3 佐々木
そして、柊はいつもの通り、屋外のバスケコートをジッと見つめる佐々木のところまで足を運ぶ。
こうなったら、俺も腹をくくろう。どっちでもいいから、脈ありそうな方。全然腹くくってねぇな、佐々木に傾くのと逆方向に保険かけてるじゃねぇか、俺。
「にゃあ」
俺が声をかけると、佐々木は面倒くさそうにこちらを振り向く。そして、柊の姿を認めると、甲高く舌打ちした。
「またお前か」
「まあ、ね……」
「なんなのお前、俺に惚れてんの?」
そうだったら、俺にとってもこの上なく良いことなのだが。
「バカじゃん」
やっぱり柊は冷たく突き放す。あ〜、そうだろうよ、お前ってやつは。
「ねえ、あなた、まだバスケがしたいの?」
「……関係ねえだろ。お前みたいな、つい最近までヒキコモリしてた女に何がわかる?」
「ひきこもりだったからだよ。私は今まで、大切にしなきゃいけないと思っていたものをなくしてきたから」
「…………何言ってるか全然わからねぇ」
……直球だな。何考えてんの柊? 今回ばかりは、お前の行動全然わからん。
「余計なお世話ってわかってるけどね」
「……思ってるなら関わるなよ、おせっかい女」
「バスケ諦めて、うちの生徒と喧嘩したって聞いたけど」
「そのとおりだよ。それが?」
「彼女だった子にも、付きまとって、嫌がられてたって」
「だから、そうだって。なに? 喧嘩売ってんのか、お前?」
いや、柊はチキンだ。そんなつもりは毛頭ないのはわかる。
いまいち今回は柊の意図が読めないんだよな。何が柊を駆り立てているのか。
さっぱり、お手上げだ。
「つまりさ、心にそれだけの穴が開くくらい、あなたにとってバスケが大切だったって、そういうことでしょ?」
「…………ッ!」
柊はつと視線を佐々木から逸らして、事も無げにいう。
「あなたが可哀想とか、そういうんじゃないよ。ただ、私自身の問題があって、少しあなたのことが気になった……最近、いろいろなことがあって、私は関わらないことをやめたんだ。私は今までずっと逃げて、引きこもっていたから……見なきゃいけないものを見えないふりをし続けてきたからさ。だから、これは私が私であるための補修なの」
「言ってる意味わかんねーよ……」
「私自身もよくわかってないんだけど、ね」
柊は佐々木に、淡く微笑むと、首をすくめておどけてみせた。
「それじゃ……またね」
「…………なんなんだよ」
珍獣を見るかのような奇妙な顔つきの佐々木に背を向け、柊は歩き出した。
柊――と、俺は思う。
お前がやっていることは全くの偽善だ。お前は、心に傷を負った人を助けざるを得ない、無条件に優しい人間だなんて、今まで一緒に生活してきた俺は、全く信じてない。
お前はお前自身が佐々木に必要とされるために、お前自身が佐々木を必要としているだけだ。そうしないと、今まで無為に過ごしてきた自分自身の価値が感じられないんだ。
そういうのをなんていうか知っているか? 救世主願望というんだ。それは、決して健全なことではない。
柊自身は、そのことにどこまで気づいているのだろう?
しかし、少なくとも最近、たとえ偽善だとしても、こうして行動に出ることが少しずつ増えていっていることが、俺にはどうしても理解できないでいる。
柊、お前は何があって、そんなにも変わっていっているのだ?
俺は柊に並んで歩きながら、モヤモヤした心情に、ただ戸惑っていた。
◇◇◇
最近では昼中にサボりこそしなくなったが、柊は放課後の帰り道には、俺と『出会った』あの公園に足を運ぶのが日課になっていた。
今日も公園を散策すると、ナトリウム灯の下にあるベンチの端に腰掛けて何事かを思案する。
「みゅう」
俺は難しげな顔をしている柊を訝しげに柊を見上げた。
柊はこちらを一瞥すると、軽く頷く。
「……うん、ししゃももそう思うよね」
「みゅう?」
柊は軽く首を振って、俺を見下ろした。
「自分が大切にしてた信念を突然奪われて、荒れてしまうこと、崩れてしまうことって、やっぱりあるよ。昔の私がそうだったように……」
違うから。そんなこと露ほども思ってないからな、俺は。
「にゃあ」
「そうだよね、放っておけない。私にとっても、信念を裏切られた人を励ますことが……」
出たよチキンのくせにお節介。
またお前はデートとかそういう方向とはあさっての方向に動き出すよな。
「それが、さ」
柊は胸に拳を当てて、毅然として言った。
「私にとっても、リベンジになるから……」
ん? どこかで聞いたセリフだ。どこだっけ?
柊はベンチの反対方向の端をじっと見ると、何もないそこに、誰かを求めるように手を伸ばす。そのまま手をそっと下ろして、座席を優しく撫でた。
「……きっと、あの人ならそう言うよね」
……ん?
あの人……?
……あの人。
…………それ言ったのって、確か……。
俺ぇぇぇぇ!?
ノオオオオオオオオ!
今までの柊の暴走って、とどのつまり俺のせい?
俺が『過去の自分にリベンジ』なんて言っちゃったから、過去の自分と同じような境遇にあるやつを放っておけないと!? それだけの理由!?
な、なんじゃその展開。
ちょっと待ってちょっと待って!
いや、恋愛感情とか芽生えるんならいいけどね?
ほとんど無理ゲーじゃん、そんな期待!
タイムリミットまで、あと五日。
俺の期待を斜め上に裏切っている柊とともに、過去の俺自身の失態については、もはや神を呪う、恨み節の鳴き声しか出てこなかった。




