1 次の試練は「デートのセッティング」?
「恋?」
西沢や槻谷と一緒に、芝生の上で昼食をとっていた柊は、素っ頓狂な声を出して箸の先を咥える。
そんな突然の会話の流れに、俺も思わずぴくりと耳を動かす。
「そう、柊って好きな人いないの?」
「美玲は突然だね。何なの?」
「ガールズトークの定番でしょ? 命短し恋せよ乙女ってね!」
「男の僕の立場は?」
槻谷は唸りながら文句を垂らす。コイツは最近、クラス委員長というトップカーストとつるむことになったことで、いじめられることがなくなった。
「槻谷はいいの。ね、誰かいい人いないの? 気になる人とか?」
「気になる人は……まあ……」
俺は彼らの会話を、全身耳にして聞いていた。
二週間前に告げられた、新たな試練が来たのは昨日の夜のこと。
第三ミッションはまさに今の話。すなわち『一週間以内に、柊にデートをさせること』だ。つまり、タイムリミットはあと六日。次の休日までとなっている。
そして、柊が口ごもってしまったわけも、朧げながら心あたりがある。
今回は試練の提示があってからしばらく時間があったため、それからというものの、柊と出会う男をチェックしていたのだ。もっとも、心当たりの彼氏と柊は、口をきいたこともないのだが。
「例えば部活関係だと野球部は……純な人多いけど、うちの学校にはいい人いるって聞いたことないなあ……そうだ! バスケ部なんてどう? 興味ある? バスケ?」
「バスケ部? うーん……」
「お、脈アリかしら?」
「バスケ部というか……バスケに……興味がありそうなやつを見かけたことならある」
「きゃー、それって!? なんていう人なの?」
西沢が色めき立つ。
柊は隠すでもなく、苦笑いをしつつ答えた。
「なんか、ずーっとバスケ部の練習風景とか、コートの方見てるの。えっと、同じクラスの佐々木とか言ったかな?」
その言葉に、ふいに西沢の顔が曇る。カーストが高い西沢のことだ、クラスメイトのことなら俄然、情報に明るいのだろう。
「あー、佐々木くんかあ……。確かに、イケメンで人気だったけど、やめたほうがいいって噂は聞くよ。バスケやめてから、その……なんというか、性格がね……」
「ん、性格が?」
「彼と付き合ってた井上さんの話聞いたことあるんだけどね。本当にバスケが好きだったんだけど、故障して部活を辞めた後は、すごい粘着気質になっちゃったんだって。何かと井上さんを縛っていたらしいよ。言われのない嫉妬をしたり、別れを切り出したあとも付きまとったり」
「そっかあ……」
「でもやっぱり、気になるのって、佐々木くんのこと?」
「え? 気になるって? まあ、気になるけど、男としてではないよ?」
「もおおおおお! そういうとこ、ホント柊だよね」
俺も同時に悶えていた。現役JKなら恋の一つや二つしてみろよ。
もう、粘着でもなんでもいいから、男として気にしろよ。俺のために。
「無理強いするのは、僕は良くないと思うけどな」
「槻谷は黙ってて。それで、柊……」
「そうだね。ところで美玲、あなたのお弁当っていつも美味しそうだよね」
「え……? あ、う、うん! ママが毎日、腕によりをかけて作ってくれているの」
「そっかあ。愛が深いお母さんなんだね」
柊が爽やかに笑うと、西沢の背景に花が咲く。
槻谷が、少し微妙な顔つきになったが、西沢は嬉しそうに頷いた。
「うん、愛情たっぷりで、本当に……ってえええ! 話をそらしちゃダメだよ!」
一人ノリツッコミをする西沢に、やれやれといった表情で柊と槻谷が顔を見合わせる。
「んー、男かあ……興味がないわけじゃないんだけど……」
「でしょ? バスケ部なら佐々木くんより、エースの政宗くんがいいって! イケメンだし、性格もいいらしいし、女子の中では人気高いよ。柊は可愛いし、十分チャンスあるし」
「そんなことより、美玲はどうなの? 気になる人いないの?」
その意地悪な問いかけに、西沢は真っ赤になる。
「そそそそ、そんな人いない! 私、こう見えて好みうるさいから!」
「そうかな、身近にいるんじゃない? 本当に近くに」
「……槻谷となんてありえないから!」
「別に、槻谷くんとは言ってないよ」
「立花、ぼ、僕にだって選択権があるんだぞ」
「何言ってるのよ! 槻谷にそんな権利ある訳無いじゃん!」
