タイムオーバーは無情にもベルを鳴り響かせているのだ』

「ちょっ、ちょっとまてえええええええ!」

『愚か者め! 貴様にそう言われて待った試しがあると思ってか!』

「確かになかったけど! ちょ、ちょっと、今回だけ、本当に……!」

『GODの与える、GOOD社畜ライフ』

「ちょ、ちょーーーーー!?」


『神様、ちょっと待ってくれませんか』

『――ししゃも、お前も何か不服があるのか?』

『おじさん、僕のことはもう良いんだよ? 柊も、きっとなんとか、このまま幸せにやっていける。それなのに、柊のことを知る必要があるの? 僕たちのために?』

「……違うよ、ししゃも。これは、俺自身の意思だ。俺は……まだ諦めたくねぇ」

『JKを手放すことが惜しくなったか、この変態め』

「だからそうじゃない! お前より、ししゃもの方がずっと神っぽいからね!?」

『おじさん、本気? これから長く僕の身体に住みついたら、魂の切り離しが難しくなって、おじさんは本当に死んじゃうかも知れないよ?』


 俺は、ハッと息を飲む。

 嫌だ、死にたくない。

 まだ俺は、人間としてやりたいことがある。

 やり残したことがある。


 そこまで考えて、ふと、顔を上げる。


 ――やり残したこと。


 なら、これもそうなんじゃないか?

 俺がやり残したこと。

 やらなければならないこと。

 やりたいこと。


 それは……。


「うまくは言えない……だけど、俺は……もう人生を諦めたくない。俺自身にできることを、精一杯やって、それがたとえどんな結果になろうと……納得したいんだ」

『ふむ……』

『おじさん……』


 俺は俺の全身全霊の覚悟を込めて、毅然と胸を張って見せた。


「だから、神、ししゃも。お願いだから、もう少しだけ、俺に力を貸してくれ」

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