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6 全てがはじける

 翌日は昨日とは異なって透明感のある快晴で、俺は我が物顔で構内の芝生の上で寝転んでいた。校内は俺の庭。もはや、こと学舎内以外の領域に限っては、俺の縄張りと言ってもいい。よくない。


 昨日の出来事を考えると、またぞろ柊の周辺はきな臭い雰囲気になってきているが、それを差し置いても、柊は成長していってると思う。今日も学校にちゃんと来れてるし。

 いや、まあ、それが学生にとっての「普通」なわけだが……「普通」ってなんだろうな?

 毎日学校に行く。毎日会社に行く。

 柊の場合、その前提でさえ崩れていたところのスタートだったわけで、当初の俺はそれを問題視していたのだが、それでもこうして立派に社会に参加できるようになっている。

 だが、そこでふと考えるのだ。

 よく「社会復帰」というが、それは「社会から外れた存在はイレギュラー」とみなすということであり、「悪」だと見なされているのではないだろうか?

 なら、昔の柊は「悪」で、今は「善」とか「まっとうな存在」といえるのだろうか?

 柊は柊だ。成長したのは嬉しいけれど、柊が「悪」であったことなど、誰が言えるんだろうか? 「悪から善に成長した」のではなく、「柊は柊として成長した」。そう思えてならない。

 柊には良い友達ができた。でも彼らは「柊が劣等生だから、それを治そうとして」関わったのではなく、「柊だから」友達になったのだと思う。


 だが、そんなことを言っている俺自身はというと、柊のことを「地雷を持ったやっかいな小娘」とみなしていた。一般的な見方と同じく、「柊には問題がある」という社会常識に照らし合わせて、至極まっとうな見解を持っていたのだ。


 でもさ。俺は自分に当てはめ考える。

 「社畜」は社会的に「無職」でいるよりも立派。自分でお金を稼ぐのは尊い。もちろん、それは今でもそう思う。しかし、脳味噌の中身を吸い取られて「社会」に隷従するよりも、回り道をしてでも、大切なものを一つ一つ拾っていくのもまた、「生きている」ってことなんじゃないだろうか? 少なくとも、「社畜」にそれを否定する権利なんてあるんだろうか? 

 「社会参加できていない」奴を鼻で笑い、「青臭い」ことを、そんなの大人になりきれない証拠だ、と嘲笑う。

 それって、「今の自分が正しいんだ」と思いたい、汚れた大人のエゴに過ぎないのではないだろうか? 保身のため? 自分をだますため? 言い方は沢山ある。でも、それって、胸を張って、「必死で生きています」といえるようなことなのだろうか……?


 そういえば、今回のタイムリミットはししゃもが死ぬまで。つまり、クリスマスの深夜までということだ。相変わらず「試練」については全く進捗が怪しいし、もし、ししゃもが死んだら、俺はどうなるのだろうかという不安もある。

 いかに神が理不尽とはいえ、ししゃもと一緒に俺の命までは取ろうとしないだろう。

 そうするとあるいは、依り代が亡くなった俺をそのまま別の猫に憑依させるとか?

 ――やりかねんけどな、どちらも。あの神なら。うん、やりかねない。

 

 少なくとも、柊達とはお別れだな。

 

 たとえ俺が晴れてハッピーエンドを迎えたとしても、結局柊とは離れることになる。

 このぐじぐじうだうだ悩んでいる連中ともお別れ。

 はん。

 それは幸せなことじゃないか? それでいいと思う。

 ……だが、……いや、そう思っていたのだが、それで「俺」は……本当に納得できるのだろうか?

