表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/52

5 本当のこと

 放課後、柊と俺はいつものように佐々木が毎日時間を潰しているコートに向かった。

 コートには、以前述べたように体育館裏を通っていかなければいけないのだが……どうもこういう時に限って、目的ではない人間にエンカウントする率が高いよな、俺。


 体育館の壁に背をもたれ掛からせて、サラサラヘアのバスケ部エース、政宗が、組んでいた腕を解いて、片手をあげる。


「ちょっと、女子の噂話を聞いたんだ。柊さんが、よく屋外コートに足を運んでるようだって」

「どこ情報なの? あそこのコート外は人がほとんど通らないし、その情報網は怖すぎる」

「まあ、女の子はそういうのに敏感なのかもしれないね。昨日の今日でなんだけど、柊さんは佐々木狙いなの? 俺に、チャンスはないのかな?」

「いえ、別にあなたのことを嫌いとかではないんだけど……」

「俺以上に、佐々木に夢中?」


 政宗は柊との距離を詰めると、ゆっくり顔を近づけていきながら、囁くように言う。


「君みたいな女の子、久しぶりなんだ。媚びなくて可愛くて……ちょっと俺、心が傾きかけてるかもしれないな」

「ちょ……近いよ、顔」


 そう言いつつ、柊は顔を紅潮させて凍りついたままだ。

 恐らく恥ずかしいのもあるのだろうが、俺から見るに、異性慣れしていない柊は、蛇に睨まれたカエルのように恐怖を押し殺しているに違いない。コミュ障だしな。よく見ると肩がふるふる震えている。


「俺のこと、嫌い……?」

「だから、そうじゃ……」

「なら、好き……?」

「ちょ、ちょっと、まって! やりすぎ……」

「大丈夫。気持ちに正直になれば……」


「そいつ、嫌がってるじゃねぇか。政宗、ちょっと控えろよ」


 柊が硬直しつつも声を荒げると、不意にぶっきらぼうな声がかかった。

 政宗は声のした方向を見ると、不快そうに顔を歪めた。


「なんだよ、佐々木。べつに俺は無理強いはしてねぇぞ?」

「強引なんだよ。そいつ、つい最近まで引きこもりだった奴だぞ。どう見ても男慣れしてねぇ。手加減してやれよ」


 政宗は一瞬、心底腹立たしそうな顔をしたが、大きく息をついて肩をすくめると、柊に申し訳なさそうに謝罪した。


「ごめん、柊さん、ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。今度の休みのデート、楽しみにしてるから」


 そう言って、政宗は屋内体育館へと歩を進めていった。


「邪魔したか? お前もまんざらじゃなかったみたいだったけどな」

「……ありがと。お礼は言っておく」


 柊はボソリというと、訝しげな表情になって言った。


「でも、なんであなたがこんなところに? 屋外コートの方から来たっていうのがわからない。逆方向から来たなら、まだわかるけど」

「ああ、そりゃそうだ。俺はお前を探していたからな」

「探していた?」

「ああ、お前のことを思い出したら、なんか腹が立ってきてな。見つけ出して文句を言いたかったんだ」

「はあ?」


 柊は首をかしげる。


「お前、俺に同情してるだろ? ウザいんだよそういうの。それが言いたかった」

「……はあ」

「おおかた、俺がバスケなんかに未練が残ってると思いこんでいるようだがな。とんだ勘違いだ。そんなふうに思われるのいらつくし。今もイライラしてる」

「……そんなに説得力のない発言も珍しいね。毎日毎日、コートを眺めてるのに」

「とにかく、そうなんだよ。お前、クール決めてるけど、なんか暑苦しい。俺のテリトリーに入ってくんなよ」

「同情してないといえば嘘になるけどね。前言ったとおり、自分のためだよ」

「だから、それがわからねぇんだよ」


 忌々しそうに、佐々木は舌打ちする。

 柊は、ふうっと息を吐くと、俺を抱き上げた。


「全部聞いた」

「はあ?」

「例えば喧嘩は、あなたが吹っかけたんじゃない。うちの学校のクズたちに絡まれたんでしょ? 『一方的に殴られた』なんて言ってるけど、証人(みかた)があいつら自身だもん。そんなの、詐欺師を信頼するようなものだよ。だいいち、故障して手負いのあなたが、喧嘩なんかできるの?」

