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5 強がりな二人と揺らぎ始めた現実

 その日の昼ご飯。試練のリミットまで12日。

 柊、西沢、槻谷、佐々木は、いつものようにカフェテリアのテーブルを囲んでいた。もちろん俺自身も出席。

 槻谷が、校庭の方を向いてぽつりと呟いた。


「なんか、降ってきそうだね」


 冬も本番、身を切るような冷気に、わずかな湿気を含んだ空気。そして、空は黒く濁っていて、いつ泣き出してもおかしくない様子だった。

 槻谷は軽く頭を振ると、西沢に話しかけた。


「西沢さん、大丈夫?」

「ん? 大丈夫だよ。傘持ってきてるし」


 槻谷はうーん、と頭を掻いて、「その意味の『大丈夫』じゃないんだけど……」と、ぼそぼそと言った。


「なに? なんか含みのある感じね」

「ね、美玲……槻谷君と、私たちも同じこと考えてるんだけどさ……」

「え? 何なの、二人とも?」

「お前ら婉曲すぎ。ストレートに言わせてもらうぞ。西沢、最近、お前の立場、微妙になってないか? ほら、俺たちみたいなカス共と付き合ってると、色々言われることもあるだろう?」


 こういうとき、佐々木は四人を引っ張るように発言をするようになっている。

 部活で培った兄貴肌というのもあるだろう。でも、一人で自暴自棄になって孤高を気取っていた少し前と比べると、俺的に好感度は上がっているんだよな。

 こういう奴って、社会に出ても必要とされる。仕切り屋とは違った意味で、決心がつかない状況の時、自分の意見を言えるというのは、それだけで才能なんだ。

 佐々木のフォローに、西沢は目をぱちくりさせた。


「アハ、心配してくれてるの? 大丈夫です。私、交友関係も広いし、信頼も厚いもん。それは、色々と陰口たたかれていることも知ってるけど、うまくやってるよ。それに佐々木君も、柊も……不本意だけど槻谷も、大切な友達であることには変わりないじゃない」


