表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/52

3 佐々木


 そして、柊はいつもの通り、屋外のバスケコートをジッと見つめる佐々木のところまで足を運ぶ。

 こうなったら、俺も腹をくくろう。どっちでもいいから、脈ありそうな方。全然腹くくってねぇな、佐々木に傾くのと逆方向に保険かけてるじゃねぇか、俺。


「にゃあ」


 俺が声をかけると、佐々木は面倒くさそうにこちらを振り向く。そして、柊の姿を認めると、甲高く舌打ちした。


「またお前か」

「まあ、ね……」

「なんなのお前、俺に惚れてんの?」


 そうだったら、俺にとってもこの上なく良いことなのだが。


「バカじゃん」


 やっぱり柊は冷たく突き放す。あ〜、そうだろうよ、お前ってやつは。


「ねえ、あなた、まだバスケがしたいの?」

「……関係ねえだろ。お前みたいな、つい最近までヒキコモリしてた女に何がわかる?」

「ひきこもりだったからだよ。私は今まで、大切にしなきゃいけないと思っていたものをなくしてきたから」

「…………何言ってるか全然わからねぇ」


 ……直球だな。何考えてんの柊? 今回ばかりは、お前の行動全然わからん。


「余計なお世話ってわかってるけどね」

「……思ってるなら関わるなよ、おせっかい女」

「バスケ諦めて、うちの生徒と喧嘩したって聞いたけど」

「そのとおりだよ。それが?」

「彼女だった子にも、付きまとって、嫌がられてたって」

「だから、そうだって。なに? 喧嘩売ってんのか、お前?」


 いや、柊はチキンだ。そんなつもりは毛頭ないのはわかる。

 いまいち今回は柊の意図が読めないんだよな。何が柊を駆り立てているのか。

 さっぱり、お手上げだ。


「つまりさ、心にそれだけの穴が開くくらい、あなたにとってバスケが大切だったって、そういうことでしょ?」

「…………ッ!」


 柊はつと視線を佐々木から逸らして、事も無げにいう。


「あなたが可哀想とか、そういうんじゃないよ。ただ、私自身の問題があって、少しあなたのことが気になった……最近、いろいろなことがあって、私は関わらないことをやめたんだ。私は今までずっと逃げて、引きこもっていたから……見なきゃいけないものを見えないふりをし続けてきたからさ。だから、これは私が私であるための補修なの」

「言ってる意味わかんねーよ……」

「私自身もよくわかってないんだけど、ね」


 柊は佐々木に、淡く微笑むと、首をすくめておどけてみせた。


「それじゃ……またね」

「…………なんなんだよ」


 珍獣を見るかのような奇妙な顔つきの佐々木に背を向け、柊は歩き出した。


 柊――と、俺は思う。

 お前がやっていることは全くの偽善だ。お前は、心に傷を負った人を助けざるを得ない、無条件に優しい人間だなんて、今まで一緒に生活してきた俺は、全く信じてない。

 お前はお前自身が佐々木に必要とされるために、お前自身が佐々木を必要としているだけだ。そうしないと、今まで無為に過ごしてきた自分自身の価値が感じられないんだ。

 そういうのをなんていうか知っているか? 救世主願望メサイア・コンプレックスというんだ。それは、決して健全なことではない。


 柊自身は、そのことにどこまで気づいているのだろう?

 しかし、少なくとも最近、たとえ偽善だとしても、こうして行動に出ることが少しずつ増えていっていることが、俺にはどうしても理解できないでいる。


 柊、お前は何があって、そんなにも変わっていっているのだ?

 俺は柊に並んで歩きながら、モヤモヤした心情に、ただ戸惑っていた。


◇◇◇


 最近では昼中にサボりこそしなくなったが、柊は放課後の帰り道には、俺と『出会った』あの公園に足を運ぶのが日課になっていた。

 今日も公園を散策すると、ナトリウム灯の下にあるベンチの端に腰掛けて何事かを思案する。


「みゅう」


 俺は難しげな顔をしている柊を訝しげに柊を見上げた。

 柊はこちらを一瞥すると、軽く頷く。


「……うん、ししゃももそう思うよね」

「みゅう?」


 柊は軽く首を振って、俺を見下ろした。


「自分が大切にしてた信念を突然奪われて、荒れてしまうこと、崩れてしまうことって、やっぱりあるよ。昔の私がそうだったように……」


 違うから。そんなこと露ほども思ってないからな、俺は。


「にゃあ」

「そうだよね、放っておけない。私にとっても、信念を裏切られた人を励ますことが……」


 出たよチキンのくせにお節介。

 またお前はデートとかそういう方向とはあさっての方向に動き出すよな。


「それが、さ」


 柊は胸に拳を当てて、毅然として言った。


「私にとっても、リベンジになるから……」


 ん? どこかで聞いたセリフだ。どこだっけ?

柊はベンチの反対方向の端をじっと見ると、何もないそこに、誰かを求めるように手を伸ばす。そのまま手をそっと下ろして、座席を優しく撫でた。


「……きっと、あの人ならそう言うよね」


 ……ん?

 あの人……?

 ……あの人。


 …………それ言ったのって、確か……。


 俺ぇぇぇぇ!?


 ノオオオオオオオオ!

 今までの柊の暴走って、とどのつまり俺のせい?

 俺が『過去の自分にリベンジ』なんて言っちゃったから、過去の自分と同じような境遇にあるやつを放っておけないと!? それだけの理由!?

 な、なんじゃその展開。

 ちょっと待ってちょっと待って!

 いや、恋愛感情とか芽生えるんならいいけどね?

 ほとんど無理ゲーじゃん、そんな期待!


 タイムリミットまで、あと五日。

 俺の期待を斜め上に裏切っている柊とともに、過去の俺自身の失態については、もはや神を呪う、恨み節の鳴き声しか出てこなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