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2 ファーストミッション開始! 柊を登校させよう!

 人生なんて、何をやっても無理ゲーである。


 実際俺はそこそこ勉強して、そこそこの大学入って……就職活動で落ちこぼれた。結果、目も当てられないようなブラックに入り、今現在、『人間の実体』はどうなっているのかすら知れない。

 結局いくら頑張ろうと成功しようと、一度人生で躓くと、人生は詰む。

 だから、無意味なのだ。

 だが、ここには重要な裏の意味がある。

 すなわち、『ましな人生を送りたいのなら、人生は躓かなければいいのだ』という、ごく当然のこと。

 目立たず、しかし埋もれず。

 失敗はしても大失敗はせず。

 いついかなる時も、ドロップアウトこそを恐れるべきで、平々凡々でも社会の枠内に滑り込みさえできれば、底辺近くであっても十分勝ち組なのだと思う。

 妥協が大事。大人になって見ればわかる。振り落とされないことがどんなに大変で、大切なことか。


 柊はというと――まあ、高校での失敗は本人が思い悩む以上にリカバリー可能だし、最悪『大学デビュー』という、若者の特権によって上書きできるから、まだやり直せるかも知れない。

 だからこそ、ここいらで柊には転落の歯止めが必要だろう。

 柊の将来になぞ興味はないが、あのなんかわけのわからない『神』の言うことに逆らったら、恐ろしいことになりそうだ。わけがわからない存在だからこそ恐ろしい。

 そんなわけで、俺は猫のままとはいえ、早速行動に出てみることにした。


 柊はいつものように日中はベッドの上でゴロゴロしながら、スマホをフリックフリックしてる。

 もっとも、柊も時折は現実を見つめるときはある。

 実際、今日はいろいろ悩んでいたようだ。


「ねえししゃも。高校やめて働くとしたら、どんな仕事があるだろうね」


 と、『ハローワークインターネット』を検索したようだが、『近場、短時間、接客じゃなくて、スキルも必要なくて、中卒』という案件を探してみたら、案の定0件ヒットという現実を知ったらしく、わずか10分で心が折れたみたいだった。


 もちろん、柊を侮ってはいけない。

 彼女はもっと、自分を自覚し、低いハードルで考えていたこともある。


「高校もいってないし、バイトやってみようかな……!」


 そのときは単に『就職』の二文字が頭をよぎるほどには追い詰められていないガキの思考の所以だったのかもしれないが、こちらは希望の案件が絞られ、勢い込んで申し込みまで進んだ。

 だが、「高校も行ってないのに、面接の時何言えばいいんだろう?」と、玄関でしゃがみこみ、迫り来る不安と緊張感に心理的撤退を重ねた結果、断りの連絡も入れられずにばっくれた経験の持ち主だ。


 まあ、ともあれそれが悪いこととは言えない。どんな動機であれ、人間社会の歯車たらんとしたことは評価できる。ガキ丸出しの不毛な生活を捨て、良識ある社会の一員になることは尊いことだ。

 『ししゃも』になって1週間弱だが、現在のところそこまで自分の現状に危機感を抱いているということは確認出来たわけだから。


 ぴくり、と俺の耳が反応する。

 どうやら来たみたいだな。

 俺はベッドに横になる柊の頬に右足の肉球をむにゅっと押し付ける。


「んー、何、ししゃも、遊びたいの?」

「にゃあ」


 俺は一声泣いて、壁掛時計の方に視線を巡らせる。


「――!」


 柊の体に緊張感が走る。

 そう、いつもの頃合だ。

 柊を見て再び鳴いて、付いてこい、という仕草を見せ、俺はそのまま、玄関に向けて歩いていく。

 俺と柊が玄関まで歩いていくのと、インターホンが鳴ったのは、ほぼ同時だった。

 誰が来たかのかくらいわかる。昨日のクラス委員、西沢だ。

 実際になってみてわかったのだが、猫の感覚というのは特殊なもので、いつ、誰が、近くまで来たのかということを、僅かな音やその他のことから細かく察知できる。


 柊は一歩後ずさりするが、俺は逃がす気は毛頭ない。


「にゃー、にゃー」


 これ見よがしに鳴き声をあげながら、二本足で立ち上がって、玄関ドアの隙間をカリカリ掻いてみせる。


(……ちょ、ししゃも……!)


 小声で柊がたしなめるが、聞いたこっちゃない。

 このヒキコモリ女を登校させなければ、俺に明日はないのだ。

 具体的に言うと、残り一週間しかない。

 それを越えると、待っているのは人生ならぬ猫生。残りの命を猫に消費するのは御免こうむる。

 インターホンが少し躊躇いがちに途絶え、もう一度押される。


「立花さん――西沢です」

「にゃー! にゃー!」


 さらに大声で鳴くと同時にドアをカリカリ。


(ちょ、ちょっ! ししゃも……!)


 小声で、小振りな唇に人差し指を突き立てる柊。

 異変に反応したのはドア越しの西沢の方だった。


「飼い猫さんかな? ……猫くん? 外に出たいの? やけに必死だね……あ!」


 その声色に、はっとしたような緊張感が走る。

 同時に、その声に何かを察知したのか、俺の背後の柊の全身に戦慄が走る。


(ち、違うから! 違うからね?)


 西沢は鋭い声を発する。


「もしかして、立花さんに何かあったって、そう知らせたいの!?」

「にゃー! にゃー!」


(ちがーう!)


 柊が身悶えする。

 ――よし、勘違いOK。

 浅はかなJKの心の牙城なんぞ猫のままでも十分突貫できるわ。


「ど、どうしよう? 管理人さんに言って、鍵を借りてこようかしら? 立花さん! ガスの元栓は締めて! 戸は全開にするのよ!」


 西沢は狼狽して、ドアをガンガン叩いている。

 YES、ナイスパニックだぜ、西沢。

 ここから柊に、さらにプレッシャーがかかることになるわけだが……。

 まずはファーストステップだ。

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