 その言葉に、柊は少し顔を赤らめた後、探るような瞳で西沢を見やった。


「そ、そうだよね。と……もだちだよね。少なくとも、名前で呼んでるんだし。うん、美玲、友達」

「なんで片言になるのよ?」


 西沢が笑うと、柊も相好を崩した。長く続いたぼっち生活と、そもそもの隠れツンデレ性質からして、「友達」と、まっこうから認めるのが恥ずかしいんだろうな。

 最近は前よりツンケンしなくなったが、お前のその外弁慶、いい加減根本から直した方がいいと思うぞ。


「そ、そうだよね……トモダチ……」

「めんどくさい奴……」


 柊のそんな様子に、佐々木が苦笑する。


「なんかみんな変だよ? 柊も、何かあった?」


 いぶかしげに言う西沢に、キョドりながら柊が話題をそらした。

 まあ、自分を悪く言うクラスメイトから庇ってもらったことを思い出して、心が少し温かくなっているのはわかる。


「べ、べっつにー? それよりさ、今度のクリスマス。美玲は家族と過ごすって言ってたけどさ」

「うん、聖夜はお母さんがホールケーキ作ってくれるんだよ」

「……」


 そんな嬉々とした西沢に、槻谷が口を開き書けたが、首を振って口を噤んだように見えた。

 柊は、やや固い声で、西沢をはじめとした皆に視線を巡らせた。


「夜は家族と過ごすとしてさ、その前に、夕方くらいでいいから、みんなでパーティでもしない?」

「えー? そういうキャラだっけ、柊?」


 西沢が驚いたような顔をする。


「いいと思うぞ。俺も部活やってたときは野郎で集まって苦しみますパーティーやってたからな」

「今回は美玲と私がいるから、苦しみますじゃないね」

「別の意味で苦しみますだけどな。自分を振った女とパーティとか」

「あはは、でもほんとに柊、あなたってそんなキャラだっけ?」


 西沢のその言葉は、柊の頬に朱を掃かせた。


「昔は……ね。それで、どうかな、美玲?」

「え? ……あ……ええ、いいかもね。でも、うちはね、ちょっとね……」

「槻谷君はどう? あなたが承諾すれば、美玲も即決だと思うよ」

「ちょ、ちょっと、柊! それ、どういう!」


 柊は肩をすくめて、いたずらっぽく微笑んだ。


「どうかな、槻谷くん? クリスマスの予定は? もう一緒に過ごす娘でもいる?」

「槻谷にそんな甲斐性あるわけ無いじゃない!」

「ひどいな……まあ、ああ、僕は、まあ……」

「槻谷、なんなら彼女連れてきてもいいんだぞ?」

「彼女? 槻谷……?」西沢が愕然とする。

「そんなのいないよ。でも、まあ、うん。基本僕、ぼっちだから……」


 西沢はほっとしたような息を吐く。


「それならいいよな。彼女候補は一目瞭然でいるっぽいし、俺なんかより立派にリア充だぜ、槻谷」

「え……? なななななに進めてるのよ、あんたたち!?」


 一人不機嫌そうな西沢を除き、その場に和んだ笑い声が起こった。


◆◇◆


 佐々木と槻谷はともかくとして、クラス委員の仕事がないときは、柊と美玲は一緒に帰ることもある。

 折しもぐずりにぐずっていた曇天は細く長い糸を吐き出し、点と地上に幾筋もの線をつないでいた。


「やっぱり降ってきたね」

「うん、柊も傘持ってきた?」

「もちろん」


 柊は、鞄の中を探って、折りたたみ傘を取り出してみせる。


「折り畳み派なんだね。私は置き傘をつかってるんだけど……折りたたみって、小さいから濡れない?」

「自転車通学とかだったらね。でも、いつも鞄に入れておけば忘れることもないし、突発的な雨にも対応できる。合理的じゃない?」

「そこら辺は、流石に柊だね」


 西沢は笑って、笠置の方に足を向ける。

 それから、じーっと幾種類もの傘を見渡して、ひとつ首をかしげる。


「あれ?」

「どうしたの?」

「持ってきたはずなんだけどな。お気に入りの傘だし、M・Nってイニシャル書いてあるから、見落とすはず無いんだけど。間違えて持ってかれたかな?」

「やだね。傘、盗む奴とか平気でいるから」

「まあ、しょうが無いか。柊、近くのコンビニでとりあえずビニール傘買うから、それまで入れてくれない?」

「いいけど、折りたたみだから、少し濡れるよ?」

「水もしたたるいい女になっちゃうかも知れないね」

「なによそれ」


 柊は笑って、折りたたみ柄を引っ張ると、傘を開いた。


◆◇◆


 コンビニまでは学校から5分ほどで、少し入り組んだ小道を進む必要がある。

 その道すがら、柊は西沢の顔を見ずに、ぽつりと呟いた。


「色々ありがとうね」

「何、突然?」

「ん、別に。ただ、こうして学校にまた来れるようになったのも、お昼に誘ってくれたのも、皆美玲のおかげだから。感謝してるんだ。そのことは、伝えたくて」

「…………柊の頑張りだよ、きっと」


 素直に感謝の言葉が言えるほどに柊は社交性を回復してきている。まあ、社交的だった頃の柊のことは知らないが。でもやっぱり、あのニートの時の惨状を知っている俺としては、この前進には目を見張るものがあり……そして、少し嬉しい。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、四つ足で道を行く猫畜生にとっては足から胴体に雨がはじき、ドロドロになってしまって、非常に不愉快だ。

 上から降る雨に関しては別に気にならないのだが、汚れた水をかぶるのは、いらだちを覚えずにはいられない。帰ったら、即シャワーだろうな。


「私ね、去年のことがあってから、世界ってもっと真っ黒だと思いこんでた。でも、美玲の明るさに、優しさに触れて、もうちょっと人を信じたくなったんだ」


 柊は相変わらず西沢の方を見ようとしない。ただ、紅潮した顔で、大切な、とても大切な言葉を、一言ずつ確かめながら紡いでいることはわかった。


「……そっか」


 返す西沢の方もまた、柊を一瞥しただけで、感謝の言葉を否定しない。

 好意を素直に受け取るのは大人になるほど難しくなっていく。だから、それは思春期の多感な時期にある女の子達に許された、重要な儀式なようなものなのかも知れない。

 コンビニがある道に続く角にさしかかり、柊は、決心したように口を開いた。


「私、美玲のこと、さ……」

「ん……私もだよ。百合的な意味じゃなくてね」


 そういたずらっぽく言うと、そこで初めて二人は顔を見合わせて微笑みを交わす。

 

「うん」

「ね」


 角を曲がり、電信柱の陰にあるゴミ集積場所を通り過ぎようとしたとき、ふと、目に入ったものがあった。


「にゃあ」


 俺は二人の注意を引きつけ、ゴミ捨て場の方を見る。


「あ」

「あ、ししゃも君、ナイス」


 そこには、ゴミ袋の上に無造作に捨てられた傘が一本。


「これ、使えるかな? 使えたら、傘買わなくてすんだね」

「ししゃも君、ナイス注意力だよ」

「そうだね、よくやったよ、ししゃも」


 西沢は嬉々として傘に手を伸ばしかけ……そして、その場に凍り付いた。


「どうしたの?」


 柊がいぶかしげに西沢の表情を見て、傘に視線を移す。

 俺の位置からは傘は明確には見えないが、柊の表情もまた、凍り付いたことに気づいた。


「これ……私の……」

「……見間違いじゃない?」


 西沢は首を振る。


「柄も大きさも、イニシャルも……私の……」

「……あ」


 柊と西沢は言葉を無くして、しばらくそこに立ちすくんだ。

 時間にしては短かっただろうが、いつまでも続くかのような凍てついた雰囲気を、わざとらしい、西沢の声が打ち破った。


「酷い人もいるんだね。盗んだあげくに、用済みになったらゴミにぽい? 信じられないなー。ついてないよ、まったく」

「そこのコンビニまで使って、新しい傘買ったのかもね。女物だし、どっかの性格悪い男子の仕業かもね」


 柊が、言いにくそうに、つっかえつっかえフォローする。

 だが、それは違うだろう。仮に男子なら、はじめから男物を盗む。


 だから二人とも、そんな戯言を信じていないのは明白で。

 何が起こったのかを察することができないほどには大人になりすぎていた。


 ……失敗したな。俺があんなところに傘を見つけなければ。

 お節介にも、声をかけなければ。


 もしかしたら、この翌日に起こった「あのこと」も、二人は巧く自分たちをごまかせて、偽っていられたのかも知れないのに。



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