7 ラスト・タイムリミット
「ししゃも~~~~~~~」
泣き顔で、ベッドの上にいる俺に向かって柊がダイブしてくる。
うん、わかってた。
最近巧くいっていたからうっかり忘れそうになっていたが、基本柊はヘタレである。
まして、今回のような『特別な友人』と確執が生まれてしまって、泣きついてこない道理があるだろうか。いや、いかに外でクールに振る舞おうと、柊の本質はこっちである。
「嫌われた! 最近仲が良かったのに、調子乗って、友達関係崩壊しちゃったよ。ししゃも、どうしよう、ししゃも~~~?」
しらん。
俺をまるで毛布に見立てて、涙で濡れた顔を埋めようとするんじゃない。
いや、まあ、今回はお前のせいだけではないのかも知れないんだけどね。西沢の態度には、少し違和感が残る部分がある。
それは柊も同じく感じたようだった。
「……でも、美玲も、あそこまで怒る必要があったのかな……? 力に、なりたかったんだけどなあ……」
「みゅう(面倒くせえなあ……)」
「ししゃも~~~。やっぱり、私たちみたいなのと付き合ってるって、クラスカースト上位の美玲にとっては致命傷なんだよね」
「みゃう(まあ、そうだろうが……)」
「それで、美玲の評価が下がったから。それで怒っているんだ」
「…………」
……なんだと?
「フン!」
俺は思いっきり鼻を鳴らした。
いや、そうじゃねぇから。なんだかわからないけど、腹立つ言い草だぞ、それ。西沢のことも、自分自身のことも、大切な仲間のことも、全てを貶めている、無責任な言葉だ。
「ししゃも……?」
「…………」
柊が俺の喉を掻こうとするが、前足を招き猫のように繰り出して、柊の手を押しつける。
柊は眉をひそめて……俺が踏んづけた前足から手を抜くと、そのまま形の良い自分の顎に持って行った。
「ちがう……よね。今まで見てきた、関わってきた美玲は、そんな人間じゃない。そんな考えは、美玲に失礼だよね」
「みゅう」
……まあ、その通りだよ。俺も同じことを思っていた。
卑下したり、泣き言を言いながらも、物事の本質を見据えること。
悩みながらかもしれないが、これは柊の生長した部分といえるのかも知れない。
そして、とりあえず俺にとっては、ここからが本番だ。
俺の予想が当たっているのならば……。
俺は柊の目の前に座って、柊の瞳をじっと見つめる。
何も言わない。ただただ、ガラス玉のように澄んだ瞳で、柊の瞳をのぞき込む。
「ししゃも……?」
「…………」
俺は声を上げようとしない。
「…………今回の、私たちの立場、さ……」
「…………」
「ゆかりの時と……似ている」
(やっぱりな)
人間というのは、猫に見つめられていると、まるで猫が鏡であるかのように自分を内省し、その内容について問わず語りに語り出すものであると、今までの憑依人生から学習している。
そしてまた、もう一つ。確信していることがあった。
『神』が出す『試練』は、一見、しっちゃかめっちゃかに見えても、根底では起こる出来事に深い関わりがあるように思えてならない。
それならば、俺が少し背中を押してやるだけで、柊が今の西沢と自分の状況に自分を重ねて、過去の『トラウマ』について話し出す概算が大きい。
そう読んで、計算しながら柊を少し誘導したのだが、これは吉と出たようだ。
「ししゃも……」
「みゅう」
俺は、背中を押すように、一声。そして、じっと柊を見上げる。
「……ゆかり」
「…………」
ほら見ろ、今から、『過去のトラウマ』について話し出すから!
社畜の状況判断能力を侮るな。いつもの決まり切った仕事から、いかにパターンを抽出し、効率よく仕事を終わられるか。残業を一分でも切り上げるテクニックとして、自然と身についたスキル、尊いです。
「……ゆかり……ししゃも、あのね……」
「……にゃあ」
「……あのね、私、昔……」
「みゅう……」
意を決したように、柊が胸に拳を当てる。
そのまま硬直して、5秒。
10秒。
1分。
3分?
は?
何で動かないの?
それどころか、瞬きも、息すらしてないよ!?
……あ。
まさか……!
『馬鹿な奴め。お前の周囲の時間は止まっている』
「やっぱりな! いや、気づかんだろ! お前、出てくるタイミング考えろよ、神!」
『神に向かって暴言をふるうとはな。自分の姿すら、誰の姿を真似て形成されているか、その恩を深く考えたことはないのか?』
「いや、人間の時はそうかも知れないけど、今は猫だから! お前の姿を真似て作られた種以外の種だからね!? そういうくらいなら、人間に戻してな?」
『それだ』
「なに?」
『十二月二十五日、ししゃもは死ぬ。あと10日ほど先のことだ』
「あと11日な。1日、大切だから」
『そして、それまでに貴様が「試練」を乗り越えられなかった場合』
「……う、やっぱり、ペナルティがあるのか。ししゃもの精神の死の代わりに、俺がこの猫の身体に一生縛られる、とかか?」
『…………』
「…………」
『…………』
「……ちがう、のか?」
『……そういう手もあったか』
「気づかなかったのかよ! なんか俺大変なこと気づかせちゃった? ねえ、なんか悪いこと考えてないよね!?」
『だがおそらく、本来決めていた方向性で行こうと思う』
「だから相変わらず文のつなぎがおかしいからね!? ……クソ、本来決めていた方向性?」
『「試練」を乗り越えられなかった場合、ししゃもと一緒に死んでもらう』
「やっぱりそういうことだった! いや、死ぬの? 俺、猫の身体のまんまで死んじゃうの?」
『貴様は今回の「試練」を告げてから、積極的に動くこともなく、ただ無為無策に時を刻んでいるではないか。このまま、柊のトラウマを解消できると思っているのか? 生きることを諦めた奴に生きる価値があるとでも?』
「いや、だから、今まさに、柊のトラウマを聞き出そうとしてるよね!? 精一杯『試練』と向かい合おうとしてるよね? なんか俺、間違っている?」
『馬鹿め、こんなことで柊の心を顕わにできると思ってか』
「な……? 俺がやっていることが間違っていると……?」
『間違えてないよ』
「間違えてないのかよ。それなら、もういいだろ。柊から続きを聞くから。お前、もう引っ込め」
『馬鹿めが。貴様、気づいていないのか?』
「……なにを……だ? 何か不吉だが」
『今までを思い出せ』
「……は?」
『それでは、健闘を祈る』
「ちょ、ちょっと待て。いままで……?」
『グッドDEATH』
「不吉すぎる挨拶言われた! なんなんだよ、もう!」
「……しゃも。私ね……」
「みゅ、みゅう?」
お、おう、柊。というか、世界が金縛りから解けたか。
それで、どういうことがあったんだ?
さあ、聞く体制は整っている。存分に話せ。
「それがね……」
「みゅ……」
相槌を打ちかけたとき。
――ピンポーン。
「――あれ? あ、お母さんかな? 今日は帰りが早かった?」
ノオオオオオオオ!
『今までを思い出せ』
神が言ってた、あの一言って、この前振りだったわけね!?
「ふみゃあ~~~~!」
俺はありったけの呪詛を神に向けて放った。
ああ、いいっすよ、もう、わかりました!
しょせん、一筋縄ではいかないですからね!
今まで通り、最後の最後まであがいてやりますよ、畜生!




