12 タイムリミットは無情にも
このあとの展開?
見届けなくともわかる。槻谷少年はフェンスを乗り越え、こちらへ戻ってくるだろう。
なんだか最後の最後で恋愛ドラマを見せられた気がして、俺と柊は苦笑交じりに階段へと向かった。
「おじさん、説得うまいね。結局は西沢の力もあったかもしれないけど」
「まあな、自分でも意外な才能に驚いてる」
「……でも私は、何もできなかった」
俺は肩をすくめた。
「何かすることだけが助けになるというわけではないさ。そこに居るだけでも、人にとっては重要な意味を持つと思う。実際、お前さんが横に居たからこそ、あの少年は俺の言葉に耳を貸したんだ」
「そんな……ものなのかなあ?」
「そんなものだよ」
「……そっか」
あれ? 考えてみれば『柊に槻谷を助けさせて、一緒に飯を食わせる作戦』が、西沢の登場で失敗してない? あの様子じゃあ、西沢と槻谷の距離が縮まっただけで、結局柊は蚊帳の外のぼっち飯では……?
……まあ、今は、そんなことはどうでもいいか。よくはないけど。
俺が肩を竦めると、柊は俺よりやや先行して階段を降りていく。
その背中に、俺は声をかけた。
「あー、それとな」
「……ん? なーに?」
「お前もさ、過去に何かあったのかもしれないけどな……」
「うん」
「確かに、さっき公園でいったように、世の中は間違いだらけだ。でも、若い時に悩んで、もがいて、苦しんでしてしまった間違いは間違えじゃない。大切な、大切な教訓で、経験なんだ……と思うぞ」
失敗続きで妥協して、ブラック企業に入ってさらに失敗した俺が言っても説得力はない。でも、今言っている戯言は、自分自身に返ってきて、やけに響くというか、堪えていた。
「まあ、要するに、だ。間違いを否定したって、間違いを犯した自分はいなくならない。間違いを犯し続ける自分を、一つ一つ体験して学んでいって、成長していくものなんだ……だって、それが……」
柊は俺の方を振り返ると、真摯な表情で俺のことを見つめていた。
そんな柊に、俺は再び肩をすくめ、おどけてみせる。
「……たぶんそれが、青春ってもんだろ? JK?」
◇◇◇
柊と別れた俺は、くたくたになって自宅に帰る。
いつも、仕事から帰ったときはフラフラだったが、それにもまして心労にやられた気分だ。
だが、まあ、悪くはないよな。
郵便ボックスから取り出してきたチラシなどの中に、ふと目を引く、写真付きのはがきがあった。
『入籍しました。
この度、わたくしども梶尾実・名越紗奈は、9月20日に入籍致しました。
これから二人で、ゆっくり愛を育んでいこうと思います』
思わず、俺は「ほう」と声を上げていた。
梶尾といえば、高校の頃の同期生で、スクールカースト最底辺だったやつだ。
最も俺は、スクールカーストなんてあんまり意識してなかったから、そいつに対しても他のやつらと同様、ごく普通に接していた。
そいつが、この俺を差し置いて入籍か。
なるほど、悪くない。
大人になり、親になる。青臭い時代を乗り越えて、人はまた成長していく。
――だが結局、大人になるってどういうことだろう?
柊たちははたして、一歩ずつ『大人』に近づいていっているのだろうか?
『人生なんてくだらない』。いつしか、俺も、その言葉が常識になっていた。染み付いてしまっていた。
だが、人生を諦めることは『大人になること』と言えるのだろうか?
はがきには、手書きでこんな一文が付け加えられていた。
『明智、君には高校時代、本当に助けられていた。結婚式には、できれば出席してくれよ』
別に俺は梶尾に何をしていたわけでもない。ごく普通に接していただけで、褒められるような関わりをした覚えはないのだ。それが、梶尾にとっては響くことだったのだろうか?
それに、今日やった程度のことで、死んでしまった、ヤツに報いられたとは思えない。
ダメダメじゃん、俺。
でも、まあ、悪くない。
悪くない気分だよ。
全く、梶尾の奴がな。とんだサプライズだ!
俺は思わず口元歪めると、はがきを部屋の端に移動したテーブルに放り、敷きっぱなしの布団にダイブした。
とにかく、今日は疲れた。
でも、無事に梶尾の結婚式に出れるようになるのだろうか、俺……?
『……けち。明智よ……』
「……よお、神か」
『結局、人間になっても、柊をぼっち飯から救えなかったな』
「まあな……でも、やるだけはやった」
『やけにさっぱりしてるではないか』
「そうでもないさ。ただ……」
『ただ?』
「なんでもない。とにかく今は眠りたい」
『そうか。では眠るがいい。起きたらお前はまたししゃもになっている』
神の最後の言葉を聞き終える前に、俺の意識は暗闇へと落ちていった。