 何だ、このもやっとした感じ? 以前の俺なら、一笑に付していたことが、最近は煩わしく胸を刺すのだ。


 などと哲学的なことを考えつつ、芝生に横たえた身体をよじる。

 すると、目にしたくもない光景が、視界に飛び込んできた。

 昨日俺の身体をおもちゃにして和気藹々していたモブ女生徒。名前なんて覚える気にすらならない存在が、ともかく俺を見かけて談笑しながらこちらへ向かってきた。

 奴らとは関わりたくない。

 だが、のっそりと歩き出した時には、すでに俺は彼女たちに取り囲まれ、気づけばあれよあれよと脇腹を捕まれると、無理やり持ち上げられた。


「あ、またこの子がいるー」

「かーわいー! まさに忠猫八公!」

「またそれー? ねえ、この子、教室まで連れて行こうよ!」

「え、でもそれってヤバくない?」

「いいからいいから。柊さんに見せてやろうよ」


 調子に乗った発言に、躊躇する声も上がる。


「でも、ちょっとねー、教室っていうのは……」

「先生とかに見つかったら、ね」

「大丈夫だよ。行こうよ、動物好きな人に悪い人はいないよ。あの『いい子』の委員長だってそう言ってたじゃん」


 なんか積極的すぎやしないかい、モブ女生徒その3?

 俺も面倒事は避けたいし、常識的に考えて、そんなことをしないくらいの良識はあると信じているわけだが。


「まーそれはそうなんですけど」

「そうだね、うちのクラス、マスコット成分が足りてないわ」

「ねー」


 ……良識を信じた俺が馬鹿だった。侮れないぜ、今時JKの思考回路。

 俺はぎゅーっと抱きしめられ、おもちゃにされる。抱きしめられる度に胸が押しつけられ、柔っこい腕の感触が俺の理性に揺さぶりをかける。


 うおー、離せ!


 必死で身をよじるが、流石に爪まで立てる気はない。

 せめて抗議の声だけでも上げておくか。


「にゃあああ!」


「ほら、この子も教室行きたいみたいよ?」


 違うから。お前らがしつこすぎるだけだから。


「ちゃんと私たちの言ってること、わかるんだね。賢い賢い」


 いや、お前らは俺の言っていることをわかれ。少なくとも曲解するな。


「ぶみゅう!」


「あはは、わかったよ! それじゃ、教室まで行こうか?」

「ふみゅー?」


 曲解に次ぐ曲解の上、断末魔の声を上げた俺はうまい具合に抱きしめられて、柊のクラスに連行された。


◆◇◆


 教室に強制的にお持ち帰りされた俺は、すぐにクラスの好奇の視線に晒される。

 女生徒その1は、クラス内を見回して、目当ての人物を見つけると、無邪気な悪意で微笑んだ。


「立花さーん、この子、かりてるよー」

「たしか、し……しーちゃんっていうんでしょ?」


 柊が、困惑した表情でこちらを見る。


「――は? なんでこんなところに? なに考えてるの? ばかなの? 校舎から出しておいてよ」


 外弁慶の柊が、あくまでドライに言い返すと、女生徒たちはブーブー言い出す。


「……つめたーい。なんでそんなこというの?」

「こんなに可愛いのに」

「もしかして、あんまり可愛がっていないとか?」

「ねー?」

「……何が言いたいの? あんたら……」


 不機嫌を顕わにして、柊が女生徒たちを睨みつける。


「え、別に……ねー」

「ねー」


 と、そこで鋭い声が割って入った。


「やめなよ。さっきから、ちょっと気に障ってるんだけど。柊って、そんな子じゃないよ」


 西沢だ。柊と同じく、表情は険しい。

 俺を教室に入れ込んだことよりも、俺をおもちゃにしてふざけているのが許せないのだろう。柊も、西沢も、そういう奴だからな。こいつらの言わんとしてることは、付き合いの長い俺は、よく理解しているつもりだ。