「ほんと、仲いいよね」
柊は可笑しそうに笑う。
西沢と槻谷は羞恥に頭から蒸気を出しながら俯いていたが、西沢がそんな流れを無理やりぶち壊すかのように、柊に人差し指を突き立てた。
「と、とにかく! 柊にはバスケ部エースの政宗くんを紹介してあげるから、心の準備をしておくこと! いいわね!」
「……はいはい。どっちにしろ、付き合うかどうかは微妙だけどね」
柊は、困ったように小さく溜息をついた。
いやいや、柊、バスケ部エースなんて、超優良物件かもよ? 試しにデートしてみろよ。付き合うとかはいいから。
今回の『試練』は『柊にデートをさせる』ことであって、別に付き合うことではないからな。頼むよ、本当に。
◇◇◇
最近、柊とは下校時まで行動を共にしている。
やろうと思えば充分忍び込めるが、とりあえず教室までにはついて行かず、もっぱら昼食時と下校時間を共有していた。
そして柊は最近、足を向けるところがある。学校の敷地内にある、人気のないバスケットボールの屋外コートの外側。
そこへ行くと、必ずと言って良いほど、フェンス越しにコートをぼんやり眺めている男子生徒を見かける。短い髪をツンツンに立てた、中肉中背のスラリとした身体つき。その目つきは、獲物を捕らえる鷹のように鋭い。ぶっちゃけ言ってしまうと目つきが悪く、ガラが悪い奴だ。
柊はどうやら、そんな彼――佐々木と言っていたっけ? ――にご執心のように、俺には思えるのだ。
佐々木は確か、故障してバスケをやめざるを得なくなった奴だ。つまり傷心の真っ最中。
こういった男性に惹かれるところが、柊には少なからずあるのかもしれない。
聞こえが良く言えば、チキンのくせに母性愛が溢れている。あるいは劣等生の共感みたいなものに過ぎないのかもしれないが。
なんにせよ、今回の『試練』において、男の子に興味を持っていてくれていることは、俺にとって願ったり叶ったり。
ただ、やはり柊はチキンだ。用件もきっかけもないのに、男子生徒に話しかけるなんて、ハードルが高すぎるのだろう。コートを眺める佐々木を、ただ、ボーッと見つめている。
声をかけるのだ、柊。一歩前へ。お前は出来る子だ。
だが、念を送った俺の期待よりも早く、佐々木が不意にため息をついて、頭を巡らせる。
そして柊の姿を見ると、甲高く舌打ちした。
「んだよ、お前?」
「……別に」
咄嗟に声をかけられても、柊は外行用のクールな態度を崩さなかった。だが、俺のキャッツ・アイは柊の目の奥にある、動揺しまくっている狼狽の揺らぎを見逃さない。
「にゃー」
思わず場を和ませようと可愛く割り込む。
佐々木は訝しげに首をかしげた。
「ししゃも」
「は?」
「その猫。私の飼い猫なの」
「ああ……」
「にゃあ」
再び鳴くと、思ってもいなかったことに、佐々木は軽く目を細めて俺の喉元をくすぐった。
「ごろごろ」と、はからずも俺は声を出す。
「猫、好きなの?」
「……別に、関係ないだろ」
「そっか」
「……そうだよ」
「…………」
「……じゃあな」
佐々木は少し気を許したことを恥ずかしがってか、少し顔を赤らめる。そしてすぐ、ぶっきらぼうに別れの言葉を荒々しくかけると、柊の脇を通り過ぎていった。
お、なんかいい雰囲気じゃない、この二人? なんか青春の出会いっぽい。
ほくそ笑む俺に、柊は息をついて、言った。
「ししゃも。彼って、バスケが好きだったんだよね。毎日、あんなにコートを睨みつけるほど、未練があるんだよね」
「にゅー……」
まあ、それは判断がつかないが。ともかく、毎日のようにコートは見ているな。
流石に校舎から離れたところにある、屋内体育館を覗いたりはしていないようだが。ちなみにここに来るまでにはその裏手を通って来なくてはいけない。
「……ねえ、ししゃも。傍にあることが当たり前だと思っていたものが突然なくなるって、てどういう気持ちだろうね? 私は、その痛みの、どこまで分かっているんだろう?」
……例の自殺した、ゆかりのことか。
柊のトラウマのことも、もしかしたら先々で知っておく必要に迫られるのかもしれないな。
とりあえず、「にゃあ」と声をかけると、柊はほろ苦く微笑んだ。
「そうだね。あの変な人なら、どんな言葉をかけてあげるんだろうね?」