「…………」

「井上は同じバスケ部の人に取られたんでしょ? 悔しいよね。バスケをやってない自分と比べられたんじゃないかって思うの、当然だよ」

「……しつこく付きまとったのは事実だ」


 柊は卑屈になる佐々木を包み込むようにため息をつく。


「それは本当みたいね」

「…………」

「バスケは、好き?」


 真摯に見つめる柊に一瞬、怒りを込めた視線を返したが、佐々木はふっと息を吐いて自分を諌めた。


「……腕が肩の高さ以上に上がらねえんだ」

「…………」

「試合中、無理なチャージングで突っかかってきた奴がいてさ。ジャンプしてディフェンスした俺と空中衝突。……そんなワンプレイで、俺の選手生命は絶たれたんだ」

「…………」

「これでも、バスケ部ではホープだったんだぜ? 政宗なんかより、俺のほうが全然実力は上なんだ」


 佐々木は肩をすくめる。


「進行形」

「は?」

「進行形で言うんだね、『俺のほうが実力は上なんだ』って。あなたにとって、バスケは『だった』なんて、過去形じゃないんだよ」

「……細かいな」

「リハビリとか、できないの?」

「無理だよ」


 佐々木は、吐き捨てるように言う。

 コイツの未練の持ち具合からして、リハビリが辛いから逃げ出す、というのは考えづらい。おそらくは、医学的に引導を渡されたのだろう。

 佐々木は自嘲するように頭を振る。


「本当に変わってるよな、お前」

「よく言われる」

「俺な……バスケやってた時は、毎日が充実してた。こんな奴じゃなかった。こんなクソみたいなやつじゃなかったんだ」

「あんた、自分のことを糞だなんて思ってるの?」

「……うるせえよ、クソなのは同じだろ、引きこもり女」

「ひどい言われようね。最近そういうふうに言われたのは、あなたで二度目」


 柊は苦笑する。槻谷との事を言っているのだろう。


「改めて聞くけど……井上に付きまとったのは、なんで?」

「一方的に振られたからだよ」

「……納得できなかったから?」

「そうだよ。ああ、バスケができなくなった故障品を、あいつは捨てたんだ。結局、バスケマシーンだった俺から、バスケを取り上げたら、クソみたいな残りカスってわけだ」

「……そう」

「素っ気なく言いやがって。なんだよ、お前も俺を馬鹿にしてんのか?」

「してない。全部がなくなってなんかない。ちゃんと残ってるじゃない。あなたは、今、ここにいる。昔持ってたものをなくした気持ちは辛いだろうけど、それは自分を否定する言い訳にはならないよ」

「あ?」

「私に同じような事を言ってくれた人がいるの。あの時は『間違いを犯すことは間違いじゃない。そうして一つ一つ学んでいくんだ』って言ってたけどね」


 柊は、心から可笑しそうな笑みを見せる。


「『それが青春っていうものだろ』、だったかな?」


 佐々木は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。

 それから困惑した顔で舌打ちすると、皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。


「政宗じゃないけどよ……それなら、その『青春』とやらを知っているお前が慰めてくれるか? 何もかもなくしたオレの女になって、慰めてくれる?」

「ばかじゃん?」

「はっ! そうだろうな。結局……半端な優しさ見せてんじゃねぇよ」


 柊は自棄になっている佐々木を軽くいなすように肩をすくめた。


「優しさ? そんなんじゃないよ。あなたには少し興味がわいただけ。自分を痛めつける人を見ると、少し前の自分自身を見てるみたいで放っておけないんだ」

「……なら、今度の休みは政宗じゃなくて俺と付きあえよ。バスケだけじゃなく男としても、政宗より上だぜ?」

「……考えとくわ」


 柊は苦笑して首を振ると、「べっ」と舌を出して見せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