「何……冗談じゃん」

「何マジになってんの?」


 女生徒たちは西沢の加勢に、若干引き気味になっている。


「そんなの、あなたたちが……!」


 ぐっと拳を握る西沢に、モブ女生徒たちは、軽い調子で切り返す。


「クラス委員は、えこひいきはいけないと思いマース」

「そういえば、立花さんの不登校を直したのも美玲だったよね」

「ちょ、ちょっと、何を言ってるのよ。柊は関係な……」

「そうそう、最近付き合い悪くなったし」

「この子が学校に来てからだよね。あ、しーちゃんじゃないよ? 飼い主の方ね」


 あらかじめ断っておくが、おれは「しーちゃん」ではない。

 そういわれることに腹が立つし、何ならお前らの存在自体に嫌悪を感じる。


「だから、何が言いたいの?」


 西沢は頭に血が上りかけている感じで、いらだたしげに詰問した。


「えー?」

「ねー?」

「わからないのかなー、空気読むの上手じゃん、美玲」

「マジ怒りとか、ひくわー」


 その言葉の通り、「可愛いおふざけ」でことを済まそうとしているモブどもは、ドン引きした表情を作っていた。

 と、ふと、女生徒の一人が、パン、と手を合わせる。

 その表情には、ありありとした意地の悪い笑顔が張り付いている。


「そういえばさ! 美玲ってお兄さんもいたんだよね」

「え……? いない……けど?」


 西沢が、不意の話題転換に当惑した顔になる。

 女生徒の口角がいやらしく引き上がった。


「あれー? 美玲のお母さんが大学生くらいのイケメンと腕を組みながら歩いてたって、うちのママが言ってたよ」

「――!」


 愕然。そう形容するのがぴったりな表情で、西沢が凍り付く。


「えー、ほんと? 本当はお兄さんなんでしょ? 紹介してよ」

「…………」

「お母さんと仲いいんでしょ? いつも自慢してるし」

「…………」


 西沢は言い返さない。


「え、嘘……なんで無言なの?」

「え? もしかしてー? 逆援交ってやつ?」

「えー、優等生の美玲のお母さんだよ? そんなのあったらドン引きだわー」


 そのとき、がたっと音を鳴らして、席を立った男子生徒がいた。

 

 ……槻谷?


「そ、そこらへんで……や、やめ……」


 最後まで言い切れないが、意図はわかる。

 普段空気とされている存在の突然の反逆に、クラスはしんと静まりかえった。

 視線を一身に浴びて、さらに言葉に詰まる槻谷。羞恥心だろう、顔色が土気色になっている。


「何、あいつ……きも」

「そういえばさ、美玲とあいつって……」

「なんか、一気に色々裏切られてる感じだよね」


「そうだよな、お前らは期待を裏切らないよな。相変わらずのくずだよ、お前ら」

 

 頭の後ろで手を組みながら、佐々木が飄々とした感じで言う。


「佐々木君まで何言ってるの?」

「いや、単にムカついただけ」


 乱暴に言う佐々木に、女生徒たちは顔を見合わせた。


「佐々木君も……ねえ」

「クラスで浮いちゃうよ、そういうの?」


「――ちょっと、いい加減にしてくれる?」


 と、柊が怒気を瞳に揺らめかせて、女生徒たちを一瞥する。


「そうよ、私を助けてくれたのは美玲たち。あんたたちは何もしてくれなかった。だから言わせてもらう。あんたたちみたいなの、本当にムカつく。あの槻谷くんが立ち上がった意味がわからないの? 佐々木君がむかつくって言った意味が? そのくらい、あなたたちの性根が腐ってるってことでしょ?」


 激高する柊に、女生徒たちは目に見えて狼狽えた。


「で、でもさー、優等生のお母さんに、素敵な彼氏がいるって、なんか羨ましいっていうか」

「ちょっと興味が出ただけで」

「なんであんたたち、すぐマジになるかなー? はやらないよ、そういうの」


 柊は急角度に眉を釣り上げる。


「確かに、私たちは外れものだし、美玲の家庭にだって、何かあるのかもしれない。でも、そんなことあなたたちには関係ないじゃない。人の家庭がどうなっているかまで首を突っ込む権利なんてないよ! 大体、美玲はいつもお母さんの事を思っていて、仲良しだって言ってるもの。私はそう何度もそう聞いてる。何も知らないで、知った口聞かないで。本当にムカつく」


 柊は一気呵成に吐き捨てて、西沢を振り返る。


「……美玲、気にすることないよ」

 

 しかし、西沢はむしろたじろいだように身を引いた。


「……ちょ、ちょっと、お手洗いってくるね」


 取り繕うように呟いて、西沢は教室を出ていく。

 

 険しい目で女生徒たちに一瞥をくれると、柊も、後を追った。

 よくわからないが、きっと二人で、慰め合いでも交わすことだろう。

 そうであってほしいものだ。

 

 とりあえず俺も教室を後にしようとするが、少しだけ槻谷のバカを褒めてやろうという気が湧いてきた。

 コイツも、立ち上がっただけとはいえ、成長したもんだと思う。

 柊と同じヘタレだが、イジメられっ子だった槻谷は、もういないのかもしれない。


 ドン引きして凍り付いている女生徒の腕からするりと逃れて着地。

 トコトコと槻谷に歩いていくと、足に擦り寄って、「にゃあ」とひと声かけてやる。

 

槻谷は俺の頭を軽くなでると、少し困ったような笑みを浮かべた。


「お前のご主人様……嬉しいけど、ちょっと重かったね」


 何を言っているのだろう? 俺は首をかしげる。

 佐々木の方に視線を巡らせると、荒々しく鼻息を吐いて、器用に肩をすくめたところだった。


 静まりかえったクラスをしばらく不快な気持ちで見やった後、俺はゆっくりとした動作で、柊と美玲の後を追うことにした。


◆◇◆


 教室を出て、耳を澄ます。

 柊と美玲の声が、パラボラアンテナのような俺の聴覚に引っかかった。

 どうやら二人は教室から離れた、階段の踊り場で話し合っているようだ。

 

 と、俺は首をかしげる。

 どうも、二人の言葉に緊張感がある。なんなのだろうか?

 声の聞こえる方、踊り場まで、足を向ける。

 

 そして、ふたりの姿を視界に捉えた時だ。

 ――不意に美玲のイラついた声が破裂した。


「……っていうかさ、柊。クラスの私の立ち位置とか、空気読んでくんないかな? クラスみんなの前であんな言いかたされたら、余計波風たつじゃん! はっきり言って迷惑だったよ?」


 俺は思わず息を飲んだ。

 違う、柊はそんなつもりで声を上げたんじゃない。

 西沢、お前だってわかってるだろう? 柊は、お前が大切だからこそ、なけなしの勇気を絞り出したんだ。


 ……だが。


「だって、それは――! 美玲だって……!」


 柊も困惑しながら、弁明を試みる。

 しかし、返ってきた声は苛烈すぎるものだった。


「は? 私の家庭の事情なんて関係ないでしょ? 柊の方こそ、私の何を知っているというの? 時々あなたのそういうところってさ。正直言ってイラッとする!」

「――!」


 柊も思わず言葉を飲み込む。

 空気を読んでみんなと仲良くやっていくのは、西沢のスキルだ。

 実際、そのスキルに柊たちは救われたわけだし、今だって救われている。

 ただ、今回の西沢の激高の理由は何だろう?


 クラスカーストを貶められたから?

 「みんなの美玲」という立場を揺らがされたから?

 クラスの生徒に、柊たちが美玲のことを友達だと思っていると知られたから?


 どれも違う。今まで見てきた西沢は、そんな性格じゃない。

 そんな奴ではない。そういう風に、俺の瞳は西沢を捉えていた。


 だからこそ、西沢の爆発は、俺たちにとっては衝撃で。

 しかし、西沢の怒りは頂点に達していて。


 絶句するしかない俺と柊の脇をすり抜けると、西沢は教室に帰ろうともせず、そのまま階段を駆け降りていった。



 ……柊、西沢、槻谷、佐々木。

 四人でいつも囲んでいた昼食の輪の中に、西沢が入り込まなくなったのは、この事件があってからだ。



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